本研究領域では、社会の中で人が健康に生きる仕組みを科学的に理解することを目的としています。
高齢者の介護予防やスポーツを通じた健康増進、働く人の心身の健康、そして地域社会における人とのつながりなど、「社会・予防・産業」を軸に、生活環境・心理・行動の相互作用を多面的に検証しています。
医療現場・職域・地域活動をフィールドとして、理学療法学・公衆衛生学・社会学の観点を用いた学際的研究を展開しています。
主題:高齢者および地域住民を対象とした身体機能、心理指標に基づく健康予防の科学的評価 、アスリートのメンタルヘルス
キーワード:介護予防、運動指導、身体機能評価、QOL、健康教育、動機づけ、スポーツメンタルヘルス、抑うつ、不安
本領域では、運動と心理の両側面から健康予防を支援する方法を研究しています。
介護予防事業や健康教室の参加者を対象に、5回立ち上がりテストなどの身体機能指標とQOL(生活の質)の関連を分析し、介護予防における機能低下リスクのカットオフ値を検証しました。また、健康教室において理学療法士が行う動機づけカウンセリングの効果を調べ、一度の介入でも参加者の行動変容意識を高める可能性を示しました。
スポーツ領域では、大学アスリートを対象に不安や抑うつとパフォーマンスの関連を分析し、エリート選手のメンタルヘルス支援の必要性について検証しています。
代表的な論文
坂本祐太, 甘利貴志, 奇特貴代, 山田徹, 小野美奈 5 回立ち上がりテストにおけるQuality of Life 低下のカットオフ値:介護予防事業参加者を対象とした横断研究による検証 日本ヘルスサポート学会誌,2019;4,25-32.
Sakamoto, Y.; Komagata, J.; Otsuka, A.; Shinya, Y.; Sendouda, M.; Masu, Y. Factors Associated with Anxiety and Depression among Elite Collegiate Badminton Players in Japan: Exploratory Analysis. Psychiatry Int. 2024, 5, 470-481. https://doi.org/10.3390/psychiatryint5030033
主題:慢性痛を有する就労者における心理的ストレス、運動、痛みの相互作用の検証
キーワード:慢性痛、職業性ストレス、痛みの破局化、不安、抑うつ、運動介入、メンタルヘルス、医療従事者
本領域では、働く人の痛みとストレスの関係を明らかにする研究を進めています。
痛みは単純な侵害刺激(体が傷ついた信号)だけではなく、情動や認知の状態によって感じ方が変化する感覚的・感情的体験です。特に慢性痛では侵害刺激そのものよりも、不安や抑うつ、痛みの破局的思考といった心理的要因が、症状の長期化や機能低下に関与していることが知られています。
医療従事者は他職種に比べて腰痛や労働災害性腰痛の発生率が高いことが報告されており、身体的・心理的ストレスを抱えやすい環境にあります。そこで、我々は医療従事者やリハビリ職を対象に、慢性痛が職業性ストレスや精神的健康に及ぼす影響を多変量解析で検討し、痛みの認知的側面(例:破局的思考や不安感)がストレス反応を強めることを報告しました。さらに、身体活動量・精神的健康・職務満足度との関連を総合的に解析し、運動が痛みの心理的影響を軽減する可能性を示唆しています。
これらは職業性ストレスに慢性痛が影響することを示唆しています。例えば運動は心理的に良い効果を与えるため、従業員に対する体操を行った場合でも、慢性痛によって思った改善効果がみられなくなる可能性があります。
少子高齢化の進行する日本社会において、労働力の健康を守る「健康経営」は極めて重要です。本研究では、働く人の健康被害を防ぎ、心身両面からのストレス対策を検討することで、持続可能な就労環境の構築に寄与することを目指しています。
代表的な論文
Sakamoto Y, Oka T, Amari T, Shimo S. Factors Affecting Psychological Stress in Healthcare Workers with and without Chronic Pain: A Cross-Sectional Study Using Multiple Regression Analysis. Medicina, 2019;55,652. DOI: 10.3390/medicina55100652
Sakamoto Y,Amari T,Shimo S. The relationship between pain psychological factors and job stress in rehabilitation workers with or whithout chronic pain. Work,2018:61(3),357-365. doi: 10.3233/WOR-182814.
主題:地域社会におけるソーシャルキャピタルと主観的幸福感の関係
キーワード:ソーシャルキャピタル、社会的つながり、過疎地域、地域包括ケア、幸福感、社会参加、ウェルビーイング
現在進行中の研究では、過疎地域における住民の社会的つながりと幸福感をテーマに調査を進めています。
特に、地域活動やボランティアへの参加、近隣住民との交流頻度などの社会参加行動と、個人の主観的幸福感(well-being)との関連を分析しています。これらの要因を「ソーシャルキャピタル(社会関係資本)」として捉え、地域特性や高齢化率の違いが、健康や幸福感にどのような影響を与えるかを探っています。
今後は、これらの知見をもとに地域包括ケアや健康まちづくりへの還元を目指します。
代表的な論文
社会・予防・産業研究の一連の取り組みは、人が「身体的・心理的・社会的に健やかに生きる」ための科学的基盤を築くことを目的としています。個人の行動変容から地域社会のつながりまで、スケールの異なる健康課題を横断的に扱うことで、「健康の社会的構造」を可視化し、実践へとつなげる研究を今後も展開していきます。