パーティーが始まった。
とはいえ、俺はいったい何をすれば良いんだ? バルトのように話せる家族以外の他人はいないし……。やっぱり、あれを食べるくらいしか、やれることはないのか?
俺は、近くの子供用のテーブルに乗っている料理を見つめる。
普段は食べられないような美味しそうな料理が、山ほど用意されている。本当に美味しそうだ。見ているだけで口の中に唾液が出てくる。
辺りを見回すと、大人たちは次々と奥の長テーブルの方へ向かっていた。それぞれが皿を取って、自分の分の料理を取っていく。
そして、料理を取り終わった人は、その場で食べたり、近くのテーブルに一旦それを置いて、会話の続きをしたりしている。
今回のパーティーは、どうやら立食形式のようだ。
前世でも体験したことのない形式のパーティーだ。そもそもこういうパーティー自体参加する機会は無かったけど。
しかし、焦る必要はまったくない。このパーティーがこの形式であることは、事前にバルトから聞いていたし、作法もバッチリ教えてもらっているからだ。
……だが、バルトに教えてもらった作法を披露する機会は、俺にはなさそうだ。
なぜなら、子供用のテーブルには、お皿と料理、そして座席が用意されていたからだ。会場にいる子供の人数からして、全員が座って食べられるだろう。
きっと、大人に混じって料理を取ったり、大人と同じように立ちながら食べるのは、子供には難しい、と運営が判断したからだだろう。実際、バイキングのテーブルの高さ的に、俺も無理だと感じていた。
「シャル」
すると、向こうからバルトがやってきた。手には料理の乗った皿。
「パ……お父様! どうし……どうされましたのですわ?」
シャルがすんごい変な口調でバルトに尋ねるものだから、思わず吹き出しそうになった。
対照的に、バルトは顔色ひとつ変えずに、シャルに話しかける。
「言い忘れていたが、シャルは、フォルからできるだけ目を離さないでいてくれるか? 俺もなるべく気にかけるようにはするが」
「わかっ……りましたのですわ、お父様」
「フォルも、なにかあったら、すぐにシャルか俺、もしくはジンク君やアリーシャちゃんに言うんだぞ」
「うん」
「よろしくな」
そう言い残して、バルトは再び会話の輪の中に戻っていった。
ちょうどその時、ぐぅうううう〜、とお腹のなる音。音源は俺の腹だ。周りにも聞こえるような音量だったので、ちょっと恥ずかしい。
「フォル、食べに行ってきなよ。料理、たくさんあるんだし」
「うん、わかった」
俺はシャルに促されるまま、近くの子供用テーブルへ向かった。
子供用テーブルは、まだ空席は目立つものの、ちらほらと席について食べ始める子供が現れ始めていた。この場にいる子供たちの年齢は、一番上でも十歳くらいまでだろうか。最年少は、きっと俺だ。
とりあえず、両隣に誰もいない席を確保。お皿を取って、適当に料理を盛り付ける。
柔らかそうなパンを二切れと、黄色いスープ、サラダ、そして何かの肉。どれも本当に美味しそうだ。
「うまそー!」
すると、俺の隣に男子が着席した。年齢は俺よりも上だが、そんなに離れているようには見えない。五歳か六歳くらいだろう。
彼は、大きな音を立てて乱暴に椅子に座ると、身を乗り出して、料理をガバッと皿に盛り付けていく。
そして、山盛りになった皿を自分の前に置いて、くちゃくちゃと音を立てて食べ始めた。
何だか品の無い奴だなぁ……。一度に大量に取るのはマナー違反だし、それにクチャラーとかいうのもバッドポイントだ。それでも、ここに来られているということは、どこかの貴族の坊ちゃんなのだろう。マナーくらい教わってこなかったのかよ?
ちょっと嫌な気分になったが、直接的な被害が及んでいるわけではないので、俺は「いただきます」の後、黙々と食べる。
料理は見た目通り、とても美味しかった。フォークを動かす手が止まらない。さすが国王主催のパーティーだ。
あっという間に俺の皿の上の料理は無くなってしまった。だが、まだお腹に余裕はある。このパーティーの食事が今日の夕飯だし、せっかく良いものを出してもらっているのだから、腹一杯食べないと!
