3D-RISM理論による溶液中高分子の慣性半径計算法の開発
"Development of a Theory Describing the Radius of Gyration of Polymers in Solution Based on the Integral Equation Theory of Molecular Liquids". Kodai Kanemaru, Tsuyoshi Yamaguchi, Naoyuki Sakumichi, Takamasa Sakai, and Norio Yoshida J. Phys. Chem. B, (2025) 129,9769-9780 (DOI:10.1021/acs.jpcb.5c03519)
この論文は、溶液中のポリマーの回転半径を予測するための新しい理論を提案しています。フローリーの平均場理論を基盤とし、分子内の短距離相関は3D-RISM-SCF法で、モノマー間の長距離相互作用はPRISM理論で取り扱います。高分子主鎖の回転に関する自由エネルギー面を3D-RISM-SCFで計算し、そこから持続長と排除体積を計算します。この方法により、MDシミュレーション等では困難な持続長と排除体積それぞれへの溶媒効果を分けて評価することが可能になりました。
Molecular Dynamics Insights into LA Behavior in Raft-like Membranes
"Unraveling the Disruptive Mechanism of Local Anesthetics on Raft-like Ordered Membranes:Simulation Studies”. Sirin Sittiwanichai, Kodai Kanemaru, Masanao Kinoshita, Nobuaki Matsumori, Norio Yoshida, J. Chem. Inf. Model, 2025.(Accepted)
Local anesthetics (LAs) alleviate pain by blocking sodium ion influx through voltage-gated Na⁺ channels, with their diverse physicochemical properties enabling specific channel interactions. In this study, we examined the membrane perturbation effects of three LAs — dibucaine, tetracaine, and lidocaine — with varying steric bulk, using umbrella sampling molecular dynamics simulations in a raft-like ordered (Lo) membrane. Both uncharged (-u) and protonated (-p) forms were analyzed. Our findings revealed that uncharged dibucaine (Dib-u) preferentially localizes in the hydrophobic core, inducing significant membrane disruption, while lidocaine (Lid-u) exhibits rapid diffusion without specific localization. The steric effect strongly influences the translocation behavior of LAs-u, but not LAs-p. Further analysis using 3D-RISM confirms the amphiphilic nature of LAs-u and the enhanced hydrophilicity of LAs-p. These results highlight the role of steric and solvation effects in modulating LA–membrane interactions, offering valuable insights for anesthetic design and membrane-targeted applications such as biosensors.
3D-RISM理論と分子シミュレーションによるSARS-CoV2 スパイクタンパク質とヒトACE2タンパク質の結合過程の解析
"Computational Analysis of the SARS-CoV-2 RBD–ACE2-Binding Process Based on MD and the 3D-RISM Theory" Norio Yoshida, Yutaka Maruyama, Ayori Mitsutake, Akiyoshi Kuroda, Ryo Fujiki, Kodai Kanemaru, Daisuke Okamoto, Alexander E. Kobryn, Sergey Gusarov, Haruyuki Nakano, J. Chem. Info. Model. (2022) 62, 2889-2898 (DOI: doi.org/10.1021/acs.jcim.2c00192 )
世界を混乱と恐怖のずんどこに陥れているコロナウイルスのヒト細胞への侵入の初期過程について研究を行いました。コロナウイルスの表面にはスパイクタンパク質と呼ばれる突起が無数に存在し、その突起とヒト細胞表面のタンパク質(ACE2)が結合することで、侵入が開始されます。この研究では、このタンパク質結合過程に対して、分子シミュレーションによりタンパク質の構造変化を、3D-RISM理論により溶媒和自由エネルギーを評価することで、どのような構造変化が起こっているのか?そのとき周りの水はどのような役割を果たすのか?を明らかにしました。この研究は、カナダ国立ナノテクノロジー研究所のSergey Gusarov博士・Alexander Kobryin博士のグループおよび明治大学・光武研究室との共同研究として実施されました。
