弓町本郷教会週報付録
【 真砂坂上十字の路から 】
(まさごさかうえ じゅうじの みち から)
弓町本郷教会週報付録
【 真砂坂上十字の路から 】
(まさごさかうえ じゅうじの みち から)
【2026年3月15日発行】
3月11日を覚えて
西岡 裕芳牧師
東日本大震災の発生から15年を迎え、このところテレビが特集番組を放送しています。あの日のことは忘れられません。わたしは京都の教会にいて、イースターに洗礼を受けたいと申し出た一人の青年と準備の会をもっていました。すると突然、目眩のような感覚に襲われたのです。後から分かったのは、京都もゆっくりと地殻が動いたということです。東北で大きな地震があったらしい、と聞いて大慌ててテレビをつけてからは、もうその場を離れることができなくなりました。わたしや家族にとって大切な故郷である場所の友人・親類たちのことを考えて、それから何日も何日も胸が潰れるような思いで、過ごしました。3月末、京都から自動車で仙台を訪れ、色を失った海岸付近を見たときには言葉がありませんでした。以来、ボランティアワークなどで、何度も訪問することになりました。
地震、津波それに原発事故、被災者や被害者にとって15年は区切りになりません。震災は今も続いています。今なお痛み、苦しんでいる人々を覚え、心を寄せたいと思います。十字架で苦しまれたイエスは、そのような人々とこそ共におられます。同時に、痛んだり、命を失ったりする人々が再び出ないように、今こそ祈り働きたいと思います。災害も事故も、備えをおろそかにしてきた行政に多くの責任があります。つまり、この国の市民であるわたしたちの今の生き方が問われているということです。
わたしたちの生き方は今だけのこととして過ぎ去るのではありません。未来から評価されるのです。終わりの日、十字架につき、とことん低く小さくなられた主が再び来られるのです。その時、わたしたちは主に応えて生涯を送ったと見られるのか。レントにこそ心に留めるべきことです。
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【先週(2026年3月08日)の説教要旨】
「鶏が鳴き、ペトロは泣いた」
マルコによる福音書14章66-72節
西岡裕芳牧師
ペトロは大祭司の屋敷の中庭で、三度イエスを知らないと言った。最後に、居合わせた人々がペトロに言ったのは「確かに、お前はあの連中の仲間だ。ガリラヤの者だから」ということだった。確かに、ペトロはガリラヤの者であった。他の弟子たちもイエスもガリラヤの出身者であった。それがわかったのは、言葉遣い=訛によってであったと思われる。
ガリラヤの訛はペトロにとっては身についたものであり、イエスや弟子の仲間たちと語るときに自然に口から出ていたに違いない。今や、ペトロはこの訛のゆえに素性が知れてしまった。追い詰められたペトロは、イエスとの関係を全面的に否定した。その時、鶏が鳴いた。これが2度めである。ペトロはイエスの言葉を思い出し、身を投げ出して泣いた。
ガリラヤ訛りの言葉こそは、教会の最初の標準語であった。その言葉は、イントネーションや語彙だけではなく、内容においても、世の多数の人々が語るのとは異なる特徴を持っていた。彼らはしばしば他者から問われたはずだ。「あなたは、キリストの仲間だ。福音を語っている。」その場合、問う者の多くは、特徴ある言葉であるとわかっても、その内容を理解し、受け入れるとは限らなかった。それでも、教会はずっと語ってきた。「十字架につけられたイエスこそは我等の救い」「イエスにこそわたしたちの希望がある」「世がどんなに暗くても、神はわれらと共におられる」と。それは、神の国のお国訛りの言葉である。
十字架に死んで、よみがえったイエス・キリストは、弟子たちを赦して、神の国の言葉を託してくださった。以来、教会はこの言葉を語り続けてきた。赦されて、福音を語ることができる幸いを噛み締めたい。
【2026年3月08日発行】
もう星は帰ろうとしてる 帰れない二人を残して
西岡 裕芳牧師
最近、自宅で新聞をとる人は激減していると聞きます。でもアナログ人間としては捨てがたい。思いがけない記事に出会うことがあるからです。
先日、俳優の三浦友和さんが高校時代を語る記事に目がとまりました。特に同級生の忌野清志郎さんの思い出話が面白かったのです。音楽に夢中であまり学校にいかなかった忌野さん、お母さんが心配して新聞の「身上相談」に投書したそうです。「大学へ行かないのなら高校を出てお勤めをしてほしいと申しますと、お勤めなどいやだ、ギターのプロになるのだと申します」「学校へまじめに行かせるにはどうしたらよろしいでしょうか」
デジタル版には、紙版には掲載されていない1969年当時の投書が、そのまま写真で載っていました。デジタル版、便利! 投書に答えているのは評論家の羽仁説子さんと映画監督の羽仁進さんの親子。羽仁説子さんはこう書いています。「わたしの知人の息子、やはりギターにこり、友だちをさそっていわゆるプロに近いところまでゆき得意でしたが、流行の激しい世界で思うようにゆかなくなり解散。中学の教師になりました」「若いときの経験が、苦労が生きています」 いっぽう羽仁進さんはこう答えています。「十八歳というお子さんのことを、こうまでいちいち立ちいって心配されるのは、かえって甘やかしていることにならないでしょうか」
