高校魅力化の発祥の町、海士町に行ってきた!!

こんにちは!雫石です。

8月3日(水)〜8月5日(金)の日程で、島根県隠岐郡海士町の公立塾「隠岐國学習センター」の視察に行ってきました。

今日のブログでは、視察内容と雫石が感じたことをレポートします。

海士町ってどんな町?

島根県の本州側の港からフェリーで3時間の隠岐諸島のひとつ、中ノ島という島が“海士町”です。

隠岐諸島は知夫里島、中ノ島、西ノ島、隠岐の島の4つの有人島と180あまりの無人島からなり、それぞれの有人島は知夫村、海士町、西ノ島町、隠岐の島町という「一島一町村」のまちです。

上島町も以前は一島一町村でしたが、合併によって複数の離島が一つの自治体となったので、行政組織としては似ているようでかなり違いがあると思います。

島前高校ってどんな高校?

隠岐諸島は、知夫村、海士町、西ノ島町の3町村からなる「島前(どうぜん)地域」と隠岐の島町の「島後(どうご)地域」の2つの地域に分けられます。島前高校は、その名前のとおり、島前地域唯一の高校です。2008年に全校生徒が89人まで減少しましたが、その後、町と学校と島内外の関係者が「島前高校魅力化プロジェクト」をスタートさせ、2016年には約2倍の180人まで生徒数が回復しました。島前高校は高校魅力化の火付け役と言っても過言ではないですが、島前高校のホームページには“成功事例ではなくあくまで挑戦事例”と書いてあり、高校魅力化はゴールではなくプロセスであるということが分かります。

隠岐國学習センターってどんなところ?

隠岐國学習センターは隠岐島前高校と連携した公立塾です。公“営”塾ではなく公“立”塾なのは、町のお金ではなく、一般財団法人島前ふるさと魅力化財団の財源によって運営されているため。10年以上の教育魅力化の取り組みを経て行政から徐々に独立し、自立した運営を目指しています。

2010年の学習センター開校当初は空き家を活用していましたが、塾生数が30名から110名に増加したため、古民家を改築・増築して現在の校舎が2015年にオープンしました。

「地域と共に育てる」「地域の担い手を育てる」「『継承する心』をカタチにする」をコンセプトにしていて、高校生のための学習施設でありながら、地域住民や来島者にも開かれた大人も子どももともに学ぶ交流施設です。

本棚にはおもしろそうな本がいっぱい

塾以外のイベント情報も

メッセージボード

視察内容と考えたこと

まず1日目は、学習センターの施設見学とセンター長竹内さん、塾スタッフの塚越さん、富岡さんとお話をさせてもらいました。

学習センターの設備を見てまず思ったのが「あらゆる機能が網羅されている」ということ。

スクール形式のレイアウトでの授業ができる部屋もあれば、壁に向かって1人で集中して勉強できるスペース、講師と生徒1対1の面談に適したテーブル席、多少ワイワイしても良さそうなグループワーク向けのスペースなど、高校生の放課後に起きる可能性のあるさまざまなケースに対応できる施設になっていると感じました。

特に私がこれは良い!と思ったのが、塾スタッフのデスクが置いてある屋根裏部屋のようなスペース。

天井が低く、テーブルではなくちゃぶ台で勉強できるようになっているのですが、実家の茶の間を思い出すようななつかしさがあって、ここで昼寝勉強したいな~と思いました。

屋根裏部屋

学習センター9年目のスタッフ塚越さんとは、「入学者増というスーパーゴールと、目の前にいる生徒に寄り添いサポートすることの両方を追いかける難しさ」についていろいろとお話しました。次年以降の入学者を増やす施策と、今いる生徒の進路実現を応援する施策は、似ているようで少し違うと感じていて、バランスのとり方やどちらも追いかけられるやり方はないものか、といった課題感を共有しました。

弓削高校の状況を考えると、「弓削高校魅力化プロジェクトで何が起きているのか」「弓削高生の変容はどのようなものなのか」といったことが、島外はもちろん町内でもまだまだ浸透していない部分があるので、やっぱり目の前の生徒の変容を言語化し、発信し、それを魅力として外に伝える、というサイクルをどんどん回すのが良いのだろうな、と今は考えています。

魅力化コーディネーターの原さん

2日目は、魅力化コーディネーターの原さんから、教育魅力化におけるコーディネーターとはどのような役割なのか教えていただきました。

「コーディネーター」という名のとおり、ざっくりいうと組織や役職を超えて仲介したり連携を強めたり役割なのですが、教育寮の舎監に入って寮生のサポートをしたり、場合によっては自分で企画してプレイヤー側に回ったりと、その機能は多岐に渡るそうです。最近では、文部科学省が新たに「社会教育士」という職種を定義してあらゆる地域で社会教育士が活躍していますが、これもコーディネーターと言い換えることができそうです。

原さんから、「弓削高校魅力化プロジェクトにコーディネーターは必要か?」という問いを出されてみんなで一緒に考えたのですが、日常の業務内ではなかなかプロジェクトの全体像を俯瞰で見て進捗や数年先の未来を捉えることは難しいので、視察に来ることでこの時間が取れたことは有意義だったと思います。私個人的には“コーディネーター”をいう名前は別になくても”コーディネーター的に”動くことはできるのでそんなに必要性は感じないのですが、たとえば学校の先生から見た場合は、組織間の連携を公式に担う人がいることで依頼や相談がしやすくなることもあるのかな、など考えました。教育寮も2024年にオープンする予定ですし、今後の弓削高校魅力化プロジェクトの座組をどうするかについては、長期的な議論が必要そうです。

これからの弓削高校魅力化プロジェクト

海士町、島前高校は高校魅力化発祥の地ということで、ものすごくすべてが完成されているような気でいたのですが、実際に町を訪れて人と話をしてみると、着実に積み重ねてきたものを大事にしつつも新たな挑戦を続けているプロジェクトメンバーの皆さんの姿勢にふれることができました。例えば、隠岐島前教育魅力化プロジェクトでは今年度、新たに「お金も出すし口も出す!」をコンセプトに継続寄付というかたちでプロジェクト全体を応援するマンスリーサポーター制度を始めました。国のお金、町のお金ではなく、プロジェクトに共感する一人一人のお金で高校生と町を応援していこうという仕組みです。今後、この仕組みがどうなっていくのがすごく楽しみです!

隠岐島前教育魅力化プロジェクトにあって、弓削高校魅力化プロジェクトにまだないもの。

それは、安定的に生徒が入学してきてくれるという安心感かなと思います。

私たち塾講師も、弓削高校の先生方も、町の職員もみんな、来年は何人確保できそうかということに常にヒヤヒヤしています。

このヒヤヒヤは一朝一夕ではなくならないので、地道に今できることをやるしかないのですが、海士町を見ることでそういう未来はちゃんと来るんだ!と感じることができたのも事実です。

「弓削高校は魅力的な学校だから、ぜひ来てください!」

在校生も、卒業生も、町民も保護者も、教員も、みんながそう言って新しい仲間を弓削高校に迎えられるように、着実な一歩を積み重ねていきたいです。