彫刻作品と同じテーマで綴る小さな随筆
山手麻起子 著くちなし
ー胡蝶(こちょう)ー
尊敬している画家との文通は 「胡蝶の夢」という説話を私に恵んだ。
机の上に置いた封書から ひらひら舞う何かが、 もう一つ先の景色へ誘いに来たようだった。
時は経ち静まり返ったアトリエにいると、 白い石の中に蝶々が飛んでいる。
胡蝶蘭の近くを幾度もまわり、 近寄っては離れながら 優雅な曲線を引いていく。
ほんの一瞬のことだったと思う。
彫刻作品「胡蝶」/ 大理石 / 高17×横22×奥18㎝
「髙橋勝山手麻起子彫刻展」にて、彫刻家 髙橋勝先生と記念撮影
撮影 飯岡.石井.川田
ー大蒜(にんにく)ー
小学生の頃のことである。理科の授業の宿題で「季節だより」というものがあった。季節を感じる時に見つけた事柄を、一年間にわたって記入して 四季の移り変わりを学んだ。それは同時に、都会に暮らしていた私に 屋外の自然のみならず 店先に並ぶ旬の野菜や果物との出会いを意識させることになる。
景色や季節を求めて風物詩が栄えるように、求めてきた食材は部屋の中に豊かな彩りを添えていく。その一つ、大蒜は透き通った薄皮や実のふくらみが美しい。どの料理とも相性が良く 各々の味を惹きたてるその個性は愛おしくさえ思える。
或る日、実をひとかけら外すと 大蒜の房に新しい空間が現れ、調理台では実と空間が香ばしく変わっていった。
彫刻作品「大蒜(にんにく)」/ 多胡石 / 高87×幅130×奥105㎝
撮影 和泉
ー梔子(くちなし)の実ー
雨上がりの初夏、 ひときわ光るように咲く純白の花とその香りに 思わず足を休めた。予期せず出会った梔子は ビロードのように優しくて 傷付きやすい繊細な花びらを、あるものはバターのように色づかせ 時間の経過を刻々と演出していた。
熟しても裂けないその実は 内に秘めたものを守り抜く強さをたたえ、染料として料理に入れるならば 栗きんとんの鮮やかさを補うことで知られている。白からクリーム色へ、 やがて濃いオレンジ色の実をつけ 黄を染め上げるストーリーを 「ありえない物語」とでも名付けるとすれば、この一筋の連なりは 月灯りのスポットを浴びて 季節とともに古来より繰り返されてきたことも 想像に難くない。
幸せを運ぶという、この花言葉に託してみようか。
陽光が いくぶん勢いをつけはじめたころ、空はまるで 語ることのない実を育てるため ひとつ また一つと包みを開いていく。
彫刻作品 「梔子(くちなし)の実」/ 多胡石 / 高90×幅60×奥56㎝
撮影 和泉
茶の実
アトリエに向かう所に かつて茶畑があった。
地形に寄り添うように 畑を囲む道があり、垣根も 茶の木が続いていた。
八十八夜を迎え 茶摘みが始まると、収穫を終えて整った茶畑の木とは対照的に、垣根の茶の木は 艶やかな葉を賑やかにつけている。
摘まれることなく伸びた枝葉は ほんのり花を咲かせると ゆっくり実らせていくのである。
或る日のこと、 茶の実がはじけていた。
それは 始まりのようだった。
Tea Seeds
There used to be tea fields on the way to my studio.
A path surrounded the fields, tea bushes lined the hedges.
When tea picking begins, the tea plants are pruned and trimmed.
And hedges sprout vigorously.
The branches and leaves that remained unpicked bloomed softly and then slowly bore fruit.
One day, a tea fruit has burst open.
It was like the beginning.