その後の忌野さんの活躍を考えると実に考えさせられます。それに羽仁進さんのお子さんで、エッセイストの羽仁未央さんは小学生から学校に通わず、ホームスクーラーの先駆けとなりました。この投書の後のことです。
新聞は朝ごとに、過去を振り返り、未来に思いを馳せ、今を生きるわたしたちをあり様を考えさせる、世界への扉となり得るのだと思うのです。
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【先週(2026年3月01日)の説教要旨】
「救い主が殴られるまで」
マルコによる福音書14章43-65節
西岡裕芳牧師
ユダはイエスに近寄り、先生と呼びかけ、接吻をした。イエスへの敬愛が込められた行為である。これがイエスを捕らえようと寄せてきた人々への合図であった。ユダは愛をもってイエスを裏切った。このことは、ユダのこれまでの行動を象徴的に表しているのではないか。ユダは、イエスを愛し、理想の救い主になることを期待していた。そのために懸命に奉仕もした。けれど、それが自分の思いを満たすための行動である限り、本当の愛とは言えない。その証拠に、イエス自身が救い主のあり様を弟子たちに示した時に、それを受け入れることはできなかったのだ。
ユダはイエスに対して、まるで自分が救い主であるかのように振る舞った。これは一種のメサイア・コンプレックスと言えるのではないか。イエスに対して期待し、できるかぎりの奉仕をして、感謝してもらい、自分を満たしたいという深層心理を持っていたのではないだろうか。
イエスは、大祭司からお前は「メシアなのか」と尋ねられて「そうだ(エゴー・エイミ)」と応えた。イエスはメシアであることを宣言した。けれど、ただ捕らえられるままであったし、人々からのネガティブな感情のすべてを静かに受け止めていた。それは、ちっともメシアらしくない。イエスにとって、人にどう見られるかは問題でなかった。ただひたすらに、神に与えられた使命とまことの神への奉仕に生きようとした。それで十分だったのだ。たとえ誰からも理解されず、孤独の中に捨て置かれても。
イエスは、憎しみ、ねたみ、そねみ等、すべての感情を皆、黙って受け止めた。この裏返しのメシアの姿こそは、わたしたちが繰り返し求めてしまう自らの欠けの充足に終止符を打ってくれるものである。
【2026年3月01日発行】副牧師室 園庭の見える窓から
ⅩⅣ 東京府中教会を訪問して
鬼形惠子牧師
2月22日に東京同信会礼拝交流のため、執事の榊原正人さんと共に東京府中教会を訪問しました。東府中駅から徒歩5分程の場所にあり、玄関を開けると役員の方が笑顔で待っていて下さいました。
現会堂は2002年に新しく献堂されたものです。礼拝堂を中心とした造りで、吹き抜けになっているので2階席からも礼拝に参加でき、お子さんと一緒に2階席で参加している方もいました。旧礼拝堂の聖壇に使われていた枠木を使ったという聖壇、リードオルガンのやさしい音色、聖壇と会衆席が近いので一体感があり、あたたかな雰囲気のある礼拝堂でした。22日は約35名の方が出席されていました。
礼拝後は礼拝堂で「交わりの時」として、お茶とお菓子をいただきながら交流の時を持ちました。沢山の方々が次々と声をかけてくださり、嬉しかったです。50代の方が多いと聞きましたが、活気があり、楽しい交わりの時でした。
その後は牧師室で役員の有賀さん、江國さん、弓町の榊原さん、私の4人で、用意してくださった昼食(美味しいサンドイッチと果物)をいただきました。東京府中教会の歴史をお聞きしました。東京府中教会は1946年に救世軍の牧師であった大久保末牧師が幼児施設「愛児園」の園舎内に「日本キリスト教団府中伝道所」として開設されました(HP参照)。今も愛児園(保育園)は隣接していますが、直接の関係はないそうです。教会にはそれぞれの歴史があり、大切に教会を守ってきた信徒の方がいることを、お2人のお話をとおして改めて感じました。お話が弾み、和やかで楽しい時間でした。
弓町本郷教会でも東京府中教会の本間優太牧師とご家族が来てくださり、楽しい交流ができたと聞いています。有意義な1日となり、感謝でした。
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【先週(2026年2月22日)の説教要旨】
「受難の影」
マタイによる福音書16章21─28節
東京府中教会 本間優太牧師
イエスの受難の始まりをどこから見るか。色々な見方ができるわけですが、一つの見方として、イエスが、エルサレム当局の人々がしていることは間違っているという確信を得た時、そして、その批判をエルサレムの神殿に入って直接しなければならないという確信をした時、すでに受難はイエスに影を落としておりました。
これがイエスが公の活動を始められてから背負った自らの十字架でありました。ならば、私達は?今日の聖書箇所の24節には次のように言われていました。
