「ただいま」
授業を終え、寮の部屋に戻ると、リビングには珍しくレイ先輩がいた。
「おかえりー、フォル!」
「レイせんぱいがこのじかんにいるなんて、めずらしいですね」
「外、雨だからねー、ジョギングできないから」
そう言った先輩は、リビングで逆立ちをしていた。
そして、そのまま腕立て伏せを始める。
レイ先輩、運動神経が化け物すぎる……。
あまりにも軽々こなしているので、俺でもできるような気がしてくる。
しかし、ものすごいバランス感覚、体幹、そして筋力があって初めて、この芸当ができることを忘れてはいけない。
「フローリーせんぱいとカヤせんぱいは?」
「フローリー先輩は今お昼寝中で、カヤ先輩は自分の部屋で勉強してるよー」
フローリー先輩、また寝ているのかよ……。あの人いっつも寝てるよな……。
一方、カヤ先輩はどうやら成績がやばいらしい。そのため、一年後に行われる修了テストに向けて、今から勉強しているのだ。
「そういえばフォル、大丈夫だった?」
「え、なにがですか?」
よっと、とレイ先輩は着地すると、俺に向き直る。
「今日、ろうかで三年生にからまれたって聞いたけど」
「あ、はい……」
「何かされたらあたしに言ってね! ぶっ飛ばしてくるから」
シュッ、シュッ、とレイ先輩は拳を突き出す。
頼もしいが、暴力を振るったらそれはそれで大変なことになりそうだが……。
「きょうは、ほかのじょうきゅうせいにたすけてもらいました」
「そうだったんだー」
「てくびに、にじいろのうでわをはめていたひとでした」
「え、マジ⁉︎」
すると、レイ先輩がビックリした様子で反応する。
「……なにかすごいひとなんですか?」
「うん。『虹の濫觴(らんちょう)』の人だよ」
「にじの……らんちょう?」
「そうそう! この学園で一番強いクリークだよ!」
「くりーく?」
「……あれ? クリークって聞いたことない?」
「はい」
初めて聞いた単語だ。口ぶりから察するに、何らかのグループを指すみたいだが。
すると、背後からドアが開く音。そして、ペタペタと足を鳴らしながら、カヤ先輩が伸びをしながら出てきた。
「あー、疲れたー」
「おつかれさまです」
「お、フォルちゃん帰ってたんだー」
どうやら休憩をとりにきたようだ。そこで、レイ先輩が提案する。
「そうだ、カヤ先輩に説明してもらおう!」
「お、何の話?」
レイ先輩は事情を説明し、カヤ先輩はそれにふんふんと頷きながら聞く。
「よし、それじゃあ説明しよう!」
事情を理解したカヤ先輩は、ふふん、と胸を張って話し始めた。
「『クリーク』っていうのは、簡単に言うと、『同じ目的を持った生徒たちの自主的な集まり』のことだね」
クラブ活動……いや、同好会みたいなものなのだろうか?
