研究資料:「社会的表象論」翻訳草稿
研究資料:「社会的表象論」翻訳草稿
「社会的表象という現象」
セルジュ・モスコヴィッシ著
八ッ塚一郎訳
Serge Moscovici(1984) “The Phenomenon of Social Representation"
(Farr & Moscovici edt,(1984) Social Representations)
→現在は下記に収録
S.Moscovici (2000) Social Representations: Explorations in Social Psychology.
Cambridge:Polity Press.
社会的表象という現象
Ⅰ 環境としての思考
(1)科学以前の思考・科学的思考・ありふれた思考
科学以前の思考(あるいは、そう言ってよければ、科学以前の素朴(primitive)な思考)は、ひとつの信念と結びついている。それは、「精神には、はかり知れない力がある」という信念である。科学以前の思考には、「精神のはかり知れない力」が、世界をつくり出す、という前提がある。はかり知れない精神の力は、世界中に行き渡って、世界を生命力で満たし、さらには、万物の生成流転をも司る。
一方、近代科学の思考は、それとは正反対の信念に立脚している。近代科学の根底にあるのは、「物体こそがすべてである」という信念である。近代科学においては、思考をつくり出すのも、思考の流れを形作るのも、すべては、物体のはたらきである。思考とは、精神のうちに取り込まれた、物体のことである。
素朴な思考の場合には、思考が、世界に働きかけている。それに対し、科学の場合には、現実に対する反作用が、思考である。前者(素朴な思考)においては、思考が形を取ったものが、物体である。それに対し、後者(科学)においては、物体の写しが、思考である。あるいは、次のような言い方をしてもいいだろう。素朴な思考の場合には、われわれの願望が、現実となる(それはもとより、希望的観測でしかないのかも知れないが)。それに対し、科学的思考の場合には、現実の物体を、われわれが願望する(あるいは、現実にあるものしか、われわれには願望できない)。
このように、二つの思考は対称的である。しかし、これら二つの思考は、同じ源に端を発している。その源とは、人間の宿命とでも言うべきもの、すなわち、征服できない力に対する、本能的な恐怖である。自らの無力感を、想像の力を借りて補おうとする、人間の努力、それが、これら二つの思考の、共通する源である。二つの思考--原始的思考と科学的思考--の間に違いがあるとすれば、それは、原始的思考にとっては、自然こそが畏怖の対象であったのに対して、科学的思考にとっては、思考こそが最大の謎であった、という点だけであろう。歴史を振り返ってみれば、原始的思考は、人間が何百万年にもわたって生存することを可能にしてきた。一方、科学的思考は、わずか数世紀の間に、驚異的な実績を上げてきた。このように、二つの思考は、いずれも、人間にとって価値あるものであった。そうである以上、これら二つの思考は、人間の、内なる世界と外なる世界との関係について、それぞれが、一面の真実を示しているに違いない。その真実の一面をこそ、われわれは考究しようとしているのである。
さて、言うまでもないが、社会心理学は、原始的思考ではなく、近代的な科学的思考の産物である。この社会心理学は、認知システムを研究する場合には、次のことを前提としている。
(i)人間は、現象、人々、出来事などといった、客体に反応する。これは、一般人だろうと、科学者や統計学者だろうと、変わらない。
(ii)理解とは、情報処理のことである。
言い換えると、まずは世界が存在していて、しかるのちに、それを人間が知覚するのだ、というのが、社会心理学の前提である。知覚するのも、観念を抱くのも、あるいは、因果関係を探索するのも、それらはすべて、環境(物理的環境でもいいし、疑似的環境でも構わない)からの刺激に対する、反応である。このように、主体と環境とを区別するのが、社会心理学の前提である。人間は、客体を正確に評価できる、とか、人間は、現実世界を十分に把握できないと気がすまない、などと、社会心理学は仮定している。一方、環境もまた、自律性をもっていて、人間とは独立に存在している。つまり、環境は、人間の都合や欲求とは無関係に存在すると、社会心理学は仮定している。これらの仮定のもと、社会心理学は、認知的バイアス、主観的歪曲、感情による認知の歪み、などといった、誰もが経験する現象を研究してきた。ここで言うバイアスや歪曲とは、いずれも、客体を基準としたときの、そこからのずれや歪みのことである。
しかし、いくつかの日常的な事実は、社会心理学が立脚する、この二つの公準とは、矛盾している。
(a)まず第一に、人間には、目の前の、自明の事実すら、認識できない場合がある。たとえば、若者には、老人の存在が目に入らないことがあるし、白人の目には、黒人など映っていない、という場合もある。年齢や人種が違えば、文字通り「目の前」に立っている人でさえ、まるで視界が曇っているかのように、見えなくなってしまうことがある。ある優れた黒人作家の文章が、それを物語る。
私は、見えない人間である。もちろん、私は、エドガー・アラン・ポーが見たような亡霊ではないし、ハリウッド映画の幽霊でもない。私は、血と骨、神経と体液でできた、ひとりの人間である。私は、実体を伴った人間だし、心だって立派に備えている、と言っても、別に言い過ぎにはならないだろう。それでも、私は、見えない人間である。人々が、私を見ることを拒んでいるから、私の姿が目に見えないのだ。サーカスに行くと、「生きている生首」という見世物が掛かっていることがある。人間の胴体を、うまく鏡で囲んでしまうと、胴体が消えてしまって、まるで頭しかないように見せかけることができる。この見世物と同じことで、私は、堅い、歪んだ鏡で、ずっと囲まれてきたようなものである。人々は、私を取り囲んでいる、私ではない何か、つまり、想像上の鏡に映った、彼ら自身の想像の産物を、見ているだけなのだ。(Ellison,1965,P.7)
ものが見えなくなってしまう、と言っても、眼球に送られる情報自体は、別に何も欠けてはいない。ものが見えなくなってしまうのは、現実が、あらかじめ、分節化されてしまっているからである。言い換えると、見えるものと見えないものとが出てきてしまうのは、現実を構成している人間や事物が、あらかじめ、分類されてしまっているからである。
(b)第二に、これもしばしば経験することだが、当たり前の事実、すなわち、われわれの理解や行為を支える基本的な事実が、突如として、ただの幻影に変わってしまう、ということがある。たとえば、地球のまわりを太陽が回っている、というのは、何千年もの間、自明の事実とされてきた。それどころか、今でも、われわれの目には、地球は静止していて、そのまわりを太陽が回っているようにしか見えない。しかし、この自明の事実は、コペルニクス以降は、ただの幻影でしかない。本当は、静止した太陽のまわりを、地球が回っているのだと、誰もが知っている。このように、われわれは、見かけの姿と、現実とを、区別している。われわれが、見かけの姿と現実とを、区別することができるのは、なにがしかの観念やイメージのおかげである。この場合には、地動説のイメージや観念のおかげで、私たちは、見かけの姿から、現実の姿を導き出すことができる。
(c)第三に、出来事や刺激に対して、われわれはいつも、出来合いの定義にあわせて、対応したり、反応したりしている。この定義は、集団のメンバー全員に共通するものである。たとえば、路上で、転倒した車、負傷した人、調書を取っている警官などを見かけたら、われわれは、「事故」が起きたな、と考える。また、われわれは、日々新聞で、「事故」という見出しのついた、衝突や大破の記事を目にしてもいる。しかし、このような、「大なり小なり悲劇的な結果をもたらす、自動車の走行の意図せざる中断」という出来事は、われわれが、それを「事故」と定義しているから、事故と呼ばれているのに過ぎない。この定義以外には、事故を「事故」たらしめているものは、何もないのである。もし、この定義を離れて、”事故(アクシデント)”ということばを使うならば、それは、偶然の出来事、という意味しかもたない。しかし、自動車事故の犠牲者数は、統計をとれば、曜日別にでも地域別にでも、実際に予測できる。だから、自動車事故は、偶然の出来事、すなわち、”事故(アクシデント)”ではない。それは、高圧で加速された原子が分解しても、”事故(アクシデント)”とは呼ばれないのと、同じことである。自動車事故は、”事故(アクシデント)”ではなく、特定の定義に基づいた「事故」である。われわれが、自動車事故に対応し、反応するとき、社会の都市化、車のスピード性能、街の交通量、公共交通機関の不備、などを持ち出すのも、自動車事故が、単なる”事故(アクシデント)”以上のもの、すなわち、「事故」であるからである。
以上、社会心理学の公準とは矛盾する、3つの日常的な事実を挙げて来た。これら3点には、いずれも、表象(representations)がかかわっている、という点に注意しておこう。まず、(a)についていえば、あるものが見えるのは、表象のおかげである。表象が、何が見えるかをわれわれに示す。そして、その表象に、われわれは反応している。(b)についていえば、表象が、見えの姿と、現実とを、結びつけている。(c)についていえば、表象が、現実を定義している。さて、私としては、ここでいう表象は、いわゆる外的世界とは、なんら対応関係をもたない、などというつもりはない。私が言いたいのは、もっぱら表象によって現実が構成されるのであって、認知システムはおろか、知覚システムさえ、表象に順応しているに過ぎない、ということである。バウアーは次のように書いている。
知覚するということは、世界についての、すでに存在している表象を、知覚システムによって解釈する、ということである。人間がつくった社会の中で生活する以上、表象を知覚することは、事物を知覚するのと、同じくらい重要なのである。ここでいう表象とは、人間によってつくられた刺激のことである。それは、自然界に存在する、視覚的、聴覚的刺激と、同等のはたらきをもつ。それどころか、表象は、物理的刺激に十分にとってかわり得る力をもつ。表象は、物理的現象が与えるのとまったく同じような経験を、われわれにもたらす。(Bower,1977,p.58)
われわれにとって、世界とは、われわれが知覚し経験する世界にほかならない。われわれが、その知覚し経験する世界に出会うのは、表象を通してのみである。だから、ある場合には、表象という人工物が、さらにまた別の人工物を表象している、ということがある。また他方では、素粒子や遺伝子などのように、自然界では直接目に見えない実物の代わりを、表象が務める、ということもある。そのため、厄介なことに、場合によっては、ある表象を別の表象から区別したり、表象をそれが表しているものから区別するための、目印のようなものが必要になることもある。つまり、「これは、何かを表す表象である」とか「これは、その表象によって表されている何かである」などと、表すもの表されるものを識別するための目印が、入り用になってくる。画家のルネ・マグリット(訳注2,3)は、パイプの傍らに、そのパイプを模写した絵が架かっている、などといった情景を、絵画にしているが、この絵はまさに、そういうやっかいな状態の好例である。画中の“パイプの絵”の絵から、われわれは、「これはパイプをあらわす(=これはパイプそのものではない)」というメッセージ、すなわち、二つのパイプの違いを示すメッセージを、読み取ることができる。一方、改めて、絵の傍らの、「現実」のパイプに目を転じれば、そのパイプこそが現実であって、絵の中の”パイプの絵”は、表象に過ぎない、ということがわかる……。しかしながら、こういった解釈は誤りである。どちらのパイプも、われわれの目の前の、同じキャンバスに描かれたものなのだから。パイプの片方は、それ自身が、絵の中に描かれた”絵”なのだから、もうひとつのパイプよりも、わずかながら「現実でない」、といった考えもあろう。しかし、これは全くの幻想である。ひとたび、「額縁の中に入り込んで」しまったら、われわれは、そこに描かれていることこそが、究極の現実であるかのように、思い込んでしまう。つまり、額縁の中のイメージを、現実として受け入れてしまうことになる。しかし、その現実もまた、決して、究極の現実ではなく、さらに広い現実の中の何かを、表象しているに過ぎない。たとえば、額縁の外には、その絵を美術館に並べる人々、その絵を鑑賞する人々、その絵について思索する人々、審美的な反応を抱いたり、それを通じて、絵画一般への理解を深めていく人々、などがつくる、さらに広い現実の世界がある。額縁の中に入り込んでしまうと、描かれたパイプこそが究極の現実に見えてしまう。しかし、そのパイプもまた、さらに広い現実の中の何かを、表象している。それは、画中の”パイプの絵の絵”が、額縁の中のもう片方のパイプを表象しているのと、同じことである。
この、いかなるものも、必ず、他の何かを表象している、という事実は、ごく普通の人々--ことさら科学的な測定装置を用いるわけでもなしに、世界について考え、分析している、ごく普通の人々--にも、同様にあてはまる。考え、分析している、その当の世界が、文字通りの社会的な世界である場合には、特にそのことがあてはまる。表象によって歪曲されていない情報などは、あり得ない。われわれの眼前にある人々や物体には、すでに、表象が「重ね合わされて」いる。だから、その人々や物体は、必然的に、曖昧とならざるを得ないし、また、部分的にしか知覚できない。人々や物体が見える、ということは、われわれの受け継いできた遺伝的傾向、われわれの学習してきたイメージや習慣、われわれがその人々や物体について保持してきた記憶、われわれの文化的カテゴリー、これらすべてが協力して、その人々や物体を、そのように見えしめている、ということなのである。したがって、眼前に、何がしかの人間や物体があるとしても、それは、結局のところ、知覚、意見、観念、さらには生命が織りなす、秩序だった連鎖反応の、ひとつの構成要素でしかない。このありふれた思考に立ち返ることこそが、精神生活の領域に、社会心理学的に接近するための基本である。私が本書で目的としているのも、この平凡な思考を、実り多いかたちで、提出しなおすことである。
(2)社会的表象の性格~慣習的性格と規定的性格
さて、思考が環境である、とは、どういう意味だろうか?。読者は、素朴に、次のように考えるかもしれない。「われわれはみな、個人的にも集合的にも、言葉、観念、イメージに取り囲まれている。これらは、好むと好まざるとにかかわらず、知らないうちに、われわれの目、耳、精神に入り込んできて、われわれに働きかけてくる。それはちょうど、電波で運ばれて空中を漂っている、目に見えない無数のメッセージが、電話機で言葉に、テレビで映像になるようなものだ」と。しかしながら、このような電波の比喩は、厳密には、不適切である。表象は、われわれの認知活動に、どのように介入しているのか。表象から独立した認知活動はあるのか。それとも、表象こそが、認知活動を決定しているのではないか。これらの問題について、もっと正確に記述してみることにしよう。
まず、自然環境であれ、社会環境であれ--表象は、その両方に関係するのだが--、環境には、2つの側面があることに注意する必要がある。すなわち、環境には、環境それ自体がひとつの自律的存在である、という側面と、環境が、人間や人間の集合体に制約を課す、という側面とがある。環境としての表象にも、同様に、二つの側面があると考えられる。
(a)第一に、表象は、新奇な物体、人々、出来事を、慣習化(conventionalise)する。すなわち、表象は、新奇なものに、明確な形を与え、所与のカテゴリーにあてはめてしまう。そして、新奇なものを、以前から人々が共有している、特定の類型の、典型的・模範的なモデルとして、定着させてしまう。そのため、新奇なものが持っていた、目新しい要素は、すべて、この模範的なモデルと結びつき、モデルの中に溶け込むことになる。たとえば、「地球は丸い」という奇異な観念を、われわれが容易に信じられるのは、われわれが、ボール状の物体という類型の、ひとつの模範的なモデルとして、地球をとらえているからである。共産主義という、これも最初は非常に新奇だった思想は、赤い色という、既になじんでいた類型の、ひとつの典型的なモデルとして、把握されるようになった。また、インフレという難解な経済用語は、貨幣の値打ちが下がってしまうという、よく知られた現象と結びつき、それを典型的にあらわすモデルとなっているからこそ、理解される。モデルとしてはうまく収まらないほど新奇なものであっても、われわれは、その新奇な人や物体に、無理やり、何らかの形をとらせ、そして、同じカテゴリーに属する他の要素と、同一視してしまう。われわれは、いかなる危険を犯してでも--下手をすれば、当の新奇なものが、適切に理解されなかったり、そもそも何だったのかわからなくなってしまったりする危険がある--、そのようにするのである。
バートレットは、その知覚研究を、こう結論づけている。
ある記号を、被験者に記憶させ、再現させる場合には、おおむね、次のような傾向が見られた。既に慣習となっているような、何らかの表象形式が、あらかじめ存在している場合には、刺激として与えた記号から、見慣れない特徴が消失し、記号全体が、より身近な形に同化してしまう。たとえば、「稲妻」は、たいてい、例のありふれたジグザグ模様になってしまうし、「下あご」は、鋭く尖った角度を失って、普通の顔らしい、通常の、慣習的な表象に近づいていく…… (Bartlett,1961,P.106)
このような慣習のおかげで、われわれは、何が何をあらわしているのかを、知ることができる。たとえば、方向の変化は、動きをあらわしている。色のちがいは、温度をあらわしている。ある症状は、ある病気をあらわしている。たとえば、あるメッセージを、有意義なものとして解釈すべきかどうか、あるいは、メッセージと見えたものは単なる偶然に過ぎなかったのかどうか、それを判断できるのも、こういった慣習のおかげである。メッセージの意義は、すでに存在している慣習によって、確定される。すでに存在している慣習に照らすことで、たとえば、ある人の腕が挙げられたのは、注意を引くためなのか、友人に挨拶するためなのか、それとも、もどかしくてつい手をあげただけなのかを、区別することができる。
時には、人々や物体を、単に、ある慣習の文脈から、別の慣習の文脈に移すだけでも、その見え方が変わってしまうし、それが同じ対象であるかどうかさえ、疑わしくなってしまうこともある。マルセル・デュシャン(訳注4)が、1912年以降に展開した芸術活動などは、そのもっとも印象的な例だろう。デュシャンの手になる芸術作品というのは、既製の工業製品に、自分のサインを書き込んだだけのものである。しかし、デュシャンは、これだけの単純な操作で、工場で大量生産された日用品を、芸術作品の地位にまで高めてしまったのだった。あるいは、デュシャンに負けず劣らず印象的な例として、戦時中、忘れ難い残虐行為を行った、戦争犯罪者たちをあげることもできる。たとえ、戦争犯罪者といえども、彼らを身近に知っている人や、彼らと戦中・戦後に親しかった人々からは、その人間性や親切さを讃えられることもあるだろう。それどころか、彼らの戦時中の「仕事ぶり」のよさは、今の平和な世の中で働いている、他の多くの人々の仕事ぶりにも匹敵する、と言って、彼らを高く評価する人さえいるのだ(訳注5)。
これらの例は、慣習によってあらかじめ決定されている現実の中に、個々の具体的な経験が、どのようにして組み入れられていくかを示している。慣習は、経験の何たるかを明確に定義し、意味のあるメッセージと意味のないメッセージとを区別し、部分部分を全体と関連させ、個々の物体や人物に、明確なカテゴリーを割り当てる。表象、言語、文化から制約を受けない精神は存在しない。実際問題、思考は、言語によってなされる。つまり、思考するということは、表象と文化の双方によって規定されるひとつのシステムに従って、様々な観念や意見を、組織化することである。われわれは、慣習が見せてくれるものを見るに過ぎない。そして、これらの慣習そのものについては、われわれは意識しないままである。その意味では、われわれの状況は、エヴァンズ=プリチャード描くところの、あるアフリカの部族と、何ら変わるところはない。
この、信念という織物の中では、多くの繊維が複雑にからみあっており、ザンデ族は、この繊維の網目の外に出ることはできない。それが、ザンデ族の知っている、唯一の世界だからである。この織物は、ザンデ族の外部から到来して、ザンデ族を包み込むようになったわけでは決してない。それは、まさに、ザンデ族自らによってつむがれた織物なのであり、その織物の一部である限り、自分の思考が誤りであると気づくことはできないのである。(Evans-Pritchard,1937,p.194)
「現実」の慣習的な側面を、努力を払って意識すること、そして、慣習が及ぼしてくる、知覚や思考に対する制約の幾ばくかを避けること、それぐらいなら、われわれにもできるかもしれない。しかし、われわれは、あらゆる慣習から自由になり得る、とか、すべての偏見を除去できる、などと考えるべきではない。すべての慣習を避ける、などというのは、そもそも不可能なことである。われわれになし得るのは、たかだかひとつの表象を発見して、それを明示することぐらいである。しかし、そうすることによって、われわれの現実が、表象によってつくられていることが、わかるようになるであろう。われわれが心掛けるべきことは、遭遇する人物や物体に固有の表象を分離すること、より正確には、遭遇する人物や物体が何を表しているのかを、明確にしようとすることである。自分たちの住んでいる都市、自分たちの使う機械、道を行き交う通行人、田舎に残っている自然(あるいは庭先の自然)、等々が、何をあらわしているのかを、特定すべきなのである。
さて、言うまでもないことだが、以上述べてきたような事情は、日常生活のなかで出会うような、人や物体に対してのみ、あてはまるものではない。それは、実験室の内部をはじめ、実際の社会心理学的な調査研究が行なわれる場所すべてにおいて、あてはまることである。どんな論文でも、たとえば、被験者がある特定の刺激に反応する、という場合には、その場の状況を記述するのに、表象を用いる。また、被験者の反応をより正確に説明するためにも、表象を用いて説明するはずである。先にふれたマグリットの例の場合、絵の中に描かれた「パイプの絵」は、広い現実の中のパイプとは異なる、別のパイプを表現していた。それと同様に、結局のところ、実験室という現実は、より広い実社会とは異なる、別の現実を、表現しているのである。実験室というのは、「これは、実験のために用いられる刺激である」--つまり、ありきたりの色や、単なる音声などではない--などと、あるいは、「この中にいる人間は、れっきとした被験者である」--つまり、学費稼ぎが目当ての、右寄り(あるいは左寄り)の大学生などではない--などと、わざわざ明示してやらなくてはならないような種類の現実なのだ。しかし、この忘れられている事実をこそ、われわれは、理論化しなくてはならない。いわば、これまで舞台の袖に控えさせてきたものを、舞台の中央に引き出して来る必要がある。レヴィンが次のように書いたとき、実は彼も、同じことを考えていたのかもしれない。「個人にとっての現実は、現実として社会的に受け入れられているものによって、きわめて強く決定されている」(Lewin,1948,p.57)
(b)ここまでは、表象の慣習的な側面について述べて来たが、次に、表象の、規定的(prescriptive)側面について考えてみよう。
表象は、それ自身で、われわれに、抵抗し難い力を及ぼす--すなわち、われわれを規定する。この力は、構造と伝統との合力である。われわれが思考を開始する前から、すでにそれとしてあるのが、構造である。それに対し、「何を考えるべきか」をわれわれに命ずるのが、伝統である。今日の西洋社会における精神分析などは、このような、抵抗しがたい力の好例である。西欧社会に生を受けた子供は、今日では、必ずどこかで、精神分析の、抵抗しがたい力と遭遇することになる。子供に対する母親の振る舞いや、その子供に対する医者の処置が、精神分析用語を使って表現される、などというのは、よくあることである。また、その子供を取り巻く情緒的雰囲気を、エディプス・コンプレックスの克服と結びつけて語る人もあるかもしれない。翻って見れば、その子供が読んでいる漫画や教科書の中に、あるいは、その子とクラスメートとの会話の中に、精神分析的な言い回しが登場することも、決して珍しくはないだろう。もしかしたら、そのものずばり、その子供本人が、精神分析のお世話になることだってあるかもしれない。さらに、その子が将来読むであろう、新聞、政治演説、映画等々になると、いちいち挙げていったらきりがない。たとえ、どんな疑問をその子が抱いたとしても、精神分析風の、それらしい専門用語を探せば、いかなる問いにもぴったりの、既製品の回答を見つけることができるはずである。その子供が、どんな行動をとっても、--それこそ、思っただけでやらなかったことでもいいし、うまくいったことでも構わない、いかなる行動であっても、幼少期に溯ったり、性的願望に溯ったりして、説明をつけることができるはずだ。ここでは、表象としての精神分析を例にとってみたわけだが、これと全く同じことで、機械論的心理学や人間機械論、あるいは、もっと限られた人しか使わないような科学的パラダイムを用いても、同じように、実にたやすく、人間行動を説明できるはずである。
このように、表象は、多くの人々によって分かち合われ、一人一人の精神のうちに入り込んで影響を及ぼす。しかし、人々が、表象なるものを考え出しているのではない。より正確に言えば、人々は、表象を、改めて心に描きなおしているのである。人々は、改めて表象を引用し直しているのであり、表象を、いわば、再演しているのである。
たとえば、次のような場面を考えてみよう。ある人物のことが話題になっている場面で、「あの馬鹿はねえ……」と言いかけた人がいる。ところが、彼はあわてて、次のように訂正した。「……いやいや、彼は一種の天才だ、という意味で、わざとこういう言い方をしているんだけどね」。おそらく、この言い訳を聞いた人なら、誰しもが、即座に、この発話はフロイト的失言だ、と結論するに違いない。しかしながら、われわれは、何らかの推論の結果として、このような結論に到達したわけではない。また、このように結論したからといっても、それは、われわれが抽象的推論能力を有するということの証明にはならない。われわれは、別に何も考えずに、それどころか、ひょっとしたら何か別のことを考えながら、「フロイト的失言」の表象(あるいはフロイト的失言の定義)を、思い出したというだけなのだから。たとえ、抽象的推論の能力があったとしても、事情は変わらない。話の当人が、なぜその場でそんな言い方をしたのか、そしてなぜ、別の表現を使わなかったのか、それは、われわれにとっては、答えようのない問いでしかない。
表象が、個人の思考によって規定されているのではない。そうではなくて、個人の思考こそが、表象によって、規定されているのである。すなわち、何らかの表象が存在するか否か、という事実が、思考のあり方を決定する。表象は、われわれにとっての強制力であり、その表象を、われわれは受け継いでいる。表象は、世代をまたぐ、一連の精密化と変容との産物である。あらゆる分類システムは、表象に支えられている。また、あらゆるイメージや言説は、表象によって、社会に浸透していく。科学も含めた、これらの分類システム、イメージ、言説は、過去の分類システムやイメージとつながっており、集合的記憶のなかで階層構造をなし、言語のなかで再生産されていく。このような、階層構造や再生産は、常に、過去の知識を反映している。それは同時に、眼前の情報に対する呪縛から、人間を解き放ってもいる。