16章24節「それから、弟子たちに言われた。『わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい』」。
ここでのポイントは、イエスが「私の十字架をあなた達も背負ってついていきなさい」と言われていない点であります。そうではなく、「自分の十字架を背負いなさい」と。
16章24節の「ついて来たい者」という言葉。これは別の箇所では「付き従う」とも訳されている言葉ですが、この言葉をマタイ福音書の中で調べてみますと、驚く程多く、まんべんなく、最初から最後まで出てくることがわかります。25回です(例えば、4章20節、4章22節、4章25節、8章1節、12章15節、14章13節、19章2節、20章29節)。これらの箇所を俯瞰して見たところ、「付き従う」ということの中で、福音書が言いたいメッセージは、今日の聖書の言葉であると私は受け取りました。
ただイエス・キリストに従えばいいということではないわけです。これは辛い作業です。機械的に聖書に書いてあるからこうするのだという方がはるかに楽なことでしょう。簡単なことではありません。一気にそれを私たちができるということでもないでしょう。むしろ、私たちは、私たちに与えられた全生涯を通して、自らの十字架を認識し、それを背負っていくことと格闘していくのだと思います。
【2026年2月22日発行】
「しかし、マチルダと言えばあの映画も思い出す」
西岡裕芳牧師
ドラマ「ラムネモンキー」が面白い。1988年当時、映画研究部で映画作りに熱中する中学生だった中年三人組が、部の顧問で失踪した女性教師の行方を追うというお話。あいまいになった40年前の記憶を辿るうちに、あのころの気持ちがよみがえり、今を生きる力を取り戻していく。
面白いのは80年代のサブカルチャーが満載であること。「ラムネモンキー」は制作した映画のタイトルで、元ネタは「ドランクモンキー」=酔拳。ジャッキーチェンの映画のタイトルそのままで制作しようとしたら、中学生に酒はふさわしくないという教師の指摘で、ドランクをラムネに変えたという次第。それに顧問の先生のあだ名はマチルダ、同級生の女子生徒はミンメイでアニメ好きなら吹き出してしまうネーミングです。
ただ、わたしの同居人は何のことやらという顔をして見ています。思えば、共通の文化・知識・体験に基づく了解があってはじめて理解したり面白がったりできることがなんと多いことか。そのような了解がないところで、いろいろ解説してみたとて、肝心なことは容易には伝わりません。マチルダは「機動戦士ガンダム」の女性士官、ミンメイは「超時空要塞マクロス」に出てくるアイドル歌手と説明はできても、彼らのキャラクターまでは伝えきれませんから。やはり元ネタを見てもらうほかないのです。
常々思うのは、聖書の物語もこれとよく似ているということです。はじめて教会に来た人は、しばしば説教がわかりにくいと言います。わたし自身が教会に通い始めたころもそうでした。説教は、聖書に関する共通の了解を身に着けて、腑に落ちるものとなります。したがって、ベースとなる「聖書体験」を積み重ねてもらうことがとても大切なのです。
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【先週(2026年2月15日)の説教要旨】
「立て、行こう」
マルコによる福音書14章32-42節
西岡裕芳牧師
イエスの宣教は、人が神に造られたものにふさわしく生きられるようにと導くものであった。だから、その歩みは、神から人を引き離そうとする者=サタンを退ける戦いだったと言ってよい。
最初の受難予告で明らかになったのは、イエスが多くの苦しみを受け、殺されることは神のみ心であるということである。したがって、それに反抗するのはサタンの仕業である。
ところが、ついにその時が来ると、イエスはゲツセマネにおいて「この杯を取りのけてください」「しかし、御心に適うことが行われますように」と祈り続けた。「杯」は神の憤りの杯であり、神から見捨てられ、全く切り離されることを示している。捕らえられ殺され、結果、神から切り離される。それが神の御心だというなら、サタンの思う壺ではないか。だから、本当に御心なのか、イエスは祈り続けた。けれど、神は沈黙していた。
最後に、イエスは共に祈っているはずの弟子たちが眠っているのを見て「あなたがたは眠っているのか、休んでいるのか。よくわかった」(私訳)と言った。弟子たちの様子を通してイエスは神の応えを受け取ったのだ。
一番親しい弟子たちからも切り離されて、イエスは極めて孤独であった。この先にあるのは、神からも切り離される、絶対的な孤独である。神の応えがわかって、イエスは「立て、行こう」と先頭に立って進んだ。
神の子が、神から切り離される孤独と痛みの極みを身に受けるまでに神に従ったがゆえに、もはやこれ以上には、決して誰一人神から切り離されたり、見捨てられたりすることのない、新しい時代が切り開かれたことがはっきりとわかったのは、三日目の朝のことであった。
【2026年2月15日発行】
「プロフェッショナル 仕事の流儀3」
西岡裕芳牧師
