Research

当研究室では世界に先駆けてATP動態を生体内で可視化できるマウス(ATP可視化マウス)を開発してきました。これを軸に以下のような研究を展開しています。興味を持たれた方は山本(myamamoto[a]ncvc.go.jp)までご連絡下さい。

ATP可視化技術を用いた他研究室との連携

2022年4月から生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS Phase II)に採択されました。この事業は、日本の幅広い生命科学関連研究に立脚し、その中の優れた研究成果を創薬研究などの実用化研究開発につなげる事を目的としています。当研究室は創薬研究などの臨床への外挿性に資する疾患モデル動物作成からエネルギー代謝のイメージング・計測による表現型の解析・薬効評価を支援いたします。興味を持たれた方は是非ご連絡下さい。

EMPA

SGLT2阻害剤エンパグリフロジンは著明な心保護作用を示すことが知られていますが、その作用機序はこれまで明らかではありませんでした。本研究では、我々の開発したATP可視化マウスを用いて、エンパグリフロジンが2型糖尿病マウスにおいて心臓のATP動態に作用し心保護的に働くことを明らかにしました。エンパグリフロジンは2型糖尿病マウスにおいて、糖尿病に伴う心臓での慢性的なATP減少を予防し、また、心筋梗塞に伴う急性のATP減少を抑制しました。更に1細胞レベルでのATP動態の経時的観察により、エンパグリフロジンが血中代謝産物を介さずに、心筋細胞内のミトコンドリア内ATP量を増加させることを発見しました。今回の発見により、エンパグリフロジンの持つ心保護作用の新たなメカニズムが解明され、心不全に対するSGLT2阻害剤の更なる応用が期待されます。

骨格筋のエネルギー代謝と収縮機能

運動すると,おなかが空きます.古今東西,誰もが認めるこの事実から,運動と代謝の密接な関係を伺い知ることができます。運動時に筋肉(骨格筋)が消費するエネルギーは安静時の約20倍となる場合もあり、骨格筋は運動時のエネルギー消費のほとんど担っています。当研究室では、エネルギー通貨であるATPを指標としてエネルギー代謝と骨格筋の収縮機能の関係の研究を行っています。なぜ運動時にエネルギーが供給できるのか?アスリートでは運動時に特殊なエネルギー供給が行われるのか?運動不足になるとエネルギー供給が変化するのか?など、ATP可視化マウスを使用して検討しています。生体・細胞・タンパク質のそれぞれの段階で機能解析を行い、マクロからミクロまで現象を分割し、真実を追究しています。速くなりたい強くなりたいアスリートから、おなかまわりが気になりだした中高年者にまで役に立つ事実が発見できることを期待しています。

フレイルにおけるエネルギー代謝

運動会の徒競走で足がもつれて転んだお父さんが「昔はもっと動けたんだけどなぁ」とつぶやく風景は、多くの人が想像できると思います。この言い訳には、すべての生物に共通する真実が含まれています。それは、ヒトを含めたすべての生物は老化するということです。フレイルとは、加齢によって身体機能が減弱した状態のことを言います。現在、フレイルの予兆を示すマーカーやその根本的な原因はほとんど明らかとされていません。当研究室では、代謝異常がフレイルに大きく関与するのではないかと考え研究を行っています。その基盤を確立させるとともに、もしそれが真実だとすれば、老化に伴う代謝異常をどのような方策を用いれば防げるのか?エネルギー代謝がフレイルのマーカーとなるのか?を明らかにしていきたいと考えています。老化を完全に止めるのは不可能だと思いますが(というか,不可能であってほしいですが)、少しでも老化の進行を遅らせるような方法を見つけることを目標としています。

神経刺激による全身のエネルギー代謝動態解析

興奮してきて脈が上がったり、 ドキドキしたりするのは、神経が様々な全身の活動を制御しているからです。この時、全身ではどのような事が起こっているのでしょうか?この神経活動を物理的・機械的に調整する事で、脈拍を変えたり、血圧を調整したときに全身の循環動態が変化する事はよく知られていますが、全身の代謝に与える影響はまだまだ不明です。ドキドキするのは体に悪い?良い?のかを少しでも明らかにする事を目標としています。

中枢疾患(認知症・てんかん・統合失調症・パーキンソン病など)におけるエネルギー動態解析と治療効果検証

近年、こころの病気が増える傾向にあります。様々なストレスや社会環境が関係していることが言われております。これらのこころのケアのために、様々な薬やサプリメントが作られ、使われていますが、本当にこころに届いているのでしょうか?薬やサプリメントを摂取する事で安心する自分や、外見的に落ち着いたように見える人は、実は体が動かないだけだったり、ボーッとしているだけだったりする事もあります。もっと“こころ”で何が起こっているのかを客観的に計測する物差しが必要です。

私達は、脳内のエネルギー代謝状態を計測する事で、外見的には正常に見えていても、実は脳内では認知・てんかんなどの症状が起こっている事を客観的に計測できる事を発見いたしました。この計測技術を利用して、どのような薬やサプリメントが効果的なのかを様々な企業と一緒に調べています。

新たな生体内エネルギー代謝動態計測法の開発

これまで、生体内のエネルギー通貨であるATP動態を定常状態や外的因子を加えたときに計測する事でエネルギー代謝動態を計測してきました。これにより、生体・臓器・細胞がどの程度エネルギーを蓄積しているのか、どの程度のスピードで消費しているのかなどが分かってきました。一方で、ATP以外にも生体内ではエネルギーに関連する分子が存在します。それらの挙動を計測する事で、生体内エネルギーの戦略全貌を調べようと考えています。これにより、将来的にはエネルギー効率の良い体作りや、またロボットなどの機械工学へも応用していきたいと考えています。


