シャルから剣術を習い始めて数日。毎日の体作りでへとへとになりながらも、俺は魔法の練習を怠ることなく続けていた。
「ねえママ」
「どうしたの、フォル?」
「まほうをどうじにつかうことって、できるの?」
その最中、ふと気になったことがあったので、俺は傍で見守ってくれているルーナに疑問をぶつけた。
「複合魔法なら、もう使えるじゃない」
「ううん、そういうことじゃなくて」
複合魔法は、異なる二つの系統の魔法の効果を、一つにまとめて発動する魔法のことだ。例えば、熱風を吹かせる中級魔法『ウォームウィンド』は、火系統初級魔法の『ウォーム』と、風系統初級魔法『ウィンド』という二つの魔法の効果をまとめている複合魔法である。
だが、俺が言いたいのはそれではない。
「えーっと……、べつべつのまほうを、それぞれで、おなじタイミングではつどうするってこと」
「ああ、多重発動(マルチキャスト)のことね」
「まるちきゃすと?」
「ええ。二つ以上の魔法をそれぞれで同時に発動することをそう呼ぶのよ」
先ほどの例でいうなら、『ウォーム』と『ウィンド』を『ウォームウィンド』としてではなく、別々に同じタイミングで発動するような感じだ。
「確か『魔法の使い方(上級編)』に載っていなかったかしら?」
そう言われて、俺はベンチに置いておいた『上級編』を手に取って、後ろの索引を開く。
マルチキャスト……マルチキャスト……あった。
本には書かれていないと思っていたけど、ちゃんと載っていたんだな。一応、全てのページには目を通したつもりだったが……。どうやら項目数が多くて、覚えきれていないようだ。
俺は索引で示されているページを開いて、内容に目を通す。
「載ってた?」
「うん」
俺は本を閉じてベンチの上に置くと、ルーナのところへ向かう。
「マルチキャスト、やってみたい」
本に載っていたということは、実現できる、ということだ。もし魔法を二つ同時に行使できれば、できることが大幅に増えるし、魔力切れを簡単に起こせるだろう。
しかし、それに対してルーナは少し難しい顔をする。
「フォル、多重発動は少し難しいわよ」
「そうなの?」
「ええ。なにせ、別々の魔法を同時に使うのよ。かなり練習しないと」
「ママはできるの?」
「昔はできたけど、今はちょっと怪しいわね……。やってみるわ」
ルーナはふぅと息を吐くと、両方の手のひらを地面と平行にする。
そしてムズムズと眉間に皺を寄せて、しばらくそのままの姿勢を保つ。
すると、ルーナの左の手のひらから赤い光、右の手のひらから青い光が、ぼんやりと浮かんだ。
次の瞬間、左手からは炎、右手からは水が噴出した。火系統初級魔法の『ファイヤー』と、水系統初級魔法の『ウォーター』だ。
「ふぅ……よかった、まだできたわ」
「ママすごい!」
ルーナはホッとしたように息を吐いた。
「わたしもできるかな?」
「フォルなら、練習すればきっとできるわ」
「うん!」
というわけで、俺はその日から、二重発動(ダブルキャスト)の練習を始めたのだった。
※
練習開始から一ヶ月。
庭で魔法の練習をしている俺は、腕を地面とまっすぐにして、手のひらを突き出して、二重発動を試みていた。
発動する魔法は、左手が『ファイヤー』、右手が『ウォーター』。一月前にルーナが俺の目の前で実践してみたのと同じ組み合わせだ。
この二つは火系統と水系統の初級魔法で、俺にとって最も発動しやすい魔法の一つだ。これなら、他の魔法で二重発動を行うよりも成功しやすいと思ったのだが。
「うぬぬ…………!」
俺は眉間に皺を作りながら、魔法を使おうとする。すると、左手からは赤い光、右手からは青い光がぼんやりと出てきた。
「頑張って!」
しかし、それまでだった。赤青の光は一瞬にして消え去り、せっかく手に集めていた魔力が霧散していく。
「はぁ……」
「あと少しね、フォル」
「うん……」
何度も練習した結果、俺は二重発動の成功まで、あと一歩のところまでやってきていた。
一番難しいのは、発動する二つの魔法のイメージを、明確に、同時に、別々に浮かべるというところだ。
例えるなら、両方の手にペンを持って、右手と左手で別々の文章を同時に書いていく感じ。
できるとは思うけど、相当練習しないとできない。そんなレベルだ。
もうちょっとなんだけどなぁ……。
「ママ、なにかいいほうほうはない?」
「そうね……」
ルーナは少し考える。
「片方ずつ交互に魔法を発動するのを、だんだん速くしてみるのはどうかしら?」
「……やってみる」
俺はまず、右手から『ウォーター』を発動する。そして、すぐに左手から『ファイヤー』を発動。その次に、なるべく素早く右手から『ウォーター』を再度発動する。
それを繰り返していく。初めの方は、誰が見てもはっきりわかるくらい交互に発動していたが、時間が経つと、だんだん間隔が短くなっていくのがわかった。
「その調子よ」
「うん」
この日は、完全に同時に発動することはできなかったが、かなり間隔を詰めることができた。
※
さらに一月が経過した。
この頃になると、俺はほぼ同時に二つの魔法を交互に発動できるようになった。
早速、ルーナの前で実践してみる。
「じゃあ、やるね」
「ええ」
そして、俺は集中すると、それぞれの手のひらから交互に水と炎を出す。赤と青の魔力の残滓が、高速で点滅し、もはや同時に光っているのではないか、とさえ思えてくる。
一通り魔法を出し終えると、俺はルーナの方を見る。
「もう、ほとんど同時に出しているようにしか見えないわ」
「うん」
「もう二重発動もできるんじゃないかしら」
「やってみる」
彼女の言葉を受けて、俺は集中力を高める。
これまでの練習で、別々の魔法のイメージをほぼ同時に切り替えることができるようになった。これを極限まで加速して、同時発動を実現する──
チカチカと頭の中で明滅するイメージ。その切り替えをどんどん速くして、二つが同時に見えるようになった──よし、今だ!
その瞬間、俺の左手からは炎、右手からは水が、同時に噴出した。
成功……したのか⁉︎ 俺は確認のため、バッとルーナの方を向く。
すると彼女は大きく頷いた。
「二重発動、できてたわよ」
「やったー!」
その瞬間、喜びがとめどなく湧き上がり、俺は思わずガッツポーズをしてしまう。
やっとできた……! ここまで、めちゃくちゃ長い道のりだった……!
しかし、今はまだ、『ファイヤー』と『ウォーター』の組み合わせでできたにすぎない。これを、いろんな魔法の組み合わせでできるようにしたい。
それに、二重までとは言わず、三重、四重と数も増やしていきたい。
魔法を極めるには、まだまだ先が長そうだ。