「そこにある新聞紙を敷いちょいて」 年末の手術によって人工肛門になった母は、訪問看護師のお世話になっています。帰省した翌朝、とりつけたストーマ装具と肌の隙間から突然便が漏れ始め、急遽、看護師に来てもらうことになり、準備のために母から新聞紙を敷くよう頼まれたのです。
新聞紙を広げると社会学者の上野千鶴子さんのインタビュー記事に目が止まりました。「老いは『権利』 介護保険は『家族革命』」の見出しがついた昨年5月の高知新聞の記事です。上野さんは、「制度の欠陥や介護報酬の切り下げなど改悪もあるが、介護保険のない時代には戻れない」と言います。ただ高齢化率の上昇とともに、介護保険料の月額も上がり続け、今では6000円を超えました。その結果、老いを悪とする風潮が思想界に波及したと見ていると言います。それに対して、「人間は、下の世話も含めて無力な状態で生まれ、無力な状態で死んでいく。それでいい。私は今、弱いまま生き切る『アンチ・アンチエイジングの思想』を考えている」と。
上野さんはずっと「なぜ人間の生命を産み育て、その死を看取るという労働が、その他のすべての労働の下位におかれるのか」と問うて来られました。確かにケアの働きは社会的評価も待遇も今なお高くないと思います。
さて、母のケアのため、約30キロ離れた訪問看護ステーションから1時間足らずで看護師が駆けつけてくれました(こちらは医療保険の範疇)。丁寧な仕事ぶりは本当にプロだと感じました。プロフェッショナルの起こりとなった聖職者(宗教者)や法律家や医者と同じ意味でプロだと。
身近なところで、こどもたちのための幼稚園教諭の働きも常々プロの働きだと感じてきました。わたしたちの価値観はどうなっているでしょうか。
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【先週(2026年2月8日)の説教要旨】
「つまずきの予告」
マルコによる福音書14章27-31節
西岡裕芳牧師
イエスが「あなたがたは皆つまずく。『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊は散ってしまう』と書いてあるからだ」と語ると、ペトロは自負心も露わに語った。「たとえ、みんながつまずいても、わたしはつまずきません」
イエスは「あなたは、今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、三度わたしのことを知らないと言うだろう」と言う。「あなたこそは」つまずくと。ペトロは、この後、イエスの裁判の様子を見ようと大祭司の屋敷の中庭に入る。自分の実力がわかっていれば、そんなことはしなかっただろう。そこで女の一言に引っかかり、イエスとの関係を繰り返し否定することになった。
ここでイエスが弟子たちのつまずきを伝えたのは、責めるためではない。イエスは、弟子たちのことをよく見、声をよく聞いていた。本当に弱いと言わざるをえない弟子たちを、イエスはありのままに受け止めた。そこには、弟子たちに対する限りない愛があった。
ゼカリヤの預言において、羊飼いとはイスラエルの指導者、羊は神の民のことである。悪い羊飼い=指導者に民が苦しめられている、だから羊飼いを打って人々を解放せよ、というのが本来の意味である。イエスはこの言葉を引用し、神が羊飼いである自分を打つ、そして羊=弟子たちは散り散りになると語った。むろん、イエスは良い羊飼いである。したがって、羊飼いが打たれても手詰まりになるのではない。イエスが、「しかし、わたしは復活した後、あなたがたの先頭に立ってガリラヤへ行く」(私訳)と語ったことを見落とすべきではない。イエスは復活し、良い羊飼いとして、弟子たちを率いてガリラヤに行く。イエスは自分の死と弟子たちの離反と共に、その先を見通して語ったのだ。神の手筋は人の思いを超えている。
【2026年2月8日発行】
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【先週(2026年2月1日)の説教要旨】
「喜ぶ人、泣く人と共に」
ローマの信徒への手紙12章9-21節
武井さおり牧師
牧師としてのわたしの在り方を形づくった二人の女性がいます。ひとりは病院で出会った60代の女性です。ある時、「警察を呼んで」と錯乱して叫ぶ彼女の話を聞くことになりました。わたしは彼女の話を聞いているつもりで、その実、この事態をどう収めるかばかりに気を取られていました。彼女はそんなわたしに「あんた、さっきからうんうんって話を聞いてるけど、本当にそう思っているの?」と怒りを向けてきたのです。自分の「善を行っている」という仮面をはがされた瞬間でした。彼女が求めていたのはその場しのぎの人ではなく、出口のない苦しさのただ中に降りてきてくれる人だったのです。傾聴とは、相手の人生のひとときを共に味わうことだと教えられました。
パウロが「愛には偽りがあってはなりません」と言う時、それは完璧な愛を求める命令ではありません。仮面をつけた善行ではなく「あなた自身として他者を愛しなさい」という招きです。
