俺と五十嵐は思わず間抜けな声を出してしまう。
住んでいるのに、マンションの部屋代を一銭も払っていない? なんか矛盾していないか?
普通に住んでいるんだったら、マンションの部屋も当然買っているか、ローンを組んでいるか、借りているかのどれかだろう。しかし、お金を払っていない。
ということは、もしや……。
「不動産屋を騙したのか⁉」
「大声で言うんじゃないわよバカ!」
アリスは顔を真っ赤にして俺を怒鳴りつける。今のは迂闊だった。慌てて周りを確認するも、幸い俺たちの近くに通行人は居らず、俺の声は他の誰かには聞かれなかったようだ。
五十嵐はまだよく分かっていなさそうな顔をしている。そんな彼女に俺は説明を始める。
「つまり、アリスは不動産屋を騙して、まだお金を払わずにあの部屋に住んでいるんだ」
「えっ! そうなの⁉ それはマズいんじゃ……」
五十嵐がアリスの方を見ると、彼女は苦い顔をする。
「だって仕方ないじゃない……。任務を終えてやっとセラフィリに会えると思って帰ってきたら、神に命令されてこの世界で暮らしているし……。休み暇もなく急いで来たから、この世界のお金も何も持ってきていないのよ……。だからこの世界に来てから何も食べてこなかったし……」
「そうだったのか……」
だからあんなに昼ご飯にがっついていたのか。
「でも、そこは天使の力でなんとかなるんじゃないのか?」
「ならないわよ。天使の力はそこまで万能じゃない。創ったものは時間が経つと消えてしまうし、そもそもお金は下界への影響が大きいから神によって創り出すのは禁止されているのよ」
「そうなのか……」
天使の力にも色々と制限というものが存在するんだな。
「それに、力が使えるとはいえ、騙し続けるのには限界があるし……。明日までに一億円を用意しなくちゃいけないの」
「「い、一億⁉」」
と、とんでもねえ額だなおい! タワーマンションの最上階ってそんなにするのかよ……。俺には一生縁が無さそうだ。それにしても、アリスは何故わざわざタワーマンションの最上階に住処を決めたんだよ。もっと安いところでもいいのに。
そして、アリスは泣きそうな顔をして、五十嵐に抱きついた。
「だからセラフィリ、助けてよー! あたし、明日までに一億円が用意できないと身の拠り所が無くなっちゃうのよ!」
「ええ、ええっと……」
対して五十嵐は困惑顔。そりゃそうだ、突然『明日までに一億円用意しろ』なんて言われてすぐに用意できるのは億万長者だけだ。俺たち一般人には到底無理な話だ。
あれ? でも、五十嵐って確か……。
俺は指をパチンと鳴らして五十嵐に言う。
「そういえば、五十嵐って神様からお金を貰っていたよな?」
「え、お金⁉」
『お金』というワードに、アリスが真っ先に食いついた。
「あー、そういえばそんなものあったね」
「いくら? いくら?」
「えーっと……ぴったり一億、かな」
そしてアリスは、『神様が現れた……!』的な表情をして、その場で跪いて両手を合わせて、キラキラした目で五十嵐を見上げる。
「お願いしますセラフィリ様! どうか、そのお金を、あたしにくれませんでしょうか!」
アリスがゴクリと喉を鳴らす中、うーん、と五十嵐はちょっと難しい表情で考えると、
「いいよ」
「即答⁉」
拍子抜けするほどあっさりと頷くのだった。
そんなに簡単に一億円をあげちゃっていいのか⁉