シャルの衝撃的な結婚発表から、約一ヶ月が経過した。
今日、俺たち四人はテクラスへ行く。
目的は、シャルのお相手や、その家族への挨拶と、結婚式の打ち合わせだ。
この結婚により、シャルが相手の家へ嫁入りする形になる。そのため、俺たちが相手側を訪問することになった。おそらく、結婚式も向こうで行うことになるだろう。
「フォル、準備できたかしら?」
「うん!」
俺は、リュックサックに『魔法の使い方(上級編)』を突っ込むと、背負って立ち上がり、急いで玄関に向かう。
「忘れ物は無いな」
「ないよー!」
「それじゃあ、行くか。テクラスへ」
俺たち四人は家を出ると、門の前の通りに停車していた馬車に乗り込み、転移施設へ向かう。
そういえば、家族四人で外出するのは初めてじゃないか? 王都旅行の時もクエストの時も、ルーナが一緒じゃなかった。逆に、ルーナとは魔法の練習のときにいつも二人きりで出かけている。
「ねえ、ママ。おしごとはだいじょうぶなの?」
「ええ。今日は他の人に任せているから、大丈夫よ」
さすがに、家族の結婚という大事なイベントには、代理人を立てるようだ。
それにしても、テンションが上がるなぁ! なにせ、王都よりも遠い場所に出かけるのだ。しかも、シャルの話で街の特徴はなんとなく知っているが、まだ実際にこの目で見たことない場所だ。
未知の場所への好奇心は、抑えるのがとても難しかった。
※
ラドゥルフから王都経由で、転移魔法陣に乗ること二回。
我がアークドゥルフ王国の北東一帯を占めているテクラス州、その州都であるテクラスの街に、俺たちは到着した。
そして、転移施設から出た途端、俺たち三人は揃って同じ感想を漏らす。
「暑いな」
「暑いわね」
「あつい……」
話には聞いていたが、とても暑い。ラドゥルフと同じ、雲一つない晴天という天気なのに、どうしてこんなに気温が違うんだ……。
「ようこそ、テクラスへ!」
一方、シャルだけはピンピンしている。そりゃそうか、一年近くこの街で過ごしているから慣れたのだろう。
周りを見渡すと、ラドゥルフとは全然違った景色が広がっていた。
建物のほとんどは、赤みの混じった薄黄色の石でできている。おそらく、この辺で採れる砂岩か何かだろう。
道ゆく人たちの服装もだいぶ異なる。暑さから身を守るためか、大半の人が頭に何かしらのものを被っているし、風通しの良さそうなものを着ている。
気候も服装も違いすぎて、本当に同じ国なのか疑いたくなってしまうくらいだ。
「エル・フローズウェイ伯爵家の皆様ですか?」
すると、向こうからコツコツと靴を鳴らし、執事然とした男性が一人、こちらに歩いてきた。
「そうだ」
「お待ちしておりました。ヴァン・フロイエンベルク伯爵家の執事でございます。お屋敷へご案内するよう命じられておりますので、どうぞ、こちらの馬車にお乗りください」
執事が手で示した先には、馬車が停まっていた。
迎えを寄越してくれていたのか。こんな暑い中を歩かなくて済むのはありがたい。
俺たちが乗り込むと、馬車は出発する。
しばらく進み、大きな公園の横を通り過ぎたところで、馬車が停まった。
降りると、目の前には大きな邸宅があった。正直、ラドゥルフの俺たちの家よりも大きいし、立派だ。王都にある屋敷と同じくらいの規模に思える。
「では、こちらへどうぞ」
別の馬車から降りてきたさっきの執事が、俺たちを連れて屋敷の中に入る。
しばらく廊下を進むと、とある大きな扉の前で脇に避けた。
「こちらの部屋に、ヴァン・フロイエンベルク伯爵家の方々がいます。どうぞ、中にお入りください」
そう言って、執事はガチャンと扉を開けた。
いったいどんな人たちが待っているのだろう……。俺は固唾を飲んで、三人についていく。
部屋の中には、奥に向かって長いテーブルが伸びていた。
両側にはずらっと椅子が並んでいて、そのうちの片側はすでに人が座っていた。
その人たちの視線が、俺たちにグサグサと刺さる。
ちょっと恐怖を覚えたが、一番奥の人の視線に気づいた瞬間、それが倍増した。
「ッ……」
俺は思わず震え上がる。
四十代から五十代くらいだろうか。厳つい顔から放たれる鋭い眼光。まるで射抜かれたかのような感覚。
絶対カタギじゃないだろ! あれは、何人か殺している人の顔だ……。
と、その人が目を逸らしたので、俺はようやく動けるようになった。急いでルーナについていき、彼女の左の椅子に座る。
「……揃ったようなので、始めようか」
すると、先程の一番奥の厳つい顔の人が話し始める。
「まずは、ようこそテクラスへ、フローズウェイ伯爵家の御仁ら。ゆっくり、気を休めて滞在してほしい」
あなたの顔と雰囲気で、全然そんな気しないんですけどぉ!