もう一人の女性、晴美さんは、彼女のお母様の葬儀をきっかけに関係が続いた方でした。ご自身もがんになり、激しい痛みに苦しむ中、連絡をくれ、わたしは病院へ向かいました。「神様、あなたなら痛みを取れるはずです」と祈る中で、「だからあなたを遣わすのだ」という御声を聞きました。なぜ、と思いながら病院に着き、彼女と共に過ごすうちに、彼女の痛みが和らぎました。奇跡のようなできごとでしたが、わたしたちの現実はそのようなことばかりではありません。わたしたちにできるのは、ままならない現実の中で、出会った人と一緒に泣いたり、笑ったりすることくらいです。しかし、そこに神様がいてくださると思いながら、泣いたり笑ったりできる。その一点を信じて、わたしたちはクリスチャンとして生きているのではないでしょうか。
愛そうと意気込んでいたわたしたちが、すでに神様に愛されていたことを知ります。その愛によってあなたを生かそうと、神様は招いておられます。「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」と。
【2026年2月1日発行】
「手袋をはく」
西岡裕芳牧師
寒さ厳しい時が続いているので、防寒対策として外出時にはマフラー、手袋をするようにしています。手袋をつけていて、ふと思い出しました。以前暮らした北海道では「手袋をはく」という言い方をしていました。「靴をはく」のと同じように、北海道では手袋もはくのです。変わった言い方ですが、北海道にいるとそれが自然に感じられるから不思議です。
ところで、「手袋をはく」は、青森や香川でも使われていると言います。どうやら、もともとは香川の言葉らしいのです。日本ではかつては手につけるのは手甲で、手を全面的に覆う手袋は明治以降に入ってきた、そして手靴とも呼ばれていたのだそうです。香川はその手袋の一大産地です。そこで、「はく」という言い方が生まれたというのは自然です。また、明治期に、香川から北海道にわたる人々の中で、青森に集合した人が多かったのだそうです。それで香川の方言が北海道、そして経由地の青森にも定着したというのです。面白いですね。本日の説教者、武井さおり牧師は香川県出身で最初の任地は札幌でした。やっぱり手袋ははくのでしょうね。
さて鬼形牧師は愛媛、わたしは高知の出身、四国四県のうち三県が揃いました。ただ風土の違いからか四県の県民性は随分違うと言われます。愛媛は温和で勤勉、香川は緻密・合理的で協調的などと。瀬戸内側は気候が穏やかで降水量が少なく、香川は水資源の計画的な分配が必要で、それが県民性になったとも。対照的に高知は太平洋側で、水に苦労せず勝手きままができるかわりに台風で作物が一晩でダメになることも多く、人の干渉を嫌って頑固、なのにあきらめが早く、白黒はっきりしているのだとか。その典型が「いごっそう」です。。。県民性なんてあてになりませんねえ
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【先週(2026年1月25日)の説教要旨】
「同じ釜のめし」
マルコによる福音書14章10-26節
西岡裕芳牧師
一同席について過越の食事をしていたとき、イエスは言った。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人で、わたしと一緒に食事をしている者が、わたしを裏切ろうとしている」 すべてのことは、すでに決まっていたこと、いや神が定めていたこととしてイエスは語る。
しかし、人間が主体的に動く余地が残されていないのではない。捕らえられて殺されることはもう間違いない。だが、イエスは、愛する弟子の一人であるユダが、裏切りの役回りを演じてほしくはなかったのだ。
イエスはユダの名前を出していない。しかしユダにはわかったはずだ。あなたとわたしは一緒に食事をするような親しい仲間ではないか、思い直せ、という言葉にならない訴えかけが。
過越の食事の途中、「主の晩餐」にユダが同席していたどうかはわからない。明らかなことは、イエスはユダに出て行くようにと、はっきりとは言わなかったということである。後の教会の人々は、聖餐すなわち礼拝をささげる度に、ユダと変わらない自分たちもイエスに招かれていることに感謝してこれに応えた。そして、やり直すことができる、と希望を得た。
イエスはまた「はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい」と言った。世の終わり、神の国が地に完成する時、イエスは祝いの食卓を準備して神の民を招く。今、わたしたちが招かれているこの食卓=この礼拝は、来るべき神の国の宴の先取りである。来るべき時には、イエスの姿を間近にはっきりと見ながら、真の喜びのうちに祝いの宴につく。これこそは昔から定められていたこと、ずっと先まで決まっていることである。
【2026年1月25日発行】副牧師室 園庭の見える窓から
Ⅻ ゴッホ展
鬼形惠子牧師
最近ゴッホの美術展が多く開催されているように思います。私は、昨年2つの美術展を見に行きました。一つは箱根のポーラ美術館で行われた「ゴッホ・インパクトー生成する情熱」で、もう一つは東京都美術館で行われた「ゴッホ展―家族がつないだ画家の夢」です。2024年に寺田倉庫ビルで行われたデジタルアート展覧会の「ゴッホ・アライブ」も印象的でした。特別ゴッホだけが好きなわけではないのですが、その会だけに展示される作品があると聞くとつい行きたくなります。今年は「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」が上野の森美術館で5月から開催されます。「夜のカフェテラス」は好きな作品なので、楽しみにしています。
