【 弓町本郷教会週報付録 】
【 弓町本郷教会週報付録 】
【先週(2026年3月29日)の説教要旨】
「棕櫚の主日」
マルコによる福音書11章1-11節
鬼形惠子牧師
今日は棕櫚の主日である。イエスは、弟子と共にエルサレムに入城した。人々は棕櫚の木の葉を道に敷いて出迎えた。棕櫚の葉は、古代から勝利や喜びのシンボルとして使われていた。戦いに勝利した王を迎える時、人々は棕櫚の葉や洋服を道に敷いて絨毯の代わりのようにした。人々はそんな風にイエスを出迎えた。そのためこの日は棕櫚の主日と呼ばれている。
当時のユダヤはローマ帝国に支配されていた。閉塞した暮らしの中で、人々はローマ帝国を倒し、ユダヤを解放してくれる王を待っていた。ユダヤの新しい王と噂されるイエスに期待した。ゼカリヤ書9章には「見よ、あなたの王が来る。高ぶることなく、子ろばに乗って来る」とある。子ろばに乗ってエルサレム入城したイエスを、人々は旧約の時代から待ち望んだ救い主であると思い、「ユダヤ人の王、万歳、ホサナ」と叫んで歓迎した。ホサナとはヘブライ語で「主よ、救ってください」という意味。ここでは「万歳」とか「栄光あれ」という歓喜の言葉として使われている。しかし、この出来事からわずか5日後に人々は「ユダヤ人の王、万歳」という同じ言葉でイエスを侮辱し、十字架につけていくのである。イエスはすべてを受け入れてエルサレムに入り、人々の歓迎を受けた。当時は外国へ凱旋した王が帰還すると、立派な軍馬に乗り部下や捕虜を率いて行進した。しかしイエスは子どものろばに乗った。それは旧約の預言通りにしたというよりも、立派な軍馬ではなく人々の手伝いをする小さなろばを選んだということだ。小さなものを愛される平和の王としての姿だった。
2月末に弓町本郷幼稚園で「大きくなった会」が行われ、年長組が「ブレーメンの音楽隊」の劇を演じた。長い間重い荷袋を運び人に仕えてきたロバは、年を取り「役立たずのダメロバ」と言われ、餌をもらえなくなる。音楽が好きだったロバは、ブレーメンに行って音楽隊に入れてもらおうと旅に出る。同じような境遇の犬、猫、鶏に出会い、4匹で幸せに暮らすようになる物語だ。ミュージカル仕立ての劇になっていて、「ぼくはダメロバ」というロバに「そんなことない、あきらめないで」という子どもたちの歌声を力強く感じた。ブレーメンの音楽隊のロバと聖書の子ろばは状況は違うが、小さくてあまり役に立たないろばがイエスに用いられてエルサレム入城を果たす姿と、少し重なるように私は感じた。
イエスは、わざわざ離れた村から人を乗せたことのない子ろばを連れてきてもらった。華やかなエルサレム入城の先にある十字架を見つめながら、小さなろばに乗った。受難の始まりの時にイエスにお供する役割を与えられ、子ろばは力強く歩んだ。軍馬のように立派でなくても、小さなものを愛され用いられるイエスと共に歩むことは、恵みだったと思うのだ。弱く小さくても、役に立たないと人から言われても「そんなことはない、あなたが必要である」とイエスは選び出し、用いられる。
私たちも自分を小さく無力だと思うことがある。役に立たないと感じる時がある。しかしイエスは「わたしにはあなたが必要である」と、私たちを用いてくださる。その主イエスの招きに応える歩みをしていきたいと願う。
----------
【2026年4月5日発行】副牧師室 園庭の見える窓から No.14
イースター
鬼形惠子牧師
イースターは春の初めの祝日です。学校勤務の頃は、新年度が始まってイースター礼拝を守り、小学校と中高の合同で「イースター早天祈祷会」という学院行事を行っていました。朝7時45分から礼拝堂で15分間、児童や生徒による短いメッセージと自由祈祷の時間をもちました。遠方から通う子どもも多いのですが、とくに小学生の参加が多く、中高生の参加は多くはありませんでしたが宗教委員という礼拝の係の生徒を中心に参加し、教職員と合わせて400人以上が集まる祈祷会でした。小学生は退場時に配られるイースターのカードを楽しみにし、中高生はそのカードを小学生に配る役割をするのが好きでした。小学生のお祈りの声はかわいらしく、中高生のお祈りはしっかりしていました。日頃は小学生と中高生が交流する機会は少なかったので、そんな様子を見ているとほのぼのとした気持ちになりました。
昨年6月の日曜日に、教会の承認をいただいて卒業生の結婚式の司式をしました。その卒業生は、在学時に早天祈祷会でいつも奏楽を引き受けてくれた生徒だったのです。朝早くても文句も言わず、前奏にさりげなく私の好きな曲を選んでくれる生徒でした。
春の訪れと共にイースターを祝い、新しい年度を感謝して歩みたいです。
【ホームに戻る】