社会的な振る舞いや、知的な営みなどというのは、結局のところ、リハーサルの繰り返しのようなものである。リサイタルのように見えるものも、リハーサルの延長のようなものである。しかし、ほとんどの社会心理学者は、過去にリハーサルの蓄積があったのに、それを忘れて、まるで存在していなかったかのように扱う、という誤りを犯している。われわれの経験や、過去に関する観念は、決して、死んだ経験や、死んだ観念などではない。それらは、活動し、変化し、われわれの、現在の経験や観念に、浸透し続けている。多くの点で、過去は、現在以上に現実的である。表象は、昨日の現実を踏まえて、今日の現実を操作することができる。そこには、昨日と今日とで、現実は連続している、という前提がある。このように、現実を操作できるということから、表象--すなわち、社会的表象--に特有の、力と明晰さが生じる。以上のような表象の特性は、実際のところ、グスタフ・ヤホダのような論者も認めるところである。現実の連続性を前提として、現実を操作する、という表象の能力は、表象そのものに宿った、固有の特性であって、それは「必ずしも、特定の個人の思考のうちに見いだせるとは限らない」(Jahoda,1970,p.42)と、ヤホダ自身が認めている。さらに言えば、ヤホダの同国人マクドゥーガルもまた、半世紀前に、その時代の用語を用いてではあるが、賛成の見解を述べている。--「思考は、集合的表象のおかげで、論理の法則とは極めて異なった、それ自身の法則を持っているのだといえる」(McDougall,1920,p.74)。この法則は、明らかに、個人の論理を、その過程においても結果においても限定している。歴史学や人類学の研究が進むにつれて、これら表象が社会的実体であり、それ自身の生命を持っているということ、表象同士が、互いにコミュニケーションをとったり、互いに対立し合ったりして、その生命の続く限り変化し続けて行くということ、などが明らかになってきた。表象は、たとえひとたび消失しても、新しい装いのもとに、再び出現する。一般的に言うと、細分化され、流動的であることを特徴とする、現代の文明のもとでは、多くの表象が、共存し、その多様な活動領域を周流している。そこでは、数多くの表象から、そのうちの一つが浮上してくることもあれば、表象全体の階層構造が変化することもあるし、あるいは、一部の観念-イメージが消滅してしまうということもある。われわれが、人間や事物を矛盾なく説明したい、と欲するとき、そのときには既に、数多くの表象のうちの一つが、浮上しているのである。しかしその一方、数多くの表象全体の階層構造が変化するときには、われわれの世界観が大混乱を来すことにもなるであろう。そのことを理解していただくには、あるエピソードに目を通していただくのが早道だろう。以下に紹介するのは、近年発生したある出来事と、それにまつわるコメントである。
最近、アメリカ精神医学会は、ある種の障害を定義するのに用いてきた用語、具体的には、「ノイローゼ」や「神経症」といった用語について、その使用をとりやめる、という方針を発表した。この決定に際して、あるジャーナリストが、「さよなら神経症」(インターナショナルヘラルドトリビューン、1978年9月11日)と題したコメントを寄せている。このコメントは、極めて示唆に富む。
精神障害辞典から、「神経症」という項目が消えるのだとしたら、われわれ門外漢としても、それに従うしかあるまい。
ただし、文化的な損失というものも、考えてみる必要がある。ある人を、「神経症」とか、「神経症者」などと呼ぶ場合、そこには常に、暗黙裡の寛大さとか、それとない理解、とでも言うべきものが含まれている。「ああ、奴は神経症だから」などと口にするとき、その背景には、たとえば、次のような意味合いが含まれている--「彼は、過度に神経質なだけなのだ。彼は、あなたの頭に、本気で陶器をぶつけようと思っていたわけではないのだ。彼としても、そうするしかなかったのだ」。あるいは、「自分でもどうしようもないことというのはあるものだ。別に彼だって、普段から、四六時中、人の頭に陶器を叩きつけて回ろうと思っているわけではないのだ」などといった意味合いが含まれているかもしれない。
「神経症」という呼び名を使うと、いわば、責任の所在を、われわれの側に移すことができる--神経症の当人ではなく、われわれの方が、いろいろと気を配ってあげなくてはならないのだ、という具合に。つまり、神経症という呼び名を使うことで、親切さや寛大の気風を、社会にもたらすことになる。
仮に、「精神障害」の人に、同じように陶器をぶつけられたとして、果たして、神経症の時と同じようにことが運ぶかどうかと言えば、これはかなり心許ない。精神障害(あるいは、精神障害に属する、もっと具体的な病名)だから、ということで、ある人の振る舞いを不問に付す。それは、ブレーキの故障に目をつぶって車に乗れ、というのと同じレベルの問題として、受け取られてしまうかもしれない。そんなもの、とっとと修理してしまえ、というわけである。社会に適応していないのは、当の病人が悪いのだ、といった具合に、責任が、四角四面に押しつけられるかもしれない。これでは、同情の気風が広く社会に行き渡る、ということは考えにくいし、そもそも、誰も同情などしないだろう。
神経症と呼ばれる当人の自尊心についても、考えてみる必要がある。神経症の人は、「ただの神経症」のおかげで、すなわち、神経症に関する知識--普通の人とはちょっと違うけれど、精神病よりは安全である、等々--のおかげで、長い間、慰められてきたのだといえる。神経症者というのは、変わり者には違いないが、フロイトという、偉大な学者によって見出された、変わり者である。そのため、社会は、神経症者に対して、しばしば、名誉ある存在、愛すべき存在、といった地位を与えてきた。しかし、「身体表現性障害」「大うつ病性障害」「解離性障害」などに、同じような、名誉ある存在、愛すべき存在、といった地位が与えられるかどうか、というと、これはいささか悲観的にならざるを得ない(訳注6)。
文化的な意義の増大ないし喪失といった現象は、何らかの表象のあるなしと関連している、このことは明らかだろう。単語や、単語の辞書的意味は、人間を分類するための手段をも、同時に持ち合わせている。単語(ないしその辞書的意味)はまた、人間の内的構造に関する暗黙の理論--人はなぜこのように振る舞い、あのようには振る舞わないのかを説明する、膨大な理屈づけの体系--を、内蔵している。この暗黙の理論は、その人の、身体的なイメージそのものであると言ってもいいほどのものである。この理論は、ひとたび流布し、受容されると、われわれ自身の、欠くべからざる一部分となる。すなわち、この暗黙の理論は、われわれが、他人とやりとりし、その人について判断し、相互に影響しあっていくうえでの、必要不可欠の要素となる。暗黙の理論は、さらに、われわれ自身の、社会的な地位や価値さえも、決定する。上の例で言うとこういうことである。仮に、「神経症」という語が消失し、「精神障害」という語によって置き換えられたとしたら、それは、単なる、文章上の語彙の変化にはとどまらないし、また、精神医学的な用語の変化だけには決しておさまらない。われわれの、相互の人間関係や、集合的な思考のあり方が、影響を受け、変化をこうむることになる。
社会による思考の産物、すなわち表象は、一方では、現実を、慣習のなかに取り込んでいく。他方では、表象は、伝統や古くからの構造を通じて、われわれの知覚やイメージを規定していく。そして、これら双方の作用を通じて、表象は、最終的に、現実の環境をつくり出して行く。本節では、そのさまを詳細に示せたものと思う。表象は、それがたとえ、物質的実在ならざる、観念的実在であるにせよ、その自律性(すなわち慣習的性質)と強制力(すなわち規定的性質)とによって、まさに疑いようのない現実として立ちあらわれる。表象がつくられてきた歴史、表象によってつくられてきた習慣、表象の様々な内実、それらは、われわれにとっては、物質的環境の重みにも匹敵する。いや、表象の重みは、物質的環境の重みに匹敵するどころか、物質的環境よりも大きな制約条件ですらある。目に見えないものは、見えるもの以上に、克服することが困難であるからだ。
(3)表象の時代
人間の、あらゆる相互作用は、それが、二人の個人の間に生じるものだろうと、二つの集団間に生ずるものだろうと、このような表象を前提としている。それどころか、表象が、相互作用を性格づけている。アッシュはこう述べている。「人間の相互作用にとって、最も重要なのは、次のような事実である。……相互作用とは、それが、相互作用の当事者全員に、共通して表象されているような、そうした出来事である」(Asch,1952,p.142)。この事実を一度見逃してしまえば、後には、単なる交換しか残らない。すなわち、なんら現実味のない、さらにいえば物理現象に過ぎない、反応のやりとりしか残らない。いつでも、そしてどこでも、われわれが、人や事物と出会い、それをそれとして認識するときには、表象がかかわっている。われわれが受容し、意味を与えようとする情報は、表象のコントロール下にあり、表象の与える意味の他には、何の意味ももっていない。
ここで、話を一歩先に進めて、次のことを主張したい。重要なことは、社会的表象が、どのようにして、集合体の個々のメンバーの行動に影響を与えられるようになるのか、という点である。つまり、どのようにして、社会的表象が、個々人の内部へと位置づけられていくのか、という問題である--集合的プロセスが、個々人の思考の中に浸透し、それを規定するのも、この、内部に位置づけるプロセスを通じてである。社会的表象は、人間の共同的行為とコミュニケーションの産物に他ならない。しかし、それがいったん個々人の内部へと位置づけられ、個々人を規定するようになると、社会的表象は、あたかも、物的な存在のように立ち現れてくる。
さらに言うならば、実際の社会的表象は、限られた専門家集団の、共同的行為とコミュニケーションの産物である。限られた専門家というのは、教育者、思想家、科学啓蒙家、宗教家などのことである。彼らは、科学や文化や宗教の代表者であり、しばしば、自分でも知らないうちに、あるいは自分では望んでいないにも関わらず、社会的表象をつくりだし、伝達している。社会全体が進歩していくのにあわせて、こういった専門家も増加する運命にある。その結果、これら専門家の仕事の産物は、より一貫した、より明確なものとして、社会に広がり、個々人に影響を与えていくことになるだろう。現代とは、まさにそういう時代なのである。したがって、その意味からも、現代を、文字通りの意味で、表象の時代としてとらえることができる。
なお、以上のように述べたからといっても、個々人の意識からの、表象の独立性を損なうことにはならないし、また、集団の意識からの、表象の自律性を損なうことにもならない。表象は、コミュニケーションや共同の活動を通じて、複数の個人や複数の集団によってつくられるのであり、決して、孤立した個人によってつくられるのではないからだ。しかし、表象は、一度つくりだされると、それ自身が生命を帯びて、流通を始める。表象同士が合流したり、あるいは、表象同士が引き付けあい、反発しあい、さらには、新しい表象を生み出していく--その間には、死に絶える表象も出てくる。したがって、ある表象を理解し、説明するためには、その表象の生まれたところから出発する必要がある。つまり、行動の一側面や、社会構造の一側面から云々し始めるのでは、十分ではない。表象は、行動や社会構造を反映しているどころではない。表象は、それらをしばしば規定し、さらに、それらに反応している。
表象は、行動や社会構造を規定し、また、行動や社会構造に規定される。しかし、それは、表象が集合的につくられたからではないし、表象が集合的な対象にかかわるからでもない。そうではなく、表象それ自体が、ひとつの現実であるからである。すべての人によって共有され、伝統によって強化されているために、表象が、ひとつの社会的現実になっている、という点が、重要なのである。言い換えれば、起源が忘れられ、さらに、長い伝統によってつくられてきた、という事実すらも忘れられて、いわば、化石化(fossilised)した、といえる段階に達したのが、表象である。当初、理念的であったものが、表象となるに及んでは、物化する。表象は、はかなく変化する短命な存在であることをやめて、かわりに、ほとんど永遠不滅の存在となる。表象とわれわれとの関係は、あたかも、自分のつくりだした彫刻にひざまずき、それを神として礼拝する芸術家のようなものである。
こういった、表象と、その特性、起源、影響を研究することこそが、社会心理学の主要な任務である。社会心理学以外の学問は、そもそも、このような任務のためにつくられたとは言いにくいし、実際、そういう任務を果たそうともしていない。振り返って見れば、かつてデュルケームがその課題を委ねたのも、社会心理学であった。
集合的思考の法則については、全くなにもわかっていない。本来なら、社会心理学が、それを解明するはずであった。しかし、いまや、社会心理学は、はっきりした目的もなしに、とりとめもなく、曖昧な一般化を行おうとする、あらゆる試みを指す言葉でしかない。必要なのは、神話、伝説、身近な伝統や言語等々を比較して、複数の社会的表象が、どのようにして引き付けあったり、排除しあったり、融合したり、分離しているのかを、研究することである。(Durkheim,1963)
デュルケームの時代以降、多くの研究がなされた。さまざまなアイデアが提示され、実験も行われた。しかし、表象に関するわれわれの理解の水準は、100年前とかわっていない。われわれが現在有する知識は、まったく使い物にならない、かたまったマヨネーズ同然の代物である。しかし、社会心理学者が注意を向けようが向けまいが、物理的環境の意味も、社会的環境の意味も、表象の中に存在している。人間がかかわりを持つのも、それらの意味に対してである。さらに、私は次のことまでも主張したい。われわれが表象について考えなくなり、表象について意識しなくなればなるほど、表象の影響力は強大になっていくのだと。まさにそうであるがゆえに、(社会的表象に無自覚な)集合的な精神は、触れたものをすべて変化させていく。冒頭で述べた、われわれの精神を長らく支配してきた素朴な信念とは、このような、集合的精神に他ならない。
訳注
(1)原文通り「表象」と訳出したが、これは従来の心理学における「内的表象」「個人表象」などの意味ではなく、「社会的表象」のことである点に注意。モスコヴィッシに代表される、現代フランスの新デュルケーム派の社会心理学者は、表象は本質的に社会的であるとの立場に立っている。以下、本文中には、「社会的表象」と「表象」の両方があらわれるが、「表象」の語も、特に限定のない限り、すべて、「社会的表象」の意味で使われている。
(2)Rene Magritte 1898~1967 ベルギーの画家。現実にはあり得ないような情景を写実的に描いた作品で知られる。ここで言及されているのは、パイプと「これはパイプではない」という文字とを描いた一連の作品のひとつ、Les deux mysteres(「ふたつの神秘」1966)ではないかと考えられる。
(3)「これはパイプではない」については、ミシェル・フーコーによる同名の著書が有名である。西欧近代絵画の伝統における、画像と文字との位置づけ、ないし、両者の関係を、マグリットが、一連の作品を通して解体していく過程を、フーコーは詳細に検討している。なお、社会的表象論に対する、フーコーないし同書の影響については、モスコヴィッシ自身による記述はなく、相互の関係も不明である。
(4)Marcel Duchamp 1887~1968 フランス(のちにアメリカ)の美術家。既製の芸術概念を否定し、現代美術に大きな影響を与えた。ここで言及されているのは、レディ・メイドのオブジェと呼ばれる作品で、男性用便器や自転車の車輪などの量産品に署名をしただけのものである。これらは芸術作品として発表され、センセーションを巻き起こした。筆者は、作品を見るものの立場が、工業製品を見るという文脈から芸術作品を見るという文脈に移されたという例として挙げている。
(5)戦時と平常時という文脈の違いによって、ものの見え方や同一性そのものさえ変わってしまうという例。
(6)アメリカ精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル」は、その第3版(DSM-Ⅲ、1980年)以降、神経症というカテゴリーを除外している。
Ⅱ 「思考する社会」とは何か
「われわれは口で考えている。 "We think through our mouths."」トリスタン・ツァラ(訳注1)
(1)行動主義と社会的表象研究
われわれは、行動主義者の世界で生活し、行動主義の科学を実践し、行動主義的な比喩を用いている。といっても、私はそれを、誇らしいとも恥ずかしいとも思っていない。同時代人の見解のひとつ、としか言いようのないものを、あえて批判しようというつもりは、私にはないからだ。私の見るところでは、同時代人の見解を弁護するのも、それに反駁するのも、科学ではなく、文化の守備範囲に属する。文化それ自体は、誰にも、弁護も反駁もできない。そうだとすると、社会的表象の研究は、同時代人の見解を越えるものでなければ、意味がない。また、行動主義の時代である現在においては、この同時代人の見解を越えるような理論を構築することが、なおのこと必要でもある。なぜならば、行動主義が席巻する現在においては、思考や言葉は、行動の単なる随伴現象としてとらえられ、思考や言葉はまさに現実である、ということが、忘れられているからである。人間の人間たるゆえんは、人間が、自らを取り巻く平凡な謎を解こうとせずにはいられない存在である、という点にある。自らの誕生、肉体の実在、屈辱の体験、頭上の天空、隣人の精神状態、自分を支配している権力、等々、この世に生を受けて以来遭遇してきた数々の事物(あるいは、それ以前から存在してきたとされる事物)に潜む謎を、人間は、理解しようとせずにはいられないし、その謎について語ることを、決してやめることはない。人間にとって、思考と言葉とはまさに現実であって、決して、行動の単なる随伴現象ではない。フレーゲも、次のように述べている。
ある人が、他の人に影響を与える、という時、それはほとんどの場合、観念の伝達を意味する。では、観念の伝達は、いかにして生ずるのか? 二人にとって共通の外界に、一方が変化をもたらす。その変化が、もう一人によって知覚される。それによって、そのもう一人は、外界の変化を知覚し、そこにひとつの観念をつかみとり、それを真実とみなす。これが、観念の伝達である。世界史上において、観念の伝達なしに起きたような大事件など、存在しない。しかし、一見すると、観念は、出来事には影響を及ぼさないように見える。そのために、われわれは、観念を、単に頭の中のことに過ぎない、と思ってしまう傾向がある。思考、判断、叙述、理解は、人間生活の事実である、と認めているにもかかわらず、観念は空想上のものに過ぎないと、われわれは思いがちである。しかし、観念と比べて、ハンマーはどれほど現実的だといえるのか。ハンマーを手渡す過程と、観念を伝達する過程とは、どこが違うというのか。(Frege,1977,p.38)
ハンマーは思考より現実的である、思考よりハンマーに、より注意しろ--本や雑誌は、日々われわれに力説し、こう叩き込む。つまるところ、万事行動であり、行動を通じて、刺激というクギが、われわれ生命体に打ち込まれてくる、というのだ。しかし、社会的表象を研究することで、われわれは、全く異なる人間像を描き出すことになる。われわれが研究しようとするのは、疑問を発し、答えを求め、考える人間である。それは決して、情報処理する人間や、行動する人間のことではない。もっと正確に述べるならば、行動それ自体を目的とするのではなく、理解することを目的とするような人間、そうした人間を、われわれは研究しようとしているのである。
「思考する」社会とは何だろうか。これがわれわれの問いである。われわれは、次の二つを研究することで、これを観察し、理解したい。ひとつは、(a)環境、すなわち、そのなかで集団がコミュニケートし、意志決定し、何かをあらわにしたり隠したりするような環境である。もうひとつは、(b)集団の産物としての信念、すなわち、集団のイデオロギー、科学、社会的表象である。研究対象は、この二つの他にはない。探求すべき謎は深い。しかし、重要なことは、理解するということこそが、人間存在に最も共通した能力なのだ、という点である。かつては、この理解する能力は、なによりもまず第一に、外部世界との接触によって刺激されるのだ、と信じられていた。しかし、やがて、実際には、この理解する能力は、社会的コミュニケーションから生じてくるのだ、ということがわかってきた。最近の乳幼児研究によれば、意味や思考は、その起源も発達も、社会的な相互作用に依っているのだ、ということが、明らかになっている。赤ちゃんは、生まれ落ちると、まずもって、他者との関係--母親や父親、その他、赤ちゃんの誕生を待ちわび、赤ちゃんの世話をしてくれる、多くの人々との関係--の、網の目に織り込まれて行く。物の世界は、単に、人々やその社会的相互作用の、背景となっているに過ぎない。
さらに付け加えておこう。「思考する」社会とは何か、という問を発するのは、社会は考えていない、とか、考えているとしてもそれは社会の基本的な属性ではない、という、人間科学で主流をなす見解を否定せんがためでもある。従来、人間科学においては、「社会が思考している」ことを否定するのに、二通りのやりかたがあった。ひとつは、(a)われわれの精神は、身体という巨大なブラックボックスの中に納められた、小さなブラックボックスなのだ、と主張してしまう、というやりかたである。精神というブラックボックスは、単に、外界から送り込まれる情報、言葉、思考を受容して、身振りや判断や意見などに変換しているだけだ、とされる。しかし、実際には、われわれにもわかっている通り、精神というのは、ブラックボックスというよりは、それ自身生命をもった、ブラックホールである。決して自明ではないが、われわれは、エネルギーや情報を、外界と交換し合っているわけではないのだから、精神は、ブラックボックスではなく、ブラックホールにたとえられるべきだ。狂気は、そのことを示す端的な例である。それはいわば、合理性の中に生じた、ブラックホールである。
従来の人間科学における、「社会が思考する」ことを否定するもうひとつのやり方は、(b)集団も個人も、常に、そして完全に、支配的なイデオロギーによって規定されつくしてしまう、と主張するというやり方である。つまり、人間の言うことや考えることは、その社会階級、国家、教会、学校などによってつくられ、押しつけられた、支配的イデオロギーの反映にしか過ぎない、というわけだ。言い換えると、人間は決して、オリジナルなことを考え、つくっているのではなく、ただ再生産し、再生産されているに過ぎない、というのである。この考え方は、その進歩的な性格にもかかわらず、基本的には、ル=ボンの主張と変わらない。ル=ボンによれば、群衆は、考えることも創造することもしない。考え創造するのは、限られた個人、すなわち、組織されたエリートだけなのである。われわれは、好むと好まざるとにかかわらず、このような主張の中にも、ブラックボックスの比喩が用いられていることに気づく。ただ、この場合のブラックボックスには、エネルギーや情報ではなく、既製のイデオロギーがつまっている、というだけのことである。確かにこのような側面もあるかもしれないが、そこにはまだまだ検討の余地が残されている。なぜなら、イデオロギーやその影響は、人口に膾炙するわりには、徹底した研究の対象となっていないからである。この事実は、マルクスとウッドの認めるところでもある。「他の研究テーマと比べると、イデオロギーの研究は、社会学者からは無視されてきた。一般的に社会学者は、(イデオロギーと関連の深い)信念やシンボルを研究するよりも、社会構造や行動を研究するほうを好むようだ」(Marx and Wood,1975,p.382)
われわれの言いたいのは、人間も集団も、受動的な受容者ではない、ということである。人間も集団も、能動的に思考している。人間も集団も、独自の表象や、自ら立てた問題への解決法をつくりだし、休みなく伝達している。路上で、カフェで、オフィスで、病院で、実験室で、人々は、分析し、コメントし、非公式な「哲学」を、自発的に作り上げている。この「哲学」は、人々の社会的な関係や、様々な選択、子育てのあり方、計画等々に、決定的な影響を与えている。出来事や科学やイデオロギーは、受動的な人々を支配してしまうのではなく、能動的な人々に、「思考の糧」を提供しているのである。
(2)社会的表象
社会的表象の概念がデュルケームに由来するのは明らかである。しかし、われわれは、デュルケームとは異なった観点に立っている--あるいは、いずれにしても、社会心理学は、社会学とは異なった観点から、社会的表象を考えていかなくてはならない。社会学は、社会的表象を、分析してもそれ以上は単純化できない、説明の手段とみなしてきた。この場合、社会的表象は、理論的には、古典力学における原子や、古典的な遺伝学における遺伝子と、同じ機能を果たしている。原子や遺伝子は、その存在こそ知られていても、それ自体が何をするのか、あるいは、それ自体はどのようなものなのか、については、誰も関心を払わなかった。同様に、社会に社会的表象が存在することは知られていても、社会的表象の構造や、その内的なダイナミクスについては、誰も注意を向けなかったのである。しかし反対に、社会心理学だけは、表象の構造とそのダイナミクスに専念しているし、またそうしなくてはならない。社会心理学は、社会的表象の内部構造やその変動を、できるだけ深く探求しようとするべきなのであり、いわば、(社会的表象の)内部の解明に立ち向かうべきなのである。それはちょうど、近代科学によって、原子や遺伝子がさらに分解されてきたのと同じように、「表象を分解する」ことである。ピアジェによる、子供にとっての世界の表象の研究は、このような方針に基づく研究の第一歩であったし、それは、今日でもその価値を失っていない。要するに、私の言いたいのは、これまでは(説明)概念としてみられてきた事柄を、現象として考えてみよう、ということである。
デュルケームとの相違点は他にもある。デュルケームの観点では、集合表象は、科学、宗教、神話、時間や空間の様式、等々を含む、非常に広範な知の形態に関わるものとしてある。実のところ、共同体の中で生じる、あらゆる観念、感情、信念が、そこには含まれている。しかし、このことは、深刻な問題を生じさせる。あまりに多くのことを把握しようとして、実際には何も把握できない、という問題である。すべてを得ようとして、すべてを失ってしまうのだ。経験と直観の示すとおり、かくも広い範囲にわたる知識と信念を、すべてカバーすることなど、不可能である。第一、それらはあまりにも雑多であり、まして、少数の一般的な性質で定義することなどできない。したがって、われわれは、二つの重要な制限を加えようと思う。
第一の制限は、(a)社会的表象を、理解とコミュニケーションのための、ひとつの具体的な方法と見なすべきである、ということである。社会的表象というものは、事実上、概念(concepts)と知覚(percepts)の、中間的な性質を有している。概念とは、世界から意味を抽出し、世界に秩序をもたらすものである。一方、知覚は、世界を意味懐胎的に(画像として)再生産する。社会的表象には、画像的な面と象徴的な面という、表裏一体をなす二つの面がある。つまり、「表象=イメージ/意味」である。言い換えれば、表象は、イメージ(画像)を概念に結びつけ、同時に、概念をイメージに結びつけるものである。たとえば「神経症」というのも、概念であり、同時にイメージである。われわれの社会では、「神経症」は、精神分析、フロイト、エディプスコンプレックス等と結び付いた概念である。同時に、「神経症」は、両親との闘争を克服していない自己中心的で病的な個人、などといった、視覚的な姿を取る、ひとつのイメージである。このように、ある言葉が、一方では、科学や、神話的な英雄の名前、あるいは何らかの概念を、喚起する。また他方では、ある言葉が、明確に特徴づけられた人物像や、はっきりイメージ可能な、ある人間の生きる姿を喚起する。このように、社会的表象によって発動される知的メカニズム--イメージを分節化するとともに、それに意味や解釈を与える--は、人物や物体を正確に知覚するだけの知的メカニズムや、事物の意味を概念体系によってのみ説明するような知的メカニズムとは、明らかに異なる。