やせ薬の効果と毒性回避

近年の日本での食べ物の欧米化という食生活環境変化や、時間にゆとりがないためにおこる運動不足による肥満患者が急激に増加しており、糖尿病や脂質異常症、高血圧症、心疾患などの生活習慣病といわれる数々の疾患の増加に影響があることが知られています。そのため、健康づくりにおいて肥満の予防・対策は重要になってきます。 脱共役剤(Uncoupler)の一群の化合物はミトコンドリア内電位勾配をATP生産に使わ、熱へ変える事でエネルギーの無駄使いを行いま。これにより細胞や生体のエエンルギー効率が低下して「痩せる」などの結果を引き起こしま。当研究室ではこれらの化合物をATP可視化マウスに投与した際のATP動態変化、サーモグラフィーでの臓器温度変化を観察・測定することで効果を評価している。さらに、副作用として現れるエネルギー代謝異常を見つけることで毒性を回避させ安全なやせ薬を開発する事を目標にしています。 

がんにおけるエネルギー代謝動態と治療薬効果検証

1981年以降の日本における死因第1位ががんであり, 死亡率のうちの25%程度を占めており、すなわち日本人の4人に1人ががんによって亡くなっていることになる。現在、通常の組織ではミトコンドリアの酸化的リン酸化へ進む、がん組織ではピルビン酸脱水素酵素の活性抑制と乳酸脱水素酵素の発現増加などにより解糖系へ進む『Warburg効果』が知られています。そこで、当研究室では、エネルギー通貨であるATPを可視化させたマウスとがんモデルマウスを用いたがんにおけるエネルギー代謝動態と治療薬効果検証の研究を行っています。将来的に、異常および再発のメカニズムの解明から治療や早期診断バイオマーカーの探索へとつながることを目標にしています。

マウス生体内におけるミトコンドリア内ATP動態解析

ミトコンドリアは酸素呼吸を行なうことにより細胞内のエネルギーのほとんどを作り出す細胞内小器官です。このミトコンドリアはエネルギー産、ステロイドやヘムなどの合、カルシウムや鉄の細胞内濃度の調整および細胞周期やアポトーシスの調整など共生している細胞自身の生命活動にとって重要な役割していることがよく知られています。そのため、ミトコンドリア機能低下することにより生体内における細胞, 組織レベルへの機能低下をもたらすと考えられており、ミトコンドリア機能低下はミトコンドリア病だけでなく、老化、がん、神経変性疾患などを含むさまざまな疾患に関連しています。そこで、当研究室では全身のミトコンドリアマトリックス内にATPセンサーを発現させたマウスを作成しています。細胞質内のATP動態とミトコンドリアのATP動態の両方を解析することでミトコンドリア機能をターゲットにした創薬だけでなく、疾患治療から健康維持・増進技術へつながることを期待しています。

生体内エネルギー代謝操作法の開発

人の体内ではいろいろな器官が様々な化学反応により連携され、生命活動を行なっています。エネルギー代謝はこのような生命活動を維持する重要な役割を担っています。エネルギー代謝不全は、2型糖尿病、メタボリックシンドロームなどの代謝性疾患からミトコンドリ病などの難病まで、直接的もしくは間接的に関与しています。エネルギー代謝を制御できるようになれば、日常生活の改善だけでなく、様々な病気の予防・治療に繋がります。

当研究室では、新規のエネルギー代謝操作法を開発しています。エネルギー代謝の指標としてATPの動態や濃度に影響する新規操作法や物質の探索を行い、分子レベルではメタボローム解析を用いて、生体レベルでは、ATP可視化マウスを用いてATPの動態観察および MRIにより特定の代謝変化を非侵襲的に観察することで、エネルギー代謝操作の効果を解析しています。

新規腎不全治療法の開発

何らかの影響で腎臓の働きが急激に弱くなる急性腎障害(Acute Kidney Injury:AKI)に陥った後に、回復する人と悪化して慢性腎不全(Chronic Kidney Disease:CKD)へ移行する人が存在します。慢性腎不全になると、腎機能が回復する見込みはほぼなく、透析療法が必須となっていきます。透析療法は患者のQOLや生命予後に大きく影響しますが、いまだに根本治療法がないため、治療法の開発が喫緊の課題である状況です。これまで、当研究室では、腎臓内のATP変動で示されるエネルギー代謝の恒常性破綻が腎予後と密接に関連することを明らかにしてきました。このことから、腎臓のエネルギー代謝の恒常性維持をベースに、腎疾患および腎不全関連疾患の病態解明を試みるとともに、その新規治療法の開発を行なっています。実験動物、細胞、分子レベルでの解析を実施して腎機能における効果および役割を明らかにし、新規治療法の開発を目指しています。

循環器におけるエネルギー代謝動態解析

心臓は24時間休むことなく、拍動を通じて血液を全身に送り続けています。その拍動のためにはエネルギー源として大量のATPを生産し、消費することを繰り返します。このように、心臓でのエネルギー需給バランスは生体の恒常性を維持するために大事な役割をしています。当研究室では、ATP可視化マウスを使用して、生体内で拍動を続ける心臓のATP動態をリアルタイムで観察することに成功しています。このマウスを用いれば、拍動する心臓で、エネルギーがどのように生産・消費されているかをリアルタイムで観察することができます。ATP濃度の変化を、時間的空間的に観察できることから、様々な心疾患モデルでの心臓エネルギー代謝の動態観察や薬剤の作用点を調べることで薬剤の作用メカニズムを解明する研究を行なっています。この研究を基盤とし、心筋梗塞、心不全、心毒性などの循環器疾患の予測因子の一つとして、ATP動態を利用して疾患の病態解明や新たな治療薬の開発にも応用できることを期待しています。