ハルクさんが投げた、シャルへの指輪が、空中で爆発した。
「うわああぁぁっっ!」
「きゃあぁぁぁっっ!」
「いやああぁぁああ!」
強烈な爆音に、悲鳴が響き渡る。
ハルクさんが放り投げた指輪は、ちょうど俺たちの列の上くらいで爆発した。
しかし、ハルクさんが高さを持たせて投げてくれたおかげか、あるいは爆発の威力がそれほどでもなかったおかげか、耳がキーンとなっただけで、俺たちは特に怪我をしなかった。
いや、一番の理由は、俺たちの周辺に展開された魔法のおかげだろう。
俺の体は、その全体が地面から飛び出た上半球状の空気のバリアに守られていた。風魔法だ。
誰の仕業か……⁉︎ と思って周囲を見渡すと、伏せたルーナの手のひらから淡い緑色の光。
この空気のバリアは、俺やルーナのみならず、前後五列分くらいまではカバーできているみたいだった。
それに、左前のフリードリヒも、同様の魔法を展開している。こちらは前後三列分ほどをカバーしている。さすが魔道士だ。
どちらも、咄嗟に身を守る魔法を発動している。
それに対して、俺は身をすくめるだけで何も反応できなかった。
今の一瞬で、二人と俺の間にまだ大きな魔法の技術の差があることを、痛感させられる。
爆発からしばらく経過したことで、人々もようやく状況を飲み込み始めたのか、会場がざわつき始めた。
安全と判断したのか、ルーナとフリードリヒが、次々に魔法を解除する。
すると、まだ煙が晴れやらぬ中、前からハルクさんの声が聞こえた。
「……おい、これはどういうことだ! フリードリヒ!」
どうにも抑えきれない怒りが噴火してしまったかのような、勢いまかせな声だった。
皆の視線が、一斉にフリードリヒに注がれる。
「……どうとは、どういうことだい?」
そんな中、微塵も動揺していないかのような声で、フリードリヒが応じる。
「とぼけるな! この指輪をすり替えたのは、お前だろう!」
直球──! ハルクさんは思いっきり、フリードリヒを犯人として名指しした。
ざわざわと周りが騒ぎ出す。
しかし、これは諸刃の剣だ。事情を知っている俺やシャルは、確かにフリードリヒの仕業だと納得できるが、この場のほとんどの人は納得できるはずがない。むしろ、二人の会話次第では、逆にハルクさんが、フリードリヒに言いがかりをつけたとして不利になる可能性すらある。
そのことをわかっているのか、フリードリヒは表情ひとつ変えることなく、冷静に言った。
「おいおい、そんなに興奮しないでくれよ。一旦落ち着こう。どうして僕がそんなことをする必要があるんだい?」
「それはお前が俺を暗殺して、次期当主の座を奪いたかったからに決まっているだろう? 知っているぞ、こっちは」
またしても直球だ。急転直下の展開に、周りの人々はほとんど誰もついていけていないようだ。
フリードリヒは、はぁ、とため息をつく。
「僕がそんなことするわけないじゃないか。言いがかりも甚だしい。僕からしたら、君が僕に濡れ衣を着せようと必死になっているように思える。第一、証拠はあるのかい?」
「あるさ」
ハルクさんは間を空けず断言した。
さすがのフリードリヒも、これには少し動揺したみたいだった。
「へえ、面白いな。あるなら出してみなよ」
すると、ハルクさんは説明し始めた。
「まずはこの式場の結界が解除されていることだ。
さっきの指輪の爆発は魔法によるものだ。だが、本来魔法はこの空間内では使えないはず。それに、昨日の昼俺が式場を確認したときには、結界の魔法陣はきちんと作動していた。確認後、俺は鍵を閉め、今朝司祭がここの鍵を開けるまで、誰も立ち入らなかったはずだ。
なのに結界魔法陣が作動していない。ならば、何者かがその間に細工をしたと考えるのが自然だ」