ここで言語について考えてみよう。言語も、表象を伝えるときには、観察の言語と呼ばれるものと、論理の言語と呼ばれるものとの、中間の性質を有する。観察の言語(language of observation)は、純粋な事実--というのが存在するとして--を表現し、論理の言語(language of logic)は、抽象的なシンボルを表現する。このような、観察と論理との中間にある言語が、概念と知覚との中間にある社会的表象と結び付く、という現象は、きわめて現代的である。どういうことか説明しよう。
今世紀初頭までは、通常の日常的言語は、日常的なコミュニケーションと、学問的な知識形成の、双方の手段であった。言い換えると、日常的言語は、観念を集合的に共有することと、理論を抽象的に構築することとの、双方の手段であった。言語は、常識と科学の両方で、共通していたからである。しかし、今日では、記号的言語--数学と論理学--が科学の領域に君臨し、ことばを記号に、命題を数式に、置き換えてしまった。われわれの経験や現実の世界は二つに分かたれ、いまや、われわれの日常の世界を司る法則は、科学の世界を司る法則とは、何の関係ももたなくなってしまった。今日われわれが、言語現象に深い関心をもつようになったとしたら、理由のひとつには、言語が衰退しているということがある。絶滅の危機に瀕した植物や、自然、動物たちのことを、気にかけてやるようなものである。自然科学の領域から追い出されてしまった言語は、歴史的、あるいは、慣習的な現実の領域を、守備範囲とするようになった。言語は、理論とのつながりを失っても、かつての表象とのつながりのすべてを維持している。したがって、社会心理学が言語の研究に関心を深めているとしても、それは、社会心理学が、他の研究領域で起こったことを真似ようとしているとか、個人的な抽象概念としての言語に、社会的な次元を加えたいとか、あるいは、なにか他の、博愛主義的な動機から、とかいうことではない。社会心理学が言語研究に関心をもつようになった理由は、ひとえに、言語と社会的表象が結びつくようになった、という変化による。つまり、理解し、ものの見方をコミュニケートしあうための日常的な方法と、言語とが、排他的に結びつくようになったことが、その理由である。
二つ目の制限はこうである。(b)デュルケーム--アリストテレスやカントの伝統に忠実な--による、集合的表象の概念は、静的であり、なにがしか、ストア学派的趣がある。したがって、彼の理論においては、集合的表象は、霧の団塊のようなものである。あるいは、集合的表象は、多くの言葉や観念を安定させるものとして作用するとされる。それはちょうど、社会の大気に滞留した空気の層のようなものであり、ナイフで切ろうと思えば切れるぐらいである。もちろん、このようなデュルケームの考え方は、全くの誤りというわけではないけれども、むしろ現代における表象にもっとも特徴的なのは、表象の可動性、その流動的な性格であり、端的にはその可塑性である。さらに言えば、表象は、一群の関係や行動に作用する、動的な構造であるとさえいえる。それら一群の関係や行動は、表象とともに出現し消失する。たとえば、われわれの辞書から「神経症」という言葉が消えてしまい、「神経症」という表象が無くなれば、神経症にまつわるある種の感情や、ある種の人間関係も、消失してしまう。さらに、「神経症」と呼ばれるはずの人々についての判断、ひいては、われわれ自身の判断も、消えてしまう。
表象の可塑性を強調するのには理由がある。その理由は次の通りである。本書で取り上げている社会的表象は、未開社会のそれではないし、われわれの文化の基層にある、先史時代の残存物でもない。本書で取り上げるのは、この同時代の社会における、われわれの政治的、科学的、人間的な土壌の社会的表象である。これらは、まだ十分には沈殿しておらず、不変の伝統とはなっていない。現代では、公式的な科学、宗教、イデオロギーといった統合システム自体が、多様化し動揺している。これらは、社会的表象によって変容されることによって、日常生活に浸透し、共通の現実の一部となる。したがって、社会的表象の重要さは、現代においては、ますます増大し続けることになる。マスメディアの進歩は、科学、宗教、イデオロギーといった統合システムが、日常生活に浸透するという傾向を、さらに強化する。それは同時に、一般性のある、純粋で抽象的な科学や信仰と、個々人の個別の社会的活動とを結ぶ、社会的表象の必要性を増大させる。言い換えると、「常識」、すなわち、社会や集合体が機能するのに欠かせない、イメージや意味の土台となる理解の形式、これが、絶え間無く再構成される必要がある。理論やイデオロギーの蓄積の上に成り立つ社会的表象、それがなかったら、今日のわれわれの社会や集合体は、機能できない。なぜなら、社会的表象こそが、理論やイデオロギーを、共有された現実の形へと変形し、理論やイデオロギーを、人々の相互作用に結び付け、科学の世界とは異なる、常識の世界を構成するからである。社会的表象に固有の性質とは、観念を、集合的な経験や相互作用の中に具現化することである。この作用は、機械的な反応というよりは、むしろ、芸術活動にたとえられる。ことばが肉と化す、と断言した聖書の著者は、このことをよく理解していた。マルクス主義も、観念は、ひとたび大衆のなかに解き放たれると、物理的な力のように作用する、と述べて、それを追認している。
観念という地金を、現実という黄金にかえてしまう、この錬金術について、われわれは、まだほとんど何も知らない。どのようにして概念を物体に、あるいは人間に変えるか、という謎は、何世紀にもわたって、われわれを悩ませてきた。社会心理学が、他の諸科学と異なる所以は、社会心理学がこの謎に挑むという点にこそある。つまり、社会心理学が、概念がいかにして物体化されるのかを研究するのに対して、その他の諸科学は、逆に、物体がどのように概念化されるのかを研究している。もちろん、この謎を解決する道は気が遠くなるほど遠い、ということを、私は十分に意識している。しかし、それでも、私は次のことを繰り返したい。この問題を解こうという挑戦をやめてしまったら、社会心理学は、単に問題解決に失敗したのみならず、学問としての進歩はおろか、その存在意義すら失ってしまうだろう、と。
以上、デュルケームの集合的表象と、われわれの社会的表象との違いについて述べて来た。その内容を要約しておこう。古典的な意味での集合的表象は、説明の道具であり、科学、神話、宗教などの、一般的な観念や信念の体系のことであった。しかし、われわれにとっては、表象は、記述され、説明されるべき現象である。社会的表象は、個々の理解やコミュニケーションの方法にかかわる現象である。あるいは、社会的表象は、日常生活における、個々の現実と常識両方を作り出すための方法にかかわる現象である。デュルケームは、個々人の個人的表象と、集合体の集合的表象とを対置させ、集合的表象を、もっぱら、説明のための概念として用いた。しかし、私は、理解とコミュニケーション、ひいては日常世界の構成という、「社会的」営みの一角をなすものとしての表象を考えたい。これが、「集合的」表象ではなく、「社会的」表象ということばを使う理由である。
(3)神聖な科学と世俗的な科学:共主観的宇宙と物象的宇宙
われわれの関心を引くのは、思考する社会の中で、表象が占める位置である。かつて、聖と俗の区別があったころは、それによって、社会的表象の位置は、ある程度まで決まっていたと言っていいだろう(訳注2)。聖なる領域は、尊敬と崇拝の領域であり、あらゆる人間的、合目的的な活動とは無縁のものであった。一方、俗なる領域は、平凡だが実用的な活動が行われる領域であった。いかなる文化においても、またいかなる個人においても、程度の差こそあれ、世界は、自分の力ではどうにもならない外力に支配される部分と、自分の力でどうにかなる部分とに大別されるが、前者は聖なる領域に属し、後者は俗なる領域に属していた。あらゆる知識は、現実のこういった区別を前提としていた。また、二つの領域のどちらか一つに関する学科は、もう一つの領域に関心のある学科とは、まったく異なっていた。聖なる科学は、俗なる科学と共通するものを何らもっていなかった。一方から他方へくら替えすることが可能であったのは疑いないが、これは、その内容が曖昧であるときにのみ可能であった。
今では、聖と俗の区別はもはや過去のものとなり、それが、もう一つのより基本的な区別、共主観的宇宙と物象的宇宙との区別に取って代わられた。共主観的宇宙(consensual universe)では、社会は、目に見える絶え間ない創造の過程であり、意味と目的に満ちており、人間の声をもっており、人間存在と調和していて、あたかも人間のように活動し反応する。言い換えると、ここでは、人間こそが万物の基準である。
一方、物象的宇宙(reified universe)では、社会は、個別性や独自性をもたない一定不変の単位要素からなる、ひとつのシステムへと変換される。このような社会は、社会自らを自己認識することもしないし、自らの産物をそれとして認めることもしない。自らの産物は、ただただ、人、観念、環境、活動、といった、個別的な対象として認識されるのみである。そして、このような個別的な対象を、諸科学が取り扱う。これら諸科学は、人間の思考や経験を根拠づけ、なにが真でなにが偽であるかを規定する。この物象的宇宙では、共主観的宇宙とは逆に、どんな環境であれ、あらゆることが、人間の基準となっている。
「われわれ」と「彼ら」という代名詞の使い方にも、共主観的宇宙と物象的宇宙との対照が反映されている。「われわれ」は、私達に関わりのある個人の集合を意味し、「彼ら」--フランス人、学者たち、国家システム、等々を指すときの「彼ら」--は、可能性はともかく現時点では所属していない、別の集団を意味する、というようにである。一人称複数形(「われわれ」)と三人称複数形(「彼ら」)との違いは、われわれが所属していると感じる社会的な場と、なるようにしかならない、所与の没人格的な場との違いを表している。近代人の精神の苦痛の根源にある、「われわれ」と「彼ら」の乖離は、われわれが、「われわれ」と「彼ら」の両方として、自らをとらえなくてはならない、という必要のあらわれである。それはまた、現実には、「われわれ」と「彼ら」を対立させるがゆえに、「われわれ」と「彼ら」とを結びつけることができないことのあらわれでもある。実際、集団や個人のやっていることを見てみると、集団や個人は、「われわれ」に同一化して、隔絶した世界へ閉じこもるか、あるいは、「彼ら」に同一化して、官僚制のロボットないし管理体制と化すかのどちらかである。
共主観的宇宙と物象的宇宙の分立は、現代社会に固有の現象である。共主観的宇宙では、社会は、平等で自由な個人の集合だと見られており、各々の個人は、集団の名前で、集団の保護のもとに話をする権利をもっている。したがって、独占的な権限をもつ個人は存在せず、おのおのが状況に応じた権限をもつことができる。この点で、万人が、前世紀のキャッチフレーズでいうところの、責任ある「素人」とか、責任ある「好奇心の強い観察者」として振る舞うことができる。たいていの公共的な場所で、こういった素人政治家、素人医者、素人教育家、素人社会学者、素人天文学者等々が、自分の考えを述べたり、意見を吹聴したり、講釈をぶったりしているのを、見ることができる。こういった状況には、ある種の共謀関係、すなわち、言語的な慣習を必要とする。こういった慣習のなかで、口にしてはならない質問は何か、無視してもよい話題、無視してはならない話題は何か、が取り決められる。こういうアマチュアの世界は、かつては「サロン」やアカデミーという形をとっていたが、今日では、クラブ、協会、カフェといった形に制度化されている。このような対話の取り決めのうち、あるものは、会話で触れられることもなくなり、次第に目立たなくなっていく。しかしそれは、消え去ったわけではなく、目立たなくなることによって、より一層強く、アマチュアたちの世界を支えていく。語られなくなるがゆえに、社会的関係を存続させ、そうでなければ衰えるであろう社会的関係を活気づけることができるのである。長期的には、会話が、安定と循環の基盤を作り出し、会話の参加者間の、意味の共有、一致を作り出す。こういう会話の規則があるからこそ、多義性と慣習との双方を包含する、ひとつの複合体が維持される。こういった複合体抜きには、社会は維持されない。この規則があればこそ、個々人は、普段当たり前とされ、相互に受容されている、イメージや観念の暗黙のストックを、共有することができる。「社会が思考する」とは、以上のようなことであり、したがって、社会の思考は、騒々しく声に出してなされる。社会の思考は、本質的に、騒がしい公共的な活動であって、その中でコミュニケーションが遂行され、集団が維持、統合されていく。同時に、おのおののメンバーの求めている性質が、社会的な思考の中にもたらされていく。しゃべる前に思考する、とか、思考を助けるためにしゃべる、という具合に、発話と社会的な思考とを、分けて考えることが許されるならば、次のような言い方も許されるだろう。会話には、人と人とを結び付ける力が秘められている。その力に、騒々しい(sonorous)実在性を与えるために、発話がなされるのである。ベケット(訳注3)は、戯曲「勝負の終わり」の中で、この状況を要約して見せた。
クロヴ:私をここに引き留めているのは何だ?
ハム :会話だ。
会話への志向は、案外奥の深いものである。人々の会話に聞き耳を立てたり、何がしかの関心をもって、インタビュー記事を読んだりしたことのある人なら、誰もが次のことを実感するはずだ。たいていの会話は、高度に「形而上学的」な問題--誕生、死、不正、等々--や、社会の倫理的な問題についてのものなのだ、ということを。このように、会話においては、国家、科学、都市における、大きな出来事についての、それなりに理路整然とした論説がなされる。したがって、その意味で、会話は、古代ギリシャの仮面劇における、舞台袖の合唱団の、近代的等価物であるといえる。
物象的宇宙では、社会は、様々な役割や階級からなる、ひとつのシステムだと見なされ、構成メンバー間には差異が前提されている。ただ、身につけている適性のみが、その値打ちに応じて、社会に参画できる度合いを決定する。すなわち、「医者」として参加できるか、「心理学者」として参加できるか、「労働組合活動家」として参加できるか、を決定する。「何もその種の能力がない」のであれば、社会に参画するのは不可能である。何らかの役割を担うことの他には、適性を獲得する道もなければ、自己を他者から異化する道もない。したがって、われわれは、システムの中で、固有の規範や規則をもった既製の下位システムの一員として、互いに相対することになる。それゆえ、われわれは拘束を感じるのであり、自分の意のままにならない、という感覚をもつ。あらゆる環境には適切な振る舞い方があり、あらゆる対面の場面には適切な言葉遣いがあり、いうまでもないが、あらゆるコンテクストにはふさわしい情報がある。このように、われわれは、組織を束ねるところのもので縛られている。われわれを縛るのは、広範な人々の受容の産物であって、顔の見える人間同士の相互理解ではない。言い換えれば、われわれは、一連の規約によって束縛されているのであって、人々の意見が一致したおかげで束縛されているというわけではない。
歴史や自然をはじめ、このシステムにかかわるものはすべて、役割や階級の秩序、すなわち、システムの統合性にかかわっている。万物は、潜在的に、多様性、曖昧さ、二通りの解釈可能性、などといったものをもっている。しかし、物象的世界では、それらは、否定的なもの、すなわち、克服して、明白、正確、一義的にされなくてはならないものとされる。それをなすのが情報処理である。そのためには、情報を処理する者が中立性を保つこと、情報を処理する者が適切な回路をもっていることが必要である。この種の関係性にとって、コンピューターは格好のモデルとなる。そのときの合理性--もし合理性があるとして--とは、まさに、計算可能性としての合理性である。
共主観的宇宙と物象的宇宙という、二つの宇宙の対照は、心理学的にも重要である。二つの宇宙の境界は、集合的な現実と、物理的な現実とを分けている。既に明らかな通り、科学は、物象的宇宙を理解する手段であり、社会的表象は、共主観的宇宙を理解する手段である。科学の目的は、力や物体や出来事--われわれの願望から独立に存在し、われわれの意識の外側に存在する--の見取り図を作ることである。われわれは、みな等しくそれに従わざるを得ない。価値や利益を隠すことで、科学は、知的な正確さと、実証的な証拠とを目指す。反対に、表象は、集合的な意識を回復させ、それに形を与える。そして、万人に手が届き、その関心が即座に満たされるよう、物体や出来事を説明する。表象は、ウィリアム・ジェームズによれば、「実践的な現実、われわれ自身のための現実」にかかわっている。「このような現実のもとでは、対象は、ただ単に知覚されるだけではなく、興味と重要性の、両方を帯びて現前するに違いない。興味がなく、重要でもない対象であれば、われわれは、単に否定形でもって表現し、それに『非』現実的だという烙印を押すばかりである」(W.James,1980,p.295)
コミュニケーションにのった観念は、人口に膾炙して広がるにつれて、共通の財産としての、イメージや言説となる。このようなイメージや言説について、言語を使用することにより、共主観的宇宙に属する限りでの社会や自然は、活気づけられ、豊かなものとなる。疑いなく--そして、これが私の表現したいことなのだが--、このような、表象に固有の性質こそが、表象を生み出し、表象がもっぱらそこにのみ属している、共主観的宇宙固有の性質にほかならない。したがって、社会心理学は、共主観的宇宙についての科学である。同時に、われわれは、イデオロギーの何たるかをも知ることができる。イデオロギーは、共主観的宇宙で理解したことを、物象的宇宙で、科学の体に仕立てあげるものである。そして、イデオロギーは、共主観的宇宙を、物象的宇宙に従属せしめるものである。したがって、イデオロギーは、一般的にあてはまるような固有の内部構造はもたない。イデオロギーは、表象とも科学ともつかないものである。したがって、イデオロギーは、社会学と歴史学の両方にかかわることになる。
訳注
(1)Tristan Tzara 1896~1963、ルーマニア出身のフランスの詩人、作家。ダダイズムの創始者の一人。
(2)聖と俗の区別があったころの社会的表象の位置については、本文中に明確な記述はない。ここでは、社会的表象は聖の領域に属するものであったと解釈しておく。そのかつての聖の領域がいまの共感性の宇宙に対応しており、社会的表象は今なお、もっぱらこの共感性の宇宙に属している。そして、社会的表象は聖なるものと同様、今もってわれわれに規範的な力を及ぼしている。一方、われわれが変えることのできた俗なる領域は、現代では具体化された宇宙に対応する。われわれは今でもこの宇宙に属するものを対象として扱い、もっぱら科学によってそれを扱っている。
(3)Samuel Beckett 1906~、アイルランド生まれの劇作家。「不条理演劇」の代表的人物であり、現代の演劇、文学などに巨大な影響を与えた。
Ⅲ 馴致されたものと馴致されていないもの
改めて、社会的表象の現象を、最初から順に、ひとつひとつ説明していこう。既にいくつかの事柄を示唆して来たわけだが、それは、社会心理学にある種の革新が必要なことを訴え、その見解を擁護するためであった。ところどころ、具体的な意見を強調したのも、私自身の立場を擁護したいがためであった。とはいえ、その過程で、私は次の二つの事実について述べた。
(a)社会的表象は、個人や集団にとっての「環境」だと見られなくてはならない。
(b)ある意味で、社会的表象は、われわれの現代社会に特有のものである。
さて、そもそも、われわれはなぜ、このような表象をつくりだすのだろうか。いかなる動因が、社会的表象を形成するのだろうか。これをまず検討してみよう。これにはまず、三つの伝統的な仮説にたよって答えてみることができる。
(a)願望仮説:個人や集団は、自らの意思を表現したり、隠したりするような、イメージや文章をつくろうという動因を有している。社会的表象が形成されるのも、この動因による。この仮説によれば、こうしてできるイメージや文章は、客観的現実の主観的な歪曲であるから、社会的表象もその性質を免れない。
(b)均衡回復仮説:あらゆるイデオロギー、言い換えると、世界についてのあらゆる概念は、社会的統合の失敗や欠如による、精神的、感情的緊張を解消する手段である。つまり、社会には、社会の均衡を回復、維持しようとする動因が存在するのであり、社会的表象は、その均衡を回復、維持するための、いわば想像的補償なのである。
(c)コントロール仮説:集団には、環境から得られる情報にフィルターをかけ、それによって個人の行動をコントロールしようとする動因があり、この動因が表象をつくる。したがって、表象は、思考や、現実の構造を操作する手段として機能する。その点では、大きな強制力を行使する「行動主義的」コントロールやプロパガンダの手段とよく似ている。
これらの仮説は、いずれも、全くの誤り、というわけではない。願望仮説の通り、社会的表象は実際に、ある願望に応えている場合もあるであろう。均衡回復仮説の通り、社会的表象が不均衡に反応している場合もあるであろう。さらに、コントロール仮説のいう通り、社会的表象は、不人気ながらも根絶されないまま、社会のある階層をして、他の階層を支配せしめているのかもしれない。しかし、それにもかかわらず、これらの仮説は、共通して、一般的すぎる、という失敗を犯している。すなわち、これらの仮説は、なぜ上記三つの動因が、社会的表象という、独特の理解と伝達の方法によって満たされるのかを、説明できない。これら三つの動因は、社会的表象以外の方法、たとえば、科学や宗教などでも満たされる。それゆえ、われわれは、社会的表象こそを形成する動因に着目し、フィールドでの観察結果を説明できるような仮説を探求しなくてはならない。紙数の制限もあるので、単刀直入に、私が正しいと思う直観と事実を披瀝することにする。すなわち、あらゆる社会的表象の目的は、何か馴致されていないもの(the unfamiliar)を、馴致されたもの(the familiar)に、変換することである。
説明を加えよう。共主観的宇宙とは、万人が、摩擦や攻撃の危険にさらされることなくくつろいでいたいと欲する場である。共主観的宇宙における言説や行為はみな、すでに保持している信念や解釈と対立するというよりも、それらを強化するにすぎないし、伝統を否定するより、むしろ強化する。そこでは常に、同一の状況、身振り、観念が、何度も何度も繰り返される。変化というものは、それが生気をもたらし、反復の重みで会話が窒息するのを避けられる限りにおいてのみ、知覚され受容される。概して、万物の関係性を変化させるエネルギーは、馴致化のエネルギーである。つまり、事物にせよ人物にせよ出来事にせよ、それらは、既存の経験やパラダイムに結び付けて知覚され、理解される。したがって、推論よりも記憶が、現在よりも過去が支配的となるし、また、刺激よりも反応が、「現実」よりもイメージが支配的となる。共主観的宇宙では、少なくとも二つの営みが行われる。ひとつは、既に馴致されたものを受容、理解し、さらにそれをより身近なものとし、習慣化する、という営みである。いまひとつの営みは、馴致されたものを基準とすることによって、馴致されていない(あるいはそう知覚される)ものを考量する、という営みである。後者について言うと、たとえば、パリっ子、「名望」家、母親、エディプスコンプレックス等々の、既にわれわれに馴致された既知の観念は、単にストックされているのみならず、非日常的なもの、異常なもの、すなわち言い換えれば、馴致されていない未知のものを考量するときの、基準として使われる。
実際のところ、いわゆる「普通の人々」(普通の人man in the streetといっても、昔のような通りのぶらぶら歩きも減って、いまや、絶滅の危機に瀕している。そのうちに、テレビを見ている人が「普通の人」になるかもしれない)にとっては、次のような実感があるだろう。科学、芸術、経済学等の、物象的宇宙に属するものに起源をもつ意見は、馴致された身近な意見--それらは、科学、芸術、経済学等に関する断片的な知識、自らの経験、うわさ、などから構成される--とは、多くの点で異なっている、と。それゆえ、物象的宇宙に属する意見は、不可視的かつ非現実的である、と人々は思いがちになる。リアリティというものは、絵画でいうリアリズムを思い出せばわかるように、大部分は、意味規定性をもっているかどうか、慣習にのっとっているかどうか、ということの問題である。そういうわけで、われわれは、次のような場合には、馴致されていない、という感覚を経験しがちである--たとえば、抽象性と具体性の境界が曖昧になった場合であるとか、それまで抽象だと考えられてきたものが、突如完全に具体的なものとなって立ちあらわれてきた場合など、意味規定性や慣習のいずれか一方、あるいは両方が、通用しなくなった場合に。原子やロボットのような、純粋に観念の上だけの存在だと思われていたものが、実物となって目の前にあらわれたようなとき、あるいは、当たり前でない人物、それまで人間関係に対して曲がりなりにも取って来た対処方法が通用しないような行動や人間、人間関係に遭遇したときにも、馴致されていない、という感覚を経験する。このとき、人は、見ると予想していたものを見ることができず、不完全と無秩序の気分に包まれてしまう。精神障害者や、異文化に属する人々が、われわれを当惑させるのも、そのためである。こういった人々は、われわれによく似ていながら、われわれとは全く違っているからだ。それで、われわれは、彼らを「文化的でない」だの「野蛮人」だの「道理が通らない」などと呼ぶ。要するに、禁制の対象であるがゆえに、あるいは、物理的に遠方にあるがゆえに、直接経験の彼方にあるような事柄、話題、人々--つまり、共主観的宇宙の辺境に追放されているもの--は、空想的な特性を付与される。直接経験の彼方にあるものは、いわば「存在せずして存在する」、あるいは「知覚されずして知覚される」がゆえに、われわれに先入観を抱かせ、あるいは困惑させる。その非現実性が明らかになるのは、それが現実として現前したとき、すなわち、現実性が、われわれに否定のしようのないものとして立ち現れてきたときである。それはちょうど、幽霊や架空の人物に、現実生活の中で直面したり、コンピューターがチェスを指すのを、初めて見たりするのに似ている。そのときこそ、空想だと思っていたものが、まさに目の前で現実となる。見たり触れたりできるなどとは毛頭思っていなかった物に、見たり触れたりできるようになる。
馴致されていない対象の特徴は、なにがしかの欠落や、なにがしかの「不完全性」である。見えないはずなのに見える、違っているはずなのに似ている、手に取れないはずなのに手に取れる、というようなことである。馴致されていないものは、人や集団の興味をひきつけ、そそる一方、同時に、警告を発し、日常的な暗黙の合意の基礎にある前提を、明示化するよう強いる。対象の「不完全性」は、われわれを悩ませ脅かす。ちょうど、生命をもたないのに生物そっくりにふるまうロボットが、突如フランケンシュタインの怪物と化すようなもので、何か魅惑的でありながら、なおかつ恐ろしいのである。
未知の物(や見知らぬ人)への恐怖は根が深い。これは、7~9ケ月の赤ん坊にも観察される。また、実際のところ、子供の遊びの多くは、この恐怖を克服したり、恐怖の対象を操作できるようになるための手段となっている。大衆のパニック現象も、しばしば、子供や赤ん坊と同じ原因から生じており、逃避や苦痛のような、ドラマチックな動きの中で生じる。こういうことが起こるのは、習慣的な指標を失うこと、あるいは、一貫性や、密接で共同的な合意の感覚を与えてくれるものとの接触を失うことが、耐え難い恐怖であるからである。他者、すなわち異物性が、本来あるべき姿とはなにがしか異なる姿でわれわれに迫って来るとき、われわれは、本能的にそれを拒絶する。それが、既存の秩序を脅かすからである。
