料理を食べたり、妙に上機嫌な五十嵐と話したりしていると、不意にアナウンスが会場に鳴り響く。
『宴もたけなわでございますが、そろそろお時間が参りましたので……』
どうやらパーティーが終わる時間らしい。腕時計を見ると午後九時をとっくに回っていた。今から帰ると家に着く頃には午後十時になってしまうだろう。
閉めの挨拶が終わり、パーティーの参加者は三々五々と帰っていく。俺もその流れに乗って、帰ろうと席を立つ。
「よし、五十嵐、帰るぞ」
「ふやぁ~……」
「……五十嵐?」
様子が変だ。五十嵐はトロンとした目でこちらを見つめたまま、立ち上がろうとしない。それに、妙に顔が赤い。
「おーい、大丈夫か? 熱でもあるのか?」
「らいじょーぶらいじょーぶ~えへへ~」
「お、おい!」
すると、五十嵐は突然、立ち上がろうとする俺の袖をギュッと掴むと、そのまま俺の腕に抱きついて顔を埋めた。
俺が困惑する間も無く、五十嵐の隣の席に座っていたアリスがガタッと立ち上がる。
「あ、アンタ、ひかりに何をしたの⁉︎」
「お、俺も何が何だか……」
「何か変なモノでも飲ませたんじゃないの⁉︎」
「飲ませてないって!」
俺は五十嵐に呼びかけて顔をこちらに向けさせると、額に手を当てる。熱は無いようだ。だったら、いったいこれは……?
そう思った俺の視界にふと入ってきたのは、空になったグラス。確かそこにはシャンパンが入っていた。……まさかとは思うが。
「こいつ、酔っ払っているのか?」
「ふやぁ〜」
そう考えると辻褄が合う。さっきまで妙に上機嫌だったのも、顔が若干赤くなっているのも、今こんな風にボヤッとしているのも、全て酒に酔っているから。
「でも、ノンアルだったわよね?」
「……もしかして、アルコールが入っていたんじゃないか?」
もっちーがそんなことを言い出した。ノンアルなのにアルコールが入っている? 矛盾しているぞ。
「どういうことだ?」
「法律では、アルコール濃度が一パーセント以上のものをお酒と定義していて、それより低い濃度のものはノンアルコールと言うんだ。つまり、ノンアルコールと一口で言っても、アルコールがほぼゼロのものと、アルコールが多少含まれているものがあるんだよ」
「そうだったのか……」
つまり、俺がノンアルだと思っていたあのシャンパンには、実は微量のアルコールが入っていた、かもしれないのか……。
でも、俺たちは全然酔っていないし、同じ物を飲んだはずの五十嵐は酔っている。ということは、だ。
「なるほど、コイツはとんでもなくお酒に弱いのか……」
「おさけつよいよ〜わたし」
「嘘つけ」
「ほんとだもん! おさけつよいもん!」
「はいはいわかったわかった」
弱いじゃん! これ以上はダル絡みされそうだから、適当に流しておこう。
それよりも、俺には喫緊の問題がある。ヤバい、余裕が無くなってきた。
俺はなるべく急ぎつつ、しかしゆっくりと立ち上がると五十嵐を優しく振り解く。
「すまん、二人とも、俺ちょっとトイレに行きたいから、五十嵐と一緒に外で待っていてくれないか?」
「了解した」
「え〜いっちゃうの〜」
「ひかりー! こんな奴よりあたしたちと一緒にいよ!」
アリスが引き寄せられて、五十嵐が俺の下から完全に離れる。そして、俺は荷物を持つと、壁際に立ち、帰る客を誘導している黒服へ、トイレの場所を聞きに行った。