「おい、大丈夫か⁉」
俺は咄嗟にしゃがんで、急に膝をついてそのまま地面に倒れそうになっている五十嵐の肩を掴んで支える。
彼女は、両手で頭を抱えていた。どうやら頭痛がするようだった。
一方、目の前で起こったこの突発的な状況に、水無瀬はすっかり気が動転して、あわあわしていた。
「どうしたのだ⁉ どうしよう……はっ、ここは救急車を呼ばなければ……⁉」
「いい……大丈夫だよ、水無瀬さん」
すると、スマホを取り出して一一九番通報をしようとする水無瀬に、五十嵐はストップをかけた。
「大丈夫か、五十嵐? 熱は……」
俺は五十嵐の額に手を当てるが、特段熱は無さそうだった。
「気分は悪くないか? 頭痛がするとか、体がだるいとか、小さなことでもいいから何か変なところは?」
「ううん……特にないけれど……」
五十嵐は俯いたままだ。
「なんか、突然クラッときた感じかな……」
「そうか……」
立ち眩みだろうか? それとも眩暈?
女性は貧血になりやすいと言われているが、今回のはその類なのだろうか?
「立てそうか?」
「うん……」
手を差し出すと、五十嵐は握り返してきて、そのまま立ち上がる。が、すぐにまたクラッと来たのか、ドンと体が押しつけられる。
「本当に大丈夫か……?」
「だ、大丈夫だよ!」
怪しい……。今の様子だと、限りなくブラックに近いグレーなのだが。
すると、水無瀬は俺たちをビシッと指さす。
「二人とも、早急に帰った方が良い……。フンフツィヒ・シュトルム! 貴様は家に帰ったら早く寝るのだぞ!」
「ああ、そうさせてもらう……。五十嵐、今日はもう止めておこう」
「……うん。そうだね。それじゃあね、水無瀬さん」
「じゃあな」
「体を大事にするのだぞ……」
俺たちは水無瀬の声を背に、家へと引き返すのだった。
☆★☆★☆
菫は、慧とひかりが遠ざかっていくのを見送る。
そして、彼らが交差点の角を曲がってその姿が完全に見えなくなった後、深く息を吐いた。
「これで……かの未来は回避された……」
どこかうわ言のように、菫はブツブツと呟く。
「しかし……、気になるな……。フンフツィヒ・シュトルム……突然襲われる頭痛……」
そんなことは起こりうるはずは無かった、と彼女は続ける。
しばらく、独り言を呟いていると、不意に菫のスマホが音を鳴らす。
「……ハッ、もうこんな時間」
画面を見てからすぐにポケットにしまうと、菫はクルリとターンして自宅へと歩む。
そして、その場から立ち去る前に、最後に一言呟いた。
「フンフツィヒ・シュトルム……いや、『五十嵐ひかり』、貴様はいったい何者だ……?」