2024/02/18 #Research
金属ハライドペロブスカイトとは、右図に示す結晶構造(一般式 ABX₃)を持ったハロゲン化物の総称です。近年太陽電池を含む光電変換デバイスへの応用が期待される材料群のひとつであり、一般的にA サイトに CH₃NH₃⁺ などの有機カチオンまたは無機カチオン Cs⁺ 、B サイトに Pb2+ または Sn2+ などの金属カチオン、X サイトにハロゲンイオンを持ちます。低温の溶液プロセスでの作製が可能であるにも関わらず、優れた光吸収特性、電荷移動特性を持った材料を実現しやすいことが特徴です。
ペロブスカイトは、ミクロな結晶構造として観測すればどれも同様の材料です。しかしその組成を変えたり、形状を変えたりすることで、マクロな材料としての性質には大きな違いが現れます。材料の色、光りやすさ、光の吸収しやすさ、電気の通りやすさ、様々な性質を制御できます。
代表的なマテリアルズエンジニアリングの一つは、材料の組成を変更することです。一般式 ABX₃で表されるペロブスカイトの場合、これはそれぞれの格子サイトに異なる原子または分子を用いることを指します。例えば、ハロゲン組成を変えるだけで材料の発光波長をほぼ可視光領域全体で制御可能であることが知られています。右の写真では、CsPbX₃ のナノ結晶においてハロゲン組成を変えた場合の色の変化が示されています(Nano Lett. 2015, 15, 6, 3692–3696)。
材料の形状を変化させることも、マテリアルエンジニアリングの一つです。下図に示す 4 つの写真は、材料の組成はどれも CsPbBr₃ ですが、その形状が左から順に量子ドット、薄膜、厚膜、単結晶と異なります。少し雑な例えですが、同じ種類のレゴブロックがあったとして、それをどのように組み合わせていくかで完成物がまるで違うものになる、というような理解で構わないと思います。
量子ドットとは、直径 10 nm 程度の半導体結晶を指し、ナノ結晶とも呼ばれます。半導体の物理的特性は、結晶サイズをこれほどまでに小さくすることで大きく変化し、とても強い発光を示すようになります。そのため量子ドットは主に LED やシンチレータなど、発光材料としての研究が盛んです。太陽電池や光検出器のように、光を吸収して電気を取り出したい場合、吸収に必要なペロブスカイトの厚さを考慮して材料を設計する必要があります。ペロブスカイトの場合、可視光線はおよそ 1 µm 以下の厚さで十分に吸収できるため、薄膜での応用が盛んです。X線やガンマ線を吸収する放射線検出器を作製する場合、100 µm 以上の厚さを持った厚膜やミリメートルサイズの単結晶を用います。
さて、ペロブスカイト材料の性質は、その組成や形状によって大きく変化しうることをここまで説明しました。今度は肝心の"どうやってそれを作るか?"という問題に焦点を当てます。薄膜の作製方法一つをとっても、スピンコート法、ダイコート法、インクジェットプリンティング、真空蒸着法など多種多様な作製方法が提案されています。それぞれの手法に長所・短所があり、目的に応じたプロセスを選択することが重要です。さらに、同じプロセスであっても、ペロブスカイトの成膜条件を変えれば当然出来上がる膜の品質にも違いが現れます。このため、プロセスの特徴や成膜メカニズムをよく理解して、目的にあった材料合成を可能とすることが重要になります。
私のこれまでの研究では「どうやってペロブスカイト材料を作るか?どうすれば高品質なものを作製できるか?」に焦点を当てています。
ペロブスカイトの実用化には、実験室レベルの材料合成手法から実用に即した手法への転換が必要です。京都大学在籍時には、ミストデポジション法と呼ばれる産業応用向きの成膜手法を検討し、この手法による高品質成膜の実現および成膜メカニズムの理解を進めました。具体的には膜厚 500 nm 程度の薄膜応用(太陽電池)と 100 µm 程度の厚膜応用(X線検出)を実現しました。
単結晶は多結晶薄膜に比べて欠陥密度が少なく、また十分な厚みを有しているため、X線やガンマ線の検出器としての応用が研究されています。University of Victoria 在籍時には、ペロブスカイト単結晶の合成法として最も一般に用いられている Inverse Temperature Crystallization (ITC) 法を開発した Makhsud I. Saidaminov のもとで、より革新的な単結晶合成法の開発に取り組んでいます。