1.はじめに
(1)プラズマとは
我々の身の回りの物質は固体、液体、気体という姿を持っていますが、さらに温度を上げていくと、原子や分子が電子やイオンへと別れたプラズマ状態になります。プラズマの特徴の一つは容易に高いエネルギー状態を生み出せることにあります。例えば、最近の空気清浄機にプラズマと名前の付いた製品が多くありますが、プラズマが持つ高いエネルギーを用いてウイルスを不活化・殺菌しています。この高いエネルギーをどのように生成し、何に活用するかを考えるのがプラズマを用いた研究です。
(2)電気エネルギー工学分野におけるプラズマ放電研究
現在の電気エネルギー工学分野は材料、生命・バイオといった異分野と密接に連携した学際的な研究が重要と考えられています。また、環境問題、省エネルギーに関係する技術も重要になります。特に次世代パワー半導体デバイス(SiCやGaN)を用いたインバータ電源は省エネ効果が大きく、盛んに研究開発が進められています。これらの半導体産業でプラズマは欠かせない技術であるとともに、プラズマ生成用インバータ電源としても期待され、これまで実現できなかった新しいプラズマ源が得られます。一方で、インバータ駆動モータの制御性を高めるためにSiCやGaNが適用されようとしていますが、インバータサージ(下記参照)と呼ばれる新しい電気絶縁の課題があり、ナノ秒時間での放電現象の解明が重要になります。これらの背景の下、パワーエレクトロニクスとプラズマ放電工学を融合させた研究を行っています。
(3)共同研究
電機メーカ等の民間企業や大学・研究所との共同研究を通じて、学際的、国際的な研究を展開しています。
2.大気圧・準大気圧下のプラズマ放電に関する研究
(1)インバータ駆動モータにおけるナノ秒パルス放電の特性と電気絶縁の高性能化に関する研究
近年、その省エネ効果の高さからインバータ駆動モータの適用が拡大しています。その際、インバータ・ケーブル・モータ間のインピーダンス不整合により、モータ端においてインバータのスイッチング時にサージ電圧が発生します(インバータサージと呼ばれる)。インバータサージが大きくなると、モータコイルにおいて部分放電が発生し、モータ巻線(エナメル電線)の絶縁皮膜が損傷を受け、最悪の場合、絶縁破壊に至ります。最近の電気自動車、航空機でのインバータ駆動モータの使用を考えると、人命に関係する大きな問題です。SiCやGaNといった次世代半導体デバイスの登場により、将来的にはより厳しい環境が発生すると考えられます。この問題を解決するには、サージ電圧(繰り返しナノ秒パルス電圧)下の部分放電現象の解明や測定技術の開発、部分放電に耐性を有するナノコンポジットエナメル電線開発等の研究課題があります。これらの課題に対して、電気学会調査専門委員会や国際電気規格(IEC)会合の場にも参画し、研究を推進しています。
参考:Y. Kikuchi et al., IEEE Access, Vol. 11, pp. 68826-68835 (2023).
(2)加圧・大気圧ドライエアおよびSF6中におけるストリーマ放電発光分光計測に関する研究
近年の電力機器のコンパクト化により機器の高耐電圧化が求められています。一方で、環境負荷の大きな絶縁ガスの使用量を削減していく必要があります。このような背景から、電力機器内における放電発生から絶縁破壊に至る現象のさらなる解明が必要です。本研究の特徴はプラズマ分野で利用される発光分光法を適用し、放電空間中での電界強度を定量的に測定することにあります。実験では、不平等電界下のドライエア中におけるストリーマ放電に対して発光分光計測を適用しました。窒素分子の第二正帯と窒素分子イオンの第一負帯の発光強度比と換算電界強度の関係からストリーマ放電空間における換算電界強度を実験的に測定することに成功しました。現在、SF6ガス中における部分放電に対しても発光分光計測を適用する実験を推進しています((株)三菱電機先端技術総合研究所との共同研究)。
参考:菊池祐介ほか,電気学会論文誌A, Vol. 136, No. 6, pp. 378-383 (2016).
(3)大気圧水蒸気プラズマを用いた高速滅菌技術の開発
従来の滅菌・殺菌技術は加熱滅菌、ガス滅菌が用いられていますが、近年、プラズマ滅菌が低温・安全性の高さから注目されています。本研究では、高湿度空気を放電ガスに用いた大気圧水蒸気プラズマを用いることで、枯草菌を加熱滅菌(200℃)に比べて高速に滅菌する技術を実現しました。水分子由来のOHラジカルにより高速滅菌が行えると考えられます。
参考:Y. Kikuchi et al., Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 50, 01AH03 (4pp) (2011).
