私にとって物理学の最大の魅力は「少数の基本原理・基本法則に基づいて、多岐にわたる物理現象を統一的に説明できること、そして新しい物理現象を予言できること」です。そのような普遍的物理法則を自ら発見し確立することを研究の目標にしています。特に量子多体系の基底状態のトポロジーや低エネルギー励起状態の性質を、系の詳細や相互作用の強さに依らずに、系の持つ対称性のみに基づいて如何に一般的かつ非摂動的に理解できるのか、という問題に取り組んできました。
代表論文:PRL (2012), PRX (2014)
量子多体系において連続対称性が自発的に破れると南部・ゴールドストーンモードと呼ばれるギャップレスの励起モードが現れる。これは南部・ゴールドストーン定理として知られ、素粒子物理学のみならず、統計・物性物理学や原子核・宇宙物理学でも広く用いられる現代物理学に欠かせない基礎となっている。素粒子物理学で通常仮定されるローレンツ対称性がある場合には、南部・ゴールドストーンモードの数は破れた連続的対称性の数と常に一致し、それぞれのモードは線形分散を持つことが1960年代から知られていた。しかし近年、有限密度・温度相におけるQCDやスピンの自由度を持つ冷却原子気体が注目を集め、また物性物理学において「スカーミオン結晶」などの新しい磁性秩序が実現される中で、南部・ゴールドストーンモードの数が破れた対称性の数と一致せず、分散関係も二乗分散になる例が次々と発見された。このローレンツ対称性がない場合についての一般論は、Nielsen-Chadha (1976)やNambu (2004)による部分的な進展はあったものの未解明のまま残されていた。
この状況を踏まえ、相対論的対称性がない場合でも南部ゴールドストーンモードの数や分散関係を予言できる一般的な公式をTomas Brauner氏と提案し、さらに村山斉教授と低エネルギー有効理論に基づいて証明することに成功した。さらに、ローレンツ対称性がない場合の「Higgs機構」や「時空間の対称性」が自発的に破れた場合の南部・ゴールドストーンモードの性質についても一般論な研究を行った。これらの研究業績により、「中村誠太郎賞」や「西宮湯川記念賞」を歴代最年少で受賞した。
この研究は主要新聞各紙やNHKニュース「おはよう日本」、科学雑誌「Newton」、Physics Synopsis, WIRED, Journal Club for Condensed Matter Physicsなどで紹介れました。
論文:PRL (2015)
南部・ゴールドストーンの定理では自発的対称性の破れは「仮定」であったが、そもそも全ての対称性が自発的に破れ得るのだろうか。MITのFrank Wilczek教授(2004年ノーベル物理学賞)は2012年、通常の「結晶」との類推で、空間ではなく時間の連続並進対称性を自発的に破る「時間結晶」の可能性を提案した。相対性理論によると時間と空間の間にはローレンツ対称性があるため、空間方向に可能なことは時間方向にも可能であるように思える。しかし通常は定義により時間的に不変であるとされる「基底状態」や「平衡状態」が「自発的に時間依存性を持ち得る」という主張は真に驚くべきものである。実際多くのフォローアップ論文が投稿され、どのようにすれば実現できるのか、あるいは元の議論のどこに問題があるのかなどの論争が起きていた。
私は、この混乱の原因がそもそも「連続時間並進対称性の自発的破れ」自体が明確に定義されていないことにあることに気がつき、押川正毅教授とともに「オーダーパラメータではなく長距離秩序を用いて時間並進対称性の自発的破れを定義すること」を提案した。さらに、この対称性の破れは基底状態や平衡状態においては実現し得ないことをハミルトニアンの局所性だけを用いて一般的に証明することに成功した。この研究は、今活発に議論されている「非平衡状態におけるtime crystal」の研究の契機となったと言える。
代表論文:PNAS (2015), PRL (2016)
「Lieb-Schultz-Mattis定理」は、系の並進対称性と平均粒子数に基づいて、量子多体系の基底状態や低エネルギー励起状態の性質に一般的な制限をかける定理であり、対称性の破れの帰結を述べる「南部・ゴールドストーンの定理」と相補的な役割を担う。もともとは1次元ハイゼンベルグスピン模型に対する定理であったが、これまで半世紀以上に渡る様々な改良を経て、「粒子数が保存し離散並進対称性を持つ系が、唯一の基底状態と有限の励起ギャップを持つためには、単位胞あたりの平均粒子数が整数でなければならない」という一般的な定理へと拡張されてきた。逆に言えば、平均粒子数が整数でない場合には、必ず基底状態が縮退するかギャップレスの励起が存在することになる。縮退の機構としては「自発的対称性の破れ」が一般的だが、「トポロジカル縮退」と呼ばれる系の大域的なトポロジーに由来するものが理論的に興味深く、分数量子ホール相や量子スピン液体相などの「分数化」を伴う相に対応することが知られている。
本研究では、このLieb-Schultz-Mattis定理の「離散並進対称性」の仮定を、より一般の「空間群」「磁気空間群」の対称性の仮定へと強めることで、平均粒子数に関するより厳しい条件を導くことに成功した。また特に電子系の場合に、スピン軌道相互作用が強くスピン回転対称性がない場合についてもLieb-Schultz-Mattis定理を改良した。この結果、例えばカゴメ格子スピン模型の代表例であるハーバースミス石に対し、そのスピン軌道相互作用の如何によらず「基底状態が縮退するか、ギャップレスの励起が存在するか」のどちらかが起こることが直ちに分かるようになった。今後の量子スピン液体などのトポロジカル秩序相の探索に役立つと期待される。
代表論文:Nat. Commun. (2017), Sci. Adv. (2018), PRL (2018)
時間反転対称性によって守られるトポロジカル絶縁体のZ2指標や、より一般のSymmetry-Protected Topologica相の概念に代表されるように、通常対称性は系のトポロジーを「守る」ことに利用される。しかしこれとは全く独立に「系の基底状態において対称性がどのように表現されているか」という情報だけから系のトポロジーを「調べる」ことが可能である場合がある。この代表的な例として、バンド構造のもつパリティ固有値の積によってトポロジカル絶縁体のZ2指標を決定できるというFu-Kane定理が知られている。我々は、このFu-Kaneの結果を230個の空間群、さらには1651個の磁気空間群へと一般化し、バンド絶縁体がトポロジカル結晶絶縁体であるかを簡便に調べる方法論を提案した。さらに研究室の学生とともに、このバンド絶縁体に関する結果の一部を相互作用がある系へと拡張することに成功した。
トポロジカル結晶絶縁体の分類や物質探索への応用の可能性が評価され、[3]の業績とともに「凝縮系科学賞」を受賞した。