俺はできることなら今すぐ逃げ出したかった。
「では、まずは我らフロイエンベルク家から自己紹介といこう。私は、ハルクの父で、ヴァン・フロイエンベルク伯爵家の現当主、テクラス州知事のギルベルト・ヴァン・フロイエンベルクだ。よろしく」
そ、そうか、この人も貴族なんだよな……。それに、上座に座っているのだから、相手の家族の中で一番偉いに決まっている。
次に、その隣に座っていた細身の男性が立ち上がる。黒髪黒目の精悍な顔つき。まさにイケメンだ。よく見ると、どことなくギルベルトさんに顔が似ている。
「ハルク・ヴァン・フロイエンベルクです。シャルゼリーナさんと、お付き合いしています。よろしくおねがいします」
この人が、シャルの結婚相手か……。
それから、次々とハルクさん側の親族が自己紹介していく。こちらとは対照的に人数がかなり多く、さすがに一度で全員は覚えきれなかった。
とりあえず、ハルクさんとその周辺はおさえられたから、よしとするか……。
「では、我々も自己紹介を。私はエル・フローズウェイ伯爵家当主、ラドゥルフ州知事を務めている、バルト・エル・フローズウェイだ。よろしく」
そして、今度は俺たちの自己紹介。最初にバルト、次にシャル、ルーナ、それから最後に俺の番。
「……めいのフォルゼリーナ・エル・フローズウェイです。よろしくおねがいします」
今までで一番緊張したけど、噛まずに言えたからよしとしよう……。
自己紹介が終わったところで、ギルベルトさんが口を開く。
「さて、自己紹介が済んだところで話し合い……と行きたいところだが、もうお昼だ。先に食事にすることにしよう。どうだろうか」
この場の誰からも異論が出ないことを確認したギルベルトさんは、早速昼飯の用意を使用人に命じたのだった。
※
昼飯の後、結婚についての話し合いの前に、休憩を挟むことになった。
その間に、俺たちは伯爵邸の離れにある、訪問者用の宿泊部屋に、持ってきた荷物を置く。
そして、荷物を置いた後、俺は一人、トイレに行っていた。
「ふぅ……きんちょうした……」
当然、食事のときも落ち着けるわけがなく、ミスをしないようにずっと気を張っていた。そのせいか、かなりトイレが近くなってしまった。もう少し食事が長引いていたら、ヤバかったかもしれない……。
俺はトイレを出ると、宿泊する部屋へ戻る。
すると、廊下の向こうから誰かがやってきた。
長身のスラッとした男性だ。ハルクさんとはまた違ったイケメン。爽やかなお兄さん、といった感じだろうか。
どこかで見たことがあるような……。でも、誰だっけ?
そう悩んでいると、向こうから声をかけてきた。
「おや、フォルゼリーナ嬢、奇遇だね」
「こ、こんにちは……えっと……」
すると、彼は俺の意図を察したようで、笑顔で自己紹介をしてくれた。
「フリードリヒ。フリードリヒ・ヴィル・フロイエンベルクだ。ハルクのはとこだよ。たくさんいたから、名前なんて覚えられないよね」
「すみません、フリードリヒさん」
「謝らなくていいよ。それより、確かめたいことがあるんだ」
確かめたいこと? いったいなんだろう?
フリードリヒさんはしゃがんで俺と目線を同じ高さにすると、問いかけてきた。
「もしかして、君はあの『爆殺幼女』かな?」
「え……あ、はい……そうです」
「やっぱり! 一目見た時、ピンときたんだよ! 君がすごい魔法使いだってね」
「そ、そうなんですか」
「ああ。何を隠そう、僕は魔法が大好きなんだ。魔道士の資格も持ってる。だからこそ、強い力を持つ君には、とても興味があるんだ!」
そう言ったフリードリヒさんの目は、純粋な好奇心に満ちているように俺には感じた。
この人……同志だ!
それからは、するすると話が進んでいった。魔法のこと、魔法陣のこと、魔道具のこと……。これほど魔法について熱く語り合ったのは、初めてかもしれない。
「……そうなんだ! スイッチとなる魔法陣と実際に発動する魔法陣を分離して、遠隔で操作することができるんだ。これはつい最近開発された技術で、おそらく、君の持っている本にも載っていないだろう」
「そんなまほうじんが! すごい……」
フリードリヒさんは特に魔法陣に詳しかった。ちょうど俺があまり詳しくない分野を知っていたので、彼の一言一言に興味が掻き立てられるのを感じる。
時を忘れて話していると、どこからか鐘の音が聞こえてきた。
その音に、フリードリヒさんはハッと真顔に戻る。そして、立ち上がった。
「もっと君と話していたいところだけど、残念ながら僕はもう行かなければ。楽しかったよ、君と話せて」
「わたしも、たのしかったです」
「うん。それじゃあまた、機会があれば」
そう言って、フリードリヒさんは俺が来た方向へと去っていった。
その背中を見送っていると、彼がやってきた方向から俺の名前を呼ぶ声。
「フォルー! いたら返事をしてー!」
「ママー!」
すると、すぐにルーナが姿を現した。俺の姿を見つけるなり、駆け寄ってくる。
「どこに行っていたの? 遅かったじゃない」
「ちょっと、フリードリヒさんとあって、はなしてた」
「そうなのね……。さ、泊まる部屋に戻るわよ」
「はなしあいには、いかないの?」
「ええ。こちらからはシャルとジージだけが参加するわ。私たちは部屋で待機よ」
「うん、わかった」
数日滞在するから、フリードリヒさんとはきっとまたどこかのタイミングで会えるだろう。
その時は、ゆっくりと魔法の話を聞かせてほしいものだ。
思わぬ形で同志を見つけた俺は、少し高揚した気分のまま、ルーナと部屋に戻るのだった。