アメリカの理学療法士グレイ・クック氏が提唱した「パフォーマンスピラミッド」という考え方があります。これは、スポーツなどの競技力や特異的な(日常ではない)動きの習得などを行う際に不可欠なプロセスを階層で表したものです。
特別なパフォーマンスを向上させるには、「より速く」「より強く」「より美しく」「より正確に」などといったスキルを習得する必要があります。図1で言うと上階層の「競技スキル/パフォーマンスアップ」に当たりますが、それらの習得は下階層の「身体能力/コンディション」によって支えられているということを表しています。
図1
上階層と下階層の違いを言い換えれば、「本来持っている体の活動(身体能力)」と「積み上げる特定の能力(スキル)」といえます。この「身体能力」は、最下層に位置する「根本的問題」を含む「本来持っている体の活動」であり、自分の体の動きを正常にコントロールすることで、特有の強さや速さ、技術などの「スキル」を安全に、効率良く、効果的に積み上げることができるというわけです。
この本来持っている体の活動が低下した状態で特定の能力を積み上げようとすれば、間違ったフォームで運動が行われたり、筋肉の活動が偏ったり、非効率な負荷がかかったりすることで、リスクの多い練習となる可能性が出てきます。逆に、この土台となる体の活動が正常であり、動きの質が改善されていれば、「積みあがる特定のスキル」を大きく変化させる事になります。
質の良い機能的な体の活動を確保することが重要となるわけですが、そこには「関節の可動性」「関節の安定性」「連動動作」「運動制御」・・・など「関節動作の正常な運動」という要素が多く含まれています。さらに、これらの問題と最下層の怪我や疲労、病気が相関関係を持つことも多く、運動によるリスクが上がることもあります。
以下に「動きの質の悪さ」によって生じる問題点と身体能力の改善の流れを示します。
図2
図2左の「問題点」ブロックには、単関節の問題から多関節の問題、連動性/運動制御の問題と、関節動作の悪さが引き起こす「体の動きの質の問題」が示されています。
これらには相互関係があるため、改善プロセスをフェーズ分けし段階的に進むことで動きの質を向上させることが期待されます。
1フェーズ「単関節の可動域を確保」これは四肢(手/足/股関節/肩関節/肩甲骨)の可動域が中心となります。
2フェーズ「多関節の可動域を確保」これは体幹(胸郭/肋骨/背骨)と足部の動きが中心となります。
ここまでのフェーズでは、各関節が持つ可動域が構造的に正常に動くかどうかが重要な問題となっており、2フェーズ以降で重要となることの一つに「モビリティとスタビリティのバランス」があります。「関節には安定性が重要な部位(スタビリティジョイント)と可動性が重要な部位(モビリティジョイント)があり、お互いの機能はお互いを補完している」のです。これらのバランスを改善させるのが「関節の機能改善」のブロックにあたります。以下に例を挙げます。
図3
図3は上体を反らせる動作の時に胸郭(胸椎/肋骨/胸骨)が「A 動いているとき」と「B 動いていないとき」の腰・骨盤の状態を示しています。
胸郭(赤丸で囲まれた部分)は可動性が重要な部位(モビリティジョイント)であり、腰・骨盤(青丸で囲まれた部分)は安定性が重要な部位(スタビリティジョイント)です。胸郭の動きが良い図3Aでは、「背骨全体で上体を反らせています。」しかし、胸郭の動きが悪い図3Bでは、Aと同じ角度(緑線)まで上体を反らせたときに「腰・骨盤の反りが多くなっている」ことがわかります。
モビリティジョイントである胸郭が動くことによってスタビリティジョイントである腰・骨盤が安定します。逆を言えば、胸郭の動きを良くするためには腰・骨盤を安定させる必要があるということです。この関節動作における可動性と安定性の関係性は「ジョイント・バイ・ジョイント セオリー」という考え方で論理立てられています。
つまり、体を動かす際には「モビリティとスタビリティのバランス」が保たれることによって「可動性・安定性・安全性」が担保されるということであり、3フェーズのコンディショニングを行う際には重要なポイントとなるのです。
3フェーズ「連動性/運動制御を誘導」これは体幹・足部・四肢の連動と重心のコントロールが中心となります。
3フェーズでは、これまでのフェーズで確保してきた可動域を実際に動かしていくのですが、運動時に「動きがスムーズに連動するかどうか」をチェックしていきます。この時点で「関節としては動いているけど自分で動かそうと思うとうまく連動しない」という状態になることがあります。今まで動きにくい状態のまま使っていた関節では、気付かぬうちに「悪い癖」が生じてコントロールできなくなっています。このような場合、使いにくかった関節や筋肉の活動を活性化する「新たな感覚刺激」を体に入力することで「正常な連動動作と運動制御」を獲得していくことになります。図3の例で言えば、胸郭が気付かぬうちに動かなくなっており上体の運動時に腰・骨盤がその動きを代償する癖がついています。このような場合、胸郭の正常な運動を獲得することにより、腰・骨盤の安定した状態を保持させるという感覚刺激が必要ということになります。「質の良い動き」を確保する方法には様々なアプローチがあると思いますが、可動域の確保や正常な連想動作の確保といったプロセスをクリアしていくという目的で行われれば身体能力の改善とその先にあるパフォーマンスアップに大きく前進することになるでしょう。
また、「連動と運動制御」のブロックに「正常呼吸の確保」という項目があります。呼吸動作は、横隔膜・胸郭・骨盤・内臓位置・気道・呼吸の筋肉など様々な活動が関わり正常性を確保しているため、正常な呼吸動作にも「関節動作と連動/制御」は重要となるのです。
各関節が正常に動き・連動し・制御できてようやく身体能力の改善となっていくわけです。もちろん、呼吸動作には内臓位置の変化が関わり、先天的にも後天的にも関節や骨の構造が正常ではないケースもあるため、すべての身体能力を正常化させるというわけにはいかない事もありますが、既往歴なども踏まえた身体能力の改善を目指すことが「コンディションを正常化」することと捉えることができるのではないでしょうか。
スポーツやダンスなどの練習は、パフォーマンスアップ/競技スキルの向上といったことを目的として行いますが、そのときの体の使い方の悩みや疑問などは「身体能力」が正常に発揮されることによって効率よく解消されることになります。
先ずは本来自分が持っている「身体能力」を発揮できることが重要です。
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