表象は、われわれを当惑させるものや、われわれの共主観的宇宙を脅かすものを、外部から内部へ、遠くから近くへ移し、馴致されていないものを、馴致されたものに変換する、という働きをもっている。この変換の過程において、それまで結び付いていた概念や知覚がいったん分離され、新しい文脈の中に再編成される。その新しい文脈において、馴致されていないものは馴致され、未知のものは既知のカテゴリーへと含まれる。たとえば、精神分析医の患者の扱い方というのは、「医療行為のない治療」であり、われわれの文化にとっては、非常に矛盾したものに見える。これを定義して、より受容しやすくするために、ある人々は、たとえばこれを、キリスト教の「告解」にたとえる。こうすると、精神分析の概念は、その分析という文脈から切り離され、司祭と悔悟者、とか、父なる聴罪司祭と悔いたる罪人、といった文脈に移される。そして、精神分析の技法のひとつ、自由連想は、告解の規則と結び付けられる。こうして、最初は不気味で矛盾と見えたものが、普通の、正常な過程となる。すなわち、精神分析は、告解の一形式に他ならなくなる。そして、やがて精神分析が受容され、それ自体が社会的表象となると、告解のほうが、程度の差はあれ、精神分析の一形態と見られるようになる。自由連想法も、その理論的文脈から分離され、宗教的な意味合いを与えられると、意外で不気味なものであることをやめ、まったく正常な性格を帯びるようになる。以上のようなことは、一見すると、比喩の問題に過ぎないと思われがちだが、決してそうではない。まさにこれこそが、価値や感覚が、社会的に意味のあるかたちで融合したり変容したりする、その真の姿なのである。
今述べた精神分析に限らず、ある集団によって保持されているイメージ、観念、言語は、常に、その集団が未知のものを馴致化する、最初の方向づけや手段を決定しているように思われる。この意味で、社会の思考は、論理よりも慣習や記憶に、また、現在の知的、感覚的構造よりも伝統的な構造に、依存している。ジョドレDenis Jodeletは、いくつかの村落で、そこに居住することになった精神障害者たちに対する、村民たちの反応を分析した。精神障害者たちは、外見はほとんど正常であった。しかし、かえってそのために、村人たちは、精神障害についての説明を受けたにもかかわらず、彼らをよそものと見なし続けた。長年のうちに彼らの存在が受容され、また、村人と同じ日常生活を送り、中には村人と同じ家に住む者さえ出現したにもかかわらず、彼らは、よそものと見なされ続けた。住民たちが依拠した表象が、伝統的な価値や観念から導き出されたことは明らかであった。この伝統的な価値や観念こそが、患者たちと村人たちの関わりかたを決定したのであった。
しかし、このような、長年にわたる受容と、よそものとしての扱い、というギャップは、第三者的な立場から気づくことはできても、当事者たちにはどうしようもないものである。馴致されたものと、馴致されていないものとの間の、基本的な緊張は、常に、われわれの共主観的宇宙のなかで、しかも、馴致されたものに引き寄せるかたちで、解決される。社会の思考では、結論が、前提よりも先にある。また、社会関係では、ネリー・ステファーンNelly Stephaneの適切な公式によると、裁判の前に判決がある。当人を見たり聞いたりする以前に、われわれは、あらかじめその人を判断し、分類し、その人のイメージを作り上げている。だから、あらゆる疑問や、疑問を解決するための情報収集の努力は、このイメージを確認するのに役立つに過ぎない。同様のことは、実験室実験についてもいえる。
多くの被験者に共通する誤りを検討すると、ひとつの一般的傾向の存在が浮かび上がってくる。被験者は、あらかじめ真とされた結論--自分の最初の回答であれ、実験者によってあたえられた回答であれ--と矛盾しないように、諸前提を組み合わせられるかどうか、それを検討しているようだ。被験者には、最初にもっていた結論を確認しようとするバイアスがある。もちろん、これは単に、結論と前提との一貫性を示しているのであって、結論が前提に従っていることを示しているわけではない。
(Wason and Johnson-Laird,1972,p.157)
結局、われわれのつくる表象はいつも--科学理論についてであれ、国家についてであれ、人工物についてであれ、何についての表象であっても--何か馴致されていないものや、馴致されていない、という感覚をもたらすものを、日常的で現実的なものにしようという、われわれの絶え間無い努力の結果である。そして表象を通じて、われわれは、馴致されていないものを克服し、馴致されていないものを、既存の心的、物理的世界に統合する。そうすることで、既存の世界は豊かになり、変容する。この一連の調節を経てはじめて、疎遠だったものが身近に思えるようになり、抽象的と見えていたものは、具体的な、おおむね正常なものとなる。しかし、表象をつくりながら、われわれは常に、大なり小なり、過去への指向性を自覚している。というのは、馴致されていないものを把握するためのイメージや観念は、もっぱらわれわれに、既に知っていたものや、ずっと身近だったものを思い出させ、そうやって、既視(deja vu)や既感(deja connu)の印象を再構成するからである。バートレットはこう書いている。「前に指摘したように、眼前の物体が、よく見慣れた物体であると同時に、馴致されていないなにがしかの特性を併せ持っている場合、これらの馴致されていない特性は、馴致される方向への変容を被る」(Bartlett,1961,p.178)
それはちょうど、普段正常だとされているものに、裂け目や断絶が生じたときはいつも、われわれの精神が、それまで外側にあったものを内側に組み込むことで、傷を修復し、装い直すようなものである。この過程は、確信を新たにし、安堵感を与えてくれる。不連続性や意味の喪失に脅かされた集団や個人に、連続性の感覚を取り戻させるのである。したがって、表象を研究するときは、常に、表象が同化の対象とするような、馴致されていない特性を発見するように努めねばならない。ここで極めて重要なのは、こういった馴致されていない特性の発達が、表象が社会の領域で発生する、まさにその瞬間から観察される、という点である。
以上、共主観的宇宙での、表象の生成過程について述べてきた。これを、物象的宇宙における科学と対比すると、両者の違いが明確になる。科学は、対照的なやり方で進行する。共主観的宇宙では、結論が前提よりも先だったが、科学では、ちょうど逆である。科学は、前提から結論へと進行する。特に、論理的な側面ではそうである。法律というものが、判決には公判が先行することを保証するのと同じように、科学的な法則は、結論には前提が先行することを保証する。科学は、通常の共主観的宇宙における、自然な思考過程や思考機能とは、全く異なる仕方で進行する。そのため、科学は、完全な論理と証明のシステムに依存しなくてはならない。さらにそれ以上に、科学は、特有の規則--不関与、実験の反復、対象からの距離、権威や伝統からの独立など--を、設定しなくてはならない。これらの規則が、完全に適用されたことはないにしても。前提と結論との、さまざまな組み合わせの可能性、すなわち、議論の可能性の、その妥当性を検証するため、科学は、既存の知識体系--それまでに発見された事実や理論を、合理的なかたちで体系化したもの--からなる、ひとつの人為的(いわゆる科学的)世界をつくりだす。そして、馴致したものを確かめたがる、われわれの習癖を克服するために、また、既に知られているものについて、改めて証明を与えるために、--言葉をかえれば、研究を妨害する傾向を克服し、誤りを避けるために--、科学者は、自分の理論を疑い、自らの理論に反証を試み、自分の理論を支持する証拠を、対立する証拠と突き合わせることを、要求される。
しかし、話はこれで全部ではない。科学が現代科学にまで発展し、常識との隔絶が大きくなって以来、科学は、われわれの同時代の知覚や意見を、常に覆してきた。科学は、常識的には不可能なことも、可能なのだと証明してきたし、われわれの、慣習的な観念や経験の大部分を、偽りだと立証することに成功してきた。見方を変えれば、科学の目的は、実験室の中で、あるいは、数学的な方程式の中で、馴致されていた既知のものを、馴致されていない、未知のものへと変えることなのだと言える。このように、科学と対照してみれば、馴致されていない未知のものを、馴致して既知のものにする、という、社会的表象の機能が、より明確になるだろう。
Ⅳ 社会的表象を生成する二つの過程--係留と物象化
科学・常識・社会的表象
科学と社会的表象とは、互いに大きくかけ離れていながら、そのくせ、互いに補いあう関係にある。だから、われわれは、この両方の領域について考え、言及しなくてはならない。フランスの哲学者バシュラールは、われわれの住んでいる世界と、思考の世界とは、同じ一つの世界ではない、と述べた。しかし、われわれは、単一で同一の世界にあこがれており、また、それを達成しようと努力せざるを得ない。前世紀には、科学は、表象やイデオロギーの誤りを正す、解毒剤になると信じられてきた。しかしいまや、実際には、科学自体がひとつの世界となって、表象をつくり出している。すなわち、科学の急速な進歩に伴い、物象的宇宙が拡大している。そして、科学的な理論や情報、および、それが社会に与えるインパクトは、増加の一途をたどっている。それにあわせて、物象的宇宙は、なんらかの形やエネルギーをもつものとして、より直接的な、手の届くレベル(すなわち共主観的宇宙の中)で、複製、再生産されなくてはならなくなる。言い換えれば、科学的な理論や情報、および、それが社会に与えるインパクトなどが、共主観的宇宙のなかで定義され、再構成されねばならなくなる。当初、科学は、コモンセンス(常識)に基盤を発しており、コモンセンスを、ほんのわずかだけコモンでないものにしていた。しかしいまや、コモンセンスとは、コモン化された科学のことである。言うまでもなく、平凡な事象は、その平凡さの裏に、強制的で、なおかつ誘引力のある知識体系や、文化のエッセンス、あるいは、神話とさえいえるものをはらんでいる。ボードレールはこう問いかけた。「平凡な事象以上に、興味を引き、実り豊かで、良い意味で刺激的なものが、果たしてあるだろうか?」私なら、平凡な事象以上に、集合体を動かし得るものなど、果たしてあるだろうか?、とつけ加えるところである。馴致されていない、未知のことばや観念や存在を、普通の、身近な現実感の伴うものに変えるのは、容易なことではない。馴致されていないものを馴致するには、以下に述べる、二つのメカニズム--それらは、記憶、および、過去において下された結論とに基づく--が作動することが必要である。
第一のメカニズムは、異質な観念を係留(anchoring)してしまうこと、すなわち、異質な観念を、通常のカテゴリーやイメージに帰し、異質なものを、既知のコンテクストに位置づけることである。たとえば、信心深い人は、新奇な教義や異邦人のふるまいを、宗教的な価値体系に結び付けようとする。第二のメカニズムは、異質な観念を物象化すること、すなわち、抽象的なものを、できるだけ具体的なものに変えることであり、観念的な存在を、なにか物理的世界に存在するものへと変換することである。この第二のメカニズム、すなわち物象化(objectifying)によって、心の目でとらえられたものが、眼球でとらえられたものであるかのように受けとめられたり、当初、想像上の存在であったものが、見たり触れたりできる、現実性を帯びたものとなったりする。以上二つのメカニズムによって、--第一のメカニズムにより、未知のものを身近な空間に移転し、それを比較し解釈することによって、また、第二のメカニズムにより、未知のものを、見ることができ、触れることができ、操作できるものとして、再生産することによって--、馴致されていないものが、馴致されたものになる。表象は、これら二つのメカニズムの産物にほかならない。従って、これらのメカニズムの機能を理解しておくことが、極めて重要である。
係留:
これは、われわれの接した、当惑を覚えるほど新奇なものを、既にわれわれがもっている、固有のカテゴリー体系に結び付け、適当なカテゴリーの範例と比較する過程である。たとえてみれば、漂うボートを、社会空間のなかの、ブイのひとつに繋ぎとめるようなものである。ジョドレの研究した、村人たちの事例に即して言えば、次のようになる。医療機関の処置で、村に定住することになった精神障害者たちは、即座に、慣習的な基準に基づいて判断された。そして彼らは、白痴、浮浪人、まぬけ、あるいは、「ごろつき」を意味する方言と、結び付けられた。所与の対象や観念が、ある既存のカテゴリーの範例に結び付けられると、その対象や観念は、そのカテゴリーの性格を獲得し、そのカテゴリーに適合するよう、再調整される。こうして、既存の分類体系に基づいて、新奇な対象や観念が分類され、広く受容された場合、既存のカテゴリーに関する、あらゆる見解が、その新奇な対象や観念にも、あてはめられるようになる。再び、ジョドレの村人たちの例を引けば、白痴、浮浪人、まぬけに関するすべての見解が、そっくりそのまま、精神障害者にあてはめられるようになった。たとえ、何か不一致があっても、あるいはまた、自分たちの評価にはずれがある、と感じられるような時であっても、知らないものと知っているものとの、最小限の一致を保てるのであれば、われわれは、既存のカテゴリーに基づいた分類に執着する。
つまり、係留するということは、何かを分類し命名することである。分類も命名もされていないものは、異和的であり、実在しないのであり、同時に、脅威でもある。われわれは、評価を下せないものや、自分や他人に説明できないようなものに直面したとき、それに対して、抵抗や疎外を経験するものである。そのような抵抗や疎外を克服する第一歩は、それらを、既存のカテゴリーに位置付け、それに既存の名前をつけることである。ひとたび何かについて語り、評価し、そして、それを伝達することができるようになれば--それがたとえば、「彼は内気だ」のような曖昧な表現であっても--新奇なものを、既存の、通常の宇宙のなかで表現し、身近なモデルの複製として、再生産することができる。分類できなかったものを分類し、命名できなかったものに命名することによって、それを想像したり、説明したりすることが、できるようになる。実のところ、表象というのは、基本的には、分類と命名のシステムであり、カテゴリーと名前を割当てるシステムである。
以上のことは、新奇な対象や観念が、(価値的)中立性を維持し得ないことを意味している。なぜなら、それら、新奇な対象や観念が結び付けられる、既存のシステムにおいては、ものや存在はみな、肯定的か否定的な、何らかの価値をもたざるを得ず、明確に秩序だてられたヒエラルキーのなかで、所与の位置を占めざるを得ないからである。たとえば、ある人を、神経症、とか、ユダヤ人、貧乏人、などと分類するとき、われわれは明らかに、単に事実を述べるだけでなく、その人を評価し、ラベルを張り付けている。そして、そうすることによって、われわれは、社会や人間性についての、自分たちの「理論」を示すことになる。
ここまで述べてきたことは、社会心理学にとって、極めて重要な側面であるのにも関わらず、これまで、それに値するような関心を持たれていなかった、というのが、私の見解である。それどころか、評価、分類、カテゴリー化などに関する既存の研究(Eiser and Stroebe,1972)は、こういった現象の基層にあるものを、考慮に入れてこなかった。これらの研究はまた、評価、分類、カテゴリー化などは、存在や事物や出来事の表象を前提としている、ということを、見落としてもきた。しかし、文化と色彩知覚の関係についての研究が示すように、均一な物理的刺激を、特定のカテゴリーに分類することすらも、表象と無縁ではない。文化と色彩知覚の関係に関する研究では、いくつかの異なった色を見せられた人々は、それらを、ある範例--こういった範例は、その人達自身にも、まったく知り得ないものなのだが--に基いて受容し、既存の心的イメージによって分類している、ということが見出されている(Rosch,1977)。実のところ、現代の認識論が教えることのひとつは、いかなる分類体系も、その根底で、それを定義、特定し、その使い方を指示する、何らかの「理論」に立脚している、ということである。したがって、ある分類体系が消えるということは、その根底にある「理論」の消滅だと言って差し支えない。
もう少し体系的に話を進めよう。何かを分類するということは、ある行為と規則の集合--それによって、その集合を共有するすべての人々にとって、何が許され、何が許されないかを規定するような集合--のなかに、その何かを埋め込むことである。ある人を、マルクス主義者だの、釣り人だの、タイムズ誌の読者だのと分類するとき、われわれは、一連の言語的、空間的、行動的制約の集合、ある種の慣習の集合に、その人を埋め込むことになる。したがって、その人をいかに分類したかを、その当人に知らせるということは、分類体系に内包されている期待を、具体的なかたちで提示し、その人に影響を与えることを意味する。使い慣れた集合は、その集合を代表する、適切なモデルや典型例を、また、その集合に属するとされる、すべての要素の重ね焼き写真のようなものを、供給できるという利点がある。この重ね焼き写真は、集合内の要素に共通する特性を要約する、典型的先例をあらわす。それは、一方では、集合に属する諸要素の特徴を、理念的に融合させたものであり、他方では、集合に属する諸要素の、画像的母型となるものである。それゆえ、たとえば、われわれのほとんどがもっているフランス人の視覚的な表象は、ベレー帽をかぶり、フランスパンの長い塊を抱えた、小柄な人のイメージとなっている。
何かや誰かを分類する、ということは、実質上、われわれの記憶から、ひとつの範例(paradigm、あるバリエーションの集合、変化系列)を選び出し、それに、何かや誰かを結び付けたり、結び付けなかったりする、ということである。何の番組かを知らないまま、番組の途中でラジオのスイッチを入れたとき、もしその番組が、Pという範例と十分に一致すれば--Pが芝居をあらわす範例である場合、すなわち、対話やストーリー性などである場合--その番組は芝居である、とわれわれは思う。経験の示すところでは、ある対象がある範例に合致するか否か、に関する判断と、個々の対象同士が、それぞれどの程度範例に近いか、に関する判断とでは、前者の方が、後者よりはるかにたやすい。ジョドレの研究でも、村人たちは、村で共に暮らしている複数の精神障害者に関する、一般的な分類--彼らが、程度の差こそあれ、とにかく精神障害者という範例に合致する、という判断--については一致していた。しかし、個々の患者が、一般的に受容されている典型的先例(testcase)にどれほど似ているか、という判断については、それほどの一致は見られなかった。もし、この典型的先例を明示化しようとする試みがなされたならば、数多くの不一致--日頃は、いわば共犯的に隠蔽されている不一致--が、明るみに出されることになる。
しかしながら、分類は、概して、個々の対象を、通常ある集合を代表するとされている典型例(prototype)と比較することによってなされる、といえる。そして、個々の対象は、典型例との近似性、典型例との一致性、によって定義される。かくしてわれわれは、ある特定の人物--ドゴール、モーリス・シュバリエ、チャーチル、アインシュタインなど--については、彼らが国家、政治家、科学者などを代表している、などと言うし、他の政治家や科学者などを、彼らとの関係で分類する。典型例と比較することで、人や事物を分類している、このことが正しいなら、われわれが、その典型例の、最も代表的な特徴に着目する、というのは、避けがたいことである。ジョドレの研究した村人たちも、まさにそうであった。彼らは、十年から二十年にわたる、患者たちの滞在中、患者たちの話し方や行動が「奇異」である、と、はっきりと意識していた。その一方で、この恵まれない人々の、一般的な愛想のよさ、勤勉さ、人間性については、特に関心を抱くことはなかったのだった。
実のところ、ジャーナリスト、社会学者、臨床心理学者のような人々はみな、身振り、出来事、ことばについての表象が、いかに、新奇な事柄の把握や、治療の過程を左右するかを知っている。典型的先例が支配力を持つのは、私の思うに、その具体性や鮮明さが、われわれの脳裏に刻み込まれ、それ以降、典型的先例とはかなり異なる個々の事例やイメージに対しても、それらを定義する「モデル」として使われるからである。したがって、典型的先例や典型的イメージは、個別的で具体的な様相の中に、モデルとなり得るような抽象性を蔵している。そして、この抽象性こそが、典型的先例や典型的イメージをして、社会の主要な営みを可能ならしめている。それは、個々の事例やイメージから、集合を創出することである。だからあえて次のように言うこともできよう。われわれは、ある人を知っている、などとは言えないし、その人を理解しよう、などと言うこともできない。われわれにできることは、ただある人を再認すること、すなわち、その人がどういう種類の人間に相当するのかを見出すこと、その人はどんな分類カテゴリーに属する人なのかを見出すこと等々、それだけである。したがって、本節の主題である、係留が行われる際にもまた、裁判の前から判決が決まっているし、述語が主語に先立って決定されているのだともいえる。典型例が典型例たり得るのも、この先行性ゆえである。なぜなら、典型例は、既在の観念を活性化し、往々にして、それへの呪縛をもたらすからである。
そのような呪縛は、普通、一般化(同化)か特殊化(異化)のいずれかによってなされる。すなわち、のっけから、既在の観念が頭を占領してしまい、それに適合するような情報や、それを顕著に示すような側面を探し求める場合(一般化)もあるし、逆に、対象に特有の特殊な側面が頭を占領してしまい、その対象にぴったりあてはまるような観念のほうを探す場合(特殊化)もある。一般化とは、いわば、対象との距離を縮めることである。われわれは、ユダヤ人、精神障害、芝居、戦闘的国家、などといった具合に、既存の観念を自由に選択して、それをカテゴリーとして使用する。こういう観念は、いわば、このカテゴリーの、全メンバーに等置されてしまう。カテゴリーが肯定的であれば、われわれは、眼前の対象を受容するし、否定的であれば拒絶する。一方、特殊化とは、対象との距離を保ち、どの典型例からのバリエーションであるかを精査する。同時に、特殊化においては、そのバリエーションが派生した原因となる、特性、動機、態度を明確化する。たとえば、先に述べた、精神分析の社会的表象でいうと、精神分析家の基本的なイメージが、特定の特性--財産、地位、容赦の無さ--のひとつを誇張することで変容され特殊化され、「アメリカの精神分析家」のイメージが形成されるのであった。時には、こういった特性のすべてが、同時に強調されたりもする。
つまり、一般化や特殊化を通してなされる分類というのは、純粋に知的な選択の結果としてなされるものでは決してない。このような分類は、対象に対する既存の態度を、あるいは、対象を正常(ないし異常)と確定したい、という願望を、反映したものである。このことは、馴致されていない事柄を分類するときには、きわめて重要な要因となる。すなわち、馴致されていない事柄を分類するときには、規範に合致する(あるいは逸脱する)かどうかを見極めようとする欲求が、大きく関わってくる。一見奇異に思われるかもしれないが、あえて付け加えておこう。われわれは、単に、対象の類似ないし非類似、あるいは、同一であるか異なるか、を述べているときでさえ、真実のところ、規範への一致(あるいは逸脱)に言及している。違いがあるとすれば、こういう、単なる類似非類似だけを問題にしているような場合には、規範の場合のような、直接的な他者への影響は含まれていない、ということだけである。
ここで、分類に関する議論を終える前に、分類に対する社会心理学的な視点を批判しておこう。社会心理学者の間には、分類を、分析的な操作だとみなす傾向がある。すなわち、分類の操作には、一種の特性カタログ--たとえば、人種について分類する場合には、皮膚の色、髪のきめ、骨や鼻のかたちなど--があり、個々人は、そのカタログと比較され、種々の特性が一番たくさんあてはまるカテゴリーに位置付けられる、というわけである。言い換えるなら、われわれは、カタログ中のひとつひとつの特性について、一致不一致を判断して、その人が、カテゴリー通りか、特異な存在か、判断を下している、というわけだ。しかし、分類が分析的操作とみなされて来たという、そのこと自体を吟味すべきだ、と述べた者は、ほとんどない。なぜなら、今日まで、社会心理学者は、実験室実験の事例ばかりに埋没していたからであり、その結果、認識の基層にある社会的表象が、看過されてきたからである。たとえば、分類される対象についての集合的な見解とは無関係に、分類が研究されてきた。この、社会心理学の分析的な傾向を考えるにつけ、私は、社会的表象についての自分自身の見解を、もう少し語っておかなくてはならないとの念に駆られる。われわれは、分類するときには、常に典型例と比較し、比較された対象は典型例と比べて正常か異常かと、常に自問しているのだ。われわれは分析的な操作をしているのではなく、「それはあるべき姿で存在しているかどうか」という問いに、答えようとしているのである。
社会心理学に主流の見解と、私の見解との、このような対立は、現実的にみても重要である。もし、私の見解が正しければ、国家や人種や世代などについての、あらゆる「偏見」は、われわれの文化や「生物的人間像」などを構成している、社会的表象を変えることによってしか、克服できないからである。他方で、もし、現在優勢な、分析的な観点が正しいのだとすれば、われわれがなすべきことは、互いに偏見をもち、敵対している集団や個人に対して、実は、敵対している両者も、驚くほど共通の特徴を有しているし、したがって、驚くほど類似している、という点を、説得することである。そうすれば、われわれは、堅固な偏見に基づいた分類の仕組みや、互いのステレオタイプを、簡単に除去できるはずだ、というわけである。しかしながら、この方針が、今までたいした成功を収めていないところを見ると、この方針には限界があるのではないか、したがって、もう一方の、私のいうような方針のほうが、試してみる値打ちがあるのではないか、と思われる。
さて、ここで目を転じて、命名について考えてみよう。命名ぬきの分類はあり得ない。しかし、この二つは、同じものではない。われわれの社会では、命名すること、何かや誰かに名前を付与することは、非常に特別な、厳粛ともいえる意義をもっている。命名することで、われわれは、その命名されるものを、匿名性にまつわる面倒から救い出し、氏素姓をはっきりさせ、言葉の複合体のなかに引き込み、まさに自分の文化の「アイデンティティー・マトリクス」のなかに位置付ける。
実際問題として、匿名のもの、すなわち、命名できないものは、伝達可能なイメージにはならないし、他のイメージと結びつけることもできない。命名できないものは、たとえ、正常か異常か、のように、大ざっぱには分類できたとしても、混乱、不確実性、不明瞭の世界へと、追いやられてしまう。クローディン・ヘルツリッヒClaudine Herzlichは、健康と病気の社会的表象の研究(Herzlich,1973)で、病気の症状のわかりにくさ--たとえば、症状を、会話の中で表現しようとしても、なかなかうまくいかないということ。あるいは、魚が粗い網の目を擦り抜けるように、症状が、われわれの把握の網の目を擦り抜けてしまう様子--について、見事な分析を行った。命名し、これは何々である、と言えること--必要なら、そのために新しい言葉を発明することも含めて--は、魚が逃げないような網をつくること、そして、あるものを表象することを、可能にする。あるものがどう命名されるかには、常に、ある程度の恣意性が伴う。しかし、命名をめぐって、複数の人の間で一致が形成される限りにおいて、その名前と対象との結び付きは、慣習となり、必要不可欠のものとなる。
