「……ル、……!、…………フォル!」
そんな声とともに、俺の体が激しく揺さぶられる。
俺は重い瞼をゆっくり開く。
目の前にいる人物に焦点が合わず、ぼやけていて誰なのかも判別不可能だ。
「フォル⁉︎ …………よかった、起きた!」
次第に俺の視界がクリアになり、目の前の人物が徐々に判別できるようになる。
そこにいたのは、さっきから俺に呼びかけていた声の主、シャルだった。
「わぷっ」
思いっきり抱き着かれて、俺の喉から変な声が出た。
……ルーナに比べて息苦しくないな。
いや、なんで俺はこんなことを考えているんだろう? 俺は今、自分でも不思議なくらい冷静だった。
「頭とか、体とか痛くない?」
「うん……。だいじょうぶ」
「ほんとに?」
「うん」
「そ、それならよかったぁ……」
シャルは安心したような、それでいて少し疲れたような表情を見せた。
「ごめんね、手加減できなくて……つい本気を出して、身体強化魔法まで使っちゃった」
「ううん」
むしろ、シャルが手加減なしに戦ってくれたということは、それだけ俺の剣の技術がシャルに肉薄していた、ということを意味している。
結局は負けてしまったが、これで、俺の今の実力も大体把握できた。それに、大した怪我もなさそうだし、結果オーライだ。
「とにかく無事でよかったよ」
そう言って、シャルは俺を放すと立ち上がり、自分の木剣を拾い上げた。
俺もシャルに続いて立ち上がろうとするが、全身を襲う倦怠感と頭痛でなかなか起き上がれない。
やっぱり、魔力切れになるまで魔力を使い切ったからかな……。本当に全力を出し切った感じがして、清々しい気分になる。
なんとかゆっくりと起き上がると、俺は近くに転がっていた木刀を手に取る。
その瞬間、腕全体に伝わるずっしりとした感覚。
こんなに重いものを、俺はさっきまで振るっていたんだ……。
やっぱり、魔法って偉大だな。
今の身体強化魔法無しの俺では、持ち上げることが精いっぱいで、振るうことなんて到底できそうにない。
「フォル、聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「正直に答えてほしい。それ、どこの流派?」
「……」
ついにこの質問が来たか。いつかは聞かれると思っていた。
そりゃ当然だろう。フローズウェイ流剣術しか教えていないのに、ある日突然『木刀』とかいう見慣れないものを作って、訳のわからない剣術を練習しだしたのだから。しかも、先程手合わせをしてみたら、思わず本気を出してしまうほどの完成度の高さ。実用的ではない遊びの剣術とは、確実に違う。きっとシャルには、俺がそう映っているだろう。
このときが来ることに備えて、あらかじめ、俺はどう答えるべきか考えていた。
ここで正直に答えた場合、話の流れ上、ほぼ確実に俺が転生者であることをバラすことになる。
しかし、できるだけそれは避けたい。なぜなら、俺が転生者だと相手に信じさせることは、とても困難だからだ。
おそらくは、子供の世迷い言だと捉えられるだろう。そして、それが真実であるにもかかわらず、本当のことを言うように催促されるかもしれない。
それに、俺が転生者であるという客観的な証拠は一切ない。
また、可能性は低いが、転生者であると明かした場合のリスクもある。例えば、この国には転生者を忌避する習慣や宗教がある、とか。
ということは、それっぽい嘘をつくことになる。
真っ先に思いついたのは、バルトの書斎にあった本で独学で学んだ、という言い訳だ。外部からの情報源として俺が手に入れられるのは、基本的にバルトの本しかないから、信用されるだろう。
しかし、これも却下だ。なぜなら、俺が確認した限りバルトの書斎に、そのような本は無いからだ。そのため、もし相手が俺の話を間に受けて、バルトの書斎を探したり、バルト本人に聞き込みを行ったら、すぐにバレてしまう。
とすれば、相手が信じるような筋の通った他の理由は、これくらいしか考えられない。
「なまえはない」
「……名前は無い? どういうこと?」
「じぶんでかんがえた」
俺が考えたことにしてしまえばいい。
誰も俺の頭の中を覗けないのだから、嘘をついている証明ができるわけがない。
デメリットとしては、少し、いや、かなり言い訳が苦しいってところか……。剣術未経験が考えたにしては、シャルに本気を出させるほど強いからな……。
「……じゃあ『刀』という木剣については? あれは何で知っていたの?」
「このりゅうはにあうものをかんがえたら、そのかたちをおもいついた」
本当に苦しい。
恐る恐るシャルの表情を見るが、『こいつ嘘ついてるな』と思っている感じはしない。
「じゃあ、技とか足捌きも?」
「うん、うまいやりかたをおもいついたから」
俺の手柄ということにしてしまってマジで申し訳ない、七之宮! 許してくれ!
シャルは俺の言い訳を聞き終えると、ほぅ、と息を吐いて。
「……まあ、フォルは天才だから、剣術を自分で開発してもおかしくないか」
一応、納得してくれたみたいだ。天才って、ちょっと俺のことを買い被りすぎだと思うけど……。まあ、今はそれがプラスに働いているみたいだから、ツッコまないでおこう。
ギュリュギュリュギュル~
次の瞬間、俺のお腹が盛大に鳴る。
今日は盛大に動いたから、消化器官の中がもう空っぽだ。
シャルが窓の外の、赤く染まった空を見ながら呟く。
「今日はもうおしまいにしよっか」
「うん」
俺たちは道具を片付けると、母屋へ向かう。
こうして、シャルとの初めての手合わせは終わったのだった。