研究テーマ:餌の正確な捕獲を可能にする、カマキリ前肢の運動制御メカニズムの解明
「カマキリってどんな虫?」と聞かれて、返答に困る人はほとんどいないのではないでしょうか。それくらい、日本人にとってカマキリは身近な存在です。
鎌のような前脚を目にも止まらぬ速さで繰り出して餌を捕まえる様子は、多くの子供たちの興味を惹きつけてやみません。かくいう私も、子供のころは祖父母宅の庭でカマキリを捕まえてきては、餌となるバッタやコオロギを食べさせ、バリバリと食べ進める様子を飽きる事無く見ていたものです。
そして、23歳になった私は、変わらずカマキリが餌を捕獲する様子を観察しています。
「カマキリの捕食行動がこんなにも正確に行われるのは、なぜだろう?」
こんな疑問を今も昔も変わらず抱きながら、研究を行っています。
ちょっとだけ詳しく…
ヒトの脳に存在するニューロンの個数はおよそ860億と推定されているが(Herculano-Houzel S, 2009)、昆虫の脳に存在するニューロン数はヒトと比べて遥かに少なく、例えばショウジョウバエの脳に存在するニューロンは約10万個である(Scheffer et al., 2020)。しかし、昆虫は歩行や跳躍などの脊椎動物にも共通してみられる運動を行う(Bässler & Büschges, 1998; Simmons et al., 2010)。
カマキリの捕食行動では、鎌状に発達した前肢を用いて餌を挟み込み、捕獲する(Corrette, 1990; Prete et al., 1990)。カマキリ(及び収れんを示す幾つかの種)が他の昆虫と決定的に異なる点は、前肢の可動域の大きさ(多関節による冗長な自由度を持つこと)である。他の昆虫も前肢を用いた運動を行うが、その多くは単なる歩行であったり、頭部の周辺にある物体を支持するにとどまる。フレキシブルな前肢運動は、カマキリの捕食能力に大きく貢献しているといえる。
カマキリの捕食行動は,餌の検出,定位,接近,ストライクの4つの段階があるとされており(Yamawaki, 2017),それぞれの段階について動物行動学や比較生理学の観点から多くの研究が行われてきた( Nityananda et al., 2019など)。これらの研究は餌を捕食するまでの行動に焦点を当てたものであり,ストライクが行われた後のカマキリの動作を詳細に調べた研究は存在していない。しかし、カマキリの捕食行動を観察すると、一度餌を捕獲した後に、掴む位置を変えてより安定して拘束する動作がみられる。この動作は、餌と前肢の位置関係を評価し、適切な位置へと修正するという意義があると推測される。
そこで、私はカマキリが餌を把握した後に、より安定的な位置へ前肢を動かす動作を「餌持ち替え行動」と定義し、餌持ち替え行動の特徴およびその生起条件に注目して、カマキリが餌を正確に捕まえるメカニズムの詳細な解明に向けて研究を行っている。