それから俺たちは、ほぼ毎日模擬戦をしていた。
この前のようにやりすぎることは無かったが、それでも毎回の試合が、とてもヒリヒリと白熱したものになった。
前世で七之宮と練習していたときは、同じ流派同士で戦っていた。しかし、シャルとの対決は、全く異なる流派との対決ということで、俺にとって大きな刺激になっている。
この数十試合で、俺は着実に進歩していた。
今では、シャルと十回戦ったら一回くらい取れるようになっている。
初めてシャルを打ち負かした時の、シャルのあの表情は格別だった。
そのときは、しばらく自分でも『勝った』という実感がわかなかったもんね。
そして何も進歩しているのは俺だけではない。シャルも俺と同様に、進歩しつつある。
なんでも、ラドゥルフ周辺には、シャルと同等レベルの剣の使い手があまりいないらしく、バルトの仕事が忙しくなってからは、ずっと一人で練習をしていたらしい。
そこへ、俺という、互角に戦うことができるかもしれない人物が現れたことで、シャルの成長が再開したのだった。
今日も模擬戦を終えると、シャルが話しかけてくる。
「ねえ、フォル」
「ん?」
「そろそろ四歳だよね?」
「もうすぎた」
「えっ」
「はんとしまえだよ? いま、もうあきじゃん」
「あはは……そうだった……」
シャルはごまかすように笑う。おい、俺の誕生日、覚えてないのかよ! 最初に俺の体を抱えてくれたのはシャルだってこと、こっちはいまだに脳裏に焼きついているのに……。
「それで、わたしのたんじょうびがどうしたの?」
「……ちょっと遅れたけど、真剣をプレゼントしようかな~って」
「え! ほしい‼」
俺は即答する。
本物の刀‼ 前世では、道場でちょっと触るくらいで、それを街中に持っていったり、ましてやそれで戦ったりといったことはできなかった。
しかし、この世界では違う。実際に持っていっても法律違反にはならないし、なんなら魔物とかいう、戦う対象だっている。
まさに願ってもない申し出だった。
「ほら、この前はフォルが自分のお金で自分の木刀を作ったでしょ? あの時は何もしてあげられなくて、ちょっとモヤモヤしていたんだ。だから、今回は師匠として、フォルがもっと剣が上手くなるように、プレゼントしてあげたいなって」
「ぜひおねがいします!」
「わかった。あとでお姉ちゃんとパパに相談してみるね」
「ねね、ね」
「ん?」
「いつつくりにいくの? きょう? あした? あさって?」
「気が早いな〜。今日はさすがに無理だけど……。明日は空いているから……明日にしよっか。お姉ちゃんとパパの返答次第だけど」
「やったー‼」
自分だけの刀を作ってもらえる。
これで、この世界に『刀』が誕生するのだ。こんなの、テンションが上がらないわけがない!
興奮しすぎて、今夜は眠れなさそうだ。
※
翌日。俺とシャルは、ラドゥルフの街並みに足を踏み入れていた。
結論、ルーナとバルトは、俺の刀を作ることを許してくれた。
不許可にならないかな、と少し心配だったが、それは杞憂だった。『いいよ』と二人とも案外あっさりと承諾し、お金を出してくれたのだ。
というわけで、俺はシャルと一緒に、シャルがお世話になっているという鍛冶屋のところへ向かっているのだった。
そういえば、俺が外出するのは、木刀の材料を買いに行った時以来だ。
模擬戦に夢中で意識していなかったけど、街に出るのって結構久しぶりなんだな。
俺は手を繋いだシャルを見上げる。
「ねえ、シャル」
「ん?」
「まだつかない?」
「もうすぐだよ。鍛冶屋は逃げないから、慌てないでよ」
それはわかっているけど、この興奮した気持ちが抑えられないんだよ!
俺たちはラドゥルフの商店街に入ると、前回のように右へ左へと入り組んだ道を進んでいく。
そして、目的地にたどり着いた。
目の前の建物は、前回訪ねた武具屋のような、幅の狭い石造りの建物だった。
「待って、フォル」
早く入ろうと扉に手をかけた俺を、シャルが静止する。
「フォル。よく聞いてほしい」
「……うん」
なんだ急に。シャルが真面目になったぞ。
「この店の店主は、人間とは少し違うんだ」
「う、うん」
人間とは違う? まさか、人間じゃないってこと?