3D-RISM理論と線形応答理論による、溶液が誘起するタンパク質の大きな構造変化の探索手法の開発
"A computational method to simulate global conformational changes of proteins induced by cosolvent", Shoichi Tanimoto, Koichi Tamura, Shigehiko Hayashi, Norio Yoshida, Haruyuki Nakano, J. Comput. Chem. 2021, 42, 552-563 ( DOI:10.1002/jcc.26481 )
生体内では溶液環境の変化によってタンパク質の大きな構造変化が引き起こされることがあります。例えば、タンパク質の変性などは代表的な例です。このような構造変化をシミュレートするためには、タンパク質構造変化を効率良く予測する手法と、溶液環境の効率的な記述が必要になります。そこで、本研究では、大きなタンパク質構造変化を予測できるLRPF法と、混合溶液の溶媒和を効率良く計算できる3D-RISM理論を組み合わせた手法を開発し、このような溶液環境が誘起する生体分子の遅く大きな構造変化の探索手法を構築しました。この手法を、ユビキチンの尿素変性へ適用し、変性の初期過程を再現することに成功しました。本論文はJ.Comput.Chem.誌の表紙に選ばれました。
3D-RISM法とストリング法による生体内イオン・小分子輸送の最小自由エネルギー経路探索手法の開発
"A newmethod for finding the minimum free energy pathway of ions and small molecule transportation through protein based on 3D-RISM theory and the string method", Norio Yoshida, Chem. Phys. Lett., 2018, 699, 22-27 (DOI: 10.1016/j.cplett.2018.03.034)
イオンチャネルや水チャネル、アンモニアチャネルなど、多くのチャネルタンパク質が存在し、細胞内外の物質輸送を担っています。しかし、その機構解明は難しく、現在でも多くの研究者が解析手法の開発に取り組んでいます。チャネル内の物質輸送(例えばイオン)は、自由エネルギー曲面によって特徴付けられますが、複雑に入り組んだタンパク質内のイオンの自由エネルギー曲面を求めること、さらにはその曲面上の最安定経路を決定する事は容易ではありません。自由エネルギー曲面はチャネルタンパク質や脂質膜の構造、イオンの周りの水の分布に対する配置積分から求められます。分子動力学シミュレーションではこの配置積分を、ニュートン方程式にもとづく原子座標の時間発展をもとに数値積分を行うため、一般にチャネルの物質透過のようなレアイベント(分子シミュレーションの実行時間内では起こりづらい現象)の配置積分は難しいことが知られています。 本手法では、特にイオンや水といった溶媒分布に焦点をあて、3D-RISM法でそれらの分布を求めることで効率良く最安定経路を決定する事が可能となります。3D-RISM法は液体の統計力学理論に基づいて溶媒に関する配置積分を解析的に行うため、全空間の完全な配置積分を得ることができます。得られた分布からイオンに対する平均場ポテンシャルを求め、その曲面上の最安定経路をストリング法で決定します。 本論文では、タンパク質の構造は固定していますが、MDシミュレーションとの組み合わせによりタンパク質構造変化の影響も取り入れた解析に現在取り組んでいます。
3D-RISM法のドラッグデザインへむけた展開に関する解説論文
"Role of Solvation in Drug Design as Revealed by the Statistical Mechanics Integral Equation Theory of Liquids", Norio Yoshida, J. Chem. Info. Model., 2017, 57, 2646-2658 (DOI: 10.1021/acs.jcim.7b00389).3D-RISM理論は、近年、Amber(AmberTools)やMOEといった汎用ソフトウェアへ搭載され、誰でも簡単に使えるようになってきています。また、溶媒和構造を簡便・高精度に決定できることや、溶媒和に関わる熱力学量を容易に計算できることから、幅広い分野への利用が期待できます。本稿では、とくにドラッグデザイン分野への応用を念頭に、3D-RISM法の有効な利用法を、近年の研究例を交えて紹介しています。 レビューでは、主として3つの解析手法、すなわち、分布関数に基づく結合親和性の解析、分布関数からのリガンド位置予測手法、そして、結合自由エネルギー解析です。これらの手法は単独でも強力な手法ですが、連携して使うことでタンパク質の分子認識を統合的に解析することが可能になります。すなわち、どこに、なにが、どのように、どれくらい安定に結合されるか、を知ることができるのです。 本レビューはJCIM誌のカバーに選ばれました。
FMO/3D-RISM法の変分的定式化と高効率連成手法の開発
"Efficient implementation of the three-dimensional reference interaction site model method in the fragment molecular orbital method", Norio Yoshida, J. Chem. Phys., 2014, 140, 214118 (13pages) (DOI: 10.1063/1.4879795).