おおよそ、私は次のように考えている。人や物に命名する、ということは、その人や物を、沈殿させる(ちょうど化学溶液を沈殿させるように)ことである。その沈殿の結果には、三つの側面がある。(a)一度命名されたら、その人や物は、記述されることが可能になり、何らかの性格や傾性などを獲得する。(b)こういった性格や傾性のおかげで、その人や物は、他の人や物からは、区別されたものとなる。(c)その人や物は、同じ慣習を採用し保持する人々の間で、慣習的行為の対象となる。たとえば、ヘルツリッヒの研究は、次のようなことを明らかにした。「過労」という慣習的なラベルは、いくつかの曖昧な症状の複合体を、何らかの社会的、個人的なパターンと結び付け、その他の症状や健康状態から区別する。そして、その結果として、この複合体を、社会にとって、受容可能かつ正当な存在たらしめている。そのおかげで、過労をめぐって会話をしたり、過労についての悩みを口にしたりできるのだし、さらには、ある種の権利を、過労だから、という理由で、要求したりもできるのである。この権利というのは、労働を金銭で買い取る社会では、通常は禁じられていた権利なのかもしれないのだが。つまり、言い換えると、ある言葉が出現したことによって、かつては否定されていたものが、現在では、認められるようになった、というわけだ。
さらに、私自身の研究からも、例を挙げておこう。それは、「神経症」や「コンプレックス」といった、精神分析用語による命名の効果である。従来は、「狂気」と「正気」との中間的なものと見なされ、それ自体としては真剣に取り上げられることのなかった、緊張状態や不適応状態(精神障害を含んでいることさえあるだろうが)などといったものがある。「神経症」や「コンプレックス」といった精神分析用語は、これらの状態や障害に、一貫した説明を、さらには現実感すらも、与えたのである。この例でも再び明らかなように、命名された症状は、もはや、わけの分からない存在ではなくなった。また、精神分析のおかげで、「小心コンプレックス」「兄弟コンプレックス」「権力コンプレックス」「サルダナパロス・コンプレックス(訳注1)」などという言葉も生み出されていった。これらの言葉は、正規の精神分析用語ではなく、いわば、精神分析用語を真似てつくられたものである。しかし、このような言葉が広まるにつれて、コンプレックスという精神分析用語が、われわれの日常言語の中に係留され、社会のなかに組み込まれていく。かくして、かつては難解かつ謎めいた、理論的用語であったものが、同じく、かつては難解かつとらえどころのなかった、症状や患者に結び付けられ、そして、それらは、まったく難解でない、体系化された文脈の中の、安定したイメージとなる。
こうして、最後には、つかみどころのなかったものに、社会的な同一性が与えられる。科学的な概念は、日常会話の一部分となり、かつてはとらえどころのなかった患者や症状も、身近な技術的、科学的用語で、把握できるようになる。こうして、それまでは、共感性の宇宙のなかに位置を占めていなかったものに、意味が与えられる。次のように言ってもいいかもしれない。名前の複製と増殖は、唯名論的(nominalistic)な傾性--人間が、事物を、既存の社会的表象に埋め込むことによって、事物を認識しようとする傾性--を反映したものである。先に述べたように、たとえば、精神分析の普及に伴って、「コンプレックス」から増殖した言葉(「小心コンプレックス」「兄弟コンプレックス」「権力コンプレックス」など)が、「内気」「兄弟」「権威」等の表現に、取って代わっていった。こうして、これらの言葉を使う人も、これらの言葉によって表現される人も、ひとつのアイデンティティー・マトリクスに、埋め込まれていく。語る人も、表現される人も、このマトリクスに埋め込まれているのであって、それを恣意的に選択したり、支配しつくすことはできない。
さらに一歩進めて、次のように言ってもいいかもしれない。すなわち、上に述べた機制は、科学用語にとどまらず、社会的存在の、正常な、あるいは逸脱的な現象が、ラベル付けされるプロセス--個人や集団が、心理的であろうと政治的であろうと、ある烙印を押されるプロセス--についてもあてはまる。たとえば、現行のイデオロギーには適合しない意見を持つ人を、「人民の敵」と呼ぶとする。そうすると、この言葉は、現行のイデオロギーに基づく、明確なイメージを喚起し、その人を、所属する社会から追い出してしまう。このことから明らかなように、命名とは、明晰さや論理的一貫性を志向する、純粋な知的操作ではない。命名は、社会的態度と密接に結び付いた操作である。以上述べたことは、われわれにとっては、あまりに日常的なこととなっており、したがって、ともすれば見逃されがちである。しかし、上に述べたことは、すべての現象の根底にあるのであって、私がたまたま挙げた事例にだけ、あてはまるのではない。
以上、分類と命名とが、表象の係留の、二つの側面であることを述べてきた。分類カテゴリーや名前は、美術史家のゴンブリッチGombrichが、「概念の社会(a “society of concepts")」と呼んだものと、同じような性質をもっている。つまり、カテゴリーや名前も、社会の中の諸関係と、似た関係をもっている。ともすると、分類や命名は、ハイダーらのいうように、自然のうちに、ある程度の論理性を兼ね備え、安定性や一貫性への性向をもつかに見える。また、そのような秩序への性向が、ある程度必然であるかのような様相を呈することもあろう。しかし、私の見解では、表象が安定性や一貫性を獲得する、という考え方は、もっぱら頭の中でのみ行われた、抽象作業の産物にほかならず、表象の生成それ自体とは、あるいは、そのメカニズムからも、無縁のものである。それとは反対に、社会のありようを反映した、安定性や一貫性には限定されない、実に様々な関係が、観察できるのであり、その関係の多様さは、イメージや感情の万華鏡をなしているかのようである。周知のように、フリッツ・ハイダーの、人間関係に関する心理学的分析においては、「友情」関係という概念が、重要な役割を果たす(本書のFlamentの章を参照)。ハイダーは、友情関係を、安定的関係の一般形としてとらえていたようである。しかし、安定的関係という言葉に包含される、多種多様な関係の例を考えるとき、ハイダーは、多種多様な関係のひとつ、すなわち友情関係を、すべての関係の典型例として使ってしまった、と言わざるを得ない。
「友情」以外にも、関係をあらわす典型例はある。たとえば、「家族」も、ある種の関係をあらわすイメージとして、よく使われる。知識人同士、あるいは労働者同士が兄弟と呼ばれたり、コンプレックスを父親、神経症を息子と呼んだり(「コンプレックスは神経症の父です」と述べた人がいる)、等々である。また、「対立(conflict)」も、さらに違った種類の関係を意味していて、対照的なペアを記述するときには、たいていこれが根底にある。正常という語の意味するものと、それが除外しているもの、たとえば、人間の意識と無意識の部分、健康と呼ばれるものと病気と呼ばれるもの、といったペアは、対立の関係にあるものとしてとらえられる。「敵意」も、関係の典型例として用いられる。人種や国家、階級を比較する際には、この「敵意」という典型例が、しばしば用いられる。さらには、その背後に、強弱という関係が想定される場合もある。ここで想定された強弱の関係は、階層構造をなす分類カテゴリーのうち、いずれが好まれるかを、しばしば決定してしまう。
以上、勝手気ままに例を連ねてきたけれども、研究のひとつの方向性として、言語の論理を詳しく検討してみることは、価値あることではなかろうか。なぜならば、言語の論理を追及することによって、分類体系と命名プロセスの関係が、明らかになるからである。考えてみれば、われわれが現在依拠している分類と命名のパターンより、もっと豊かなものがあるとさえ考えられる。つまり、われわれが現在依拠している分類と命名のパターンというのは、心理的にもぎこちなく、社会的にも意味を拾い損ねていることを、決して否定はできない。ただ、動かしがたい事実があるとすれば、われわれが、安定性を一種の友情関係として視覚化したり、対立を真っ向からの敵対関係として視覚化するのは、ただただ、友情関係や敵対関係のほうが、安定性や対立よりも、身近で具体的であり、われわれが既にもっている思考や感情に、結び付けやすいからにほかならない。つまり、そうした方が、誰にでも了解可能なかたちで、安定性や対立を、表現し得るからにほかならない。われわれの思考や感情になじみ、万人に了解可能であるということは、とりもなおさず、慣習化(routinisation)--相対的に馴致されていない言葉や観念の代わりに、あるいは、それに優先して、より馴致された言葉や観念をしゃべり、読み、書くことを可能とするプロセス--の結果にほかならない。
かくして、表象の理論は、二つの結論を導く。まず第一に、表象の理論は、係留なしに思考や知覚が存在する、という考え方を排除する。したがって、思考や知覚における、いわゆるバイアスの観念も排除する。いかなる分類システムにしても、あるいは、複数の分類システム間の関係にしても、ある具体的な視点、すなわち、複数の人々の一致に基づく視点を前提としている。このことはつまり、普遍的かつバイアスのない分類システムをもつことなど、不可能だということであり、どんな対象にも、普遍的な基本的意味などない、というのと同じである。バイアスというのは、普通言われるような、個人のいわゆる社会的、認知的な欠陥や限界を表しているのではなく、社会のなかの様々な個人や集団の間の、正常な、視点の相違を表しているのである。このように、バイアスは、欠陥や限界という、単純な理屈で表せるものではないのだから、その逆--社会的、認知的な欠陥がない、とか、社会的、認知的限界がないこと--を考えることには、どだい意味がない。つまり、シリウスから見た社会心理学などあり得ないのである。社会のなかにありながら、同時に、社会を外側から外在的に観察できるとする主張、あるいは、社会の内部のある一つの立場のみが正常で、それ以外はみな逸脱だとする主張、これらの主張は、論外と言わざるを得ない。
結論の第二は、分類と命名のシステムは、個別的実体としての人物や事物を、単に格づけしラベルづけするだけの手段ではない、ということである。分類・命名システムの主要な目的は、解釈(事物の性質の解釈)や理解(人々の行動の背後の意図や動機の理解)を促進すること、すなわち、評価をすることである。実のところ、これはわれわれの、どうしようもない性とでもいえるものである。個人と同様に集団は、過剰な興奮や混乱といった特殊な状況のもとでは、いわゆる解釈マニアと化す傾向がある。つまり、そのような過剰な興奮や混乱の中で遭遇する、馴致されていない観念や存在を理解するには、必ず、カテゴリーや名前、指示対象が必要であり、それによって、馴致されていない観念や存在を、ゴンブリッチのいう「概念の社会」に組み込むことができる。その結果として、意味が出現し、馴致されていないものが、手で触れるように、目に見えるようになり、そして、既に統合され、馴致されていると感じられる観念や存在と、同じになる。こうして、既存の表象は、いくばくかの変容を被り、馴致されつつあるものは、さらに多くの変容を被ることによって、新しい存在としての地位を獲得する。
物象化:
かつて、英国の物理学者マックスウェルは、ある世代には抽象的と見えたものが、次の世代にとっては具体的となる、と述べた。誰も本気にしない、信じ難い驚異の理論が、後の世においては、正常で、確実で、現実感に満ちたものになる。ありそうもない事実--たとえば、ある物理的実体が、はるか遠く離れたところで反応を引き起こすような--が、一世紀もたたないうちに、当たり前の、疑いようのない事実になる。このメカニズムは、少なくとも、その事実自体の発見と同じ程度には神秘的であるし、実際のところ、それ以上の重要さを持っている。ある世代では馴致されておらず、知覚されていなかったことが、次の世代では、馴致され、わかりきったことになる、と付け加えれば、マックスウェルの上を行くことができるだろう。信じられないことが、次の世代では当たり前になる、というのは、単に時間が経過したとか、習慣になった、とかいうだけの問題ではない(もちろん、これらもおそらく必要なことではあるが)。このように馴致がなされるのは、物象化の結果である。物象化は、係留よりも、はるかに積極的な過程である。では、物象化について論じていこう。
物象化は、馴致されていない観念を、現実感で満たし、さらに、現実そのものへと変換してしまう。最初は、純粋に知的な、遠くの世界で知覚されたものが、今度は、われわれの眼前で、物理的かつ触知的なものに変えられる。この点で、われわれは、レヴィンと共に、次のように断言して差し支えないであろう。すなわち、すべての表象が、程度を異にする現実--決してあらかじめ存在するものではなく、つくりだされるものとしての--をつくりだすのだと。どの程度の現実がつくられ、維持されるかは、まさに集合体に依存しているし、現実感の喪失もまた、集合体に依存している。集合体に依存しない、物事に固有の現実性などは存在しない。たとえば、かつては万人に受け入れられていた、超自然的なレベルの現実は、今では、実際には存在しないとされている。これも集合体によるものである。普通、幻想と現実とは、水と油のように考えられているが、両者の間には無数の段階があるのであって、その無数の段階も、実はわれわれ自身の手によって、全く同じ方法で構成されている。抽象的なものを物化することは、思考と発話における、神秘的な特性のひとつである。あらゆる種類の政治的権威や知的権威は、大衆を服従させるために、この物体化を利用している。言い換えれば、これらの権威は、表象あっての現実を、現実あっての表象へと転倒させ、あるいは、言葉あっての事物を、事物あっての言葉へと転倒させる、という技術に、その基盤を置いている。
物象化の第一段階は、不正確な観念や存在の、視覚的特性を発見することであり、概念を、イメージのかたちで再生産することである。われわれは、何かを何かにたとえるとき、何らかの視覚的イメージを描いており、実体のないものに実体を与えている。たとえば、神を父にたとえるだけで、目に見えなかった神というものが、父親のように対応すべき人として、即座に目に見えるものとなる。
いかなる社会でも、具体的な対象について、無数の言葉のストックが流布しており、われわれは常に、その言葉のストックに、対応する具体的な(非言語的)意味を与えるよう強いられている。言葉が、常に何かについてのシンボルである以上、われわれは、言葉を使うとき、常に、何かに言葉を結び付けている、つまり、言葉に対応する、何か非言語的なものに結び付けている。人々が、「火の無い所に煙は立たない」と信じているからこそ、うわさは信用される。それと同様に、「指し示すものもないのに会話は成立しない」と、人々が信じているから、指示対象としての、一群のイメージがつくられる。
しかし、このストックをなしている言葉のすべてが、イメージと結び付けられるわけではない。必ずしも十分なイメージを担っていない言葉もあるし、イメージを担っていても、そのイメージが、タブーに属する場合もあるからである。イメージが十分にあること、タブーに属さないこと、これら二つの条件を満たしているイメージは、私のいう、形象的核(figurative nucleus)のパターン--観念の複合体を、視覚的に再生産する、イメージの複合体--に接合され、さらにはその中に組み込まれる。たとえば、精神分析に端を発する「精神」の形象的核は、周知のように、無意識の上に意識を置いたような構図--それは、不随意と随意、感情と理性、内的と外的など、より一般的な二元論を想起させる--になっている。このような構図があればこそ、上のものが下のものを圧迫し、この「抑圧」がコンプレックスを生じさせる、などといった考え方も、受け入れやすくなる。この例で、上に置かれたものが下に置かれたものを抑える、といった、これ以上はないと言っていいくらい、身近でありふれた構図が採用されていることに、注意しておこう。しかし、その一方、性的衝動、すなわちリビドーは、精神分析の主要な概念であり、かなり濃厚なイメージを担っているにもかかわらず、形象的核のなかには、性的衝動やリビドーは含まれていない。これは注目すべきことである。つまり、性的衝動のような、タブーの対象は、上記二つの条件の、片方しか満たし得ないために、抽象的なまま放置され、形象的核には組み込まれないのである。無意識と意識や、性的衝動以外にも、私は、様々な精神分析の概念について検討を加えてきたが、それによって、あらゆる概念が、同じように形象的核に組み込まれるわけではないことを、確かめることができた。つまり、何が形象的核に組み込まれるかは、社会が、その信念体系と、既存のイメージのストックとによって、選択するのである。これは、かつて私の述べたこととも符合する--「ひとつの範例が受け入れられるためには、その範例が明確な骨組みを持っていることもさることながら、それに先立って受け入れられた範例との間に、類似性を有していなくてはならない。先の、精神分析にいう『精神システム』の諸概念の、どれが具体化されるか(形象的核に組み込まれるか)は、それが日常の現実を解釈できるかどうか(つまり、そのシステムが既存の範例に類似しているかどうか)に依っている」(Moscovici,1976)
これは決して、変化が生じないという意味ではない。変化というのは、新しい出来事を取り込むことで、馴致されている母体そのものが徐々に変容することによって生じる。それは、川を流れる水によって、川床が徐々に変わり、それによって、川の流れそのものが変わっていくようなものである。
社会が、ひとたび、ある範例や形象的核を受け入れたら、何であれ、その範例によって表現されるものについて、語ることが容易になる。この容易さの故に、その範例にかかわる言葉は、より頻繁に使用されるようになる。そして、範例や形象的核を簡潔に言ってのける常套語句や、それまではばらばらだったイメージ群を統括するような、決まり文句が現れる。範例や形象的核は、単に、それについて語られるのみならず、様々な社会的な場で、他者や自己を理解したり、選択や決断を行うための、手段として利用される。再び精神分析の例を引けば、精神分析の概念は、いったん馴致されると、あらゆる私的、公的、政治的な実在の錠を開く、すなわち理解する鍵となるということを、私は見出してきた(Moscovici,1976)。精神分析の形象的核や範例は、何度も使用されることで、もともと属していた領域、すなわち精神分析の領域から分離され、一種の独立性を獲得する。ちょうど、常套語句が、最初にその言葉を口にした個人から次第に独立し、あたかも、それ自体として存在しているかのような様相を呈してくるのと同じである。こうして、言葉や観念と結び付いたイメージが、独立性を獲得して、社会のなかに解き放たれると、それはまさにひとつの現実--これはもちろん、慣習に基づく現実であるが--として受け入れられていく。
たとえば、われわれはみな、「コンプレックス」という観念によって指し示される実体が、きわめて曖昧であることを知っている。それでも、誰かについて評価を下したり、あるいは交際したりする場合、われわれは、あたかもコンプレックスというものが実在しているかのように思考し、振る舞っている。その場合、コンプレックスという観念は、単なるその人の人格や行動様式の象徴的記号ではなく、まさにその人そのものと等置されている。すなわち、彼そのものがコンプレックスであり、彼の人格や行動様式そのものが、コンプレックスであるとみなされる。さらに、次のように断言することも許されよう。ひとたび形象的核に組み込まれると、集合的な偶像崇拝が可能になる。あらゆるイメージは、現実性と実用的価値をまず獲得したのち、礼拝の対象となる。今日では、精神分析医の寝椅子であるとか、「進歩(progress)」などといったものが、その好例となっている。形象的核に組み込まれて現実となっていく程度は、イメージと現実との区別が小さくなる程度に対応している。概念のイメージは、記号であることをやめ、現実の複製、生き写しの像となる。そうすると、イメージの生みの親である観念や実体は、抽象性、恣意性を失い、ほとんど物理的な、それ自体としての性質を獲得する。観念や実体は、それを用いる人にとって、まさに自然現象と同等の権威をもつに至る。コンプレックスという概念は、まさしくその典型であり、それには、原子とか手の振りなどと同じぐらいの現実味が、広範に与えられている。こうして、言葉が社会の資産に組み入れられる。
以上、物象化の第一段階--全体から見れば、物象化自体が係留に続く第二段階だが--すなわち、形象的核がつくられる過程をみてきた。これに続く第二段階は、第一段階の論理的帰結とも呼べるものである。第二段階では、イメージ化された対象が、完全に、われわれの世界の中に溶け込んでしまう。そして、言語によって把握されていたものが、そこにあって知覚されるものへと、変化する。あるイメージが存在し、そのイメージが、コミュニケーションや理解の基礎になっているとき、そのイメージは、何らかの実体についてのイメージとなっている--ちょうど、火(実体)のない所に煙(イメージ)は立たないように。したがって、イメージが実体についてのイメージであれば、われわれの関心は、その実体へと向かう。こうして、いわば論理の転倒が生じ、思考の要素であったイメージが、今や、実体の要素とみなされるに至る。言い換えれば、表象が、表象される実体に結び付けられ、そもそもは概念の特性であったものが、実体としての現象や環境の特性へと、変身する。そして、概念は、実体としての現象や環境を指示するものと化す。かくして、今日では、誰かの「抑圧」や「コンプレックス」を、まるで、あたかもその人の物理的な特性、実体であるかのように、知覚したり感知したりできる。
われわれの環境は、主としてこういったイメージでつくられており、われわれは、あるイメージを捨てたり別のイメージを採用したりして、永遠に環境に追加をしたり、環境を変容させたりしている。ミードはこう書いている。「イメージが対象の構造の一部となり、そのイメージは、既にして、直接的には知覚されない環境に対する、生物体の適応の在り方をあらわしている。このようなイメージの力によって、対象世界は再構成されていく」(Mead,1934)
こうなると、イメージは、言葉(意味を担っている)と、現実に存在するとされる対象(単に意味を付与されるのみの対象)の中間にある特異な存在ではもはやない。イメージは、まさにひとつの対象として存在し、したがって、意味を付与されもする。
今日では、文化--科学ではなく--が、広範な人々にとって意味あるものとしての観念から、現実をつくりだすよう、われわれを駆り立てている。それには明白な理由がいくつかあるが、社会的観点からそのもっとも明白な理由を挙げれば、文化には、そもそも特殊な領域の専有物であったものを、広範な人々の共有財産にかえる力があるからだ。ある領域の観念が、なぜ他の領域にも伝わっていくのか、哲学者は長年の間考えてきた。表象なしでは、また、言葉の対象への変態なしには、この転移はあり得ない。私が精神分析について過去に述べたことも、確信をもって裏付けられている。
精神分析の科学的な内容を物象化することによって、社会は、精神分析や精神分析医に直接対峙することなく一連の現象に対峙し、それらを好きなように扱えるようになる。専門家の知見は、いまや、すべての人が実感できる知見となり、未知の宇宙は、身近な縄張りと化す。個人が、専門家や専門的な科学の助けを借りることなく、直接自分たちの宇宙と接するようになる、ということは、振り返ってみれば、対象と間接的な関係しか持ち得なかった段階から、直接的な関係を持ち得るように前進したということである。この前進をつかさどっているのは、ひとえに文化の豊かな営みである。(Moscovici,1976,p.109)
日常生活の中でそれについて語り、感じ、それに囲まれているところの諸要素は、いわば匿名的なかたちで、ひとつのまとまりを成している。それらの素材の起源は、曖昧であるか忘れられている。こういう起源についての現実は、われわれの記憶の中では空白である。しかしあらゆる現実が空白であるわけではない。日常性の素材は、われわれ自身の行為の産物であり、何かは誰かの産物でもある、このことを忘れるために、われわれは正確に物象化をやっている。私はこう述べた。「結局のところ、精神分析は、アリストテレスの力学のように消滅してしまうことがあっても、なおもわれわれの世界観に浸透し、その用語は、心理的行為を記述するのに使われるであろう」(Moscovici,1976)
現代における、すべての学問のモデルは、数学に基づく物理学、すなわち、測定可能な量的物体についての科学である。したがって、人間科学や生命科学であろうとも、科学の対象は測定可能で量的なものである、との前提に立つ限りにおいては、その科学で取り扱われるものはすべて、そのようなモデルに従って把握される。そこで、たとえば次のような三段論法も生まれてくる。科学は物理的器官を取り扱う。精神分析は科学である。したがって、たとえば無意識やコンプレックスも、心理的システムの器官と見なされる、というように。だから、コンプレックスは、胃や心臓といった器官のように、それだけを取り出したり、移植したり、目で見ることができるとされる。見ての通り、自動性(生)は他動性(物体)に等置され、主観的なものは客観的なものに等置され、心理学的なものは生物学的なものに等置されている。
あらゆる文化は、自らの表象を現実に変えるための、基本的な装置を持っている。時には人間たちが、時には動物たちがそれに役立つ。機械の時代が始まって以来、現象を物質として把握するやり方が優勢になり、われわれは、いわば逆アニミズム--生き物ではなく、機械によって世界ができているとする--のとりこになっている。したがって、コンプレックス、原子、遺伝子などについても、それらを、ひとつのあるがままの対象としてイメージ化するよりも、それらは何の役に立つのか、あるいはいかなる機能を有しているのか、というイメージをつくりだし、その機能によって、対象として把握する。
しかしながら、すべての文化に普遍的な単一の装置があるわけではない。われわれの現代文化には、ものを好む傾向があるが故に、文化の装置は、万物を物象化していく。人間も、ものとしての把握が可能であるが故に、われわれは、感情、社会階級、大国などを擬人化する。これも、ものとしての人間にたとえている、という意味で、物象化の一斑である。この物象化の一斑たる擬人化は、ゴンブリッチも述べるように、言語に由来する。
インド-ヨーロッパ語では、名詞に性を付与し、生き物の名前と名詞とを分かち難くしたために、擬人法と呼ばれる特異な表現が生じた。ギリシャ語やラテン語の抽象名詞の多くは、通常女性形をとる。そこで、Victoria、Fortuna、Justitiaのような、人格化された抽象概念によって占められた、観念の世界への道が開かれることとなった。
(Gombrich,1972)
しかし、物象化(擬人化も含む)の基盤にある特殊な文法が広まった理由、またその有効性は、偶然性だけでは説明ができない。
このように物象化が進むのは、文法そのものが、物象化のメカニズムをもっているからである。すなわち、形容詞や副詞などで表現されていたものを、名詞--定義上、実体や存在物--によって表現するメカニズムである。名詞で表現されれば、そもそもは属性や関係性であったものが、事物に姿を変える。たとえば、「抑圧」という名詞はあるが、「抑圧」なる「もの」は存在しない。それは、ものではなく、記憶を抑圧するという、ひとつの行為なのである。また、「無意識」という名詞はあっても、「無意識」なる「もの」は存在しない。それは、何らかのもの(人間の思考や願望)の属性だからである。ある人が「無意識」に支配されている、とか、ある人が甲状腺腫や咽喉炎と同じように「抑圧」で苦しんでいる、などと言う時、われわれが本当に言いたいのは、その人は自分のしていることや考えていることを意識していない、ということである。同様に、ある人が「不安」に苦しんでいる、と言う時には、実際にはわれわれは、その人が不安がっている、とか、その人が不安げに振る舞っている、と言いたいわけである。
