乾いた風がビュウと吹き、俺の服と髪を揺らす。
目の前に広がるのは、広大な野原。見渡す限り、ほとんど建物は見当たらない。
それを前にして、俺はふぅと一息ついた。
「じゃあ、はじめるね」
「ええ」
俺の隣で、ルーナが頷く。
精霊と契約してから約八ヶ月。ルーナはかつて口にした通り、あの後すぐにバルトと話し合って、新しい魔法の練習場所を用意してくれた。ラドゥルフの街を西に出て、少し進んだところにある野原、つまり俺が今いるこの場所だ。それからは、ここで魔法の練習をするようになった。
庭で練習していた頃より、練習場所までの距離が遠くなったということと、ルーナの仕事が忙しいということもあって、頻度は二、三日に一度になってしまった。しかし、その分大きな魔法を練習できるので、今のところ特に不満はない。
最近の主な練習メニューは、精霊たちを使った魔法の多重発動(マルチキャスト)。今日行うのもそれだ。
俺は自分の体の中の、六つの存在に問いかける。
皆、準備はいい?
『おっけー‼︎』
『勿論です』
『いいっスよー』
『いいよ〜〜』
『妾の出番じゃ!』
『やりましゅよぉ!』
ポンポンと、勢いよく六つの光の玉が俺の体から飛び出す。
そして、精霊たちは俺の体の周りをグルグルと回ると、俺の目の前に一列に並んだ。
「『フロート』」
まずは一つだけ魔法を発動する単発動(シングルキャスト)。浮遊魔法で体を浮かせる。
そして、次に全身に魔力を行き渡らせる、身体強化魔法を発動。これで、二つの異なる魔法が同時に発動している状態、すなわち二重発動(ダブルキャスト)となる。
よし、それじゃあ精霊の皆、やっちゃって!
俺がそう念じた次の瞬間、精霊たちは一斉に野原に向かって、それぞれ魔法を発動する。
『思いっきりいっちゃうよー!』
ルビは勢いよく火の玉を連射する。放たれた火球は放物線を描いて上昇した後落下し、地面に着弾するとボワァッと地面の草を燃やす。
『危ないので消火します』
イアは火の玉が着弾して、燃えているところに水を噴射する。そのおかげで、すぐに火は消し止められていた。
『旋風を起こしちゃうっスよ〜!』
エルは風を発生させる。最初は小さい風だったが、徐々に強くなるとともに風向き一点に集まり、あれよあれよと大きめのつむじ風が誕生した。
『かべをつくっちゃうよ〜〜』
リンは地面から大きな岩の壁を生やした。風の流れを妨害して、つむじ風があまり大きくならないようにしている。
『わはは! やはり妾の光こそ最強ぞ!』
レナは野原の上空に光球をポンポンと打ち出している。光球はある程度の高さまで上がると、弾けながら色を変えて消えていく。その姿はまるで花火のようだった。
『あぁぁ……皆、やりしゅぎなんでりゅよぅ……』
シンは、他の精霊たちが破壊していった自然を回復魔法で蘇らせていく。さすがに変化した地形までは直せないが、焼けこげた草花が一瞬で再生したり、岩壁に植物が生えたりしている。
六体の上位精霊がそれぞれ独立に六つの魔法を使っている。つまり、俺は合計すると八個の魔法を同時に発動する、八重発動(オクタプルキャスト)を実現していたのだ。
「いつ見ても、凄いわね……」
ルーナが感嘆した声を上げる。
俺もまさか、ここまでできるようになるとは思わなかったよ……。
しかし、この八重発動には問題がある。
魔力消費がえげつないのだ。
これまでの練習から、どうやら精霊たちが魔法を発動すると、俺がその魔法を直接発動するよりも魔力消費量が少なく済む、ということがわかった。
だが、いくら少ない魔力消費量で済むといえども、六体が同時に魔法を使っていたら、流石に魔力消費量はデカくなる。現に、俺の魔力量はゴリゴリと削られていた。
今の俺の魔力量では、せいぜい三十秒が限界だ。
そろそろ限界かな……。なんだか頭が痛くなってきた……。
ズキズキとしてきたところで、俺は自分にかけた浮遊魔法と身体強化魔法を解除する。そして、精霊たちに呼びかけた。
皆、魔法を撃つのをやめて、戻ってきて!
『はーい!』
『お疲れ様でした』
『うぃ〜っス』
『今日もいっぱい魔法使った〜〜』
『妾が一番目立ってたじゃろ!』
『はぁ……皆破壊しすぎでしゅよ……』
口々にそう言いながら、精霊たちは俺の体の中にスポスポと戻っていく。
そして、地面に着地した俺は、思わず膝と手をついた。
「大丈夫、フォル……?」
「ちょっと……まりょくぎれ……」
今回はかなりギリギリまで攻めたから、だいぶ気分が悪い。
「少し休みましょうか」
俺はその場に寝っ転がって、呼吸を整えつつ、空を見上げた。
ちなみに、俺が魔力切れになったとしても、精霊たちはある程度の時間内なら、自分を維持することができるらしい。いざとなったら、外部から魔力を吸収するのだそうだ。
そういえば、俺の魔力量って、今のでどれくらい増えたんだろう?
