TZU DESIS Lab.について

DESISとは、Design for Social Innovation towards Sustainability(サステナビリティに向けた社会変革のためのデザイン)の略で、2009年にエツィオ・マンーニ(ミラノ工科大名誉教授)によって始められた世界中のデザイン系大学をつなぐ国際ネットワークです。

TZU DESIS Lab.は、日本で最初に作られたDESISラボで、益田文和先生(当時サステナブルプロジェクト及びインダストリアルデザイン専攻領域教授)が中心となり2011年に東京造形大学に設立されました。東京造形大学は「社会を作り出す創造的な造形活動の探求と実践」を建学の精神に掲げており、TZU DESIS Lab.では、デザインと美術の役割を「サステナブルな社会を創造する造形活動」と捉え直し、その実現に向けた造形活動の探究と実践をしています。TZU DESIS Lab.がある東京造形大学は、森(里山)の中にある日本でも大変ユニークな美術大学で本ラボ大学の森をサステナブルな社会やライススタイルを探求・構想する実験の場と捉え、学生と教員、地域の人々が混ざり合って実験プロジェクトを行なっています。

現代社会は「物質代謝の亀裂」に直面している

私たちは、労働や科学技術を通して自然に働きかけ資源を採取しそれを加工して、家や衣類、食料といったモノやエネルギーを私たちのニーズや欲求を満たすために作り、それら生産物を消費することで暮らしを再生産していますが、同時に、様々なゴミや温室効果ガスといった廃棄物を自然という外部にどんどん廃棄しています。自然に働きかけ過ぎたり、自然が吸収できる量以上の廃棄物を排出したり、そもそも吸収できない物質を廃棄し続けることで、海洋プラスチック汚染や生物多様性の喪失、気候変動といった自然環境問題を生み出しおり、私たちはその影響を様々な形で現在受けています。資本主義社会のもとでは、私たちの社会経済活動は益々拡大していて、私たちと自然の間の亀裂が深まっています。

資本主義社会の下では資源の大量循環は更なる経済成長の機会になってしまう

物質代謝の亀裂を埋め合わす方法として、サーキュラーデザインが注目されています。サーキュラーデザインは、資源循環の仕組みを構築すれば、生産・消費活動による生態系への影響を心配しなくても、経済を成長させ続けることが可能であるという、デカップリング(分離)の考えがベースにあります。廃棄物が埋立地や焼却場へ送られるのではなく、資源として再び循環すれば、廃棄物を減らし、自然の搾取も減り、生態系への負荷を減らすことができるわけですが、見逃してはならないのは、経済成長が、更なる資源需要を増加させ、自然の搾取を増加させる結果を招いてしまう事です。経済成長を押し上げる要因は、世界的な人口増加もありますが、日本や欧米などの、いわゆる高所得国での資源を過剰に浪費する「帝国型生活様式」の拡大と、そんな生活様式のグローバルサウスへの普及にあります。帝国型生活様式とは、自らの豊かさと安寧、快楽のために、よその資源を収奪し、人間だけでなく、家畜など動物も含めてですが、過酷な労働を生み出し、地球環境をも破壊する日本や欧米で展開されているいわゆる「普通の暮らし」のことです。

生きていくのに、必要以上の資源を浪費する帝国型生活様式の拡大が、経済にとっての成長エンジンですが、科学技術のイノベーションによって、資源生産性や資源の利用効率が向上すればするほど、資源の消費量は減らず、むしろ増加してしまうという「ジェボンズのパラドックス」に直面してしまうことからもわかるように、資本主義社会の下では、科学技術のイノベーションは、生産活動を拡大し、帝国型生活様式を支えるために利用されてしまいます。結果的に、経済成長による資源需要の増加は、例えば、サービス化による脱物質化、新素材開発といった、テクノロジーによる環境負荷低減の効果や恩恵を帳消しにしてしまうので、資源循環でカバーされるのは、資源需要の一部になってしまいます。

