四日市北地区に広がる県下一の宇佐平野
私たちが住んでいる四日市北地区は、大分県宇佐市に位置し、市民生活を支える商業の中心地です。古くは、台ノ原丘陵地から石器や土器、竪穴式住居・集団墓地の他、炭化した籾が多量に発見されるなど、数万年前からこの地域に生活が営まれていた跡がみられます。それから経ること戦国時代、豊後の国キリシタン大名であった大友宗麟の招きで渡邉筑後守光がこの地に居を構えたことにより、現在の町の姿がつくられて行きます。
〇永禄元年(1558年)渡邉氏が肥前国鬼子嶽城から移し、商売繁盛の蛭子様を御祭神とする櫻岡神社の建立による商業の町。
〇江戸時代、九州の真宗寺院を総監する九州御坊と呼ばれ、旧豊前日向街道や大牟田に通じる麻生古道などから、多くの信者や旅人が訪れ地域に繁栄をもたらした四日市別院 。
〇徳川幕府の直轄地であった四日市陣屋。
〇江戸末期から明治時代にかけては、地元が生んだ国学者敷田年治による伊勢山塾は宇佐地域の学問の発祥。
〇昭和14年(1934年)10月1日に開隊した宇佐海軍航空隊の遺構は、平和を願う礎として大切に保存。
このように多くの史跡や歴史の文化が漂う町ですが、今日では「からあげ専門店発祥の地」として全国的にも知られるなど変わった一面もみられます。また、東九州自動車道宇佐ICが近くにあり県内外からの交通アクセスが良く、温暖な気候で大きな天災や災害もなく、丘陵地からは「穀倉地が広がる県下一の宇佐平野」や「周防灘」「国東半島の岬」が一望できるなど、自然環境にも恵まれた豊かなところです。
🔵私たちが住む四日市北地区の近隣には、全国に約44000社ある八幡神社の総本宮で2025年にご鎮座1300年を迎えた「宇佐神宮」や、昭和の名横綱で69連勝は不滅の記録として続いている「第35代横綱双葉山」の生家などがあります。