私がこの裁判を起こした理由

平成28年(ワ)第39422号 損害賠償請求事件

原 告 ●●●●

被 告 東京電力ホールディングス株式会社外1名

意見陳述書

平成29年2月2日

東京地方裁判所 民事15部 御中

原告 ●●●●

1 私は、福岡県の北九州市、●の出身です。●年●月●日生まれ、現在42歳です。

高校を退学して、17歳から鍛冶見習いとして働き、途中他の仕事もしましたが、現在まで鍛冶職人として働いてきました。

2 平成23年、東北大震災の時は、36歳でした。

テレビで繰り返し流される津波の映像を見て、本当に大変なことになったと思っていた矢先、3月12日には福島第1原発の建屋が水素爆発を起こしました。東北の人たちの大変な状況を思うと、本当に胸が痛みました。同時に、なんとか頑張って欲しいという気持ちもありました。

そんな折、平成23年4月頃、旧知の●から福島の原発事故の収束作業を手伝わないかと声をかけられました。私は、東北の人たち、福島の人たちの役に立てるなら、自分の溶接の技術が役に立つなら、少しでも力になりたいと思いました。ただ、私には、妻と、当時7歳と5歳と2歳の3人の子どもがおり、妻と子ども達からは、健康が心配だから行かないでほしいと言われたので、本当に迷いました。それでも、私の生まれ育った北九州では、誰かが困っていて、自分が助けになるなら、見て見ぬふりはするなという、義侠心というか、そういった風土がありますので、私も、これは行かにゃならんだろう、とそう思って、福島に向かいました。

3 原発事故の作業現場では、まずその管理のずさんさに驚きました。例えば、平成23年の11月から翌24年の1月まで作業に従事した福島第2原発4号機建屋の耐震化工事では、現場監督のAPDが鳴っているのに、監督は「大丈夫、大丈夫」と言ってAPD貸出所まで戻ってAPDを解除するなど、でたらめな作業が行われていました。

これに対して、東電らは今回の答弁書でそうした事実を否定しているようですが、福島のために何かしたいと思って原発事故の収束作業に命がけで取り組んだ私たちを、このような無用な危険にさらしておきながら、自分の責任をかえりみない東電らの姿勢には強い怒りを覚えます。

また、平成24年10月から平成25年3月まで従事した、福島第1原発4号機のカバーリング工事では、鉛ベストが20着しかなく、作業員の人数分鉛ベストがないという状況でした。

それにもかかわらず、現場の監督は、「着らんでもこっそり入れ」などといって私たちに作業をさせていました。

現場の状況は、こんな状態で、劣悪な労働環境でしたが、私たちは、福島のために一刻も早く原発事故を収束させたいという思いで一心に頑張って作業していました。

4 福島第1原発の雑固体焼却施設の設置工事に従事していた平成25年12月頃から、熱が続き、咳が出る風邪のような症状に悩まされるようになりました。年末に北九州に帰り、地元の医師の診察を受けましたが、その際も風邪との診断でした。しかし、年明け1月10日に、福島の作業に復帰するために電離健診をうけたところ、白血病といわれ、目の前が真っ暗になりました。白血病と言えば、血液のがんとして、きわめて死ぬ確率の高い病気ですから、私は、聞いた瞬間に、もうダメだ、と思いました。子供たちもまだ小さいのに、なんで自分が死ななきゃなんないんだと思うと、涙があふれました。

それから、とても辛い治療が始まりました。抗がん剤治療で髪の毛、まゆ毛など、体中の毛が全て抜け落ち、毎日大変な吐き気、高熱に悩まされ、爪もボロボロになりました。さらに、24時間モルヒネを打たれている状態なので、ずっと船酔いしたような体の感覚で大変に辛かったです。また、週に1,2回する血液検査のための骨髄穿刺では、手回しのドリルで胸や腰の骨に穴をあけて骨髄を採取するのですが、これも大変に辛いものでした。

そして、死ぬかもしれないという白血病の恐怖や、妻と子供たちを置いていくことになるのかという悔しさから、夜も眠れない日が続き、最後にはもう生きていてもしょうがないんじゃないかとまで思うようになりました。この時期に、うつ病との診断もされました。

それでも、妻と子供たちのためと思い、辛い治療にもなんとか耐えて頑張ったところ、平成26年の8月には退院することができました。

5 私が、この裁判を起こした理由は、東電らに自分の責任としっかり向き合ってほしいからです。私は、できれば裁判などしたくありません。人前にでることも苦手だし、嫌いです。しかし、私は、福島の原発事故収束作業に従事した多くの労働者の一人として、他の作業員たちのためにも、今声をあげる責任があると思い、この裁判に踏み切りました。国が労災と認めているのに、東電は賠償しないというような言い分が許されるのでしょうか。

私たち、原発作業員は、何とか事故を収束させたいという、その一心で作業にあたりました。しかし、東電らはその作業員の思いにこたえるような労働環境を用意するどころか、私たち労働者を使い捨てにするような扱いをしてきました。

私はこの裁判で、東電らのそのような姿勢、体質を明らかにし、その責任を認めさせることで、今後そのようなことが繰り返されないことを求めます。

裁判官には、是非、一人の人間として、原発で働く私たち労働者の声に耳を傾け、正義を実現して頂きたいと思います。

以上