藤木泰之後援会会員募集中! 皆様と共に「わくわくする名張を目指します」
名張市民の皆さんと共に!
僕は、市井の一市民です。普通の一市民であって、政治のプロではありません。市政。一番身近な政治とは言え、それにも、未経験の素人です。
ただ、常日頃、名張の町の事に、強い関心と夢(不平不満も)を抱いてきて、この思いこそ一流と、自負しております。だからこそ、今迄も、素直素朴な疑問を、幾つも抱いてきました。又、一市民として、細々とではありますが、様々な社会活動をしてきたつもりです。今回、現市長の退任と同時に市議会解散と聞き、今迄の市施策全般の是非可否を検討し直す絶好のタイミングだと、考えています。勿論、いいものは残し継続する。
そこで、その仕事を、市議の立場で取り組めれば!と勇気を出して、立候補することを、一大決心しました。市議と言う公的な立場に立てれば、新人とて、
一市民目線で信じられない事は、素直素朴な思いで、大声で、問いただしていきたいです。また、自らの活動だけでなく、お隣にいる市民の皆さんの活動支援にも励みたいと思っています。意見の代弁もしていきたい。
そして、市民の皆さんに、判り易い、近づきやすい、発言し易い市政世界を作っていきたいと考えます。まさに市民の皆さんとの協働であり、この事が、市政と名張市の健全な持続に繋がると考えています。先ずは、名張市の少し先を夢見たいです。素晴らしい町に!その一歩を踏み出す!
名張市の主人公は名張市民である。
「誰かに任せっきり」を止めよう!参加しましょう!そして、皆一緒に「わくわく名張」を作っていきましょう。
藤木泰之が取り組む3本柱
①旧町を中心とした
「名張わくわくふるさとづくり」
の実現
●旧老人福祉センター活用方法の具体案
を議論し提示する。
●名張かわまちづくり一体型浸水対策事
業に対する市民意見を反映した市の方
向性を明確にする。
②常に市民を主人公とした名張市
の根本的な市政改革
●保育施設の入所システムの見直し。
●市民の声を反映させる「名張市立
病院在り方検討会」の実現。
●市財政早期健全化計画の推進と監視
を徹底する。
③市民負担をなくすための名張市の
インフラ老朽化問題への取り組み
●上下水道インフラ老朽化問題への取り
組みを明確にする。
●旧市街地の風景を活かした安全かつ優
しい交通手段への取り組み。
幼少、まだ見える世界が小さい頃、瀬古口側から見た川向こうの名張「旧町」(敢えて、市民に馴染んだ名前で、そう呼びたい)が僕にとっての都会でした。名張川を隔てて常に憧れの視線で見ていたのを覚えています。もちろん、みのわ地区の環境、風土それが土壌として僕を育ててくれたこその憧れであります。
青年時代、住居を京都に移し京都の街並みを見て名張市の風景につながるものがあると感じておりました。いつしか地元名張に戻り憧れの旧町で自分のお店を持ちたいと考えるようになり49歳の時に色んな方々のご協力のもと、元町の古民家町屋を改築してレストランを開業することができました。
夢叶い憧れの旧町暮らしは、毎日が新しい発見と魅力に満ちていると感じ、人々の「ふれあい」「絆」が深い町だと確信するようになりました。地元の方々の人情というものに気づかせてくれる町。
僕はこの旧町を持つ名張市が「好き」なんだと「自分のふるさと」なんだと再確認いたしました。そして現在、我がふるさと名張市はもっと「わくわく」する町に生まれ変わる絶好の機会です。皆さんが守ってきた文化や歴史、そして名張川を中心とした景観。名張市でしか味わえない「わくわく」を皆さんと共感しましょう。
何処かを真似るのではなく、心から「ふるさと」を誇りに思える様に考えましょう。名張の空の青さ(深さ)をもっと一緒に知りましょう。 2022/2/15 記
1970年11月6日生まれ(51歳)
出身地:名張市瀬古口
現住所:名張市元町433-7
・1983年 名張市立箕曲小学校 卒業
・1986年 名張市立赤目中学校 卒業
・1986年 三重県立桔梗が丘高等学校 入学
・1989年 三重県立桔梗が丘高等学校 卒業
・1989年 京都府に移住、1990年京都府京都市
内のイタリアンレストランに勤務
・1998年 同店退職
・2019年 名張市元町にて「京風イタリアンらん
ぽ」開業。
三重県名張市元町433-7に転入
・2021年 なばりを考える会「なばりSWITCH」
メンバー。
・2021年 「立呑み屋 乱歩」名張の地酒を中心
とした飲食店へ事業変更。