翌日の一時間目は、選択科目『剣術』の授業だった。
俺はラドゥルフから持ってきた自分の木刀を片手に、授業が行われる剣術場へと一人歩いていく。
剣術場に到着すると、そこには何体ものカカシが並んで立っていた。おそらく、これらを相手に訓練をするのだろう。
そして、この空間の隅っこの方にたくさんの生徒が集まっていた。だいたい三十人くらいだろうか。間違いなく、剣術の授業に参加する生徒たちだ。
その中に、俺の知り合いは一人もいない。それどころか、教室で見たことがある人すらいない。どうやら一年の魔法科から参加しにきているのは、俺しかいないようだった。
まあ、それも無理はない。この授業は元々、体育科の必修選択授業、つまり体育科の中で剣が得意な人が選択する必修授業である。体育科以外の学科にとっては自由選択の授業だし、そもそもそれらの学科には別に体育という授業が設けられている。よほどの剣術好きでない限りはこの授業を取ろうと思わないだろう。
その、よほどの剣術好きに当てはまるかどうかは怪しいが、俺はきっと、周りから見ればそうなのだろう。
実際は、今までやってきた三年間の積み重ねを失わないようにするため、というのが動機としては一番大きい。あわよくば、剣の腕を磨いて上達したい、とも思っているが。
ちなみに男女比はおおよそ八対二だ。もちろん、女子の方が少数派だ。
その女子たちはすでにグループを作って楽しそうにお喋りをしている。きっと体育科同士なのだろう。
……別に寂しくなんてないからね!
すると、鐘が鳴って授業が始まった。すぐに筋骨隆々の男性教師がやってきて、話を始める。
「よし、それでは『剣術』の授業を始める!」
俺たちは腰を下ろすと先生の話に耳を傾けた。
話によると、この先生は元軍人らしく、剣士として戦っていたようだ。
剣の実戦経験があるのはデカい。是非ともその経験を吸収させてほしいものだ。
「まずは、今の君たちの実力が見たい! ということで、一人ずつ、私の前でカカシに打ち掛かってみてほしい!」
どうやら最初の授業はテストみたいだ。どの授業も最初は実力を見るためにテストをするのだろうか。
「もし木剣を持参していなかったら、ここに貸出用のものがある! ここから一人一つずつ取っていってほしい!」
先生が指で示した先には、箱に立てかけてあるいくつもの木剣があった。
「では列に並びなさい! 最初の人から、一人ずつ始めること!」
というわけで、俺たちはゾロゾロと一列に並ぶ。
俺は後ろの方に並んだつもりだったが、半分くらいの人は木剣を借りてから並んだので、結局列のちょうど真ん中くらいの位置になった。
「では、私が『そこまで!』と言うまで、自由にカカシに打ち掛かってくれ」
「はい!」
まずは、先頭の男子が木剣を構える。
「やああああああ!」
そして、元気よくカカシに打ち掛かった。
パシン、パシンと木剣がカカシの防具に当たる。
率直に言って、彼の剣の扱いは下手だ。
剣で打ち掛かっている、というよりかは、どちらかといえば剣を力任せに振り回している、と言った方が正しい。余計な力がかかっているし、力を入れるべきところに力が入っていない。
あれだと体を痛めるし、怪我もしてしまうんじゃないか……?
まあ、この年齢での剣の扱いなんて、普通こんなものだろう。体も発達段階だし、人によってはまともに剣をぶん回せないかもしれない。
「はぁ……はぁ……」
「そこまで! 素晴らしい挑戦であった。では次!」
その後の人たちも似たようなものだった。多少剣術のような動きができているような人はいたものの、俺の記憶の中にいるシャルや七之宮の動きには全く及ばない。
カカシがもし彼女らだったら、隙をついて一瞬で倒しているだろうなぁ……。
そんな想像をしていると、ついに俺の番になった。
「次! 名前は?」
「フォルゼリーナです」
俺が名乗ると、先生は俺の手元に目を向ける。
「む、見ない形の木刀だな。フォルゼリーナ、貴殿の流派は?」
「えーっと……」
本当は七之宮流だが……。そういえばシャルにも同じようなことを聞かれたことがあったな。あの時は何と言ったんだっけ?
「ふむ、まあよい。やってみせよ」
「あ、はい」
思い出そうと黙っていると、先生は特に追及することなく、俺に剣を振るうよう促した。
そういえば、木刀を振るうのは久しぶりだな。最近は入学式やら何やらで忙しかったからな。ここらでリハビリといくか。
俺は木刀を構えると、身体強化魔法を発動する。そして、カカシを見据えると息をゆっくり吐く。
そして、一息で動き出す。
まずは胴体を一閃。最も簡単な技の一つである初伝『一文字』である。
カーン! と小気味良い音が鳴り響く。
俺はそのままカカシの横に回り込むと、肩、腕、胴、腹、足へ、流れるように連続して攻撃を加えていく。
カカシは動かない。それはわかっているが、俺はカカシが武器を持った人間だったと仮定した時、相手が俺の位置をできるだけ特定できないように、立ち位置を次々と変えて四方八方から打ち掛かっていく。
木刀が防具を叩く音は、最初はカン、カンとそれぞれの音が独立していたが、だんだんビートが速くなり、気づいた頃にはカカカカカ! と息を着く間もないほどのリズムになっていた。
そして、俺は木刀を振ることにとても夢中になっていた。剣術をしばらくやっていなかったことが、知らず知らずのうちにストレスとして溜まっていたのかもしれない。
「そこまで! そこまでにしなさい!」
気づくと、先生が声を張り上げていた。
俺はカカシに打ちかかろうとする体に急ブレーキをかけると、木刀を下ろし、身体強化魔法を解除した。
そして、先生の方を振り向くと同時に、ドチャリ! と重いものが倒れる音。
振り向くと、カカシが地面に倒れていた。防具も外れてしまっている。
今までは俺がランダムに全方向から打撃を加えていたため、倒れずに耐えていたが、それをやめてしまったためにバランスが保てなくなったのだろう。
先生はカカシに近づくと、防具の様子を調べる。
「ふむ……壊れてはいないようだな……」
よかった……。壊れていたら弁償する羽目になるかもしれなかったからな……。
先生は俺の方へ振り向く。
「フォルゼリーナ。貴殿の剣術、見事であった」
「は、はぁ……どうも」
「それでは、隣のカカシでテストを続行する。次!」
「……は、はい!」
俺はその場から離れ、後ろで待っている人たち、およびもうテストを受け終えた人たちの方を見る。
すると、彼ら彼女らは、一斉に俺からさっと離れ、目を逸らした。まるで、俺とは関わりたくない、と言わんばかりに。
「……はぁ」
やらかした。調子に乗って、完全にやりすぎた。
俺は、この剣術の授業で、早々に自分が孤立したことを悟った。