1個人山行大和山楽会奈良に春の訪れを告げるお水取り日時:令和8年3月12日(木)13日(金)晴れ参加者:増田、槁爪、松村(記)(3名)今回は増田さんの仲介により、いわゆる「お水取り」のクライマックスとも言える行事に参加する機会を得たのでその内容を報告します。お水取りは正式名「修二会(しゅにえ)」といい、二週間にわたって東大寺二月堂で行われる法要です。人々の過ちを懺悔し、世の中の平和や豊作を祈るとされる修二会は天平勝宝4年(752)に、東大寺を開いた良弁(ろうべん)の弟子である実忠(じっちゅう)によって始められたとされそれ以来1275年もの間一度も途切れることなく続いている歴史のある行事です。参加に当たってお世話になったのは「東香水講」という信者さんのグループ「講」のひとつです。東大寺では、地縁毎に講があり「東香水講」の他にも籠松明などの松明木を奉納する「伊賀一ノ井松明講」や期間中、二月堂で灯される「お灯明」に用いる「油」を奉納・計量する「百人講」などもあります。私たちが参加した「東香水講」は、三重県の奈良よりと、山添村を中心に作られている「講」で12日の深夜に「お香水」を3度に分け、二月堂に運びこむ行者の警護および行者の足元を松明で照らすという役割があります。私と橋爪さんは松明を持って行者の足元を照らす「白丁」の大役を担うことになりました。<当日の流れ>3月12日あさ、予定通り、増田・橋爪・松村が東大寺に向かいます。二月堂近くに着いた時には、専用駐車場はすでに満車となっており、係員の誘導にしたがって境内の道路脇に駐車しました(9:40頃)。東大寺正面あたりのような喧騒はなく静かなエリアといえます。210分ほど歩いて二月堂の裏あたりに進むと「東香水講」の建物があり、その玄関先には「東香水講」と書かれた提灯が下がっています。中に入ると10~20名ほどの参加者が集まっておられました。簡単に挨拶を済ませた後、私たち(三名)は、建物を出て二月堂の裏側に当たる山を散策したり、二月堂を参拝して過ごします。そのあと、県庁にある職員用食堂で昼食を済ませ13時前に「東香水講」へ戻りました。午後は、東大寺本坊へゆき、東大寺官長(別当)の橋村公英氏と面談。橋村館長は落ち着いた佇まいで二月堂やお水取りのお話などを伺いました。最後に官長を囲んで記念写真も撮って頂きました。その後は、僧侶の案内で大仏殿を見学。一般の参拝者が登れない大仏様の近くまで案内していただき、大仏殿および大仏の歴史や造りの詳しい説明も拝聴出来ました。引き続き、東大寺ミュージアムを見学。東大寺の歴史や美術、千手観音菩薩像のほか、日光・月光菩薩像などの寺宝を拝観しました。「東香水講」へ戻り、全員で夕食をいただきました。世話人の方の手作りされた料理を頂いたのですが、とても美味しい精進料理です。3籠松明食事の後、今夜の「お水取り」での配役の発表があり、橋爪さんと松村は「白丁」を拝命しました。そのあと、夕暮れの進む二月堂へ行き、籠松明の現れるのを待ちます。※籠松明は長さ約7~8m、重さ約60kg以上もある大きなもので、この日は11本が二月堂へ上がります。<お水取りの内容>やがて19:30頃、火の粉を散らしながら大きな籠松明が二月堂に上がりはじめました。11本の大きな籠松明が次々と階段を駆け上がり、舞台を走り、欄干から突き出しては火の粉を振り撒くように松明を回転させます。二月堂の横ではそれを見ようと沢山の見学者が列をなして誘導員の指示に従って進んで行きます。私たちは関係者専用のエリアにいるのでゆっくり見ることが出来ますが、一般の見学者は一瞬のチャンスをカメラに収めるのが精一杯のようです。籠松明の「走りの行法」が終わったあと、「東香水講」へ戻り、AM1:30からの「お水取り」まで待ちます。その待ち時間を利用して「東香水講」講長の森浦さんから「お水取り」の一連の流れをまとめたビデオを観せて頂きました。4お水取りの様子お水取りの様子日付が変わるころ、私たちは白丁の衣装を身にまとい、藁草履を履いて二月堂へ向かいます。いよいよ「お水取り儀式」の始まりですが、深夜の境内で立っていると足の裏から冷えてきます。「東香水講」が担う「お水取り」の行法は、二月堂前の「閼伽井屋(あかいや)」に赴き、若狭の水(香水・こうずい)を汲み、本尊にお供えをする練行衆の先達を「河内永久社」という別の講社と共に勤めています。特筆すべきは、数多くの講社がある中で、この2つの講社の行列は、春日大社の雅楽の演奏により、「咒師松明(しゅしたいまつ)」(重さ約80㎏)を先頭に練行衆が続きます。5その後に、東香水講(あるいは河内永久社)の講員が、香水桶を担ぐ「庄駈士(しょうのくし)」を先導するという神仏習合の行法です。特に閼伽井屋の前では、松明や照明などすべての明かりが消され、暗闇の中で唯一掲げられた東香水講の提灯のみが照らされ、粛々と執り行われるとても神秘的な行法です。東香水講と河内永久社の両講社だけが厳粛な香水汲み上げに直接携われるということです。深夜にもかかわらず少し離れた柵の向こうでは多くの見学者がこの行法を見守っていました。「お香水」を汲む作業は、約1時間かけて二月堂と閼伽井屋を往復する形で3回行います。3回目の「お香水」が二月堂へ運び込まれる時に、森浦さんの誘導で私たちも堂内へ入ることが出来ました。堂内では「達陀(だったん)」と呼ばれる法会が行われています。達陀を行なうのは8人。それぞれ、火天(かてん)、水天(すいてん)、ハゼ、楊枝(ようじ)、太刀、鈴、錫杖(しゃくじょう)、法螺(ほら)という奇妙な名前をもち、全員で「八天」と呼ばれます。いずれも頭に達陀帽という兜のような帽子を被って登場します。八天は交互に現れ、火の粉、香水、ハゼ(もち米を炒って爆(は)ぜさせたもの)を撒き散らし、楊枝を飛ばし、鈴・錫杖を打ち鳴らし、太刀を振りかざし、法螺貝を吹いて走り去ります。これは、八天それぞれが自分たちの呪物(じゅぶつ)で堂内を清める所作ということです。中でも圧巻なのは火天の動き。大きな松明を引きずり、堂内を10回ぐるぐる歩き回りますが、松明の炎は結構大きいので、辺りはたちまち熱気で包まれていました。国宝である二月堂のしかも木造の床や柱、仏具などが迫っている中で燃え盛る松明を引き回すことは、不思議さを感じざるを得ませんでした。1200年以上、途絶えることなく続けられてきた不思議な行法を間近に参加できたことは本当に感動しました。以上