生体分子の全電子状態計算を可能にするフラグメント分子軌道法(FMO法)と,生体分子の溶媒和理論である3D-RISM理論を組み合わせたFMO/3D-RISM法の変分的定式化とそこから導かれる自由エネルギーの解析的一次微分を提案するとともに,高効率連成手法も提案しました。FMO法はすでに広く使われており,特に創薬分野において薬剤分子とタンパク質の相互作用の高精度予測に用いられています。こういった薬剤分子(リガンド)とタンパク質の選択的な結合は「分子認識」とよばれています。 分子認識においてはタンパク質ーリガンドの直接的な相互作用はもとより,溶媒が果たす役割も大変重要です。と,いうのも分子認識の過程で脱水和・脱溶媒和という現象が起こるからです。リガンドはタンパク質に認識される前は溶液(水)中に存在しており,水分子と相互作用しています。そのリガンドがタンパク質に結合するためにはそれまで纏っていた溶媒分子を脱ぐ必要があります。これが脱水和・脱溶媒和です。リガンドが脱水和してタンパク質に結合すると,リガンド—水の直接的な相互作用だけでなく,系全体のエントロピーも変化します。すなわち,自由エネルギーを基準として分子認識を取り扱う必要があるのです。 3D-RISM理論はタンパク質・リガンド・水(溶媒)の相互作用を自由エネルギーという観点から扱うことのできる理論です。 今回提案したFMO/3D-RISM理論では,リガンド—タンパク質間の相互作用を量子化学的に高精度に見積もると同時に,溶媒の自由エネルギー変化を扱うことができます。このような特徴を活かして今後応用を行っていく予定です。
Volumetric 3D-FFTを用いた超高並列3D-RISMプログラムの開発
"Massively Parallel Implementation of 3D-RISM Calculation with Volumetric 3D-FFT", Yutaka Maruyama, Norio Yoshida, Hiroto Tadano, Daisuke Takahashi, Mitsuhisa Sato, Fumio Hirata, J. Comput. Chem., 2014, 35, 1346-1355. (DOI: 10.1002/jcc.23619)
近年のスーパーコンピュータの発展に伴い,これまでは到底不可能であった系の分子科学的計算が可能になってきています。このような背景の下,3D-RISMプログラムの超高並列化に対応した新手法の開発と京コンピュータ上での高度実装を行いました。 3D-RISM法では畳み込み積分を行うための3次元フーリエ変換が律速となります。3次元フーリエ変換の並列化は通常は1軸に対してのみ行うので,1軸上のグリッド数に最高並列数が限られるという欠点がありました。そこで,本プログラム用に新たに開発されたVolumetric 3D-FFTを実装することでこの欠点を克服,同時に全体全通信を削減することにも成功し16,384ノード(131,072コア)での並列化を可能にしました。 本論文はJ. Comput. Chem. 誌の表紙になりました。
拡張MOZ理論の開発
"Extended Molecular Ornstein-Zernike Integral Equation for Fully Anisotropic Solute Molecules: Formulation in a Rectangular Coordinate System", Ryosuke Ishizuka, Norio Yoshida, J. Chem. Phys., 2013, 139, 084119 (10pages).
分子の配向を露わに取り入れた液体の積分方程式理論(MOZ理論)に3D-RISMの要素を取り入れ,従来は難しかった複雑な形状の分子に適用出来る拡張MOZ理論を開発しました。従来のMOZ理論では2体相関関数を球面調和関数によって展開していました。そのため,複雑な形状の分子に対しては展開をかなり高次まで取ったとしても、数値的に精度を上げることが難しいという欠点がありました。本手法では,溶媒分子の配向は球面調和関数で展開し,溶質—溶媒間のベクトルは3次元直行格子で扱うという,3D-RISMと同様の拡張を行いました。この研究は京都大学・石塚良介博士(現・大阪大学基礎工学部・助教)との共同研究として,アメリカ物理学会誌から出版されました。この研究は九州大学教育研究プログラム・研究拠点形成プロジェクト(P&P)のサポートを受けて実施されました。現在,拡張MOZプログラムのさらなる高速化と,電子状態理論との連成手法の開発を行っています。
Diels-Alder反応における塩効果の理論的研究
"Theoretical Study of Salt Effects on Diels-Alder Reaction of Cyclopentadiene With Methyl Vinyl Ketone Using RISM-SCF Theory", Norio Yoshida, Hidetsugu Tanaka, Fumio Hirata, J. Phys. Chem. B, 2013, 117, 14115-14121. (DOI: 10.1021/jp4091552)
Diels-Alder反応は炭素結合を生成する基本的な反応の一つです。この反応は塩の添加により反応が促進されることが知られています。本研究では,CyclopentadieneとMethyl Vinyl KetoneのDiels-Alder反応を例に,RISM-SCF法を用いて塩添加による反応促進の分子論を明らかにしました。この研究は三井化学(株)・田中英次博士,立命館大学・平田文男教授との共同研究として,アメリカ化学会誌から出版されました。
KcsAイオンチャネルの選択的イオン透過に関する解析
"Probing “ambivalent” snug-fit sites in the KcsA potassium channel using three-dimensional reference interaction site model (3D-RISM) theory", Saree Phongphanphanee, Norio Yoshida (equal contribution with the 1st author), Shigetoshi Oiki, Fumio Hirata, Pure and Applied Chem., 86, (2014) 97-104
KcsAイオンチャネルはカリウムだけを選択的に透過するイオンチャネルです。しかし近年,ナトリウムやリチウムといった透過しないはずのイオンも,チャネル内に取り込むことが分かりました。本研究は,これらのイオンがチャネル内でどのように分布するのか,その分布における水の役割はどのようになっているのか,を液体の統計力学理論を用いて明らかにしました。