(4)高繰り返しナノ秒パルスグロー放電プラズマを用いたダイヤモンドライクカーボン(Diamond-like carbon: DLC)の高速成膜技術の開発
SiC-MOSFETインバータを搭載した高繰り返しナノ秒パルス電源を用いることで、準大気圧下で安定にパルスヘリウムグロー放電を生成し、シリコン基板上に均一なDLC膜を成膜することに成功しました。DLC膜の硬度は13 GPa(ナノインデンターによる計測)、成膜速度は0.1 um/minが得られ、従来の低ガス圧プラズマを用いて成膜したDLC膜と同程度の硬度で5~10倍の高速成膜を実現しています。本技術により、DLCが低コスト化されることで、自動車パーツへの適用等、従来にない産業分野への適用が期待されます。
参考:Y. Kikuchi et al., Japanese Journal of Applied Physics, Vol. 56, 100306 (2017).
(5)準大気圧ヘリウムアーク放電プラズマ照射によるタングステン表面への繊維状ナノ構造形成
(株)ユメックスとの共同研究にて、ショートアークランプ電極(タングステン製)の長寿命化に向けて、電極表面の繊維状ナノ構造形成技術の開発を目標に研究開発を推進しています。核融合炉壁材への低エネルギーヘリウムプラズマ照射に関する基礎実験で見いだされた繊維状ナノ構造を有するタングステンは高い放熱性能等の優れた特性を有していますが、高価な真空装置が必要であったり、ナノ構造形成に長時間を必要とします。本研究では、準大気圧ヘリウムアークプラズマを真空容器内にて生成・照射することで、産業応用に適した繊維状ナノ構造形成技術の開発に成功しました。
参考:Y. Kikuchi et al., Journal of Applied Physics, Vol. 131, 123301 (8pp) (2022).
(6)プラズマ放電のシミュレーションに関する研究
プラズマ放電工学に関する実験的研究を中心に行っていますが、シミュレーションを援用して、理解を深めるようにしています。例えば、エナメル線間の放電は誘電体バリア放電(Dielectric Barrier Discharge: DBD)でもありますので、流体モデルを用いたDBDのシミュレーションを行っています。また、加圧ドライエア中の針-平板間のストリーマ放電のシミュレーションに関する取組を行っています。
参考:Y. Miyaji, H. Ishikawa, Y. Otake, F. Yamada, Y. Kikuchi, IEEE Transactions on Dielectrics and Electrical Insulation, Vol. 32, No. 5 (2025) pp. 3117-3119.
3.磁場閉じ込めプラズマに関する研究(過去に行っていた研究)
(1)磁化プラズマガン装置を用いた高熱流パルスプラズマ生成と材料相互作用に関する研究
将来のエネルギー源として核融合プラズマ発電が期待されており、高温・高密度プラズマを磁場で閉じ込める研究開発が推進されています。フランスに国際協力にて建設が進めらているITER装置をはじめとする次世代装置においては、壁材料への高熱負荷が大きな課題です。特にプラズマ崩壊等に起因するパルス的な熱負荷による壁材料損傷過程の評価が重要な研究課題ですが、現在の装置(核融合プラズマ実験装置)では、そのようなパルス熱負荷は発生しませんので、実験ができていません。そこで、本研究では磁化プラズマガン装置を用いたパルス熱負荷模擬実験を実施しており、国内外から高い注目を集めています。また、材料溶融、蒸発相形成による重相構造プラズマ形成は蒸気遮蔽効果と呼ばれる熱緩和効果を生じると期待されています。重相構造プラズマはアーク溶接や宇宙工学分野(はやぶさ等の宇宙船再突入)においても発現することから、学際的な共同研究を推進することを研究の特徴としています。
参考:Y. Kikuchi et al., Physica Scripta, Vol. T167, 014065 (7pp) (2016).
(2)外部摂動磁場によるプラズマ制御に関する研究
核融合炉壁材料への熱負荷制御の一つに外部摂動磁場をプラズマに印加する方法が研究されています。この方法を実現するためには、外部摂動磁場を印加することでどのような磁場構造が作られるのか、プラズマが不安定化しないかどうかを調べる必要があります。これらの課題を小型トカマク装置HYBTOK-II(名古屋大学)、中型トカマク装置TEXTOR(ドイツ・ユーリッヒ研究機構)や電磁流体シミュレーションを用いて研究しています。
参考:Y. Kikuchi et al., Physical Review Letters, Vol. 97, 085003 (4pp) (2006).