「だからといって、差別してはいけない」
「う、うん……」
「変なこととか言ったら、刀剣はもう絶対に作らないから。いい?」
「うん」
ここの店主は、何かの異形の生物なのだろうか? ちょっと怖い……。
でも、シャルの剣を作ってもらっていることだし、きっと腕は確かなのだろう。
そして、シャルが木製のドアに触れる。
きしんだ音を立てながら、ドアはゆっくりと開いた。カランコロンとドアベルが鳴る。
「いらっしゃいあせー!」
俺たちが一歩店に足を踏み入れると同時に、店の奥から声が飛んできた。そして、ドスドスと重そうな足音がこちらに向かってくる。
俺たちの目の前に現れたのは、ひげもじゃのおっさんだった。頭にはバンダナを巻いていて、ギョロッとした目をこちらへ向いている。手には槌を持っていて、今まさに作業を中断してこちらへ来たかのような格好だった。年齢はだいたい四十代から五十代くらいだろう。
そして、何より特徴的なのはその身長だ。俺の背丈より少し高いくらい、といったところか。シャルからすれば、胸のちょうど下くらいである。一メートル少しくらいの低身長だ。
これは……。あまりにも前世で語られていたイメージと一致している。
彼はシャルを見て、意外そうな顔で話し始めた。
「おお、シャルゼリーナ様、お久しぶりで!」
「久しぶり、ダイン」
「して、こちらは?」
「わたしの姉の娘のフォルゼリーナだよ」
「ほほう、これはこれは」
彼は目を細めて俺を見ると、俺の方を向いて挨拶をした。
「初めまして、ドワーフのダインと申します。シャルゼリーナ様や、バルト様にはいつも贔屓にしてもらってます。どうぞ、よろしく」
俺が連れてこられたのは、ドワーフの鍛冶屋だった。
「それで、今日はどのような御用で?」
「確かこの店は、オーダーメイドもやっていたよね?」
「はい、勿論で! なんなりとお申し付けください」
「じゃあ、フォル」
「ん」
俺は頷くと、ダインさんの前へと出る。
「オーダーメイドでつくってほしいものがあります」
「ほう、フォルゼリーナ様の武器で?」
「うん」
ダインさんは少し意外そうな表情をすると、すぐにまた元の職人の顔に戻った。
「では、どのようなものにしたいか、特徴をできる限り詳しく教えてくださいませ」
「ええと……」
俺は、役に立つかもしれない、と昨日自作しておいた図を見せながら、『刀』の大きさ、刃渡り、意匠などを、細部まで説明した。
幸いにも、ダインさんは『刀』という概念を理解してくれたようだ。
「ほう……『カタナ』とは変わった剣ですなぁ」
「そうだよね〜。フォルってば、これを自分で思いついたんだって」
「それは凄いことで。発明家気質なのかもしれませんなぁ」
「……これににたけんは、いままでにきいたことはありますか?」
「うーむ……。確か東の方の武器に、少しこれに形が近い剣はありますが……完全に特徴が一致しているものは見たことないですなぁ」
「そっか……」
「それにしても、この図はとてもよくできていますな。よろしければ、これを基につくりたいので、しばしお預かりしてもよろしいで?」
「うん、わかった」
ダインさんは俺の図をじっくり見つめる。
「ところで、刀身には何の金属を使いますか?」
「えっと……」
一番の問題はそれだ。
俺はこの世界に存在する金属を、よく知らない。
前世だったら、基本的に刀身は鉄でできているので、悩まなくて済む。
しかし、この世界には魔法がある。
俺は魔法が得意だ。
だから、その魔法も何らかの形で刀に関わらせたい!
そのためには、この世界のどんな材料で作れば良いのか。それが、素人の俺には全くわからなかった。
「幻想金属でも安くしておきますぞ!」
「ゲンソウキンゾク?」
「おや、幻想金属はご存じないので?」
「うん」
多分、何らかの特殊な性質を持っている金属のことなのだろう。
絶対に前世には存在しないものだと思う。
「幻想金属とは、オリハルコン、ミスリル、ヒヒイロカネのことでして、それぞれ『魔金』、『魔銀』、『魔鉄』とも呼ばれてますな」
「へぇ」
「どの種類も、魔力を含んでおりまして。まあ、魔水晶の金属版、上位互換っていうやつで」
「へえ~」
「まず、魔金と呼ばれるオリハルコンは──」
ここから、ダインさんの長く饒舌な説明が始まった。俺は、しばらく彼の説明に耳を傾けていたが、途中からついていけなくなってしまった。
それにしても、この店って面白そうなものがたくさん置いてあるなあ……。
俺は視線だけを動かして、キョロキョロと店内を見回す。
たくさんの剣や武器、更には金属製の小物まで揃えていて、鍛冶屋と言うよりも、金属の何でも屋、というイメージがしっくりくる。
「──ミスリルはですね、魔銀と呼ばれていまして、これは結構有名な金属で。この金属は魔力の伝導性が良いという特徴がありまして、高級な魔道具の魔法陣はこれで描かれているんですぞ! ただし、ミスリル単体の産出量は極めて少なくて、そのためかなり高い値段になってしまうので、一般的にはミスリルにその伝導性が落ちない程度に添加物を加えて──」
ダインさんはもはや、俺のことすら見ずに、べらべらと延々と説明をしている。
よくそんなに話が続くなあホントに……。
俺がもし目の前から立ち去っても気付かずに話を続けそうだ。
そういえば、シャルは?