そして、ハルクさんはビシッとフリードリヒを指差す。
「ところでお前、昨日の夜、どこにいた?」
「……」
「俺には、式場に忍び込んで、結界魔法陣を改造したとしか思えん。ここを管理しているのはフロイエンベルク家だ。ここに自由に出入りできる人間は、俺たち一族しかいないからな」
ハルクさんの言葉で、空気が変わった。今までは、大衆の雰囲気はハルクさんに向けた『何言ってんだこいつ?』という困惑だったが、一気に、フリードリヒへの疑念に変わる。
そういえば、以前フリードリヒと話した時、彼は魔法陣にとても詳しかった。それならば、魔法陣を弄って魔法を発動しなくすることくらい、余裕だろう。
「……心外だな。こじつけも甚だしい。昨日の夜はディートリヒと買い物に行っていたのさ。そもそも、侵入したのが僕っていう証拠はないだろう。君たちの結婚をよく思っていない勢力の仕業かもしれない。
それに、指輪の魔法陣も同じさ。僕が仕掛けたいう証拠は何もない。全て言いがかりだ」
「……証拠なら、今お前が言ったじゃないか」
「……は?」
「俺は指輪が『魔法』により爆発したとは言ったが、『魔法陣』により爆発したとは一言も言ってないぞ」
フリードリヒは押し黙った。
魔法と魔法陣は全くの別物だ。魔法はあくまで現象のことで、魔法陣は魔法を行使するための手段。つまり、ハルクさんは魔法にしか言及していなかったのに、フリードリヒは発動手段まで限定してしまったのだ。
ハルクさんが意図したのか、あるいはフリードリヒが自爆したのかは知らないが、前者なら見事なトラップ、後者ならそれに気づいた見事な頭のキレだった。
形勢がハルクさん側に傾き始めたが、彼は追撃の手を緩めない。
「それに、お前が前々から動いていたのは知っていた。今日、こんなことがあろうとなかろうと、どうせ告発していたことに変わりはない」
「……いったい何の冤罪でだい?」
「メディラム共和国との内通」
その言葉に、静かだった群衆が息を呑む。
「まさか……これが本当なら、重罪だ……」
バルトが小さく呟く。法律に疎い俺でも、フリードリヒの行為が圧倒的にヤバいことは感じていた。
「はっ、何を言っているんだか……」
「俺は知っている。メディラムの奴らを国境線付近に集めて、テクラス軍をそこに釘付けにさせ、市内の人手を薄くしているということをな。
おおかた、街の警備が薄くすることで、指輪の作戦が失敗した際、適当に俺たちを襲うときの保険にしたかったのだろうが……それも無駄だ。この後捜査すれば、お前らとメディラムの奴らの繋がりはすぐに暴かれる。首を洗って待っておけよな」
十中八九、ハルクさんの言う通り、フリードリヒはメディラム共和国の軍部と繋がっているだろう。
その関係がもし暴かれたら彼は間違いなくしょっ引かれる。それに、万が一暴けなかったとしても、街の有力者がたくさんいるこの場で、フリードリヒに不利なこの状況でこの話をした意味は大きい。噂が広がることで、フリードリヒの肩身は多少なりとも狭くなり、次期当主の座は遠のいてしまう。
最初はどうなるかと思ったが、巧みな話術と証拠で、見事にハルクさんはフリードリヒを追い詰めた。
もはや奴に勝ち目はない。俺はそう感じた。
問題は、この後どう反応するかだ。言い訳を続けるのか? ハルクさん以上の巧みな話術で状況を再度ひっくり返すのか? それとも……暴力で全てを黙らせるか。
「……ふふふ」
フリードリヒが笑う。
「そうか、すべてわかっていたんだな。君は。認めよう、僕が思っていた以上に君は有能だった」
そして、フリードリヒが選択したのは……。
「では、この場の全員を、殺す!」