しかし、ある人の状態を記述するのに、ひとたびある名詞を選択すると--たとえば、ある人の振る舞いはある特異性を示している(その人は意識していない、とか、不安がっている)と言わずに、その人は「無意識」に支配されたり「不安」に苦しめられている、などと言うと--われわれは名詞の数を増やすことで、存在物の数を増やすことになる。だから、動詞を名詞に変える傾向や、他の品詞でも表現できるにもかかわらず、あえて名詞で表現する傾向というのは、文法が物象化のメカニズムを支えている、ということの確かな証拠であり、また、言葉が単に事物を表すだけではなく、事物を創造し、その事物に固有の特性を与えていくことの証拠である。このような事情のもとでは、言語は、現実の姿と見えの姿を分離する鏡、実在の対象とその見え姿を分離する鏡、実在の対象を人や物の具象で表現する鏡に例えられる。同時に、その言語という鏡を前にしたわれわれは、見え姿から分離された実在こそ、現実にほかならないことを確信する--とりわけ、自己は、そこからもはや見え姿を分離できない、究極の実在と確信される。かくして、複雑な実体や現象に、抽象的な形式を与えるためにわれわれがつくった名詞は、実体や現象そのものと化す。そしてわれわれは、この実体化をやめることは決してない。あらゆる自明の事実、あらゆる分類、世界のあらゆる指示対象は、意味と、暗黙の知識となった名前とが、結晶化したものである。暗黙的であることが、名詞の表象的機能を保証している。表象的機能とは、まずイメージを与え、次いで、現実としての概念を与えることである。
われわれの物象化傾向の帰結をより明確に理解するためには、英雄崇拝、国家や人種や階級の人格化、などといった、相異なる社会現象を考えてみればよい。どの事例にも、社会的表象が関わっていて、言葉を生きものに変え、観念を物理的な力に変える。また、そもそも、国家は言語活動の産物であるにもかかわらず、実体としての国家が先にあって、言語は、実体としての国家を表現する道具であるかのような様相を呈する。近年の社会の動きを見るに、このような物象化の行き着く先は、極めて不吉かつ不幸なものとなるかもしれない。とりわけ、社会のそこここに存在している悲劇が、ハッピーエンドに向かってほしいと願う人々、あるいは、いつの日か正義がまかり通る世の中になってほしいと願う人々は、物象化の進行を危惧している。しかし、いかに物象化に基づく合理的精神が破綻するかもしれないとしても、また、歴史が将来のハッピーエンドをもたらしてくれそうにないとしても、社会的表象と物象化という重要な現象から、決して目をそらしてはいけない。上述のように、これらの現象の基本原理は単純明快である。
本節で論じてきたような表象作用によって、馴致されていないものが馴致される。別の言い方をすれば、表象は(集合的)記憶に依存している。記憶の濃密さは、一方では表象を、急激な変容を被ることから守っている。他方では、記憶の濃密さが、現時点での出来事から、表象の一定の独立を保っている。ちょうど、蓄えた富のおかげで、その日暮らしの生活から免れるようなものである。われわれが、馴致されていないものに伴う不安を克服するために、イメージや言語や身振りを引き出してくるのは、この共通の経験や記憶のストックからである。経験も記憶も、他動的でもなければ、死んだ物でもない。経験も記憶も、力動的で生命力がある。だから、係留と物象化とは、記憶を操作する方法であるともいえる。係留は、記憶を活性状態にする。係留は、記憶内部に指向する操作であり、分類と命名の対象となる物体、人物、事象を、記憶の中に入れたり、記憶から引き出したりしているのである。一方、物象化は、係留よりも、記憶外部に志向する操作である。物象化は、記憶の中から概念とイメージを取り出し、外的世界と混ぜ合わせて、外的世界の中に再構成する。つまり、既に知っていることから、知るであろうことをつくりだす。ここで再びミードを引用するのがいいだろう。「人間の知性の特異性は、過去を通じて獲得した、現在を巧妙に操作できる力である」(Mead,1934)
訳注
(1)サルダナパルス(Sardanapalus)は、アッシリア最後の王で、豪奢な生活と臆病で知られる。
Ⅴ 右派の因果性と左派の因果性
(1)帰属と社会的表象
ファー(1977)が的確に指摘しているように、われわれが、自分たち自身のために事物を描写するやり方と、他者のために事物を記述するやり方との間には、関係がある。フォコンネ、ピアジェ、それに、僭越ながら私自身など、社会的表象に関心がある人々にとっては、因果性の問題が重要であった、ということを踏まえながら、この関係を受け入れることにしよう。しかし、われわれはこの問題を、アメリカの社会心理学者たち--単にアメリカ大陸に住んでいるからそう呼んでいるだけだが--とは違った角度から考えている。アメリカの社会心理学者は、「帰属理論」に研究の基盤を置いていて、われわれが、原因を、自分たちの周囲の人々や事物に、どのように帰属するか、に主要な関心をもっている。彼らの理論は、単一の原理--人間は統計学者のように思考する--に基づいていて、その方法には、たった一つの規則--外界から受容する情報の間に一貫性を成り立たせる--しかない、と言っても、誇張にはならないだろう。もとより、そこには、統計的思考と一致しない、したがって、しっくり来ないものとして瑣末物扱いされる観念やイメージ--すべて、社会がもたらすもの--が、無数にある。また、そこまでいかなくても、かくあるものとしての現実の知覚に、霞をかけてしまうような観念やイメージも、数え切れないほどある。しかしながら、そのような観念やイメージは、単純に、無視されてしまうことになる。
一方、社会的表象の理論は、個人も、態度も、種々の現象も、みなそれぞれ、その特異性や予測不可能性において多様である、ということを、出発点としている。これらの多様性から、個人や集団は、いかにして、安定し、かつ予測可能な世界をつくることができるのか、それを発見するのが、社会的表象の理論の目的である。宇宙を研究する科学者は、表面的な混沌の背後に、何らかの秩序があることを確信している。「なぜ?」と問うことをやめない子供も、同じことを確信している。真実はこうだ。われわれが、永遠の「なぜ?」に、答えを求めてやまないのは、われわれが受容する情報がそうさせるからではない。そうではなく、世界のあらゆる存在やあらゆる客体は、今見えている以上のなにものかである、という確信が、われわれにあるからである。科学の究極の目的は、この「なぜ?」を撲滅することである。それに対し、社会的表象は、「なぜ?」なしにはあり得ない。
表象の基礎は、「火のないところに煙は立たない」という諺である。何かを見たり聞いたりしたら、われわれは、本能的に、それは偶然ではなく、何か原因と結果があるに違いない、と思ってしまう。われわれは、煙を見たら、どこかで火が燃えているはずだと信じて(つまり、煙の原因としての火があるはずだと思って)、煙の出所を見つけるべく、火を探しに行く。だから、この諺は、単なる情景描写ではなく、社会的な思考のプロセスを描写している。言い換えると、この諺は、社会環境の中で生じる、すべての徴候を解読しなくてはならない、そして、兆候の意味--「隠れた火」など--が発見されるまでは、その徴候を放っておくことができない、という、規範的要請を描写している。こうして、社会的な思考プロセスは、われわれの「なぜ?」という疑問をフル活用して、われわれに、因果関係を追及させる。
以上の事柄については、例をいくらでも挙げることができる。たとえば、裁判、それも、被告が最初から罪人扱いの裁判で、判決は既に決まっており、訴訟手続きは、その確認でしかないような場合を考えて見ればよい。強制収容所や「収容所群島」に、ユダヤ人や反体制派が送られていくのを目にしても、ドイツやロシアの、ごく普通の市民たちは、彼らを無実だとは思っていなかった。投獄されるからには、連中は、何か罪を犯したに違いない、というわけである。何の理由もなく、罪に問われ、虐待され、拷問される、などというのは、信じ難いことである。そのため、囚人達には、牢獄に入るべき、手頃な理由(ふさわしい言葉)が、あてはめられることになる。
煙幕というものは、因果関係の歪曲にまでは至らなくても、常に、弾圧の手段を巧妙に隠すものだと思われている。しかし、それ以外にも、煙幕は、多くの人の注意をひきつけ、さらに、火が燃えるには正当な理由がある、と人々に信じ込ませもするのだ。上記の操作の例は、このことを証明している。独裁者はいつも、心理学の達人である。刑罰の場面を見せれば、人々は、この奇怪で怖ろしい出来事を、法による裁きというイメージと一致させようとして、勝手に、犯罪者と犯罪とを結びつけてくれる。そのことを、独裁者はよく知っている。
(2)二つの原因による説明と単一の原因による説明
社会的表象の理論は、数多くの観察に基づいて、われわれは通常、二組の動機に基づいて行動する、という前提を立てている。言い換えると、社会的思考は、単一の原因による(mono-causal)説明ではなく、二つの原因による(bi-causal)説明を行う。つまり、原因から結果への関係と、目的から手段への関係という、二つの関係に基づいて、説明をしている。これが「帰属理論」との相違点であり、また、この複数性において、社会的表象の理論は、科学とも異なっている。
ひとつの事象が繰り返し起こると、われわれは、まず第一に、われわれ自身とその現象との間に、どの程度の関係性があるかを確定し、第二に、規則や法則の存在を示唆する、何らかの、意味のある説明を見つけ出す。この、関係性の確定から説明の発見への、移行を促すのは、関係性そのものの吟味からでもなければ、現象の生起回数からでもない。移行を促進するのは、当の関係性とそれ以外の関係性との乖離、今知覚した現象と予想していた現象との乖離、特異な事例と典型例との間の乖離、例外的事象と規範との間の乖離、等々の覚識である。すなわち、なじみ深い用語で言えば、馴致されたものと、馴致されていないものとの間の、乖離を覚識することによって、関係性の確定から説明の発見への、移行が促進される。実のところ、この馴致されたものと、馴致されていないものとの乖離こそが、決定的な要因である。マッキーヴァーも、次のように述べている。「われわれの好奇心を喚起し、われわれの説明を求めてくるのは、通常的思考に対する、例外性、逸脱性、妨害性、異常性である。新しい状況、予期せざる状況、変わった状況を特徴づける、すべての出来事を、われわれはしばしば『原因』と見なす」(MacIver,1943)
われわれは、われわれの持っている表象に符合しない人物や事物に遭遇することがある。典型例に符合しないとか(例:女性の首相)、欠如や欠落があるとか(広告看板がない都市)、あるいは、カトリックの共同体の中に暮らすイスラム教徒とか、いわゆる医療行為をしない医者(精神分析医)等のように。こんな時われわれは、何か説明をしなくては、と強いられているように感じる。そこでは、再認がないと同時に、認識そのものもない。言い換えれば、再認すべき同一性が欠落しているとともに、非同一性の覚識が存在している。そのような場合には、常に、立ち止まって考えることを強いられる。さらに最終的には、なぜその人がそのように振る舞うのか、あるいはその対象がなぜそのような効果を及ぼすのかを、理解できていないことを認めるよう、強いられる。
このような「なぜ?」という疑問に、われわれはどう応えることができるのだろうか。こういう場合に、われわれがまずもってごく自然に使用する、第一の因果性は、合目的性である。われわれの取り結ぶ関係の大部分は、生きた人間存在との関係であるから、われわれは、他者の意図や目的を理解できない場面に、しばしば直面する。また、自分の車が壊れたときとか、使っている実験装置が動かなくなったような時でさえ、われわれは、走るのを車が「拒否した」とか、憎らしい実験装置が「協力を拒絶して」実験を妨害している、などと思わずにはいられない。人々のあらゆる行動や発話、あらゆる自然の障害には、何か隠れた意味、意図、目的があるように思われ、われわれはそれを発見しようとする。同様にわれわれは、知的な論争や議論を見ても、それを敵意に満ちた喧嘩のように解釈して、当事者が悪意をもつのはどうしてだろうか、とか、その敵意の底にはどんな私的な動機が潜んでいるのか、などと勘ぐってしまう。
「いかなる理由で彼はあのように振る舞うのか」と言う代わりに、われわれは「どんな目的をもって彼はあのように振る舞うのか」と言う。かくして、原因の探索は、動機や意図の探索と化す。言い換えれば、われわれは、隠された悪意、あるいは、憎しみ、嫉妬、野心などといった、曖昧な動機などを、解釈し探ろうとする。人は偶然によって行動することはないし、人の行動にはみな、何らかのもくろみがあるはずだ、とわれわれは思い込んでいる。したがって、動機や誘因を人格化したり、原因を擬人的にイメージ化したりする。たとえば、政治的な反対者を、「反逆者」「人民の敵」と呼んだり、ある種の行動を記述するのに、「エディプスコンプレックス」という語を用いたりする。こうして、「反逆者」「人民の敵」「エディプスコンプレックス」という観念は、肉体をもった「行為者」と化す。すなわち、状況が許せば自らの意図を達成する、実行者となる。その結果、これらの観念は、そもそもの始まりにおいては、事物の知覚を可能ならしめる表象であったにもかかわらず、今や、その事物そのものを、肉化するに至る。
このような、われわれがまず自然に使用する、第一の因果性に対し、派生的な第二の因果性が、効能的(efficient)因果性である。この効能的因果性は、教育、言語、科学的世界観等々によって規定される。これらはすべて、行為、会話、外界の現象から、意図や責任の影響を除去し、行為、会話、外界の現象を、中立的に研究すべき、単なる実験データにしてしまう。第二の因果性に基づく限り、われわれは、行為、会話、現象について、あらゆる情報をできる限り収集し、所与のカテゴリーをもとに分類を行い、そして原因を特定する--すなわち、行為、会話、現象を、説明しようとする。これは、歴史学者や心理学者、そしてまさに、科学者の態度である。たとえば、われわれは、ある人の行動から、その人が中流階級か下層階級か、精神分裂病か誇大妄想か、などを推論する。そして、その人の現在の行動を説明する。収集した情報をもとに、結果から原因へ向かって一歩一歩さかのぼり、ついには、結果をある特定の原因に帰するのである。
ちなみに、かつてハイダーが述べた所説も、この第一と第二の因果性の区別に対応している。ハイダーによれば、人間の行動は、内的と外的との、二種類の動機から生ずる。そして、外的な動機は、人間からではなく、その人を取り巻く環境や、その人の社会的地位、他の人からの圧力などから生じる。これは第二の因果性に当たる。たとえば、ある政党に投票した人は、第一の因果性から説明すれば、内的な個人的確信をもってそうした、という結論が導かれ得る。一方、第二の因果性から説明すれば、その国の国情で、投票というのは強制によるものであり、別の政党に投票したり棄権したりすると、追放されたり逮捕されるからだ、ということになる。
帰属の過程を要約すると、何よりもまず第一に、結果と思われる出来事や行動の、解釈枠組になるような、典型例が存在している。結果が典型例と同じであれば、その結果は、外的な原因によるとされる(第二の因果性)。結果が典型例と同じでなかったら、その原因は、何か個別的、内的であると考えられる(第一の因果性)。たとえば、ベレー帽をかぶり、細長いフランスパンをかかえた人を見たとしたら、このような姿はわれわれのもっている表象と合致しているから、(第二の因果性に基づいて)彼はフランス人であるが故にそういう格好をするのだ、と判断する。しかし、この人が実はアメリカ人であったことが判明したとしたら、この人は、もはやこのモデルには合致しなくなる。表象とは違っている以上、われわれとしては、この人の行動は珍しい、とか、常軌を逸している、などと考える(第一の因果性に基づき、彼の意図や動機が異常であると判断する)ことになる。
以上述べてきたことは、明らかに過度の単純化である。実際に精神の内部で生じていることは、こんなに簡単には推測できない。しかし、私は以下の事実を明確にしたいと思う。社会的表象においては、二つの因果性は、協力して働いている。二つの因果性は、合流して個別的な性質を作り出しており、われわれは常に、一方から他方へ、また他方から一方へと、容易に立場を切り替えている。すなわち、一方では、見かけ上客観的な現象の背後に、主観的な秩序を求め--それは推論(inference)と呼ばれる--、他方では、一見主観的な現象の背後に、客観的な秩序を求める--それは帰属(attribution)と呼ばれる。また、次のように言うこともできる。一方では、人間の行動を説明するために、行動の背後にある意図を再構成し--これを第一人称的因果性という--、他方では、目に見える行動を説明するために、目には見えないが客観的に存在するとされる要因を探求する--これを第三人称的因果性という。
この二つの因果性の間の差異は、強調されるべきである。この二つの因果性のどちらか片方を際立たせるために、社会的な存在をとりまく事情は、しばしば操作されるからである。たとえば、第一の因果性の目的を、第二の因果性の結果だ、と言いくるめたりするように。ナチスによる国会議事堂放火事件のことを考えてみよう。彼らは、最初からそのつもりで反対政党を弾圧したわけではなく(つまり、第一の因果性に基づくものではなく)、反対政党による放火という原因の結果として、やむなく反対政党を弾圧したのだと見えるように(つまり、第二の因果性に基づくものと見えるように)、事を運んだのであった。つまり、弾圧という煙が、真の「火」(ナチスの謀略)を隠してしまう働きをしている。たとえば、昇進や離婚を勝ち取るために、規模こそ違え、似たような「火事」を引き起こす人というのは、決して珍しくはない。さらに、帰属は、常に目的(意図)-手段関係を含んでいることを、これらの例はわれわれに教えてくれる。マッキーバーは次のように述べた。「客観的な理由の背後には、たいてい曖昧なかたちで、動機に関わる理由が潜んでいる」(MacIver,1943)
生物科学や社会科学は、第一の因果性が第二の因果性よりも上位にある、という心理学的序列を逆転させる。そして、第二の因果性を、第一の因果性の上位に位置付け、動機を原因のように表現しようとする。生物科学や社会科学といえども、ある現象に最初に取り組んだ時には、第一の因果性に即して、その現象の裏にはどのような目的が潜んでいるのか、また、その現象の中でいかなる機能が満たされているのかを問うている。ところが、いったんその目的や機能が明確化されるや否や、彼らは、目的を、非人格的な原因として表現し、機能を、その原因が引き金となって発動されるメカニズムとして表現する。これは、自然選択を発見したときの、ダーウィンの手順であった。それはまさに、「因果論化(Causalisation)」と呼べる手順であり、目的が原因のように、手段が結果のように、そして、意図が結果のように表現される。個人の間の関係で、あるいは、政党間や各種の集団間の関係でも同様だが、互いの行為を解釈しなくてはならない場合には、この手順が広範に使用される。それどころか、「なぜ?」という問いが回答されなくてはならない場合には、常にそうである。そして、与えられる回答は、たいてい、表象をそのままの形で保持できる安心感を与えてくれる。あるいは、人々をして、納得したいように納得させてくれる。
(3)社会的因果性
要約すると、社会的因果性の理論というのは、個人による帰属と推論の理論であり、同時に、その相互転移の理論でもある。したがって、社会的因果性の理論は、相互転移についても、言及し得るものでなければならない。ところが、その理論を考えるべき立場にある心理学者は、帰属と推論のどちらか一方しか研究せず、その相互転移を見落として来た。かくして、心理学者は、環境か個人か、という二項対立図式に陥っている。これは、しっかりした理論的枠組も作らずに、行きあたりばったりに、原因と結果を特定しようとしているのに等しい。この、心理学者たちの奇妙な習慣が露呈する限界を、以下に例示しよう。
アメリカ流の「帰属理論」は、人間が、他人のある行動をその当人に帰属させる一方、別の行動については環境に帰属させるのはなぜか、を説明すべく、多くの理由を検討した。たとえば、ある場合には、ピーターはもともとゲームが上手なのだ、という具合に、当人に帰属するのに対し、別の場合には、彼が郊外に住んでいるからだ、という具合に環境に帰属する、これはなぜか、というわけである。しかし、先に指摘したとおり、これらはいずれも、単一の原理に基盤を置いている。すなわち、人間は統計学者であり、人間の精神は無誤謬のコンピューターのように働く、という原理である(原注1)。しかし、たとえば精神分析医ならば、同じ行動を見たとしても、それを、敵意(あるいは同胞愛)の単なる合理化、と評するかもしれない。なぜなら、精神分析医にとっては、われわれの判断というものはみな、感情に根差しているとされるからである。この些細な例によってもわかるように、いかなる説明も、われわれが現実について抱いている観念に、多くを依存している。この、現実についての観念こそ、すなわち、社会的表象こそ、われわれの知覚を支配し、知覚から導き出される推論を支配している。われわれの社会的な関係も、同様に、社会的表象によって支配されている。だから、「なぜ?」という問いに回答するときには、われわれは、既存の社会的表象を基盤にしている。言い換えれば、なすべくしてある特定の回答を出すような、一般的な文脈を基盤にしている、ともいえよう。
具体的な例を挙げよう。現在では、失業はありふれたものになっており、われわれは皆、少なくとも一人は、失業した男性や女性の知り合いをもっている。なぜ、この男性や女性は、職をもっていないのか?。この問いに対する答えは、人によって、全く異なっているだろう。ある人々は、失業者は真剣に職を探していない、えり好みが激しすぎる、とか、せいぜい、失業者は運が悪いのだ、と答えるばかりであろう。一方、別の人々にとっては、失業者は、不景気や不当解雇の犠牲者であり、もっと言えば、資本主義経済に固有の不公正の犠牲者、ということになるであろう。前者は、失業の原因を、個人や、個人の社会的態度に帰属しているのに対し、後者は、失業の原因を、経済状況や政治体制、個人の社会的地位等々、個々人の状況を避け難いものにしている環境に帰属している。この二通りの説明は、互いに完全に対立しており、明らかに、異なった社会的表象に由来している。第一の表象は、個人の責任や、個人のエネルギーを強調している--社会問題は、各々の個人の力によってしか解決できない、というわけである。二番目の表象は、社会の責任を強調し、社会の不正義を非難して、個人の問題を、集合的に解決することを主張している。アメリカでもこのような反応があることをシェーバーは指摘している。
福祉の根拠を個人に求めるような帰属の仕方は、「福祉詐欺師」といった発言へとつながる。このような帰属をする側は、古き良き時代へ、プロテスタントの倫理へ、という回帰を説く。また、本当に必要な者しか財政的援助を得られないよう、法律はとことん厳しくせよと主張する。一方、福祉の根拠を状況に求めるような帰属の仕方は、雇用創出のための政府補助を拡張し、より良い職業訓練を施し、万人のために教育の機会を拡大することこそ、長い目で見れば、公的扶助の支出を節約することになる、と主張する。(Shaver,1975,p.133)
しかしながら、私は、アメリカの社会心理学者に対して、全面的には同意しない。私自身は、関与している要因の順序を逆にして、表象の第一位を強調し、個人と社会とのいずれに帰属するかを支配しているのは、表象なのであると主張したい。私は別に、それによって合理性の観念を否定したり、受容した情報の正確な処理、といった観念を否定したりするつもりはない。ただ単に、われわれが、原因としていかなる事柄や経験に着目するかは、社会的表象の体系によって支配されている、ということを主張したいだけである。
そこで、私は以下の命題に立ち至る。すなわち、今日われわれの暮らす社会においては、個人的な因果性は、社会的支配層の右派(right-wing)的な説明であり、一方、状況的な因果性は、被支配的社会層の左派(left-wing)的な説明である。社会心理学は、世界がそのような支配層と被支配層とに構造化されている、という一般的な事実を無視することはできない。それどころか、われわれはみな、この二種類の因果性のいずれか片方を採用するよう--もっとも、他方の因果性にも目配りするが--、必然的に強いられている。しかし、私の命題に立脚したからといって、結論が二項分類以上の精密さをもつわけではない。私の命題からの結論は、われわれの行為の動機が、社会の現実によって規定されており、社会的現実と深い関係をもっている、ということである。社会の現実の中に、支配層と被支配層という、二つの対照的なカテゴリーがあるがゆえに、それが、高低、男女等々といった相対的な思考と同じくらい整然とした、人間の思考をもたらすのである。つまり、かつては人間の動機は、単純な思考のプロセスによって説明されると考えられてきたが、今や、それは誤りであり、人間の動機は、環境の影響、社会的な地位、人と人との関係、その当人の先入見、等々によって影響されていることが明らかとなった。この知見はきわめて重要である。なぜなら、この知見に基づくなら、個人的帰属と状況的帰属といった分類が中立的に存在する、といった考え方は、端から排除されてしまう。そして、そのような中性的な分類にかわって、支配層的動機と被支配層的動機が採用されることになる。以上のような、社会の現実の代理としての思考枠組は、すべてのケースとは言えないまでも、かなり広範に観察される。
ある心理学者(Hewstone and Jaspars,1982)によってなされた実験も、社会の現実の代理物としての思考枠組という観念を支持している。典型的な例を挙げておこう。アメリカの心理学者ラーナーは、われわれは人々の行動を、「人は受けるに足るものしか得られない」という前提をもとに説明する、と唱えた。これは「公平な世界の仮説 the just world hypothesis」として知られているものである。ラーナーはこれを、人間の、ほとんど生得的な思考方法であると見做していた。ところが、これに疑念を抱いたカナダの心理学者、ギモンド(Guimond)とシマード(Simard)は、この理論の追試を試みた。その結果、彼らは、予想どおり、このような態度は、主要には社会の多数派や支配階級に属する人々のものである、ということを見出した。つまり、少数派や下層階級に属する人々には、このような態度の形跡は見られなかったのである。詳しく述べるならば、英語を使用するカナダ人(つまり多数派)は、フランス語を使用するカナダ人(つまり少数派)のことを、個人主義的な説明法に基づいて、彼らが今のような社会的地位にあるのは、彼ら自身の責任である、と見做していた。一方、フランス語を使用するカナダ人は、社会構造を含んだ説明法に基づいて、英語を使用するカナダ人に責任を負わせる(つまり、多数派のつくった社会構造の責任で、自分たちの責任ではない)という傾向があった。
上に述べた実験室実験が、現実社会で起こっていることの例となり得るなら、われわれは、これらの発見に基づいて、なにがしかの改善の道を探ることができるかもしれない。支配層と被支配層とは、同じ世界に身を置きながらも、その世界について、類似の表象をもっているわけではない。両者は、世界を異なった目で見、異なった基準で世界を判断している。その根底には、両者の、異なった分類システムが存在している。前者にとっては、人の身の上に生じるあらゆること、とりわけその人の失敗は、その人の責任だとされる。後者にとっては、失敗は常に、社会がその個人にもたらす環境のせいとされる。この意味においてこそ、右派/左派の因果性という表現は、(高い/低い、個人/環境、などの二分法と同様に、客観的かつ科学的な表現として)具体的な個々の事例に適用することができる。
(4)結論
