例会山行大和山楽会南紀の山:重畳山かさねやま・妙法山・果無峠から百前森山山行記録日時:令和8年3月21(土)22(日)晴れ参加者:増田彦CL、増田み、小渕、阪口、小林幸、小林三、松村(記)(7名)春の陽気が増し、今年も南紀の山を訪ねることとなった。昨年の丁度同じ頃(3月22日)は「一族山、牛廻し山から大峠山」に登っている。アクセスには時間こそかかるが南紀の山には故郷をイメージさせる何故かホッとする大自然がある。今回も西中に一泊する当会ならではの価値ある山行を楽しむことができた。初日は、和歌山県東牟婁郡の2座に登った。一つは、串本町にある重畳山かさねやま(302m)、二つ目は那智勝浦町にある妙法山(749m)。いずれも神王寺や阿弥陀寺といった霊山として人々の信仰も深い寺の山である。二日目は十津川村果無集落から小辺路をとおり、果無峠を経て果無山(1,114m)・石いし地力山じりきやま(1,140m)そして三里富士と呼ばれる百前ひゃくぜん森山もりやま(783m)を縦走して八木尾の萩バス停付近に降りる。百前森山2<一日目コース・タイム>*串本町民の森駐車場9:23→9:25串本町民の森9:32→9:38神王寺9:45→9:50展望台→9:54重畳山山頂10:07→10:10展望台(昼食)10:38→10:42神王寺10:49→10:52串本町民の森10:54→10:56串本町民の森駐車場→那智勝浦町へ移動*妙法山阿弥陀寺駐車場12:27→12:30阿弥陀寺→12:46妙法山山頂(奥之院)12:48→13:12かけぬけ道に合流→13:24阿弥陀寺→13:30妙法山阿弥陀寺駐車場→わたらせ温泉へ移動<山行内容>4:30王寺を出発した増田車は6時頃に十津川村道の駅へ到着。予定より早く着くことが出来た。7時頃、小林車が合流。そこからR168で新宮へ、続いて海沿いをR42で古座へ、さらにすれ違いがやっとの山の中を走って目的の串本町民の森駐車場に着いたのは9時過ぎという長い道のりであった。駐車場は広く空いていた。早速、準備を済ませスタート。歩いて数分の串本県民の森に着くと遊具もあるグランドゴルフの広い芝の公園になっている。そこからは潮岬や大島が一望できる。このあと神王寺の苔むした参道を進むと八十八ヶ所参りの石仏が道に沿って並んでいる。神王寺に着くと境内からは橋杭岩も展望することが出来た。神王寺の住職と立ち話を交わし更に歩を進めると重山神社がある。そこから数分で展望台があり、さらに数分で重畳山山頂に着く。山頂には二等三角点があるが、展望はないので記念の写真を撮ってすぐにもとの道を下る。展望台にもどってベンチに腰を下ろし、昼食タイムとした。うららかな日差しのもと、眼下に広がる熊野灘を前に心地よく過ごすことが出来た。昼食あとは次の目的地である那智勝浦町へ移動。串本町民の森から古座へ下り、R42と那智勝浦新宮道路、さらに県道46に入って山あいの曲がりくねった道路を走る。妙法山阿弥陀寺駐車場には12:20に到着。1時間半の長い道のりであった。妙法山阿弥陀寺は、妙法山に佇む真言宗の寺院で女人高野とも称される那智三峰の一つである。重畳山展望台重畳山重畳山展望台3山門の傍には「ひとつ鐘」と呼ばれる釣鐘があり、亡くなった人の魂がこの鐘を撞いてからあの世に旅立って行くと言われている。駐車場から長い緩やかな石段が伸びている。背後には那智勝浦の海岸が見渡せる。その石段を登ると朱色に塗られた大鳥居門がある。これは妙法山の神様に敬意を払って山門を鳥居の形にしているらしい。その大鳥居門をくぐり、本堂をお参りしたあと大師堂・納骨堂があり、苔むした石畳の道を登ってゆく。熊野古道(中辺路)の道標があり、これを登り切ったところに奥之院浄土堂がある。そこが妙法山山頂である。予定ではピストンで下山の予定であったが、そのまま先へ進めば「かけぬけ道(中辺路)」に合流できることから、そのルートで周回することにした。かけぬけ道は現在も苔むした石畳が美しく残る、歴史を感じる魅力的なコースだ。駐車場に戻ったあとは、わたらせ温泉を目指して移動する。R42からR168を経て15時頃、わたらせ温泉に到着。わたらせ温泉は一部工事中のため、露天風呂もかなり小さく感じられた。温泉で汗を流しサッパリしたあとは、十津川村西中へ向かう。416:40西中に到着。荷物を降ろし、ホッと落ち着いたのは夕暮れが迫る17時。早速、すき焼きの準備をはじめ、いつもながら手際のよい調理とアルコールも入って歓談が続く。とても美味しいすき焼きとビール・ワイン・柚酒などで大いに飲みすぎ?た。全員が就寝したのは21時頃。表に出て空を見上げると満天の星が瞬いていた。