酸素は、生命活動に欠かせない最も重要な元素のひとつです。
酸素を使うことで、私たちの体は効率的にエネルギーを作り出し、複雑な代謝反応を行うことができます。 しかしその一方で、酸素は非常に反応性が高く、DNAやタンパク質、脂質などを酸化して傷つける原因にもなります。つまり、酸素は生命を支える存在であると同時に、老化や病気を引き起こす“諸刃の剣”なのです (H. Sekine et al. “Oxygen needs sulfur, sulfur needs oxygen: a relationship of interdependence.”EMBO J., (2025) 44: 3307 - 3326. https://www.embopress.org/doi/full/10.1038/s44318-025-00464-7 )
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図1: 酸素は生体にとって二面性を示す: 酸素はミトコンドリアでのエネルギー産生や生体内の代謝産物の産生に重要な一方(左図)、O2–や・OHなどの活性酸素を介して生体内物質の機能不全を引き起こし、老化や各種疾患の原因となる(右図)
このため、私たちの体は酸素を厳密にコントロールする精密な仕組みをもっています。
たとえば、赤血球で酸素を運ぶエリスロポエチンは、酸素が不足したときに酸素供給を促す働きを持ちます。また、頸動脈小体にある呼吸中枢は血中の酸素濃度を感知し、呼吸数を調節します。これらは生体全体での“酸素の監視システム”といえます。
では、細胞の中ではどのように酸素不足が感知されているのでしょうか?
その答えの一つが、PHD–HIFシステムです。
PHDという酵素は酸素を感知してHIFという転写因子の量を調節し、HIFはエリスロポエチン遺伝子を活性化したり、エネルギー産生経路を切り替えたりすることで、低酸素に適応します。 このシステムは“短期的な低酸素応答”に重要な働きをしています。
しかし、慢性的に低酸素が続くときの細胞の応答については、これまであまり分かっていませんでした。
私たちは最近、ビタミンB₆を活性型に変換する酵素PNPO(ピリドキシン5′-オキシダーゼ)が、長期の低酸素状態で重要な役割を果たすことを発見しました (H. Sekine et al. “PNPO-PLP axis senses prolonged hypoxia in macrophages by regulating lysosomal activity. ”Nature Metabolism 6, 1108–1127 (2024) https://www.nature.com/articles/s42255-024-01053-4 )。
PNPOは酸素を使う酵素(オキシダーゼ)であり、酸素濃度の変化によって細胞内のビタミンB₆活性体(PLP)の量を調節しています。
さらに、このPLP(ピリドキサールリン酸)は、アミノ酸代謝、硫黄代謝、神経伝達物質の合成など、多くの酵素反応で補酵素として働く“代謝のハブ”でもあります。 そのため、酸素がPNPOを介してPLP量を変化させることは、単一の反応にとどまらず、広範な代謝ネットワーク全体を調節する可能性を秘めています。
このPNPO–PLPシステムが、細胞や生体内の酸素量の変動にともなって、どのような生理的重要性があるのか、またどのように細胞老化や疾患の発症に関わるのか――それを解き明かすことが、私たちの研究テーマです。
酸素という最も基本的な元素を手がかりに、生命の仕組みを根本から理解し、老化や病気を制御する新しい道を拓くことを目指しています。
図2: 酸素感知システムPNPO-PLP制御系: 酸素濃度の変動により、PNPOの酵素活性が変動し、代謝物であるPLPの細胞内量が変化、PLP依存性酵素活性が変動することで、細胞内代謝物の量が調節される。これにより酸素濃度に応じた代謝異常や適切な応答・適応がおこる。