『魔力量は、『ウォーター』の最低消費量が十っていう基準だったっスよね?』
その通り。
『そうっスね……。さっきウチらが魔法を使う前と比べると、だいたい十くらい増えてるっスね』
嘘だろ⁉ 十も増えてるの⁉ たった一回の魔力切れだけで⁉
精霊と契約する以前は一回魔力切れを起こしても、多くて三くらいしか増えなかったのに……それが一気に十って……。
きっと、精霊たちが何らかの形で原因に絡んでいるのだろう。
「ふぅ……」
「大丈夫、フォル?」
「うん。だいぶよくなった」
しばらく休んでいると、だいぶ気分が良くなった。俺は立ち上がると、服についた土や葉を払う。
今日の魔法の練習は終わりだ。俺はルーナと一緒に街へ戻る。
いつもなら一直線に家に戻るところだが、今日はその前に寄るところがある。
ハンターギルドだ。
来るのは前回のクエストを受けて以来だ。その時と変わらず、武器を持った人ハンターが大勢出入りしていて、とても賑わっている様子だった。
早速俺たちは建物の中に入ると、カウンターへ行く。
「お疲れさまです。どのようなご用でしょうか?」
受付嬢がにこやかに挨拶をする。そういえば、カウンター越しに受付嬢の顔が見えるようになったな。今までは背が低くて見えなかったのだが。成長を感じる。
さて、魔力量はどのくらいまで増えているかな……。
「まりょくそくてい、おねがいします」
俺は背伸びをして、カウンターの上に自分のギルドカードを置く。その横に、ルーナが小銀貨一枚を置いた。
「かしこまりました。それでは、こちらに手を広げて置いてください」
ルーナが俺を抱っこして、体の位置を上げてくれる。そして、俺はカウンターに置かれた機械に、右手を広げて触れた。
「そのまま、しばらくお待ちください」
機械が一瞬光った後、受付嬢が手元に目を落とす。そして、紙に文字を書き始めた。書き始める直前、一瞬動作が止まったように見えたのは気のせいだろうか?
とにかく、いったいどのくらいの数値だったんだろう……。
「こちらが結果です」
そして、カウンターの上に紙が出される。そこに書いてあった数値は……。
「五千八百七十七……⁉︎」
ルーナが隣でビックリしたような声を出す。
『五千八百七十七‼ すごーい‼』
『こんなに増えていたのですね』
『練習したかいがあったっスねー』
『ヤ~~バ~~い~~』
『妾のおかげじゃな!』
『ボクも手伝いましたよぅ……』
精霊たちも口々にそう感想を漏らす。
二年前に測った時は、三千弱くらいだったはずだ。それに比べて、およそ二倍。魔力消費量二千五百の上級魔法『バースト』を二回ぶっ放しても、まだお釣りが来る。
魔法の練習の頻度は減ったけど、精霊たちと契約してパワーアップしたからだろう。
「とんでもないことになっているわね……」
ルーナがそうぼやく。
魔力量なんて、いくらあっても損はないと思うぞ!
とにかく、この調子で魔法の練習を続けていこう。
そして、俺たちはギルドを後にしたのだった。
※
「ところで、最近剣術の練習はしているのかしら?」
「ううん」
帰り道。ルーナと手を繋いで歩いていると、彼女が話を振ってきた。
「シャルがいないから、あまりできてない」
「一人ではやらないのかしら?」
「シャルとやったほうがいいから」
ここ一年で、シャルの生活スタイルは大幅に変化した。
以前はずっと家でゴロゴロしているか、俺の剣術の指導をしているかの二択だった。しかし、ちょうどクエストの後くらいから、数日に一度ほどしか家に帰ってこないような生活に切り替わった。
ルーナに聞いたところ、どうやら、その頃からシャルは剣術の指導の仕事を始めたらしい。
それも、『テクラス』という王国の北部にある街で、ほぼ住み込みのような状態で働いているようだ。
ともかく、シャルがいない状況下では、剣術の練習にも身が入らない。一応、体力作りはルーティーンとしてこなしているが、実践練習はできないし、クエストの受注も禁止されてしまったので、魔物相手に戦うこともできない。
また、精霊たちと契約したことで、俺自身の脳のリソースが魔法の方に多く振り分けられてしまっている。そういうわけで、剣術の練習にはあまり身が入らない状況となってしまっていた。
久しぶりに剣術の練習もしようかな……。
そんな考えに至ったところで、ちょうど自宅に到着。門を潜って庭を通り抜け、玄関からリビングへ向かう。
「お姉ちゃん、フォル、おかえりー! ちょっと遅かったね!」
すると、リビングにはシャルがいた。噂をすればなんとやら。久しぶりに家に帰ってきていたようだ。
「ただいま。フォルの魔力測定に行っていたのよ」
「へー、どうだった?」
「ごせんはっぴゃく、ななじゅうななだった」
ふふん、と俺が笑うと、シャルが目を見開く。
「そ、そんなに上がったの⁉︎ おっそろしい〜」
「へへっ」
「なんか精霊と契約してから、だんだん人間離れしてきているよね、フォルは……」
「本当にそうね。それにしても、シャルが家に帰ってくるなんて、久しぶりね」
「んーまあ、そうだね。……っていうか、今日は大事な報告があって帰ってきたんだよ!」
「ほうこく?」
「うん! もうすぐパパが帰ってくると思うんだけど、全員揃ったら言うね」
浮かれた表情でシャルはそう言った。
いったい何の報告なんだろう? 何やら良い報告っぽいが……。
「ただいま」
そう思っていると、ちょうどバルトが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「お、シャルが帰ってきているのか」
「うん、ただいま!」
「そういえば、フォルの魔力測定はどうだった?」
「五千八百七十七だったわ」
「ごせ……ううむ、そこまで上がっていたとは……。将来とんでもないことになりそうだな……」
バルトはルーナと同じ反応をする。
で、シャルの報告っていうのは? そう思っていたら、シャルが口を開いた。
「あのね、実は皆に報告があるんだけど」
「報告? なんだ?」
そして、シャルは俺たち三人の前で、ニコニコと笑顔を浮かべ、宣った。
「わたし、結婚することになりました‼」