資源需要増加の速度より速く資源の大量循環の仕組みができたとしても資源循環の効果には限界がある

また、資源循環を繰り返しながら資源の品質を維持するには、多くのエネルギーやコストがかかります。しかも、循環させ続けても、エントロピー増大の法則によっていずれ、資源は劣化して、廃棄物になってしまいます。また、完全に閉じた循環の仕組みを生み出すことはできないので、資源を大量循環できても、経済が成長すればするほど、資源需要を増加させ、自然の搾取も増加させてしまうので、生態系への破壊的な影響は免れることはできません。経済の成長それ自体がゴールになっている資本主義社会の下では、サーキュラーデザインは「経済成長を転換させる」のではなく、更なる「経済成長の追加」として機能し、資源需要を増加させてしまうため、環境負荷低減効果は期待できないし、生態系の崩壊を避けることは難しいという事です。

人口増加や帝国型生活様式の拡大によって、今後、食物とエネルギー資源の需要が増加すると、資源循環の仕組みだけでは、地球環境問題に効果を発揮することはできません。エコデザインやサーキュラーデザインの実践といった、資本主義的生産(資本蓄積・利益を得ることを目的にした商品生産)をグリーン化するのでは、不十分だと言うことです。さらに、著作家の山口周によると、世界経済が毎年4%ずつ経済が成長したら、100年後には現在の49倍に、300年後には約12万9000倍に、1000年後には約10京3826兆倍になるという。科学技術のイノベーションによって環境問題を解決し成長の限界を乗り越え、複利的成長(25年で経済規模を倍増)を続けるという考え自体が非科学的なファンタジーでしかないのです。

資本主義的生産のグリーン化ではなく地域主義的生産にもとづいた新しいサステナブルな社会のデザインへ

あらゆるモノや人間関係、自然環境をも商品化し、資本を増やそうとする資本主義的生産が、世界中の地域社会に浸透することによって、地域コミュニティや暮らしの再生産が市場化され、ある程度、自立し、相互扶助や互恵関係によって、成立していた地域社会は世界中で破壊されてきました。人間の生存基盤・暮らしの再生産が、地域社会や地域の自然ではなく、不安定な市場に置かれるようになった結果、個人は市場における選択の自由を獲得したが、その見返りとして、自己責任を負うことになったため、様々な社会的な問題や精神的な問題に直面するようになりました(例えば、地域コミュニティの崩壊や格差、貧困、虐待、孤独死、自殺、心の病、失業への恐怖など)。新自由主義登場以降は、地域コミュニティや暮らしの再生産の市場化は、さらに過激的・暴力的になりました。また、資本主義的生産の地域社会への浸透は、地域や人々から「土着性を喪失」させ、人々は、浮き草のようになりました。職場や学校に近いとか、この地域なら家が買えるとか、借りられるからといった理由で、たまたま、住むようになった地域は「住むための機械」のようになり、住人は地域に愛着や帰属意識を育む機会もありません。守らなければいけない法律や条例はあるが、共有できる習慣や文化、価値観はなく、互いに無関心になりました。

そして、自分たちの暮らしは為政者や企業に「統治」されるがままにし、地域での暮らしの「自治」を放棄することになりました。その結果もたらされたのは、自然環境や社会正義などコモン(共有の富)を顧みない身勝手な個人主義です。暮らしの再生産に必要な物は、稼いだ給料を使って、市場から好きな時に好きなだけ購入することが当たり前になりました。このように資本主義的生産は、個人の自由を優先し、コモンを蔑ろにする価値観やライススタイルを世界中に拡散させ、個人に自由をもたらしたが、不安定ももたらしたと言えます。

一方、地域主義的生産は、地域の中で、地域の人々が協力しながら自然を保全し、地域の再生可能な資源を生かして、自立した暮らしをなるべく自分たちの手で作っていこうとするエコロジー社会主義的な試みです。生存基盤を実存的な場である地域に置くことになり、場所・地域への帰属性を育むきっかけとなるため、資本主義的生産が奪い取った土着性やコモンを育む新たな契機になるのではないでしょうか。そして、帝国型生活様式とそれを支える資本主義的生産を諦め、地域主義的生産で実現する暮らしは、今に比べると不自由はあるかもしれませんが、精神的、経済的、人間関係的、社会的、生態的、物質代謝的、気候的に安定した暮らしです。 