アメリカ流の「帰属理論」は、個人にだけ着目し、かつ、帰属過程を、得られたデータから原因を帰納的に導くだけの過程と把えてしまったため、ずいぶん不毛なものになってしまった。この不毛を克服するためには、次の三つのことが必要である。(a)研究の視点を、個人的な領域から、集合的な領域に切り替える。(b)統計学者としての人間、とか、人間と外界との機械論的な関係、といった観念を捨てる。(c)社会的表象を、必要な媒介者として復権させる。
「帰属理論」を改善するための提案は、既になされている(Hewstone and Jaspars,1982)。しかし、因果性は、それ自体としては存在せず、その正しさを証明する表象の中にしか存在しない、ということを心に留めておかなくてはならない。また、二つの因果性について考えるときには、この両者の関係も忘れてはならない。言い換えれば、われわれは常に、二つの因果性の関係をつかさどる、超・原因--目的-手段連鎖と、原因-結果連鎖との二重性を包含する超・原因--とでもいうべきものを、求める必要がある。われわれの信念や、思考の過程、世界に関する概念は、決して、物事の原因ではない。それらは、究極的な原因、すなわち超-原因の、結果なのである。あらゆる状況でわれわれが信頼し頼り得るのは、このような超・原因以外にない。ここで私が念頭に置いているのは、「神」「進歩」「正義」「歴史」などといった言葉である。これらは、社会的な地位を与えられた実体や存在のことであり、原因と目的の両方として働く。これらは、あらゆる現実の領域で発生する、起こりうるすべての事象を説明することができる、という意味で重要である。これらの存在に気づくことなら容易である。しかし、われわれの課題は、それらが果たしている役割や、その並外れた力を説明することである。
遅かれ早かれ、因果性に関する明確な観念を手にすることができる、と私は信じている。また、思考する個人の思考形式と、思考する社会の思考内容とが、実は一致していることを確信せしめるような、共通の言語を心理学者が手にしたとき、たとえ最終目的には到達していなくても、われわれの当面の探求には、ひとつの結論が与えられるだろう。
Ⅵ 現在までの研究の概略
(1)共通の方法論的主題、及び、他の社会諸科学との関連
ここまで論じてきた社会的表象の理論の裏付けとなり、また、社会的表象の理論の展開のもとにもなった研究の蓄積は、いまだ限られたものでしかない。現在われわれがもっているのは、それですべてなのである。しかし、それぞれの研究が取り上げた、個別的なテーマの違いにもかかわらず、これらの研究はみな、以下の四つの方法論的な原理を、常に共有している。
(a)社会のなかで、日常的に交換されている会話のサンプルから、研究の素材を得ること。会話は、人々が熟知した、重要な話題をめぐるものであることもある。しかし、場合によっては、会話は、その集団にとって、未知であるかもしれない話題を扱っている。それは、行為、事象、人格等に関する話題である。その話題が未知であるときには、人々はそれについて、「それは一体何事なのか」「なぜそんなことが起こったのか」「なぜ彼はあんなことをしたのか」「その行為の目的は何なのか」等と問いかける。しかし、最初は未知であっても、これらの問いは、共通の合意へと向かっていく。タルド(1910)は、世論や表象が、会話の過程で作り出されていくこと、そして、世論や表象は、人と人との関係性やコミュニケーションが形成される、原初的な様式であることを指摘した、最初の人物である。タルドは、意見や表象が、特定の場所(サロンやカフェなどのような)で、どのようにして出現するか、世論や表象が、人々の会話の物理的、心理的な次元によって、どのように決定されているのか(Moscovici,1967)、あるいは、時間の経過に伴って、世論や表象はどのように変化していくか、を検討した。タルドはまた、会話の比較研究ともいうべき、未来の社会科学の構想をも展開している。さらに言えば、会話の過程のなかで自然に生じる相互作用によって、個人や集団は、未知の不可解な対象や観念を馴致していき、そしてそれを、自己の支配下に収めていく(Moscovici,1976)。いわばコミュニケーション基盤、思考基盤といえるものが、たとえばうわさなどによって伝播し、公的な生活と私的な生活との一種の中間層を形成し、公的生活と私的生活とを媒介するようになる。言い換えると、会話は、われわれの共感性の宇宙の中心である。会話は、社会的表象を形成し、社会的表象を活動させ、そして社会的表象に、それ自身の生命を与えているからである。
(b)社会的表象を、現実を再構成する手段と考えること。コミュニケーションを通じて、個人や集団は、観念やイメージ、分類と命名のシステムに、実在性を与える。われわれが日常生活で対処する現象や人々は、いわゆる「生データ」であるということは決してなく、既に集合体や制度などによってつくられ、形象化されている。すべての現実は、決して、所与として外在的に存在するものではなく、誰かによって、誰かとのコミュニケーションのためにつくられたものである。それは、たとえば実験室の現実においてもそうである。実験室という現実を、それがつくられた文脈から切り離して考える、などというのは、論理的であるとは到底言い難い。
社会的な営みや、知的な研究の過程のなかで、われわれが遭遇する問題の大部分は、事物や人々を表象することの困難性にあるのではなく、事物や人々が、既にして表象であること、すなわち、他の事物や人々の代替物である、ということに起因する。したがって、具体的な事物や人々について研究を開始する前に、われわれは、その対象の起源を問わなくてはならない。そして、対象は、決して生の素材ではなく、人工的な産物なのだ、ということが、銘記されなくてはならない。さらに正確に言うならば、その対象は、何か新たに構成されたものと言うより、むしろ、何か再生産されたもの、再構成されたものである。われわれにとっての現実が、「再」生産されたものである、というのは、それらが、過去の世代や別の集団によってつくられたものであるということである。また、それらが再「生産」されたものであるがゆえに、われわれの内的イメージや内的モデルは、常に、歪曲されたものであることを免れ得ない。さらに、この再生産の過程を通して、言及対象(referent)が創り出される。いかなる言及対象も、「他ならぬそれ」としての同一性を有している。言及対象は、われわれが対象について創り上げてきた表象にほかならない。言及対象は、言及が反復されることによって--会話の間で、また環境の中で(たとえば「コンプレックス」やある症状など)--その自律性を獲得していく。それはちょうど、発話されたことが、それが十分に繰り返された時には、最初にそれを口にした人から独立したものになるのに似ている。このように、抽象的な観念によって現実を再構成することの最も重要な結果は、観念が、集団の主観性や、集団の相互作用の変転から分離されること、すなわち時間から分離されること、そして、観念が、永続性と安定性を獲得することである。観念を生産する、コミュニケーションの流れから隔離されることで、観念は、コミュニケーションから独立したものとなる。それはちょうど、建築家のプランや、建設に使われた足場から、ビルが独立しているのと同じことである。
ここで、事実に関する表象と、観念に関する表象との区別について、指摘しておくのがよかろう。第一の、事実に関する表象は、その対象を、抽象的な認知レベルから、具体的な認知レベルに移し換える。第二の、観念に関する表象は、パースペクティブを変えることで、その対象を組み立てたり、分解したりする--たとえば、原子の話をするのに、ビリヤードボールで原子を表すのもそうだし、人間を、精神分析学的に、意識と無意識に分割して考えるのもそうである。しかし、事実に関する表象も、観念に関する表象も、ともに、判断、知覚に必要な、既在の準拠枠組をつくっていく。その準拠枠組に基づいて、人間や事物の客観的再構成が、自動的に進行する。個人の経験や思考の基礎にあるのも、この準拠枠組である。このような、現実の再構成が社会的であり、あらゆる人に影響を及ぼす、ということそれ自体は、驚くには当たらない。真に驚くべきことは、現実の再構成において、社会性の本性--社会性が非社会性を装い、あたかも自然の一部であるかのように見せかける本性--が発露されるということである。つまり社会性は、その本性の発露のために、現実の再構成過程を必要としている。
(c)社会的表象の性質は、特に危機や大変動の際に顕在化してくる。つまり、集団や、集団のイメージが変化を被るときに、社会的表象の性質が顕在化してくる。そういう時には、人々は、普段以上に、語りたいという気持ちに駆られ、イメージや表現は生気を帯び、集合的記憶が呼び起こされ、行動はより自発的になる。馴致されていないものが増加し混乱した世界を理解したい、という願望によって、人々は動機づけられる。私的な世界と公的な世界との、区別や境界が曖昧になるため、社会の再構成も、よりあからさまな形であらわれる。しかし、物象的宇宙と共主観的宇宙との間の緊張が、概念の言語と表象の言語との間に切れ目をつくるとき、そして、科学的知識と通常の知識との間に切れ目をつくるとき、最悪の危機が発生する。それはあたかも、社会そのものが分裂してしまったようなものであり、二つの宇宙の間のギャップを埋める方法は、もはや存在しないかのようである。このような緊張は、新しい発見や新しい概念によって、そして、それが日常の会話や集合的な意識の中で普及することによって、起こり得る--たとえば、精神分析学や自然選択説のような近代的な理論が、それまでの既存の医学によって受容されるような場合である。そうなると、実際に、常識の革命が起こり得る。この革命は、科学革命と同じように重要である。このような革命が生じ、一つの宇宙が、別の宇宙に再び接続されていく有り様は、社会的表象の過程を浮かび上がらせ、社会的表象の研究に、格別の重要性を与えてくれる。
(d)表象を作り上げる人々の方に目を転ずれば、それはあたかも、アマチュアの「学者」であるかのような人々である。この、アマチュア学者の集団は、百年前のサロンやアカデミーの、現代版にたとえられよう。非公式としか言いようのない集まり、カフェやクラブでの対話、政治的な親睦会などはすべて、アマチュア学者の会合としての性質をもっている。どういう珍しい話が語られ、いかなる人間関係が取り結ばれていくかによって、そこでの、思考や表現の様式が決まってくる。他方で、多くの表象が、この「アマチュア」大衆に向けて話された、専門家の業績に由来するのも事実である。教師や科学啓蒙家、ある種のジャーナリストたちの文筆活動がこれに相当し、それを読んだら、誰もが、自分のことを、社会学者、経済学者、物理学者、医師や心理学者等々であると考えることができるようになる(Moscovici,1976)。アガサ・クリスティーの小説に出てくる医師が言うように、心理学も例外ではない。彼はこう語る。「心理学は、心理学者の間だけでやっているぶんには、何も問題はないのです。問題は、今日では、あらゆる人がアマチュア心理学者なのだという点です。私の患者ときたら、私が何も言わないのに、勝手に自分の症状を、コンプレックスだの、神経症だのと、専門用語を駆使して、私に説明してくれるんですから」(Agatha Christie,1957)
結局のところ、おそらく本書は、出版されるのがあまりに遅すぎたのである。実際のところ、私の理論の多くは、社会学における、多くの学派の理論や、英語圏における知識社会学の理論と一致している。ファー(1978, 1981)は、二つの論文の中で、既に述べて来た社会的表象の理論と、帰属の理論(訳注)、社会的現実の構成の理論、エスノメソドロジーなどとの関係を論じている。しかしながら、別の見方をすれば、この本は、関連する諸科学との関係のなかで、社会心理学の領域を再評価するためには、ちょうどいい時期に現れたのだとも言える。
知識社会学のためのプログラムは、しばしば指摘される通り、いまだに実現されていない。確かに、バーガーとルックマン(1967)などの業績は、常識の起源に関する理論や、現実の構成についての理論を扱っている。しかし、彼らの理論は、私の理論のように、実証的吟味を経てはいないように思われる。エスノメソドロジーについて言えば、これは科学の「合理性」と、日常生活に適用される常識の「合理性」との間の区別から生じたものである。エスノメソドロジーは、社会というひとつの織物を、故意に細かく裁断することによって、裁断された切片をもとの織物に戻すためには、社会的規範や慣習--それらが、社会構造の連続性や特質を形作っている--が必要であることを暴き出す。繰り返せば、エスノメソドロジーが明らかにするのは、現実の構造である。現実の構造は、いかなる規則や慣習が共通に選択されるか、によって規定されている。
バーガーとルックマンや、エスノメソドロジーに対する、私の立場はこうである。自然に生じた裂け目を利用した方が、実り多い研究ができる、と私は考えている。この自然の裂け目に着目すれば、個人群や集団が、事象の正常な進行を保とうと、その裂け目に介入したがる傾向であるとか、事象の正常な進行を達成するための方法であるとかを、明らかにすることができる。つまり、注目すべきは、規則や慣習だけではないのである。個人群や集団が、事象の正常な進行について有している「理論」や、正常な進行を達成するときに用いる言葉にも、着目しなくてはならない。次のことが基本であると私は考える--規則や慣習に基づいて社会が調整される、とか、事象が正常に進行して調和する、などといった作用は、共通する表象との関わりのなかで生じるのであり、それらを単独で理解することはできない。かてて加えて、社会学者が関心を抱くような構成作用があるとすれば、それは、現代社会では、主要には、物象的宇宙から共主観的宇宙への、変容の過程のなかにあると見るべきであろう。他のあらゆるものはそこから説明がつく。
バーガーとルックマン、エスノメソドロジーという二つの例を私が採用したのは、その社会的表象の理論との親近性を強調するためである。しかし、無論相違もたくさんあり、多くのことが付け加えられなくてはならない。これらの例に共通しているのは、その社会的表象への関心である。だから、研究者がデュルケームの助言に立ち戻るとしても、それはしごく当然であろう。「他の自然現象とは異なった特徴を有する、表象というひとつの現象の実在が、観察によって確かめられた以上、表象が存在しないかのように振る舞うのは現実的ではない」(Durkheim,1963)
今日では、社会学的想像力の大部分は、共主観的宇宙に夢中となっている。見ようによっては、共主観的宇宙の研究に、その関心が限定されている、といってもいいほどである。社会心理学のやっていないことを社会学がやっているのだと考えれば、このことも正当化されるかもしれない。しかし、この「表象という現象」をめぐって、諸学科の住みわけがなされ、社会学の課題が明確になるなら、そして、大いに必要とされている視野の広さが社会心理学に与えられるならば、そのほうがより望ましい。
(2)いくつかの主要なフィールド研究の要約
アメリカの社会心理学者たちが、そう命名こそしていないものの、社会的表象の重要性を、ついに認識しつつあることを、近年の出版物で知ったことは、私にとって、非常な喜びであった。「このような暗黙の『理論』は、包括的な『理論』であれ、特定の個人や集団についての『理論』を含む、特殊な『理論』であれ、われわれの理解や行動、過去の行動の、因果的な説明や、未来の行動の予測を規定している」(Nisbett and Ross,1980)
さらに、それらの『理論』は、行動を隠したり、無視したり、置き換えたりするのにも役立っている、と付け加えてもよかろう。そしてまた、いずれにしても、思考実験(Gedankenexperiments)ないし思考行動(Gedankenbehaviours)は、科学においてそうであるのと同様、日常生活でも重要なのだから、それらが直接的には何も説明せず、何も予測しないからといって、思考実験や思考行動を無視するのは間違いである。しかしながら、英語以外の言語による文献への関心の欠如や、他国でなされた実験への無関心--しかし、そんなことに無関心だなんて、ひと昔前なら、アメリカだろうと、他のどんな国だろうと、学者失格は間違いなかっただろうに--が、彼らに、次のような、大胆な主張をさせたのであった。
私達の文化に属する人間の集団が保持している、様々な理論や信念に関しては、驚くほど僅かの研究しかなされていない。こういった研究の重要性を、おそらく最初に指摘したのはハイダー(1958)である。また、それらを実証的に研究することを試みた、最初の(そしてほとんど唯一の)研究者が、アベルソンであった。もっとも、これら、ごく僅かの研究も、信念や理論の、個人差に注目したに過ぎなかった。
(Nisbett and Ross,1980)
まさにちょうど、そのハイダーやアベルソンの時代に、フランスでは、「人々の理論」についての研究が盛んになり、広く称賛を受ける成果が挙げられたのだ。もとより、これらフランスの研究は、ハイダーらの研究より優れていた、などと争ってみたり、これらの業績そのものの値打ちを、ことさら主張してみたりする気は、私にはない。しかし、とにかく、このような研究が行われていたのであり、しかもそれは、「個人の差異」に限定されてはいなかったのである。もしも、われわれ、社会心理学という分野の研究者が、自国でなされた科学研究の成果だけを、科学全般を代表するものとみなしているとしたら、どういうことになるか。そうしたら、社会心理学は、「ジョー・ブロッグズ(訳注2)」だの、「ジャック・デュポン」だの、あるいは「イワン・ポポフ」でもいいが、こういった、それぞれの国の、ごく普通の、ありきたりの個人でしかない人々を、万物を創造する存在として、扱い続けることになるだろう。しかし、われわれは、わざわざこのような前提を立てたりしなくても、十分に研究をやっていけるのである。
先に述べた通り、現象をより容易に把握できるのは、変容の過程においてである。だから、われわれは、社会的表象の出現に関心を集中する。そのことは、科学理論の研究--科学理論が、社会の中で、どのように変容するか、また、その科学理論は、どのようにして、新しい常識を作り出して行くか、についての研究--から始めようと、時事問題の研究--自らの世界を構成し、操作するために、当の集団は、どのような経験や「客観的」知識に直面しなくてはならなかったか、についての研究--から始めようと、同じことである。
いずれの出発点も、ともに正当なものである。前者の場合には、ある知的、社会的なレベルから、別のレベルへの変化が、どのような影響をもたらすか、を観察するという問題になる。後者では、暗黙の表象が通常は覆い隠している、一群の疑似物質的な対象であるとか、環境上の変化の構造であるとかを、観察することが問題になる。両方で、作用しているメカニズムは、同じものである。
われわれの社会では、不断に常識が生成されている。科学や技術的知識が普及する場面では、特にそうである。常識の内容--それは、象徴的なイメージであって、常識が基盤を置くところの科学に由来している。そして、認識の基盤を与えることによって、通常の会話や行動を形作っている--は、絶えず修正を受けている。このプロセスの中で、蓄積された社会的表象--それなしには、社会のコミュニケーションは成り立たないし、現実にかかわったり、現実を定義することさえできないのだが--が、さらに補充されて行く。さらに、その媒介を通じて、より多くの素材--アナロジー、現象の暗黙的な記述や説明、人格や経済等々。あるいはまた、たとえば子供や友人の行動を説明するのに必要な、種々のカテゴリーなど--を、われわれが受け取れば受け取るほど、表象は、より大きな権威を獲得していく。長い目で見れば、われわれが直接感知できるものの中で、次第に妥当性を獲得していくものは、科学的な研究の、修正された、二次的な産物であるということがわかる。言い換えると、常識というのは、決して、下方から科学の高みへと流動するのではなく、逆に、科学の高みから、常識へ向かって下降していくのである。常識は、出発点ではなく到達点である。哲学者が常識と科学との間に想定してきた連続性は、いまだに存在はするものの、その現実は、過去の姿とは異なっている。
フランスでの精神分析の普及は、常識の起源を研究するにあたっての、有用な例となる。精神分析は、どのようにして社会の多様な層に浸透し、われわれの考え方や行動に影響を及ぼしてきたのか。また、その過程で、精神分析は、どのような変容を被ったのか。それについて、われわれは、精神分析の理論が係留され、物象化される過程を、組織的に研究した。すなわち、人間や行動を分類、命名するシステムは、どのようにしてつくられてきたのかという問題、精神分析用語から生じた「新しい」言葉は、どのようにつくられたのかという問題、そして、通常の思考において、二つの因果性(訳注3)は、どのような役割を果たしているのか、といった問題などを研究した。また、それとは別に、社会的表象となることで、精神分析のような一理論が、ある科学的な認知レベルから、常識的な認知レベルへと、どのように移行するのかも説明した。当然、政治的、宗教的な背景も考慮に入れ、こういった移行の際の、それらの役割を強調した。最終的に、表象が、われわれの暮らす現実を形成し、新しい、社会的な分節化--精神分析医、神経症、など--を創り出し、この現実に関わる行動を変容させるやり方を、われわれの研究は特定することができた。
われわれはまた、同時に、マス・コミュニケーションの問題、常識の形成に果たすマスコミの役割も研究した。ここでは、常識は、一大観念体系の地位にまで高められ得る。まさに、今日のフランスにおける精神分析の地位は、あらゆる面で、公に認知された思想にも匹敵する、一大観念体系である。それゆえ、進化のプロセスに関する限り、社会的表象が先にあり、それが、現代フランスにおける精神分析の、常識としての地位の獲得につながった、ということが明らかとなった。さらに、ひとつの科学理論が、常識としての地位を確立していくには、次の三段階がある、と断言してもよいだろう。(a)科学理論としての段階--単なる一理論の枠を超えて、ある学問的分野(経済学、生物学等)における常識となる段階。(b)表象となる段階--この過程で、理論は社会の中に普及し、その理論のイメージや概念、語彙が、改鋳されつつ広まっていく段階。(c)観念体系としての段階--表象が、政党や思想界、政府機関によって使用され、論理的に再構成され、そして、社会の産物が、常識化してきた科学の名のもとに、権威づけられる段階。かくして、あらゆる観念体系は、質料、形式化(意味付与)の、二つの側面をもつこととなる。質料(content)は、下から上に向かって--最初は学界という小さな領域の常識だったものが、社会的に普及することで--形成される。形式化(form)は、上から下に--上から与えられて、常識に科学的な後光を与えるように--作用する。その他、精神分析学以外にも、科学的な理論を扱っている研究がいくつかあり(Ackermann and Zygouris,1974;Barbichon and Moscovici,1965)、それらはまた、科学的知識の普及に関する、一般的な理論の定式化に貢献した(Roqueplo,1974)。
精神分析の研究に続いて、われわれは、より具体的に、技術的、理論的な変化のダイナミクスを研究した。手短にいうと、1950年から60年代にかけての、フランスでの、医療サービスの拡大による、医療技術や医学理論の広範な普及を取り上げた。この時期、医者と患者との新しい関係や、健康や身体への新しい態度が生まれ、それらが、従前からのイメージや理論を、急激に変容させていた。この状況を最初に研究した一人が、健康と病気の表象を研究した、Claudine Herzlichである。この当時の、健康や病気、死に関する見方の急激な変化は、将来の人が、必ず文化変容と呼ぶであろうほどのものであった。この変化に伴って生じてきた、病気の症状の分類や解釈の体系を明らかにすることが、彼女の研究の目的であった(Herzlich,1973)。この時期に、医療における、科学の力への信頼が樹立され、それ以来、死に対する日常的なおびえや、われわれの儀礼の中の、死にまつわる要素は、もはや、過去のノスタルジックな思い出となった。
さらに、身体の社会的表象を扱った研究もある。身体についての、われわれの知覚と概念とは、皮膚で画された現実の身体とは、決して一致していないこと。あるいは、身体の社会的表象には、大きな変化が生じるものであって、それは避け難いものであること。身体の社会的表象に関する研究は、これらのことを明らかにした。また、身体の社会的表象を分析したところ、学生運動や女性解放運動の影響、あるいは、生体機能学の普及による影響などのもとで、身体への見方や、身体の経験の仕方が、急激に変化したことが明らかになった。表象に深甚な変化が起こった後で、もう一度表象の調査をする、ということは、いわば、自然状態での実験にも喩えることができる。それどころか、われわれが、重要な文化変容の真っ只中にいるということは、われわれが、その効果を一歩一歩観察できる立場にいる、ということなのであり、現在問題となっている事柄を、過去に観察した事柄と比較することができる、ということでもある。言い換えると、それによって、われわれは、社会的表象の、変化と進化の問題を把握できるのである。Denise Jodeletが取り組んでいる研究(Jodelet and Moscovici,1975)も、まさにこれに相当する。彼女は、フランスの多くの村で、住人たちに預けられた精神障害者を調査することによって、社会的表象の変化を研究してきた。およそ二年間にわたって、村人と患者の生活を観察することによって、彼女は、村人と患者たちとの関係の様態を、詳細に記述することができた。また、村人たちにとっては非常に迷惑な存在である精神障害者たちを、より馴致された世界の中に「位置付ける」べく、差別が生じてくる過程についても、記述を行った。この差別は、小さな共同体の中で慎重につくられてきた、語彙と社会的表象とに基づいていた。これらの共同体は、個人的な不運と制度的な慣例のために自分たちの中で暮らすことになったに過ぎない、この無害な存在に対して、何か脅かされるような感じを抱いていたのであった。
最後に、Ren Ka s(1976)による、全く独創的な、集団心理療法についての研究を挙げておこう。この研究により、一方で、集団心理療法における集団が、その集団自身の構造や機能に関わる表象を、どのように作り出すのかが明らかになった。また他方で、こういった表象が、集団の発達をどのように反映しているかが明らかになった。このような表象に、文化的な(科学的ではない)重要性があることは疑いようがない。表象を、このように、小集団状況で明らかにするなど、驚くべきことと思われるかもしれない。それにもかかわらず、このような表象が、感情の流れや、対人関係の動揺を方向づけているのは、事実なのである。
Denise JodeletとStanley Milgramによる、パリの社会的イメージについての共同研究(Jodelet and Milgram,1977)は、都市空間、あるいは、日常生活の生の素材が、完全に表象によって規定されており、決して、通常信じられているように人工的なものではない、ということを示した。さらに、この研究は、思考は環境である、というわれわれの主張を、見事に確証している。都市ほど観念に満ちたものは、他にないからである。私が本稿の最初の4つの章で述べた理論は、これら第一世代の研究によって確証された。それに続いて、文化(Ka s,1968)、集団間関係(Quaglino,1979)、教育方法(Gorin,1980)などについても、研究が進んでいる。また、子供の表象に関する研究は、日常の経験則を形成するうえでの、表象の重要性を指摘している(Chombart de Lauwe,1971)。
訳注
(1)ここにいう帰属の理論は、アメリカ社会心理学の「帰属理論」のことではない。詳しくはVを参照。
(2)Joe Bloggs 並の人、凡人を表す口語表現。
(3)Vで述べられている、第一の因果性と第二の因果性のこと。
Ⅶ 社会的表象の地位:刺激か媒介変数か?