さっきから誰かの姿がないと思っていたが。いつの間にかどこかに行ってしまったようだ。
俺はいまだにべらべらとしゃべり続けているダインさんから目を逸らして、シャルの姿を探す。
すると、案外すぐにシャルの姿は見つかった。
金属製の小物のコーナーの前に立ち止まって、じっくりと商品を見ている。
俺が視線を送り続けていると、シャルが気付いて戻ってきた。そして、小声で聞いてくる。
「どうしたの?」
「ダインさんのまえにいなくていいの?」
「……ダインは一度話し出すとものすごく長くなるからね……。目の前に誰がいようがいまいがお構いなしだよ。だから、あれはもう放っておくしかないんだよ」
「まあ、たしかに……」
ここにきても、いまだにダインさんの説明の声は聞こえる。
マジで話長いな……。もし前世で校長先生をやっていたら、朝礼にて全員貧血でノックアウトしてしまいそうだ。
すると、シャルが突然気をつけの姿勢をして、ダインさんの方を向いた。何かと思って、俺も彼の方を向く。
「──まあ、そんな特徴があるわけなんですわ。どうです、分かりました?」
「はいっ! 超わかりやすかったですっ!」
即座に敬礼の姿勢をしたシャルが背後から返事をする。
その返事にダインさんはガハハと笑った。
「では改めて……。どの幻想金属を使いますかな?」
「えっと……まりょくをつかうと、なにかとくちょうがあらわれるきんぞくがいいので……」
俺はダインさんの説明を全く聞いていなかったので、どの幻想金属が適しているかなんてわからない。
っていうか、いつの間にか幻想金属を使う前提になっているし。
魔法を活かせそうな素材だったら、なんでもいいのだが。
「魔力を注ぎ込むだけで発動するものですか?」
「うん」
「でしたら、ミスリルで刀身に魔法陣を刻むより、いっそのことヒヒイロカネそのもので刀身を作った方がいいかと」
「ヒヒイロカネでつくると、どうなりますか?」
「ヒヒイロカネはさっき説明したとおり、硬くてしなりのある幻想金属で、その最大の特徴は、魔力を注ぐと発熱することで。魔力を注げば注ぐほど、温度は上がっていきます。もし、大量の魔力を注げば、鉄でも一瞬で両断できますぞ!」
「なるほど……はつねつしたときに、かたながぐにゃぐにゃになったりは」
「しませんな。そこがヒヒイロカネの不思議なところなんですわ。いかがなさいますか?」
「じゃあそれで」
魔力量が多い俺にぴったりな性質じゃないか。しかも、俺の出した『硬くてよくしなる』っていう条件を満たしているし。
じゃあ、これで作るしかないでしょ!
「だったら、柄の部分に耐熱処理をした方がいいですな」
確かにそれをしないと、柄が熱で溶けてしまうからな。
「あと、とうしんに『ウィンド』のまほうじんって、きざめますか?」
「ええ、勿論で!」
日本刀で人を斬ると、すぐに切れ味が悪くなるという。
それは、人間の血や肉片が刃の部分に付くからだ。
そういったことが無いように、物を斬った後は『ウィンド』で綺麗にして、切れ味を保ちたい。
本当は『ウォーター』で綺麗にしたいのだが、刀身が発熱していると水蒸気で大変なことになりそうだからな。
「では以上でよろしいで?」
「あ、あと、かたなをまもるための、さやもください」
「ああ、確かに鞘も必要ですなぁ」
「さやのこうぞうも、せつめいしてもいいですか?」
「もちろんですぞ!」
この西洋剣術が発達している世界では、鞘というと、剣の刃が鞘に触れ合うものをイメージするだろう。
しかし、刀は違う。
鞘に入れた状態だと、刀の刃の部分には鞘が密着せずに、その反対側の峰にだけ触れているのだ。
鞘については、図を用意するのを完全に忘れていて、ダインさんに渡した刀の図を用いて説明することになった。
それでも、ダインさんは俺の説明で理解してくれたようだ。
「こんどこそ、これでぜんぶです」
「かしこまりました。それでは、代金ですが……」
「あ、わたしが払うよ」
「では、シャルゼリーナ様、こちらへ」
そう言って、ダインさんとシャルは店の奥のカウンターまで進み、支払いをする。
支払いを終えて、戻ってきたシャルは、めちゃくちゃ渋い顔をしていた。
「こ、こんなにかかるとは……」
「その分、最高のものを仕上げますぞ! 完成までは……そうですなぁ、一月ほどいただきますが、よろしいで?」
「わかりました!」
こうして、俺たちはダインさんの店を後にしたのだった。
あー! 今から一月後が待ちきれない!