絵を見るのが好きになったのは、高校生の頃先輩に誘われて美術部に入ったのがきっかけです。下手ながら油絵と水彩画を描いていました。数年前にまた挑戦したいと思い、水彩絵の具とスケッチブックを買ったのですが、いまだ手をつけてなくて。今年は描いてみたいと思っています。
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【先週(2026年1月18日)の説教要旨】
「生き方への問い」
マルコによる福音書10章17-22節
西岡裕芳牧師
イエスのもとに一人の青年がやってきた。この青年のことはマルコ、ルカ、マタイの3つの福音書に伝えられている。それによると、この人は若い男性で金持ちであり議員でもあった。当時は親の職業を継ぐのが一般的なので、もともと裕福で地位の高い家庭に生まれたのだろう。青年はイエスに「永遠の命を受け継ぐには何をすれば良いでしょうか」と質問した。神の御心にかなう生き方をするにはどうすればいいかと問うたのだ。やり取りの中で、イエスは青年を見つめ慈しんで言われた。「あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば天に富を積むことになる。それからわたしに従いなさい。」このイエスの言葉は、あと一つ何かを加えれば良いというものではなかった。今持っている財産や地位をすべて捨てる、それは今の生き方を捨てるという事である。生き方の方向を大きく変えて、わたしに従いなさいと言われたのだ。この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った。
この青年は子どもの頃から親に従い、良いものをたくさん身に着けて生きてきた。しかし今、自分には何か欠けているのではないかと思い始めた。いつも周りにいる大人に相談しても満たされないものを感じて、イエスに相談に来たのだ。イエスは旅に出かけるところだったが、引き留めてでも相談したいという強い思いが青年にはあった。イエスも若者らしいまっすぐな思いを感じ取り、真剣に向き合った。投げかけた言葉は厳しいものだったが、愛をもってかけた言葉だった。親の敷いたレールをそのまま歩んできた青年に、自分の生き方を主体的に考え続けることを投げかけたのではないだろうか。またこれまでにたくさんのものを獲得し、あと何を手に入れれば満たされるのか?と問いかけてきた青年に、その手を放すように伝えた。自分だけのものにしてきた多くのものを手放し、捨てること、そして他者と分かち合って生きることを示した。分かち合うことで損をするのではなく、むしろ豊かになる生き方があることを伝えたのだ。青年は悲しんで立ち去るが、それからもイエスの言葉の意味を考え続けただろう。イエスのもとにやって来た時から、この青年は新しい生き方の一歩をスタートしていたと思うからだ。立ち去ってしまうが、イエスにとってもこの若者との出会いは印象に残るものだったのではないだろうか。
イエスの言葉は、私たちにも向けられている。若い世代だけでなく、いくつになっても、私たちは自分の生き方を問いながら生きているのではないだろうか。聖書の青年と同じように、私たちも自分のものを手放すのは簡単ではない。そんな時イエスは「天に富を積みなさい。わたしに従いなさい」と言われる。天に富を積むというのは、自分のよりどころを天に置くということである。自分の存在の根拠を自分が獲得してきたものではなく、神に求めることである。自分の力ではなく神によって生かされていることを謙虚に受け止め、与えられたものを他者と分かち合って生きることの平安と豊かさをイエスは示された。
どう生きるのか?私たちも、主イエスの言葉を聞きながら考え続け、歩んでいきたいと思う。
【2026年1月18日発行】
「プロフェッショナル 仕事の流儀」
西岡裕芳牧師
午前9時15分の開始時間から、まるで号砲一発猛ダッシュでした。鍛え上げられた腕と強靭な足腰はアスリートそのもの。まさかの2〜3個持ちで、駆けるがごとき足取りで階段をリズミカルに降りると、すぐさま折り返し、休む間もなく次にとりかかる。眼前に積み上げられた100個のダンボール箱は瞬く間に姿を消し、部屋は伽藍洞になりました。午前9時50分終了。記録 35分と19.2秒(西岡調べ)。ちなみに作業員はたった3人。
先週月曜日、牧師室の書籍の引越を行いました。小石川の仮住まいと分けて、こちらの引越を年明け早々に行うことにしたのは、いずれにしても荷物は2箇所から出さねばならず、それなら執務室の本だけは繁忙期前に運んだ方が安いし、2箇所からの引越を一日で行って、引越先が書物の箱で溢れて片付けが進まなくなる事態は避けたいと考えたからです。
