翌日。久しぶりの学校だ。
俺は以前と同じように、五十嵐と肩を並べて登校する。
約一年間、いつも通ってきた道のはずなのに、一週間通らないだけで何故か新鮮な感じがする。
電車の中は、いつもと同じくらいの混雑のはずなのに、一人で部屋に引きこもっていた時間が長かったからか、とても窮屈に感じた。
そして一週間ぶりの学校。何もかもが久しぶりに見える。
ちょっぴり新鮮味を覚えつつ、教室のドアをガラガラと音を立てて開く。
「お、久しぶりだな慧」
「おはようもっちー」
最初に俺に気が付くのはもっちー。自分の机に向かっている途中で挨拶を交わす。
そして、次に気が付くのは、アリス。こちらを見るなり、ガタンと立ち上がって俺の方へと駆けだしてくる。しかも満面の笑みで。
こ、この走りは、相手に抱き留めてもらおうという意図なのか⁉ 俺に向かって一直線にやって来るし、このままでは思いっきりぶつかってしまう。恥ずかしいが俺が抱き留めるしかないのか⁉
俺はそう思って咄嗟に身構えた。が、アリスは直前で進路を俺から逸らして素通りした。
「え」
「ひかり~‼ 会いたかったよー‼」
だよなー! コイツが俺に向かってくるなんて絶対に無いよな! 期待した俺が馬鹿だったよ! てか期待するのが間違っていた! コイツに限っては笑顔で俺に向かって抱き着いてくるなんて行為、するはずがない!
「元気だったー? 大丈夫だったー?」
「ええ、昨日会ったばっかりじゃん……」
ひとしきりアリスは五十嵐はじゃれつくと、一転して俺を睨みつける。おいおい、久しぶりの再会だっていうのにその目はないだろ……。
そして、ずんずんと俺に歩み寄ると、顔をズイっと近づけた。
「……ひかりにインフルエンザをうつしていたら、ぶっ●すからな」
「お、おう……」
こ、怖いな……。でも、天使ってインフルエンザにならないんじゃなかったっけ?
俺は話し込む五十嵐とアリスからそそくさと離れて、自分の席に腰掛ける。
「む……六十七万五千二百五十六秒ぶり……久しいな」
「細けえな! 合ってんのか⁉ しかも意外と短い⁉」
席に着くなり、隣の席から独特な挨拶を交わしてくるのは水無瀬。インフルエンザは治ったようで、中二病は健在のようだ。
「元気になったんだな」
「ウイルスは我が清浄なる防御の前に平伏して逃散(ちょうさん)したようだ……」
まあ、完全に元気になった、ということらしい。それと逃散って使い方違うけどな。というかさっきからものすごく気になるんだが、六十七万五千二百五十六秒っていったい何日と何時間何分何秒なんだ……?
「その……」
そんなことを考えていると、水無瀬はさっきの中二病全開モードから一転して、申し訳なさそうに声を小さくして俯きながら。
「恐ろしい病に罹ったのって……我が誘因……だよね」
……つまり、水無瀬は『俺がインフルエンザに罹ったのは私のせいだよね』と言いたいらしい。
もしかしたら、水無瀬のインフルエンザのせいで、俺がインフルエンザを発症したのかもしれない。しかし、そうと言い切れる証拠はどこにも存在しない。
「何言ってんだ。お前のインフルエンザのせいで、俺が罹ったなんていう証拠はどこにもねえだろ。変な気負いをするなよ」
「……そう言ってくれると嬉しい」
水無瀬はちょっと安心したようだった。水無瀬がそれを重荷に感じているなら、俺にとってもそれは苦しいことだ。まあ、心の不安を取り除くことができてよかった。
そんなことを考えていると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。この旋律を耳にするのも久しぶりだな。
そして、それと同時に堀河先生が前の教室のドアから入ってくる。
「皆さんおはようございま~す」
「「「「「「おはようございます」」」」」」
「早速ですが、皆さんにお話があります」
お話? いったいなんだ? もしかして誰かが何かをやらかして説教されるとか⁉
咄嗟にそんなことを考えて身構えたが、担任の口から発せられたのは全然違う言葉だった。
「皆さんには、もうそろそろ文理選択をしてもらいま~す」