光合成,すなわち葉における炭素固定は食糧生産の根幹をなす生理的プロセスであり,その改良は作物生産科学にとって重要な課題であり続けています.私たちは現在,下記のような研究課題を中心に光合成研究を進めています.
1.個葉光合成能の遺伝的改良
※本研究の一部は,福島国際研究教育機構(F-REI)委託事業「福島発ネガティブエミッション農業実現に向けた水稲のCO2固定機能強化技術の開発」の補助により行われています.
突然ですが,イネやダイズの「品種」の名前をいくつご存知でしょうか.では,世の中にイネやダイズの品種はどれほどあるでしょうか.100?500でしょうか?実はいずれの作物も,世界中に2万とも3万ともいわれる品種・系統が存在していると言われます.ところが,これらのほとんどは商業栽培には利用されていません.これら未利用の遺伝資源の中には,優れた光合成能力をもつ材料が眠っている可能性が高いと考えられますので,有用な材料を見出し,メカニズムを解明することで現行品種の生産性を向上させることにつながると期待されます.
ところが,光合成能力の測定は多くの時間と労力を必要とするため,大規模な品種群を対象に光合成能力の選抜を行うことは現実的ではありませんでした.そこで私たちはまず,そのためには多数のイネ品種を対象に,効率よく光合成能力を測定する技術の開発を行いました.その結果生まれたのが,光合成速度高速測定装置MIC-100です.この装置の開発成功により,光合成能力の測定効率が従来に比べ数倍に向上し,これまで不可能だった光合成能力の大規模選抜試験が可能となりました.現在,数百におよぶイネ品種を水田で栽培し,MIC-100を用いた光合成能力の選抜を行っています.その中から,これまで見つかっていなかったような,非常に高い光合成能力をもつ品種が見つかることを期待しています.
イネ品種群の空撮画像.草丈,葉色などが大きく異なっている.
MIC-100を用いてダイズの個葉光合成能を測定している様子.1枚当たりわずか数秒で測定が完了する.
2.変動光環境下での光合成応答の解明と改良
野外で生育する作物は,自身を取り巻く様々な環境の変化にさらわれています.例えばイネやダイズは春の播種から秋の収穫にいたる数カ月間,気温や光(日射),水分(雨),様々な病害虫によるストレス,土壌の肥沃度など,日々多くの要因に左右されながら生育します.中でも日射は,葉における光合成活性に直結する,極めて重要な要因です.
日射は,1日の中でも時間を追って激しく変化します.朝から昼にかけて強くなり,また夜に向けて弱くなるというパターンを示します.そして基本的には,光が強いほど光合成活性も高まります.ところがこうしたゆったりした変化だけでなく,日射は雲により遮られるなどして,分単位,ときには秒単位で劇的に変化します.以前は,このような激しい変化にされされた葉で,どのような光合成応答が起こっているのか詳細には分かっていませんでした.
私たちは,イネやダイズを対象として,特に暗い(曇った)状態から明るい(晴れた)状態に移行した際,光合成が活性化するスピードに,大きな品種間差(遺伝的差異)が存在することを示しました.すなわち,「寝起きが良いイネ品種」,「寝起きが悪いダイズ品種」など,まるで人間と同じような個性が存在することを見出したのです.これは驚くべきことだと考えています.
もしあなたが毎朝,寝起きからトップスピードで働けるとしたら,たくさん用事が片付けられるでしょう(残念ながら,私はそういうタイプの人間ではありません).同じように,日射が強くなってすぐにトップスピードで光合成が出来るイネやダイズを選抜・育成したら,より効率よく,たくさんの光合成をおこない,効率的に成長できると思いませんか.
私達はこのような考えのもと,作物における「寝起きの良しあし」を決める生理的・遺伝的メカニズムを解明すること,それを通して,野外環境下でより効率よく成長する作物を作出することを目指して研究を進めています.
突然の光強度の変化に対する光合成応答の模式図.活性化の速度に品種間差を見出した.
変動光条件を室内で再現し光合成測定を行っている様子.