それにしても引越業者の運び出しの早さと言ったら。実は、ダンボール箱に書籍を詰める作業は、年末から年始にかけて、あらかじめ自分で行ったのです。何時間も何日もかかったのです。それに本は要するに木でできているので、一つ一つのダンボール箱の重さときたら半端ではない。それを軽々と3箱重ねて運び出すとは、引越屋さんの体力と技術に脱帽します。
次は3月、小石川の仮住まいからの引越となります。こちらも何社か見積もりをとりました。業者曰く「物量多めですね」。言われなくてもわかってます。こちらにも50箱分の本があり、他にもガラクタだらけなのです。
今、牧師室は本と書棚がなくなって、見たことないほどすっきりしています。新牧師館の内覧もよいですが、今のうちに牧師室も見学においでください。牧師がどんなところで仕事しているかがよくわかりますよ。
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【先週(2026年1月11日)の説教要旨】
「香油と愛と死と」
マルコによる福音書14章1-9節
西岡裕芳牧師
緊迫感が漂っている。祭司長たちや律法学者たちはイエスを捕らえて殺そうと考えていた。イエス自身、自分に死が迫っていることを知っていた。
イエスはエルサレム郊外のベタニア村にいた。そこで忘れられないことが起こる。食卓につくイエスに女が近寄り、壺に入ったナルドの香油を全量注ぎかけた。弟子たちは、香油を無駄遣いした、300デナリオン以上に売って貧しい人々に施すことができたのに、と憤る。しかしイエスは「するままにさせておきなさい」と受け入れた。イエスに残された時はわずかであること、そしてイエスの気持ちがこの女にはわかったのだ。だからこの時を用いてできる限りのことをしようとしたのだ。そんなことがあってはならないと、イエスの死を受け入れない弟子たちとは対照的である。
女はイエスこそがメシア(=油注がれた者)であると信じた。それを示すために油を注いだ。イエスは、この女の思いがよくわかったのだ。そして、女の行為について「この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた」と意味づけた。かの地方では、埋葬のために死体に香油を塗る習慣がある。もうすぐ地上を去るわたしの埋葬の準備をしてくれた、ありがとう、と。
女の行動は型破りであったが、そもそもイエスの行動は型破りであった。殺されるとわかっていて逃げなかった。そして、香油と比べものにならないほど高価な神の子の生命を、自分を憎む人々への愛のために用いた。
イエスを十字架に向かわせたのは憎む人々ではない。香油を注ぎ、愛を示して寄り添ったこの女である。その愛に励まされ、イエスは十字架に向かった。女の行動はイエスの心を動かしわたしたちの心を揺さぶり続ける。
【2026年1月11日発行】
「プロフェッショナル 仕事の流儀」
西岡裕芳牧師
福岡女学院教会で会議があると、帰りに近くのスーパーマーケット「D」で買い物しました。昔ながらのローカル・スーパーで、いろんなものが安く買えました。特に惣菜コーナーは、美味しいと人気でした。ある日、福岡のローカル番組で、全国お惣菜大賞に選ばれたと報じていて驚きました。
その惣菜を作ったKさんが年末のNHKの番組に登場して嬉しくなりました。大手スーパーなら新商品の開発に何週間もかけるところ、Kさんは、朝、お客さんから「こんなものが食べたい」とリクエストされると、店頭にならぶ魚、野菜、肉などから食材を調達してすぐに試作、うまくいけばお昼には店頭に並べるのです。遠慮せずに「ウマさ」を追求した料理は圧倒的においしい。Kさんは「食べる人のことを思い浮かべながら作る」「一流になろうとは思っていない」と言います。とても共感します。
礼拝の準備は食事作りに似ています。日曜朝に集まる人達のことを思い浮かべ、最もよいものを提供しようと思って準備するからです。準備が早すぎてもいけません。それではレトルト食品のようで鮮度が落ちるのです。説教名人の真似がありきたりになりやすいのはそのためです。万人向けのメッセージは、「今」「ここ」にいる人には響かないことも多いのです。
食事で大事なことは、自分の身体がそこにあることです。グルメ番組を見て面白がることはできても、実際に味わうのとは違います。教会は御言葉を糧として分かちあうため、一箇所に集まることを大切にしてきました。プロテスタント教会の場合、毎回の礼拝で必須としない聖餐をなお大切に執行しています。それは身体をもって集まれとの指示だと思うのです。料理と同じで、御言葉には身体によるほか味わえないものがあるのです。
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【先週(2026年1月4日)の説教要旨】
「キリストはわたしたちの平和」
エフェソの信徒への手紙2章11-22節
西岡裕芳牧師
2026年の年間聖句は「実に、キリストはわたしたちの平和です」(エフェソ2:11)である。初期の教会に、律法をどう理解するかを巡ってユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の間の壁があった。最初は、ユダヤ人キリスト者が異邦人キリスト者に対して救いに与るために割礼を施すよう強要した。けれどこの箇所では、異邦人キリスト者に、教会が一つであることを思い起こすよう呼びかけている。
