世の中に存在する4種類の力のうち、重力のみ量子化の手法が確立しておらず、統一理論の構築の最大の問題となっています。特に、宇宙の始まりや、ブラックホール特異点の性質などを理解するためには、量子重力はなくてはならないものです。量子重力を自己矛盾なく記述する理論として超弦理論が提案されており、ゲージ重力対応を自然に導きます。ゲージ重力対応は重力を含まない場の量子論(主に共形場理論)により量子重力を記述できるようにする、画期的なものです。特にここ数年、量子情報理論と組み合わせることで、ブラックホールの情報喪失問題などに関して大きな進展がなされています。私は近年、宇宙初期におけるゲージ重力対応に注目した研究を行っています。それと並行して、簡単化されたゲージ重力対応の証明に関する研究も行っています。過去には、高階スピンに拡張した重力理論とそのゲージ重力対応に関する研究も行ってきました。
ゲージ重力対応は、曲がった(反ドジッター)空間上の重力理論が、重力を含まない粒子の理論(共形場理論)と等価であるという主張です。
宇宙初期の研究には、宇宙創世のメカニズムの解明と、宇宙の構成要素の理解の、少なくとも二つの意義があります。ただし宇宙初期では、解析が困難で有名な量子重力の効果が強く効いてきます。量子重力の記述法としてゲージ重力対応が開発されていますが、宇宙初期(ドジッター時空)に対しては理解があまり進んでいません。そのような状況の中、3次元ドジッター時空における古典重力を用いたゲージ重力対応の提案と検証を行いました。具体的には、3次元ドジッター時空における古典重力が、SU(2) Wess-Zumino-Witten (WZW) 模型(2次元共形場理論の有名な例のひとつ)の臨界レベル極限と、ゲージ重力対応の関係にあると主張しました。提案の証拠の一つとして、重力の分配関数を共形場理論と重力理論の両方から計算し、古典重力の極限で完全に一致することを示しました。また、3次元反ドジッター背景におけるゲージ重力対応でパラメータを解析接続することで、私たちの提案が導出できることも示しました。これらの成果により、宇宙初期における量子重力を、場の量子論から具体的に解析することが可能となりました。私たちは、ゲージ重力対応を利用した初期宇宙の密度揺らぎの相関の計算を行いました。宇宙初期に実現される超高温状態を利用することで、地球上の実験施設では得られない情報が手に入ります。ゲージ重力対応により宇宙初期揺らぎの相関を計算する具体的な処方箋を確立し、3次元ドジッター背景での重力理論に応用しました。現在では、どのような複素化された幾何が許されるかという問題への応用に取り組んでいます。
ゲージ重力対応は、1997年のMaldacenaによる提案の後、長年未証明のままでした。ゲージ重力対応が証明できれば、量子重力が理解できたと言っても過言ではありません。超弦理論には、NSNS-fluxとRR-fluxの二種類が存在します。NSNS-fluxをもつ3次元反ドジッター時空上の超弦理論は可解なため、初期の頃から証明できると考えられていました。さらに、高エネルギー領域では、反ドジッター時空の境界に弦が局在する現象が生じることも分かってきました。私たちは、この弦の高エネルギー極限近傍における、簡単化されたゲージ重力対応の証明の証明に成功しました。弦の摂動論の全次数で成り立つ非常に強力な結果であり、相互作用を含むゲージ重力対応の証明としては世界初の成果です。以前の研究で、NSNS-fluxをもつ3次元反ドジッター空間上の弦理論を記述する共形場理論を、より基本的な理論(Liouville理論)に帰着する関係式を再導出しました。その際、反ドジッター空間の動径方向以外について経路積分を行いました。もともとの導出法に比べて直観的であり、様々な拡張や応用を可能にしました。私たちが開発した手法と、局所化の考え方を組み合わせ、この特別なゲージ重力対応の証明に成功しました。この解析をもとに、より一般的なゲージ重力対応の証明・導出に取り組んでいます。
ゲージ重力対応を応用することで、宇宙初期における重力理論を、重力を含まない粒子の理論で解析できるようになります。
高階スピン重力は、超弦理論の高エネルギー極限の簡潔な記述法を与えると考えられてきましたが、詳細な対応関係は明らかではありませんでした。私たちは、ゲージ重力対応をうまく拡張することで、この問題に取り組んできました。超弦理論の特徴の一つに超対称性があります。私たちは、3次元の高階スピン重力で超対称性のある場合について、新たなゲージ重力対応の提案と検証をしました。高階スピン重力の分配関数の計算結果や対称性の議論から、対応する理論が2次元のCP(N) 風間・鈴木模型であると推測し、スペクトルの比較などから非自明な証拠を挙げました。これらの提案を自然な形で拡張し、超弦理論との対応をより直接的なものとしました。典型的な高階スピン重力は、自由度が超弦理論に対して非常に少ないという欠点があります。その欠点を補うため、高階スピン場を行列に拡張した高階スピン重力によるゲージ重力対応を提案し、スペクトルの一致など強い証拠を挙げました。さらに、より大きな超対称性を導入し、どのような超弦理論と関係づくか同定しました。
ゲージ重力対応は量子重力以外にも様々な応用が可能で、その一つとして物性系の強相関物理に関する研究も行いました。ゲージ重力対応は一般に強弱対応で、古典重力を用いて場の量子論の強結合領域が解析できます。具体的には、不純物のある系を重力理論によって調べる方法を開発しました。不純物を取り扱う方法の一つにレプリカ法がありますが、対応する重力理論によるレプリカ法を構成しました。さらに、ゲージ重力対応を用いた分数量子ホール効果の解析も行いました。いわゆるAharony-Bergman-Jafferis-Maldacena理論による分数量子ホール効果の記述法を提唱し、対応する超弦理論におけるDブレーンを利用してプラトー転移を再現しました。また、固有値熱化仮説の研究も行いました。2次元共形場理論の一般的性質を調べ、孤立した量子系における熱化に関する固有値熱化仮説と無矛盾なことを示しました。