帝国型生活様式を支える資本主義的生産は、自然の収奪や地球環境の破壊、グローバル・サウスの労働者や動物の搾取など、自然や生命への暴力を生んでいます。暮らしの再生産が、資本主義的生産に構造的に組み込まれことによって、私たちは否応なしにこの暴力に加担させられているわけですが、地域主義的生産は、地球環境破壊を生むこの構造的暴力(暴力を誘発する原因が明確な個人や集団に特定できないような社会構造を原因とする暴力)から逃れる術となります。

サステナブルな社会を作り出す創造的な造形活動の探究と実践

持続不可能な現代社会の代替となるまったく新しい社会・文明の姿を構想し、実装化していくことこそが、デザインの使命だとTZU DESIS Lab.考えています。そのために、TZU DESIS Lab.では、創造的な造形活動の探究と実践を通して地域主義的生産にもとづいたサステナブルな社会やライススタイルを構想し、デザインしていきます。東京造形大学を囲んでいる森(里山)はかつて、地元の人々の暮らしの再生産を支えてきたコモンでした。東京造形大を含む一帯は、須恵器のほか、農工具や武具などの鉄器とか、皿・椀・鉢などの木器、馬の飼育を行なっていたと言われています。平安時代も終わり、​鎌倉時代になると国内産陶器や中国から陶磁器が入ってくると、須恵器の生産は減少していきました。鎌倉時代以降、近代まで、東京造形大の周辺の広葉樹林は里山として細々と、周辺の農家によって利用されてきました。例えば、農家はガスや電気が普及するまでエネルギー源として広葉樹林から薪拾って、利用していました。薪から出る灰は、アルカリ性でカルシウムとカリウム、ミネラルを含むので農業肥料に利用したり、広葉樹から落ちる葉は農家が土作りに利用したり、農家の副業として養蚕用の桑を栽培したり、農家の農閑期の副業としての目籠づくりのため篠竹を栽培したりしていました。近代化が進むと、里山の利用が減少し、エネルギー源として使用していた薪が利用されなくなり、モノも作るのでなく、買うようになると、里山の竹や桑、木材の利用は無くなりました。農業をやめたり、やっても肥料は購入するようになり、灰や落ち葉の利用も無くなりました。里山の利用が減少すると、里山の循環利用も結果的に途切れていき、放置され荒れていきました。

TZU DESIS Lab.では、そんな荒れ果てた大学の森に分け入り、学生・教員・地域の人々と森や土壌をケア・育てながら荒れた生態系を健全な姿に戻し、自然の恵みから暮らしの有用物をデザインしたり、地域社会と連帯し地域循環を促すエコシステムを構築し、その循環資源から新たなモノをデザインをしたりするなど、既に森にある価値から発想し、暮らしの自治の獲得に向け、地域主義的生産にもとづく新しいサステナブルな社会の姿やライススタイルを探求・提案していきます。そして資本主義的生産を持続させるために、科学技術や社会システムのイノベーションによって環境問題や資本主義の矛盾を解決しようとする「エコロージー的近代化」とは別のラディカルなソーシャルイノベーションと社会の姿を模索していきます。また、地域主義的生産において先を行く、タイやインドネシアとも連帯しながら、新しいサステナブルな社会を構想していきます。

参考文献

ジョン・ベラミー・フォスター著「破壊されゆく地球―エコロジーの経済史」こぶし書房. 2001年. 

ジョン・ベラミー・フォスター著「マルクスのエコロジー」こぶし書房. 2004年.

ウルリッヒ・ブラント, マークス・ヴィッセン著「地球を壊す暮らし方: 帝国型生活様式と新たな搾取」岩波書店. 2021年.

岩瀬 大地著「タイに学ぶSDGsモノづくり」めこん. 2024年.

岩瀬 大地著「竹自転車とサステナビリティ」風人社. 2022年.

岩瀬 大地.(2024).「タイとインドネシアデザインに見るモノづくりの特徴について」 東京造形大学研究報 23.

岩瀬 大地. (2024).「タイの一村一品運動(OTOP)に見るサステナブルなモノづくり」 東京造形大学研究報 25.