翌日。旅行気分はすっかり抜け、俺は日常に回帰しつつあった。
しかし、今回の旅行の余波は、俺を以前の日常には返さないといわんばかりに、思いもよらぬ一撃を最後に繰り出してきた。
「フォル」
「なに?」
ソファーに寝転がり、『魔法の使い方(中級編)』を読んでいると、バルトが俺を呼ぶ。
「実は、フォルへのプレゼントを預かっているんだ」
「プレゼント?」
俺は本を閉じると、ソファーから降りて立ち上がった。
「だれから?」
「今回はなんと、二人からだ」
「ふたりも!」
「しかも、どちらも凄い人だ!」
「え!」
めちゃくちゃハードル上げるじゃん! バルトがそこまで言うのなら、期待していいんだな⁉︎
「私も気になるわ」
家事をしていたルーナも、皿を持ったままそれを拭く手を止める。
すると、バルトはまず一冊の本を差し出した。
「まずは、これだ」
「……じょうきゅうへんだ!」
俺は題名を理解した瞬間、思わず叫んでしまった。
俺が手に取ったのは、『魔法の使い方(上級編)』。今さっき読んでいた『魔法の使い方(中級編)』の、紛れもない続編だ。
中級編は旅行中に読破してしまったので、今読み返していたところなのだが、まさか続編が手元に来るとは!
まさに、俺の思考を読んでいるかのようなプレゼントだった。
「やったー!」
「それは、誰からのプレゼントなのかしら?」
「……国王陛下だ」
「……今、なんて?」
「国王陛下、直々のプレゼントだ」
「「えええええ⁉︎」」
ビックリするほど綺麗にハモった。直後、キッチンからガチャーン! と皿が割れる音が響く。
「あーっ!」
ルーナの姿がカウンターの上から消える。
もし俺がルーナだったら、同じように皿を割ってしまっただろう。それくらい、俺もルーナも動揺していた。
だって、いくら凄い人といえど、まさか国王陛下の名前が出てくるとは思わないじゃん!
というか、なんで国王陛下は俺に贈ってくれたんだ⁉︎ 直接話したこともないのに……。
俺にとっては、パーティーのときに、壇上にいるのを目撃しただけだし、向こうからすれば、自分が主催したパーティーの参加者の一人にすぎない。それを踏まえるとますます不思議に思えてくる。
「なんで、こくおうへいかが、わたしにこのほんをくれたの?」
「……フォルは、パーティー会場で、魔法を使って結界を破っただろう?」
「……」
俺はそっと目を逸らした。
「え、そうなの、フォル⁉︎」
「……ごめんなさい」
叱られると思って、咄嗟に謝罪の言葉が出る。あの時は俺の仕業ってことはオルドー翁にしかバレていなかったはずだが、結局バルトにも伝わっていたようだ。
バツが悪くなって黙っていると、バルトがため息をつく。
「……まあ、結界を破ったことについて、今更フォルを叱る気はない。魔法を使うのはダメだと説明していなかった、俺に落ち度がある。それに、フォルはシャルを助けようとして魔法を使ったんだろう?」
「……うん」
「国王陛下からも『気にすることはない』というお言葉をいただいている。ただ、次からは気をつけるんだぞ」
「……わかった」
叱られなくてよかった……。俺はホッと一息つく。
「それにしても、まさか王城の部屋の結界を破るなんて……。フォルが、そこまで魔法を使えるようになっていたなんて思わなかったわ」
「うむ。魔法の才能は卓越している。それを、国王陛下も感じたのだろうな」
「だから、このほんをくれたの?」
「ああ。パーティーの次の日に呼ばれて、いろいろ聞かれてな……。それで、魔法についての本をプレゼントするとおっしゃったから、それをリクエストしたんだ」
本を選んだのはバルトだったのか。どうりで、俺の読みたかった本をくれたわけだ。
「すごいわね……国王陛下にも期待されているということね」
「そんなフォルの才能をどれだけ伸ばせるかは、指導するルーナの腕にもかかっているぞ」
「やめてよ……責任重大じゃない」
それにしても、国王陛下からとは……。俺は改めて本の表紙を見る。今にも、パーティーで聞こえたあの声色で、『これからも、魔法の鍛錬に励むように』と聞こえてきそうだ。
「プレゼントはもう一つある」
次にバルトが差し出したのは、封書だった。