<二日目コース・タイム>西中6:00→6:30八木尾の萩バス停近くの民家の空き地に駐車(増田車)→7:10果無集落駐車場(小林車)7:19→7:32小辺路登山口7:40→8:00天水田跡8:10→8:24山口茶屋跡→8:53果無観音堂9:01→9:34果無峠9:48→9:57果無山9:58→10:25石地力山→11:00ブナの平峰(昼食)11:32→12:56百前森山13:16→15:37三里小学校跡→15:43民家の空き地→16:25果無集落駐車場→西中(荷物を回収)→各車帰路につく<山行内容>4時頃になるとめいめい起床の準備。外はまだ暗いが顔を洗い、身支度を済ませ、それぞれが持参した朝食を摂る。一晩お世話になった部屋を片付け、山の道具を車に積み込む。まずは八木尾の下山口付近に増田車を駐車しにゆく。近くに三里神社があり、その付近に路駐することも思案したが地元の方にお声掛けしたところ民家の空き地に駐車しても良いと許可を頂いたので無事駐車する。そこから全員が小林車に乗り、果無集落駐車場へ移動。トイレを済ませ、世界遺産の碑で記念写真を撮る。果無山脈を見渡すその美しさから「天空の郷」と呼ばれているが、まさに古き良き日本ののどかで美しい風景が広5がっている。「にほんの里100選」であることも納得できる。そのあと民家の中をそっと通り抜けて熊野古道を登って行くと西国三十三観音の石仏(第三十番)が置かれている。石畳の道を登って行き再び民家を通り抜けて出た車道を横切ったところに小辺路の登山口がある。標高は390m、果無峠まで3.6kmの距離である。それ以降も石仏が三十番から一番に向けて数字が減る順に祀られている。急登というほどではないが、大小の石を敷き詰めた道を登ってゆく。標高600mを越えたあたりから傾斜は緩やかとなり、少し開けたところに出る。「天水田跡」というところで、ベンチがあり休憩した。このあたり、足元にはバイカオーレンが白い小さな花を付けていた。緩やかな道が続き、山口茶屋跡を経て時々展望があった。あとで地図を確認すると玉置山や笠捨山、地蔵岳、東屋岳も見えていただろう。という景色もあったが果無峠への登りが続き、標高800mを越えたあたりから更に急な登りとなる。8:53ようやく観音堂に到着。大和山楽会では「何度もココを訪れている、誰かさんが花の写真を撮っていた」などなど想い出話も出るなか、休憩を取る。10分ほど休んでから先に進むが、果無峠までかなりの急登となった。それでも途中に視界が開けるところがあり、連なる山々に目をやりながら峠を目指す。天水田跡果無観音堂果無山果無峠69:36果無峠に到着。地図を見る限りここから先にはもう急登はないはず。ここで小辺路とは別れて果無山への道を登って行く。ブナの平峰まで約2.4km。これまでと違って踏み跡が薄くなるが、テープやリボンもあり、また稜線は明瞭なので歩きやすかった。峠から5分ほどで果無山に到着。稜線は自然林に囲まれ、広い尾根を進むのは快適だ。果無山から30分ほどで石地力山に到着。山頂には何もないが、三角点にタッチして記念写真も撮る。昼食にするか思案するも風が冷たいので次のブナの平峰まで進むことにする。石地力山から70mほど下ってから50mほど登りかえすとブナの平峰に着く。ただ、ここも遮るものがなく風が冷たいので風下側の斜面で昼食にする。ブナの平という名前からもっと開けたところかと思っていたが、案外狭いピークだ。そこから尾根を少し下ると百前森山への分岐があり果無山脈から分れ、南へ下るルートに入る。百前森山へは80分の距離だ。百前森山は、奈良県と和歌山県の県境にそびえる一峰で、山容が富士山に似ていることから「三里富士」とも呼ばれる山だが、山頂からはその様子はわからない。石地力山ブナの平峰三里富士(百前森山)7三角点を前に記念写真を撮り、休憩を取ったあと最後の下りに進む。ここから下山口までは2時間だ。順調に下っていたのだが、萩の下山口まであと少しというところで道が不鮮明になる。「名称が無い展望所」と名づけられた面白い看板を見つける。展望は無いようでも熊野川の蛇行がよく見えた。このあたりは山の中腹をトラバースしている感じで、途中斜面が崩れているところがあったりして不安になる。最近踏まれた様子がなく、油断すれば滑り落ちそうな所も・・といってもリボンがあるのでルートから外れていないのだが、高巻を余儀なくされるヶ所があり大いに苦労した。そこを何とか乗り切ったことでホッとして安心した為か、最後の最後でルートを見失ってしまった。数軒の廃屋が並ぶところで本来の登山道ではない、昔の生活道に迷い込んだようだ。ようやく降り立ったところは本来の萩バス停から西にズレたところで「三里小学校跡」だった。運動場だったと思われる広場には桜が咲いていた。とにかく、無事に下山。増田車に乗り、果無集落の小林車を回収に向かう。あとは西中に寄って残る荷物を回収し、無事に山行は終了した。これからも南紀の山に登れることを期待して帰路についた。皆さんのお陰で楽しい山行でした。お疲れさまでした。