異邦人が律法によらず、神に近づく新しい道が開かれたのはイエス・キリストの血による。これはユダヤの律法だけのことではない。イエス・キリストは、もっともらしい何かを根拠にして、人間の優劣が決まるなどということは神の前ではありえない、ということをはっきり示したのである。
その場合、違いそのものが無くなったのではない。つまり、ユダヤ人が律法を守ることを禁じたわけではない。ユダヤ人はユダヤ人のまま、異邦人は異邦人のまま、神の前で等しく大切なものとされ、一つとされる。それがここで言われる平和である。
ここで教会は神殿にたとえられ、そのかなめ石はキリスト・イエスであると言われている。教会は、様々な違いをもった人々が共に生きる共同体として存在してきた。しかし違いが原因でしばしば教会の中に争いも起こってきた。教会はその度にかなめ石であるイエス・キリストを仰ぎ見た。そしてキリストにあって、すでに敵意の隔てが取り除かれているという事実を確認した。世のすべての人々が違いを超えて、共に生きる平和な世界を形作るための雛形となることが、教会に生きるわたしたちの使命である。
【2026年1月4日発行】
「ニューイヤーコンサート」
西岡裕芳牧師
お正月の楽しみの一つは、1月1日夕刻にライブで放送されるウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを視聴することです。特別にクラシックが好きとか、詳しいとかではないのですが、毎年指揮者が変わるので、今年はどんな演奏になるのか、とわくわくしながら見ているのです。
今年は、ヤニック・ネゼ=セガンという1975年生まれの指揮者が登場しました。全体的に実に躍動的で、これまで聴いてきた中では最も素晴らしいと思えるコンサートでした。このコンサート、ヨハン・シュトラウスをはじめシュトラウス一家に代表されるウィーンゆかりの曲を中心に演奏されるのが恒例なのですが、今回はアメリカ出身の女性作曲家フローレンス・プライスという人のレインボー・ワルツが演奏されました。他に女性作曲家の曲がもう一曲演奏され、新しさを感じました。実は、ネゼ=セガン自身がカナダ生まれで、北米大陸出身者が初めてこのコンサートの指揮をすることに加え、自身同性愛的傾向をもっていると公言しているとのことで、人種やセクシュアリティーの壁を超えて、レインボーな世界を目指そうとのメッセージがこめられた演奏会だったのだと思われます。
圧巻は、最後に演奏されたラデツキー行進曲でした。指揮者が突如観客席に現れて指揮をはじめ、総立ちとなった観客と演奏者が一体となって大団円となりました。人々の歓喜がテレビ画面を通しても伝わってきました。
演奏会の終盤、指揮者がメッセージを語るのも恒例です。ネゼ=セガンは「ただ、平和を願います。皆さんの心の平和と世界の平和を。そして、異なる意見の人々に対して寛容であってほしい」と語りました。この日の演奏と共に届けられた、心のこもったメッセージです。
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【先週(2025年12月28日)の説教要旨】
「逃げるは恥だが役に立つ」
マタイによる福音書2章13-23節
西岡裕芳牧師
占星術の学者たちの訪問後、ヨセフはヘロデを避けてエジプトに逃げるようにと夢で天使のお告げを受けた。その後ヘロデはベツレヘム周辺の2歳以下の男児を一人残らず殺してしまう。イエスは間一髪助かった。メシアが生まれ、救いの光が輝いても、世の闇はすっかり消えたのではない。
ヨセフ一家は天使のお告げを繰り返し受けて、エジプトへ、そしてナザレへと移り住む。その様子は、荒れ野を40年旅して約束の地にたどりついた人々とモーセを思い起こさせる。マタイはそこに預言の実現があったと語る。神の意図によって、新しい出エジプトが始まったのだ。ただし幼児虐殺の出来事は、預言の「実現」(2:17)としながらも、2:15や2:23の預言が「実現するため」というのと言葉遣いが違う。「ため」は神の意図を指し示すが、幼児虐殺は結果的に預言が実現したというニュアンスなのだ。
件の箇所はエレミヤ書31:15の引用である。その続きにこうある。「泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。・・・」エレミヤは苦難の先の希望を見ていた。福音書記者マタイも幼児虐殺事件の先にある希望を示唆したのではないか。
「逃げるは恥だが役に立つ」は「自分の戦う場所を選べ」という意味のハンガリーのことわざである。自分に与えられた戦いのため、逃げるべきときには逃げよというのだ。イエスにとっては言葉と行いによって神の国を伝えることが与えられた戦いだった。最後にイエスは、十字架につけられ殺された。そこに、自身を与えても惜しくない、わたしたちへの神の愛が示されている。この愛の光に捕らえられ、隣人を愛して生きる者となる時、その人の内の闇は払われる。エレミヤの希望の預言は本当に実現する。
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