「はぁ〜〜」
その日の夕食は、建物の広い食堂の一角で、四人揃ってとった。
その席で、サスケさんのところから戻ってきたカヤ先輩は、とても疲れた顔をしていた。
「……サスケさんに何を言われたんですかー、カヤ先輩?」
「そりゃもう、なんで卒業していないのか、って詰められたんだよ」
どうやらサスケさんは、てっきりカヤ先輩がもう卒業しているものだと思っていたらしい。
そのため、実際はまだ卒業しておらず、それどころか追試に合格できなければ留年する、という状態にあることを知って、激おこプンプン丸だったようだ。
こってりと絞られたらしい、ということは、カヤ先輩の表情から丸わかりだった。
「……お父さんは、本来の予定ではこの機会を利用して、入社前に会社のことをいろいろと教えてくれるつもりだったんだって。でも、卒業できていないことがバレちゃったから、さっさと追試に受かってこいって言われちゃった。今年度中に学園を卒業できなければ、この話は無しにするって」
「それなら、余計に頑張らないといけませんね」
ここで、俺はあることに気づく。
「カヤせんぱいは、サスケさんのかいしゃにはいることが、もうきまっていたんですね」
「うん。元々その約束で学園に入ったからね」
「……カヤせんぱいは、サスケさんのかいしゃにはいりたくて、がくえんにはいったということですか?」
「そうそう。六歳くらいの時に、『お父さんの会社に入りたい!』って言ったら、『王立学園の商業科に入れたら、そこを卒業した後入社できるよ』って言われてさー。で、受けてみたら本当に入学できちゃって。で、実際お父さんの言うとおり、就職できることになったっていうわけ。
律儀だよねー。もう十年くらい前の約束なのに、本当に就職させてくれるなんて。もちろん、嬉しいけどね」
「王立学園の商業科は、その道のプロを輩出するところですから。会社側としても、そのような人材は是非手に入れたいでしょうね」
「いや〜プロか〜うへへ〜」
「卒業できていない人はそのように名乗れませんけどね」
「う゛っ! フローリー、容赦ないね……」
すると、レイ先輩がもっともな指摘をする。
「でもでも、それだったら別に、サスケさんの会社にしゅうしょくしなくてもいいんじゃない? 他の会社にもしゅうしょくできるでしょ?」
「確かにそうかもね。自分で言うのもアレだけど、一年留年しても就職先には困らないとは思うよ。だけどね、私はどうしてもお父さんの会社に入りたいんだ」
「それは、いったいどうしてなんですか?」
すると、カヤ先輩は何かを考えるように少し間を開けた。
「……フォルちゃんには昼に話したけど、ここから東の方へずーっといったところには、『ワクワク』っていう島国があるんだ。で、実は私のお父さんはそこの出身なんだ」
「え、そうだったのー⁉︎」
なるほど、だからサスケさんは王国では見ないような顔だったわけだ。
「ということは、カヤせんぱいはハーフなんですか?」
「そうだよ」
全然気がつかなかった。確かにサスケさんの特徴もどことなく受け継いでいるように見えるが……。きっとお母さんの方の特徴が色濃く出ているのだろう。
髪の色や目の色で判断しようにも、王国には黒髪黒目の人も普通にいる。身近な例で言えば、ハルクさんなんかそれに当たる。
「お父さんは小さい頃に、今勤めている会社──エスタニア商会っていうんだけど、そこに奉公に出されて、ずっとワクワクと王国の間の貿易に関わってきたんだって。だけど、今から二十年くらい前に、突然ワクワクの王様が『越海遷住の禁』ってお触れを出したんだ」
「それはどういうお触れなのですか?」
「簡単に言うと、自分の国と、他の国との間で、人の移住を禁止するっていう法律だね。だから、ワクワクの人が他国に移り住むのもダメだし、逆に他国の人がワクワクに移り住むのもダメってこと」
前世の日本の江戸時代初期に出された鎖国令のようなものだろうか。かなり厳しい政策だ。
「そのとき、お父さんはドルディアにいたんだけど、そのせいで、ワクワクの家族のところに戻れなくなっちゃったんだ」
「えー! でも、サスケさんは、ワクワクの人でしょ? それだったら、ワクワクに戻れてもいいんじゃないの⁉︎」
「それがダメだったんだよ。ワクワク出身でも、他国に滞在していた人はそのお触れの対象だったんだ」
「……かわいそう」
俺はあまりの仕打ちに、思わずそう漏らしてしまった。
だって、偶然その時に海外にいただけで、帰れなくなってしまうってことだろ? 時の運次第で、故郷に二度と戻れないなんて、いくら何でもひどすぎる……。
「だけどね、一つだけワクワクに行ける抜け道があったんだ」
「「「抜け道?」」」
「実はね、ワクワクと貿易をしている貿易商人だけは、外国人であっても、貿易特区っていう特定の場所であればワクワク国内に上陸することができるんだよ」
どうやらワクワクにも長崎の出島のような場所があるようだ。
「では、サスケさんはワクワクを訪問すること自体は、今もできているんですね?」
「うん。その貿易特区の中だけだけどね」
「じゃあ、サスケさんはごかぞくにもあえるってことですか?」
「んー、お父さんの家族が、貿易特区まで訪ねにきてくれれば会えるんじゃないかな?」
それなら良かった。家族にも会えないという最悪の状態は回避できているようだ。
「……で、何の話をしているんだっけ?」
「カヤ先輩が、どうしてサスケさんの会社にしゅうしょくしたいのか、ってことです!」
「あーそうだった! えっとね、結論から言うと、ワクワクを訪問してみたいからだよ。お父さんの故郷がどんなところか、この目で見てみたいんだ」
「しかし、他の貿易会社でもワクワクには訪問できるのではないですか?」
「ううん。今ワクワクと貿易が許されているのは、エスタニア商会だけ。つまり、ワクワクを訪問するには、お父さんの会社に就職するしか方法はないんだ」
つまり、カヤ先輩は、サスケさんの故郷であるワクワクを見てみたい、というモチベーションで、エスタニア商会に入ることを目標にしていて、そのために王立学園の商業科に入って学んでいるのか。
幼い頃の夢を追い続けて、もう少しで達成しようとしている。素晴らしいことだし、とても立派だ。
「ま、というわけで、私はこの会社に何としても入りたいっていうこと!」
「そのためには、修了テストに一刻も早く合格して、卒業しなければなりませんね。来月末までに卒業できなければ、この話は無しになってしまうのでしょう? それならば、遊んでいる暇などありませんね」
「カヤ先輩、がんばってー!」
「おうえんしています」
「うっ……が、頑張るよ……」
カヤ先輩は微妙な顔をして、頷いたのだった。