(1)独立変数としての社会的表象
J.A.フォーダーは、次のように述べている。
所与の刺激が、どのような反応を引き出すかを知りたければ、生活体が、どのような内的表象を刺激に割り当てているかを見つけ出せばよい。それが、本書の主な主張であった。この割り当てに、いかなる特徴があるかは、逆に、いかなる表象体系が、生活体の認知過程を司っているかに依存している、このことは明らかであろう。(Fodor,1975)
いまや、健全なことに、大なり小なりあらゆるところで、表象に対する、理論的関心と実践的関心との双方が高まっている。このように表象に関心が集まるということは、単に、社会がどのように環境を創り出し変容させるか、ということよりも、社会の内部で何が生じるか、ということが、主要な話題となるということである。しかし、このような健全な関心が存在するにもかかわらず、以下のような、古めかしい、その場しのぎの手段に対して、守りを固めておく必要がある。すなわち、社会的表象の存在を認めながらも、なお、最小限の主観性や思考を注入された、頭脳という「ブラックボックス」を捨て切れない人々、あるいは、個人の枠を越えて独自のメカニズムを有する世界、すなわち社会的表象を認めつつも、なお、魂という余剰物を捨て切れない人々、このような中途半端な考え方の持ち主に対して、防御を固めなくてはならない。
実際のところ、フォーダーの書いたこと--これは、多くの中途半端な見解の要約となっている--を注意深く読めば、「内的」と「司る」の、二つの言葉の使い方に、落胆せざるを得ない。この二つの言葉は、表象が、外界からの情報の流れを中継するものであることを示唆している。すなわち、表象は、現実の原因(刺激)と、具体的な結果(反応)との間を、結ぶものだというのである。つまり、表象は、刺激と反応を媒介するもの、あるいは、刺激と反応の関係を、蓋然的にするものである。われわれは、現象の説明に窮すると、しばしば、このような、修正版の行動主義に依存しがちである。しかし、これはあくまでも巧妙な取り繕いであり、定義上、アド・ホックに過ぎず、いささかの説得力もない。
ここで、この点に関する、表象の理論の確固たる立場を強調しなくてはならない。すなわち、社会心理学に関する限り、社会的表象は独立変数であり、説明変数なのである。ただし、社会的表象は説明されなくてもいいと言っているのではない。たとえば、社会学や歴史学では、社会的表象それ自体が、説明の対象となる(原注2)。その理由を改めて説明する必要はあるまい。それぞれの刺激は、可能性のある膨大な刺激群のなかから選ばれ、これまた膨大なバラエティーをもった反応をつくりだすことができる。この膨大ななかから、反応のあり方を選択し、限定するのは、既につくられていたイメージと範例である。母親の笑顔を見た子供は、数多くの異なった記号--見開いた目、広げた唇、頭の振り--を知覚し、これらの記号が、立ち上がったり泣き叫んだり、といった反応を喚起する。これらの記号が、行為者や観察者にとって、いかなる刺激や反応として映るかは、イメージや範例によって、あらかじめ規定されている。子どもが手を伸ばすのは、母親の笑顔が、そのような反応を誘発する刺激として、イメージや範例によって規定されているからである。また、母親が子どもに顔を近寄せるのは、子どもの手が、そのような反応を誘発する刺激として、イメージや範例によって規定されているからである。
感情的な反応、知覚、合理的な行動、これらは、外的な刺激に対する反応なのではない。これらは、イメージが属する分類するカテゴリーや、イメージに与えられた名前に対しての、反応なのである。われわれが反応できる刺激は、社会的表象による、物象化と再構成作用が、既に行われている刺激のみである。つまり、社会的表象作用の全く及んでいない刺激は、そもそも、刺激となり得ない。また、刺激と反応の間に、刺激から反応へ、という、一方向的な関係だけを想定するのも間違っている。そもそも、対象が、どのような刺激として現れてくるかを考えてみれば、そこには、極めて多くの可能性が存在している。対象が、いかなる刺激として現れてくるかは、対象そのものの定義づけ以前に、その対象に対して、われわれがどのように反応しているかによって決まる。赤ちゃんの差し出す手が、他の誰でもない、母親自身に向けられた手、という刺激になるためには、既に母親の側に、微笑みという反応が開始されていなければならない。また、微笑みが乳児に与える安定感についての自覚(という反応)も、母親に芽生えていなければならない。
言い換えると、社会的表象は、ある個別的な状況において、どれが刺激でどれが反応かを規定しているのと全く同様に、刺激と、それが引き出す反応の、双方の性質を、同時に決定してしまっている。社会的表象を知り、社会的表象が何であるか、何を意味しているかを説明することは、あらゆる状況や社会的な相互作用を分析するための第一歩であり、たとえば、集団の相互作用の進展などを予測するための手段でもある。普段行っている実験や、体系的と称される観察の大部分においては、われわれは、動機や推論や知覚を操作しているような気でいながら、実際には、表象を操作している。それはひとえに、われわれが、表象を全く考慮に入れずに、それとは逆のことを信じ込んでいるからである。実験室なるもの--そこへ、実験対象となるべく、人々がやってくるわけだが--は、それ自体が、被験者たち、ならびに、われわれ実験者、その両方にとっての、物象的宇宙の典型例である(ファーの章を参照)。並べられた実験装置、空間の独特の使い方、与えられる教示、企てられた課題そのものの性質、実験者と被験者との人工的な関係、そして、これらすべてが、実験室という文脈のなかで、科学の後ろ盾のもとに行われるという事実。物象的宇宙の基本特性の多くが、これによって再生産されている。実験者の発する問いかけと、その質問が引き出すであろう被験者の回答、この両方を、実験室という状況が決定しているというのは、明白であろう。
図解
現在の見解
← 刺激
社会的表象
→ 反応
筆者が提案した見解
→ 刺激
社会的表象 ↑↓
→ 反応
(2)実験室状況における社会的表象
実験室実験を採用しながらも、そこにおける、意味と表象の問題に取り組んだ研究者もいた。彼らは、意味と表象が自律性をもっている、という理論的公準を、できる限り主張しようとした。実のところ、この意味と表象の自律性がなければ、実験室研究も、そこから導かれる理論も、重要性を失ってしまう。そのような実験室研究の具体例を見てみよう。1968年に、Claude Faucheuxと私は、競争ゲーム状況において、表象がわれわれの行動を形成している、ということを実証するため、トランプを使った実験を行った。実験条件として、ある被験者群は、「自然」相手にプレーしている、と教示されたのに対し、別の被験者群は、対戦相手は「偶然」である、と教示された。最初の教示は、世界について、安心感に満ち、理解可能で、操作可能なイメージを喚起する。一方、偶然という観念--これは、一山のトランプを示すことで強調された--は、不運、とか、回復不可能性、などを呼び起こす。われわれの予想どおり、被験者の選択、特にその行動は、対戦相手の表象に応じて異なっていた。「自然」と対戦した被験者の多くは、ルールを調べたり戦略を練るのに時間を使った。一方、「偶然」と対戦した被験者は、あらゆる注意をトランプの山にだけ向け、次にどの札が出てくるかを当てようとするばかりで、ゲームのルールのことは、全く考慮していなかった。数字がそれを証明している。「自然」相手の40ゲームのうち38は、ルールを合理的に解釈できていた。一方、「偶然」相手では、40ゲーム中、わずかに12のみが、合理的な解釈を行っていた(Faucheux and Moscovici,1968)。
われわれが社会から受け継いだり、自ら作り出した内的表象は、このように、外界の何かに対する、われわれの態度を変容させることができる。われわれは、Abric、Plonと共に、この実験の変形を実施した(Abric,Faucheux,Moscovici and Plon,1967)。ここでは、ある集団は、コンピューター相手にゲームをする、と教示された。すなわち、被験者の選択するパターンがプログラムに取り込まれ、コンピューターは、それに対して、できるだけ高得点をあげようと、被験者と同様、最適戦略を打ってくる、と教示された。もう一つの集団は、ゲームの目的は同じであるものの、彼らの場合は、自分たちと似たような、別の学生とゲームをするのであり、対戦相手の選択は電話で伝えられる、と教示された。ここでもまた、われわれは、集団毎に異なった、あるいは、対照的とさえいえる、戦略と合理化を観察した。共同的な関係は、コンピューターに対してよりも、「他者」に対して、目立って多く出現した。被験者本人、その所属集団、課題、などといった、多様な表象が係留される過程に関心をもって実施された、Codolのさらなる実験(Codol,1974)は、競争的状況における表象の多様性と、その影響を浮き彫りにした。Abric(1976)は、非常に野心的かつ組織的な実験によって、これらの表象を詳細に分析し、なぜ彼らがそのように行動したのか、を示した。これらの結果についての詳細は、間もなく出版される予定である。
上記二つの研究と同じぐらい説得力をもち、より現実に近い素材を扱った一連の研究の中で、FlamentがCodol、Rossignolと行った共同研究(Codol and Flament,1971;Rossignol and Flament,1975;Rossignol and Houel,1976)は、上記二つとは少し違ったやり方で、しかしより意義深いやり方で、表象の問題を研究したものである。実際問題として、社会心理学は、いわゆる普遍的なメカニズム--それはわれわれの脳や腺に書き込まれており、われわれのあらゆる行為と思考を決定しているとされる--の発見に偏重している。それらは社会のなかで生じるものなのだが、社会的に取り扱われては来なかった。さらに、そういったメカニズムは、いかなる個人的、集合的な種類の内容にも一切関係がなく、また、それらの内容に影響を与える歴史にも関係ない、形式的メカニズムとして取り扱われてきた。こういった、非常にユニークで普遍的なメカニズムのひとつが、信念体系における一貫性や安定性のメカニズムである。このメカニズムとは、個人が、自らの信念を、一貫した内的構造へと組織しようとするメカニズムのことである。その結果、われわれは、不安定な構造よりも、安定した構造のほうを好む、とされる。ここで含意されている公準は、次のように定式化できる。人間関係の好き嫌いは、安定性の原理によって決定されている、と。このことを要約している二つの命題--「友達の友達は友達である」と「敵の敵は友達である」--は、いかなる暗黙の意味にも無関係で、いかなる特定の環境からも独立した、不変の法則としての地位をもつとされる。言い換えれば、この二つの、公理のような言い回しは、人間関係の構文法の基礎を成しており、彼ら自身の意味論や語用論を決定している、とされてきた。
このような命題は、「対象」が、共通の参照枠組みの中に位置付けられている時にのみあてはまること、あるいは、「対象」が、ある認知的な特徴に沿って位置付けられている時にのみあてはまること(Jaspars,1965)、このことは、疑い無く、Flament以前から、既に明らかであった。しかし、Flamentは、社会的表象の理論を使うことで、さらに、より深い研究を進めることができた。まず彼は、大勢の他者との関係を評価しなくてはならない個人は、自分の所属する集団について、一定範囲の表象をもっていること、また、他人との間に存在する関係について、一定範囲の表象を所有しているということを、明らかにした。これらの表象は、おそらく慣習的であり、さらに、ある程度は神話的なものであるだろう(すなわち、友愛組合やルソー主義者協会など)。人々が、あらかじめ心のうちに、基本的かつ人類平等主義的な、友好的な集団の観念をもっている限りにおいて、安定性の原理は、こういった関係を特徴づける。だから、その人は、メンバーについての、一貫した意見をつくろうと努めるであろう。言い換えれば、「友達の友達」が必ず「友達」でなくてはならない、というのは、この種の社会的な文脈の中でしか起こらないことなのである。ハイダーの、認知と情動の原理は、そのような特定の場合に限って、ある特定の集団の、集合的規範や内的関係を表現しているのに過ぎないのであって、何らかの普遍的な傾向を表しているわけではない。実際に、ある集団の友好性と平等主義を特に目立たせているのは、そういった原理に関する表象であって、その逆ではない、ということを、Flamentはきわめて適切に証明した。別の種類の集団の表象においては、友好性と平等主義とは、必ずしも結び付いておらず、また、同等の重要性をもってはいない。結局、安定性の原理の機能というのは、人間の好き嫌い関係について、ひとつの社会的な範例をつくりだすことにある、といってよいだろう。つまり、安定性の原理は、この範例に依存している、といってよい。このことは、均衡の原理は何も決定しておらず、どのように個人間関係の文脈が表現されるかによって、均衡の原理が決定されている、ということを意味しているに過ぎない。この原理がこれまで浮かび上がって来なかったとしても、それは別に驚くべきことではない(訳注)。
現代の社会心理学の大部分は、友人集団、同じ意見や嗜好を抱きがちな集団、闘争を回避し、現状を受け入れることに熱心な人々の集団を、研究の範例としている。しかし、それらの研究は、このような友人集団というものが、理想的な共同体という、伝統的、神話的な観念を物象化したものである、という事実を見落としている。ここでは、安定性や一貫性への志向が、人間関係を規定しているように見えるかも知れない。しかし、この集団の社会的表象を、別の集団の社会的表象と比較すれば、こういった「一般的」傾向なるものは、実はこの集団にのみ特有のものであって、結果を原因と取り違えていたのだ、ということが、すぐにわかるはずである。Flamentとエクサンプロヴァンスのチームによる研究によって、ハイダーの理論を再解釈することができるようになった。それは、われわれが有する、他者についての知覚や意見を、その社会的、歴史的次元をも考慮に入れ、再評価することを通じて、可能となったのであった。
われわれは、ごく限られた実験にしか言及できなかった。しかし、そのそれぞれが、それぞれの領域(競争、他者の意識、など)において、われわれの公準の、幅広い重要性を明らかにしている。動機、欲求、認知原理などといった、通常唱えられている要因などよりも、表象こそが、最終的にわれわれの反応を決定している。表象の意義は、それが真の原因であるというところにある。表象を通じて、社会は、あたかもマルセル・デュシャンのようなやり方で振る舞っている。このレディ・メイドの画家と同様、社会は、自分がなしたひとつひとつの作用にサインをして、その性質をも変容させてしまう。精神の領域にかかわる、あらゆる要素は、ひとたび社会の刻印が刻まれたら、ひっくり返されてしまう、まさにこのことを、われわれは示すことができたと思う。
上に述べて来たことから得られる教訓は、現在の研究の進め方--われわれは、それをシェリフに負うていて、その主眼は、心的メカニズムがどのようにして社会的過程に変えられるか、を明らかにすることにある--を、逆にしなくてはならない、ということである。それこそが進化の過程そのものだったのであり、その過程を追うことで、進化をよりよく理解できるからである。唯一合理的な考え方は、社会的、公共的な過程が最初に起こり、それらが徐々に、内なるものとされて、心的過程となった、と考えることである。だから、心理-社会的過程を分析するときには、われわれは、それが心理-社会的過程であることを発見する。心理学は、その内部に、凝縮された社会学を蔵している。社会心理学の最も緊急な課題のひとつは、心理学のなかに社会学を見出し、その凝縮の過程を理解することである。
(訳注)アメリカ的な平等主義、という文脈に基く、均衡、安定性の原理が、ヨーロッパという異なった社会においては浮かび上がって来なかった、としても、それは何ら驚くべきではない、ということ。
結語
本稿を終える前に、社会的表象の理論の、より全般的な含意について、いくつか指摘しておかなくてはならない。何よりも、まず第一に、表象の研究は、個人心理学のレベルで考えられてはならない。たとえば、表象の研究は、感情的なレベルから知的レベルへと、研究を移行させようというだけの話ではない。また、表象の研究を、行動主義以前への回帰でしかない、とか、反行動主義に過ぎない、などと見なすのも間違いである。もしそうだとすれば、表象について、長々と論ずるには及ぶまい。そうではなくて、われわれの関係性や、われわれの暮らす共主観的宇宙についての、象徴的な側面を研究することが、必要とされている。なぜなら、あらゆる「認知」、あらゆる「動機」、あらゆる「行動」は、すべて、それが何かを意味している限りにおいてのみ、存在し、影響をもつからである。そしてまた、意味する、とは、その定義上、少なくとも二人の人が、共通の言語、共通の価値、共通の記憶を共有している、ということだからである。この、言語、価値、記憶の共有性こそ、個人から社会を、自然から文化を、静的なものから歴史的なものを、区別するところのものである。表象が社会的である、と述べることによって、われわれは、表象が象徴的であることを、また、表象は、いわゆる認知的な要素と同じくらい多くの知覚的要素をもっていることを、主張しているのである。そしてそれゆえに、われわれは、表象の内容を重要視する。また、表象とは別の、独立した心的メカニズムがある、などという思念を拒絶する。
言葉を変えれば、社会心理学は、さまざまな局面で、単一のメカニズムを抽出し、それを文脈から切り離し、さらに、それに普遍的な価値を与えようとしがちである。このようなやり方は、かつての心理学が、単一のメカニズムとしての本能を抽出したのと、全く同じことである。そういうメカニズムのいくつか、たとえば、「安定性」や「一貫性」は、似非メカニズムとでも言うべきものであり、実際には、自ら定義したものを同義反復的に説明しているに過ぎない。無秩序の代わりに秩序を、複雑性の代わりに単純さを求める傾向が思考のうちにはあるのだから、思考は一貫性を志向する、と断言するというのは、思考は思考を志向する、としか述べていないに等しい。一方、従来の社会心理学においては、「不協和」「帰属」「リアクタンス」などといったメカニズムも、普遍的と見なされており、社会的な領域で、また、あらゆるカテゴリーや内容に対して、可能な限り適用されている。これらのメカニズムは、情報の内容には関わりなく、情報を操作し、別の情報を生産するメカニズムであると考えられている。このような、誤った基盤の上になされた、多数派の研究に基づいて、サイモンは、次のような誤った結論を出した。「このような、社会現象の根底にある過程が明らかにされたら--ちょうどこの本、特に第二部、第三部でなされたように--、これらの過程は、非-社会的な認知に見られる情報処理プロセスと、全く同じであることがわかるだろう」(Carroll and Paine,1976)。このような発言は、二つの誤りの融合である。一方では、社会的なものというのが、ひとつの実在であり、必ず何らかの効果を生み出す意味である、という点が忘れられている。他方で、こういった情報処理プロセスを、独立したメカニズムとして研究することには、現実の本質に、容易に迫り得るかのような幻想を創り出す、という誤りがある。
社会的表象は、科学理論、宗教、神話学などと同様、何かの、あるいは、誰かについての表象である。それは、特定の内容、特定の意味をもっており、それぞれの領域、あるいは社会に応じて、異なっている。社会的表象が作用するプロセスは、表象の内容が、どうやって生まれ、どう変化したかを説明できる限りにおいてのみ、重要である。結局のところ、いかに考えるかは、何を考えるか、と区別してはあり得ない。だから、表象の規則性と、表象を創り出す作用の規則性との間を、明確に区別することは不可能である。実際に、精神分析学や人類学の歩みをたどっていけば、表象そのものと、表象ができていくメカニズムとの、共有しているものは何であるか、それを理解するのが、より容易になるであろう。
第二の含意は、今までの議論から、自然に導き出される。すなわち、社会的表象の研究は、観察的手法への回帰を必要とする。といっても、私は別に、実験的方法を批判しようというつもりはない。文脈から分離できるような、単純な現象を研究する際には、実験的方法の価値は明白である。しかし、言語の中に蓄積され、複雑な人間的環境のなかで創り出される、社会的表象の場合には、このことはあてはまらない。科学的厳格さを臆病にも放棄した、とか、冗長だの怠慢だの曖昧だのといって、観察を軽蔑している研究者が数多く存在することは、私も承知している。しかし、私の思うに、彼らは過度に悲観的なのである。社会心理学は、半世紀前にそうであったものとは全く異なる。われわれは、今では、理論が満たすべき必要条件や、現象の正確な分析が満たすべき必要条件を、深く認識できるようになった。しかし、われわれはまた、逆のことをも、正しく見極めることができるようになった。それはすなわち、実験可能な事象しか説明できない理論や、現実のほうを実験に無理やり適合させるような実験には、限界があるということである。われわれが観察に求めているのは、実験のもつ、ある程度の水準の高さを保持しながらも、実験の限界から、自由になることである。そのような観察的方法は、民族学、人類学、児童心理学などの分野では、既に成功している。社会心理学で同じことができない、という理由はどこにもない。
しかし、明らかに、単なる方法上の相対的な善し悪し以上のことが、ここにはかかわって来ている。このことは明確に述べておかなくてはならない。技術的な価値とは別に、実験偏重の研究姿勢は、社会心理学が、一般心理学と排他的に結び付き、そして、社会心理学が、社会学や社会科学全般から分離してしまったことを象徴している。これが、社会心理学の創設者たちの意図でなかったことは疑いないが、とにかく、実際に起こったのは、このようなことであった。それに加えて、社会心理学の研究と教育の要目は、社会学音痴の心理学専門家を生産している。観察への回帰がなされた日には、人間科学への回帰も、実現するかもしれない。この十年の間に、人間科学は重要な進歩を遂げ、強迫的に実験をしなくても、発見はなされ得るのだ、ということを示した。だから、社会心理学が、人間科学の成果を取り入れることなく進むとすれば、強迫的に実験を繰り返す以上の、さらにみじめな運命を辿らざるを得なくなるであろう。
第三の含意は、第二の含意の自然な帰結で、記述にかかわるものである。長きにわたって、われわれは、データ収集のありかたについては十分に考えることなく、態度変容、影響、帰属、などに関する、説明メカニズムにのみ心を奪われてきた。現象の記述というデータ収集は、取るに足らない活動であり、知的な怠惰の証拠であり、全くの役立たずであるとさえ見なされている。仮説を考案し、実験室でそれを実証することこそが、至上命令であると思われてきた。しかし、その外見とは裏腹に、この至上命令は、科学とは何の関係もない。大部分の科学--言語学から経済学まで、天文学から化学まで、民族学から人類学まで--は、まず現象を記述し、一般理論の依って立つ法則性を発見しようとする。ひとつの科学が、どの程度豊かなものであるかは、大部分、自由に使えるデータの蓄積と、データから自ずとあらわれてくる規則性の重要さ--この規則性を、それに続く理論が解釈していく--とにかかっている。私は、ここで、上記の至上命令が発せられる理由や、それが社会心理学にもたらした、否定的な結果について、分析する気はない。しかし、そのような至上命令が出される理由はどうあれ、次の事実だけは残る。社会的表象、社会的表象の構造、多様な領域での社会的表象の進化を、注意深く記述することを通じてしか、われわれには、社会的表象を理解することはできない。そして、妥当な説明は、このようなたんねんな記述の、比較研究からしか得られない。別に、理論を捨てて、何の思慮もなくデータを溜め込んだらよい、と言っているのではない。可能な限り正確な、適切な観察に基づいた理論が、われわれには必要なのだ、ということである。
最後に、第四の含意は、時間の要因にかかわっている。社会的表象は、本質的に歴史的である。また、個人の発達に即してみても、乳幼児に始まる生活史に影響を及ぼす。それは、母親が、そのあらゆるイメージや概念も含めて、赤ん坊に夢中になり始める時から始まる。こういったイメージや概念は、母親自身の学校時代や、ラジオ番組、他の母親達や父親との会話、個人的な経験などの中で生成される。そして、これらのイメージや概念は、自分の子供に対する母親の関係、子供の泣き声や行動に母親が与えるであろう意味、子供の成長過程における、母親による環境の組織化、等々を決定する。両親が子供をどのように理解するかが、子供の人格を形成し、子供の社会化を可能にする。それゆえ、われわれは次のように考える。「……発達心理学者にとって、主要な関心事となるべきなのは、幼児の行動や弁別能力などよりも、むしろ、幼児への、理解の伝達である」(Nelson,1974.またPalmonari and Ricci Bitti,1978も参照)。
身体、他者との関係、正義、世界などについての、われわれの表象は、子供時代から、発達し、成熟に向かう。表象の発達を詳細に研究するということは、同時に、異なった集団、世代によって、どのように社会が理解され、経験されるかを、探索していることにもなる。教養ある青年を、人類の典型例と見なして、発生的な現象を一切無視してしまうべき理由などはない。そして、このことは、成長の心理学と社会心理学との結び付き、という、より一般的な概念へと、われわれを導く。すなわち、前者は、子供の社会心理学であり、後者は、大人の成長の心理学なのである。この両方について、社会的表象の現象が、中心的な役割を果たす。社会的表象を両者は共有しているのである。この二つの心理学に、日常生活の社会学の、ある側面--それはまだ適切に定式化されていないが--を加えれば、関連する研究の銀河系全体をまとめるであろう一般科学を、再構成することができるかもしれない。それは、次のヴィゴツキーの言葉の具体化なのだ、と私は思う。「思考と言語の問題は、かくして、自然科学の限界を越え、歴史的人間社会学、すなわち社会心理学の、中核的問題となる」(Vigotsky,1977)
この学問は、進化の過程にある、共主観的宇宙の科学、すなわち、身体的人間存在の発生論となるかもしれない。この企てには、今のところ、実現不可能にすら見える部分があるということを、否定するわけではない。同時に、この企てが目指す成果と、現在までにわれわれの成し遂げた、控えめな成果との間に、落差があることも否定しない。しかし、それは決して、この企てに挑戦しない理由にはならないし、他の人々が私と信念を共有してくれることを願って、できるだけ明瞭に、この企てを公にすることをも、妨げはしないのである。
原注
(1)TverskyとKahnemanによる実験(1974)は、この仮定に根拠がないこと、この仮定への支持が、人工的な教義から生じた誤解に由来することを、手際よく証明することに成功している。
(2)態度の概念--これは定義上、媒介原因である--に照準をあわせてなされた批判を概観したのち、われわれは、いま一度、社会的表象について論じる。そのなかで、社会心理学の自律性を示し、個人主義的になり過ぎた理論(すなわち態度理論)を、集合的な文脈に含めることにしたい。JasparsとFraserの業績(本書第5章)は、この観点を強調している。
文献一覧
・Farr & Moscovici edt,(1984) Social Representationsより、巻末referencesをもとに一覧を作成した。
・邦訳のある文献については情報を付加した。
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