この世界の事物で例えるならば……。
「なんだか、ギルドみたいですね」
「確かにそうかも。ギルドも、元を辿れば同じ職業の人が助け合うための組織だから、クリークに似ているかもしれないね」
とすれば、ギルドにいろいろなものがあるように、クリークの中にもいろいろなものがありそうだな。
「ぐたいてきに、クリークではなにをするんですか?」
「それは、クリークによって違うかな」
「たとえばどんなものがあるんですか?」
「そうだね……例えば、『体を鍛えたい!』って思っている生徒たちが作ったクリークは、当然、『体を鍛えるトレーニングをする』っていう活動をするよね。
他にも、『数学の研究をしたい!』って思っている生徒たちが作ったクリークは、『数学の勉強会をする』っていう活動をするだろうね」
「なるほど」
何となく掴めてきたぞ。大学のサークルみたいな組織のようだ。
「せんぱいたちも、なにかクリークにはいっているんですか?」
「もちろん! あたしは『体育会』っていう体を鍛えるクリークに入ってるよ!」
そのまんますぎる。
「カヤせんぱいは?」
「私は『経済研究会』っていう、王国の経済について研究するクリークに入ってるよ。まあ、最近は勉強が大変であまり顔を出せていないんだけどね……」
たはは、とカヤ先輩は苦笑いをした。
さすが商業科、という感じのクリークである。
「フローリーせんぱいは?」
「フローリーもどこかのクリークに入っていたと思うよ。名前は忘れたけど……確か留学生がかなり所属していて、文化交流をしているところじゃなかったっけな?」
「あと、お料理をするクリークにも入ってるって聞いたよ! 前、おかしを作って持って帰ってきてくれなかったっけ?」
「かけもちしていいんですか?」
「『他のクリークと掛け持ち禁止』っていうクリークに入らなければ、いくらでも入っていいんじゃないかな?」
フローリー先輩は結構活動的だな。確かに以前本人も、『せっかく留学してきたのだから、学べることは全て学ぶという姿勢を大事にしている』みたいなことを言っていたな。
「みんなクリークにはいっているんですね……」
「そうだねー。あくまで私の肌感覚だけど、七割から八割くらいの生徒は何かしらのクリークに入っているんじゃないかな」
「どのくらいクリークはあるんですか?」
「えー、どんくらいだろう……。レイ、知ってる?」
「ううん」
その様子だとたくさんあるみたいだ。
でもそれだったら、これまでに一度くらいその存在に気づきそうなものだけど……。
「クリークは、いつ、かつどうしているんですか?」
「基本的に、授業後から夕食の前までだね。休日に活動したり、朝に活動するものもあるけど」
なるほど、俺は授業後すぐに寮に帰っていたから、気づかなかったわけだ。
「なんで、がっこうはおしえてくれないんだろう……」
「あくまで生徒の自主的な組織だからね。学校側は関係ないっていうスタンスなんじゃないかな?」
「でも、先生がこもんになってるクリークもあるよね?」
「確かに……」
「こもん?」
「クリークは、学校の先生に指導を依頼することができるんだよ。それに、申請すれば学校の施設も使わせてくれるんだ。まあ、授業に支障が出ない範囲で、だけどね」
部活動的な側面も持っているようだ。
「もし気になるクリークがあったら、一階のけいじ板にポスターがたくさんはってあるから、今度見てみなよ!」
「そうします」
そうだ、気になるといえば……。
「あの、さっきいってた『虹の濫觴』ってなんですか?」
「そういえばその話だったね!」
確かそれがクリークの一つだった、という話だった。
「虹の濫觴っていうのはクリークの一つで、一言で言うと、魔導師になりたい人が集まっているクリークだよ」
「まどうし!」
思わぬタイミングでその単語が出てきて、俺は大いに興奮する。
「他のクリークと大きく違うのは、限られた人しか入れない、ってことだね」
「……にゅうだんするのに、しけんとか、しかくがひつようってことですか?」
「うん。年に一回、入会試験っていうのをやってて、それに合格しないと入れないんだってさ。しかも、その試験がとっても難しいらしくて。合格者が出ない年もあるんだって」
「き、きびしい……」
「でも、その分強さはピカイチだよ!」
「うん。王立学園の魔法科には才能ある魔法使いが数多く在籍しているわけだけど、その中でも実力のある人ばかりが集まっている感じだね」
なるほど、だからさっきレイ先輩は、『学校で一番強い』と形容したのか。
あの虹色の腕輪をした先輩も、実は相当な魔法使いだった、ということだな。
「にじいろのうでわは、かいいんしょうみたいなものなんですか?」
「うん。虹の濫觴に入っている人のみがつけているものだね」
「へー……」
そんなすごい人に助けてもらったのか……。
そういえば俺、お礼言ってないな……。助けてもらったのに、それではあまりにも失礼だ。また出会える保証はどこにもないし、遅れてもできるだけ早くお礼をしに行ったほうがいいだろう。
「おれい、しなきゃ……」
「だったら、明日『虹の濫觴』の本部に行ってみなよ!」
「ほんぶがあるんですか?」
「うん! 明日案内してあげるよ! もしかしたらそこに、フォルを助けてくれた人がいるかも!」
「そうですね……よろしくおねがいします、レイ先輩!」
『虹の濫觴』に興味が湧いた俺は、お礼がてらどんなクリークなのか確かめるべく、明日訪問することを決めたのだった。