さっきと比べて随分小さいプレゼントだ。俺はそれを受け取ると、開封する。
「あ」
開封したそばから、床に落としてしまう。すると、中から紙が二枚中からはみ出した。
俺はそれらを拾い、確認する。一枚はとても質の良いしっかりとした紙で、もう一つはペラペラの紙だ。
「何が入っていたんだ?」
「てがみと……もうひとつはわかんない」
まずは手紙の方から読むことにした。達筆な手書きの文字で何やら書かれている。俺はバルトやルーナに聞こえるように、音読する。
「『フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ殿
残暑が厳しい日が続いていますが、いかがお過ごしですか。
先日のパーティーでは、貴殿の素晴らしい魔法の才能に深く感銘を受けました。その年齢で凄まじい魔力、そして魔法の才能を持っている人を見るのは、私の人生でも初めてのことです。
貴殿の魔法の力を最大限に伸ばすためには、適切な指導と環境が不可欠です。私が学園長を務める王立学園は、まさに貴殿が魔法を鍛えるに相応しい環境を用意しています。
貴殿のような有望な才能を見逃すわけにはいかないと考え、特別に推薦状を同封しています。もし貴殿が王立学園で学ぶ意思を固めた暁には、入学試験の際にこの推薦状を持参してください。
貴殿の成就を心より期待しています。何か質問等があれば遠慮なくお知らせください。
魔法による輝かしい未来を共に築くことを楽しみにしています。
敬具
王立学園 学園長 子爵 オルドー・リヒト・メサウス』」
続いて、俺はもう一枚の紙を広げる。しっかりした紙には、賞状のように装飾がなされていて、中央上にはどデカく『推薦状』と書かれていた。
『オルドー・リヒト・メサウス は フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ を王立学園 魔法 科に推薦する』
その下には、フォーマットに則って、名前と学科のところが先ほどと同じ文体で書き込まれていた。オルドー翁のサインもある。
あの人、本気で俺に王立学園へ入ってほしいんだな……。
パーティーの時は、決めきれずに返事を濁してしまったが、改めて考えてみると、やはり魅力的な提案だ。
王立学園というくらいだから、国が運営する学校だろうし、『王国の賢者』とも呼ばれている人が学園長をやっているのだ。教育レベルは高いだろう。
もし学園に入れば、魔法をルーナに教えてもらっていたり、本で独学している現状が、大きく変わるだろう。いろんな魔法使いから教わることで、魔法をより深く学べるかもしれない。
ただ、そうはいっても俺はまだ三歳の子供にすぎない。パーティーで言ったように、バルトとルーナが許してくれるかどうか……。
そう思って二人を見ると。
「すごいじゃない、フォル!」
「まさか、王立学園への推薦状が貰えるとは……」
……もしかして、二人とも、俺が王立学園へ入ることには肯定的なのか?
とりあえず、二人には王立学園について説明してもらおう。
「おうりつがくえんって、そんなにすごいの?」
「ああ。この国にある唯一の総合教育を行う王立学校だ。身分を問わない実力制の入試を行なっている。だから、真の実力者しか入学できない難関校なんだ」
「へぇ」
どうやら俺のイメージ通り、難関校のようだ。
「しかし、推薦なんてあったか? ルーナ」
「そうね……私は普通に受けたけど、学年に何人かいたような気はするわ。でも、推薦といえども入試は全部免除されていなかったと思う。免除されるのは二次試験だけじゃないかしら」
「……ママはおうりつがくえんをうけたの?」
「ええ。私はそこの魔法科の卒業生よ」
ルーナの母校だったのか! どうりで内部事情に詳しいわけだ。
「……フォルは王立学園に行きたいの?」
「うん」
俺が頷くと、ルーナは微笑んだ。
「なら、魔法の練習を続けなくちゃね。それに、お勉強も頑張らないと」
「うん!」
これは了承がとれた、ということでいいんだな?
よーし、六歳になったら、王立学園に入学して、魔法を学ぶぞ!
当分の目標が定まった俺は、早速、国王陛下から貰った『魔法の使い方(上級編)』を読み始めるのだった。