最先端の作物生理学やデータ科学は,栽培現場において応用されることで初めてその意義が実証されます.私たちは岡山大学山陽圏フィールド科学センターを中心に大規模な試験圃場を有し,下記のような栽培研究を行っています.
1.超多収品種「北陸193号」の多収メカニズムの解明
※本研究の一部はムーンショット型研究開発事業「炭素超循環社会構築のためのDAC農業の実現」の補助により行われています.
一般に作物の収量性には,シンク能(例えばイネ1個体につく籾の数など)とソース能(シンクに有機物を充填する能力:例えば光合成やバイオマス生産性)の両方が関わるとされています.近年育成された超多収品種「北陸193号」は,一般的な品種と比較して1.5倍以上の収穫量を達成しうることが報告されています.この要因として,北陸193号ではシンク能とソース能の両方が優れていることが示されています.
では,北陸193号はどのようにして優れたソース能を達成しているのでしょうか?それが明らかとなれば,今後さらなる多収品種を開発する手がかりになると期待されます.私たちはこの点を明らかとするために,北陸193号と他の主要品種との栽培比較試験を行いました.その結果,北陸193号の植物体と葉の広がり方がユニークな3次元構造をしており,効率よく日射を受光できる形態をとっている可能性が示されました.日射の受光効率が高いということは,同じ条件で育てても光合成量が多くなり,より早く大きく成長できることを意味します.北陸193号の超多収性には,このような形態的特徴が寄与しているのかもしれません.現在,そのメカニズムの解明とシミュレーションモデルを活用した検証を進めています.
水田圃場(研究室から徒歩数分)における収量性比較試験の様子.
「北陸193号」植物体の3次元的な構造解析の様子.
2.気候変動を見据えたダイズの作期移動
※本研究の一部は戦略的イノベーション創造プログラム「豊かな食が提供される持続可能なフードチェーンの構築」の補助により行われています.
ダイズはわが国において古くから栽培されており,その優れた加工性と栄養価から現在ますます重要性が増している作物です.ところが現在,国内のダイズ生産は停滞しており,需要の増加をまかなうことが出来ていません.様々な育種・栽培面の改良努力にもかかわらず,面積あたりの収穫量がここ数十年停滞しており,食用ダイズの自給率は20%台と低迷しています.この停滞の大きな要因の一つは,本州以南におけるダイズの播種期と梅雨が重なり,生育初期に深刻な湿害を受けるからです.ダイズは元来,大雨や冠水に弱い作物であり,今後温暖化に伴い気象災害が激甚化すると,状況はさらに深刻化すると懸念されます.
そこで私たちは,ダイズの栽培期間を従来から大幅に変更することで,天候リスクの高い時期を回避する栽培体系を検証しています.具体的には,従来より2ヶ月以上早い4月上旬から栽培を開始する極早播き栽培,逆に2ヶ月以上遅い8月中旬以降から栽培を開始する極遅播き栽培です.もちろん,生育期間中の気温や日の長さなどが通常栽培と全く異なるため,従来の品種をただ時期をずらし栽培するだけでは正常な生育は見込めません.このため,本来北海道で栽培されているような品種,あるいは国内のダイズ品種ではほとんど見られない生育特性をもつ遺伝資源を海外から導入するなどして,栽培環境と品種の最適な組み合わせを探索しています.これによって通常栽培と変わらない収量を得ることが可能であることが分かってきました.本研究を通して,将来予想される気候変動にも強く,安定したダイズ生産を行える栽培体系が確立されると期待されます.
極早播き,極遅播きダイズ栽培のイメージ
8月下旬における遅播き実験圃場の様子.本来生育後半であるはずのダイズがまだ小さい.