俺はテーブルの奥の方に置いてある、フライドポテトのような食べ物に目をつけた。さっきは取らなかったが、これも美味しそうだ。
どうやら、これは他の子供にも人気らしく、山盛りに盛り付けられていたはずのそれは、あと数本しか残されていなかった。一人分にもならない量だ。
俺は特に何も考えることなく、大皿を手に取ると、ポテトを全部自分の皿に移した。そして、大皿を戻して食べようとしたその時、隣で大きな声が響いた。
「あーっ! オレのポテト!」
反射的に隣を見ると、俺の皿の上に乗っているポテトを見て、さっきの男の子が抗議の声をあげていた。
『オレの』ポテトって……。お前だけのものじゃねぇだろ。自分のものだったらさっさと取っとけよ。思わずそう突っ込みそうになった。
何だか嫌な絡まれ方をされたなぁ……。どう対処したらいいだろう。
そんなことを考えていると、次の瞬間、奴はとんでもない行動に走った。
「おい、ひとりじめするな! よこせ!」
そう言って、何の躊躇もなく、俺の皿に乗ったポテトに、自分のフォークを刺してこようとしたのだ。
その時、たまたま自分の皿の端を握っていた俺は、脊髄反射的にお皿をヒョイと横にずらした。
ドン! とフォークが空を切り、テーブルクロスに突き立てられる。
うわぁ……強欲すぎる……。子供であるとはいえ、貴族だからそれなりに躾がなされているだろう、と思っていたが、まさかここまで野蛮だったとは思わなかった。正直、ドン引きだ。
そして奴は、俺のとった行動が、とても気に食わなかったようだ。
顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら激昂する。
「おい、おまえ! オレにそれをゆずれ! それはオレがめをつけていたものだ!」
「いやです。あなたがとっていなかったから、わたしがさきにとっただけです。たべたいのにとっていないのがわるいです」
「ああん! おんなのくせになまいきだな、おまえ!」
面白いほどに正論パンチが効いていた。論点ずらしに人格攻撃。子供だから仕方のないことなのかもしれないが、いざ対峙してみると、驚くほど反応がトンチンカンだった。
「あと、わたしのなまえは『おまえ』ではありません。フォルゼリーナ・エル・フローズウェイです」
俺がそう名乗ると、相手は一瞬考え込むような仕草を見せると、ふん、とバカにしたように笑った。
「フローズウェイけとか、はくしゃくじゃないか! しかも『ちゅうおう』からついほうされたとかいう。オレはヴォルデマール・ストライト・リーシュ、めいもんのこうしゃくけであるリーシュけのちょうなん! おまえよりうえだ!」
ヴォルデマールのその言葉に、いくつか引っ掛かるところがあった。しかし、奴は俺に考える時間を与えてくれない。
「だから、おまえがオレのほしいものをとるのはおかしい! わかったらはやくゆずれ!」
そして、身を乗り出して、俺の皿のポテトにフォークを刺そうとしてくる。だが、俺は更に皿を遠ざけて、攻撃を回避。またもやフォークはテーブルに当たる。
そのことが、ヴォルデマールのイライラを頂点へと導いたようだ。
「おい‼︎ オレのいうことがきけないのか!」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がるヴォルデマール。俺も何か嫌な予感がして、椅子を引いて立ち上がる。
すると、次の瞬間、何の前触れもなく、ヴォルデマールは拳を握りしめると、俺に腕を振りかぶってきた。
ヤバい、殴られる──!
その瞬間、思考が加速していく。相手の腕の振りがゆっくりになっていくように感じる。体が上手く使えていないのか、奴が無駄に大ぶりをしているおかげで、時間の猶予はまだ少し残されている。
しかし、このままでは避けきれない。ドレス姿だから動きずらいのだ。
だからといって、攻撃を受け止められるかといえば微妙だ。相手は五、六歳児。しかも男子だ。三歳でしかも女子の俺とは体格が全然違う。腕でガードしようとしても、力負けするのは確実。後ろに吹っ飛ばされてしまう。
ならば、得意な魔法でどうにかするしかない! でも、どうやって防ぐ? 盾を作る魔法なんて知らない。こんなことを考えている間にも時間は消費されていく。とにかく、振りを妨害することを考えないと……!
俺は、自分の手のひらから相手の拳へ、勢いよく水が噴射されている様子をイメージする。水の勢いで拳の勢いを減らす作戦だ。手を翳して詠唱すると間に合わないが、翳すと同時に無詠唱で発動すれば、ギリ間に合う!
『ウォーター』!
魔力を集めた手のひらを奴に向け、俺は心の中でそう念じる。
しかし、魔法は発動しなかった。
具体的には、魔力が魔法に変換されない。何か強力な膜が手のひらを覆っていて、魔力の流出が妨げられているような感覚だ。
『ウォーター』!
再度念ずるが、発動しない。そうこうしている間に、拳は俺の目の前。もう間に合わない、顔面直撃コースだ……!
来る衝撃に備えて、俺はぎゅっと目を瞑ろうとした。しかし、その寸前、視界の左端から、何かが猛烈なスピードで割り込んできた。
バキッッッ……‼︎
「っっっっ、いってええええぇぇぇ⁉︎」
その声で、世界のスピードが元に戻る。ヴォルデマールの拳は俺に届くことはなく、むしろ奴は、拳を押さえてぴょんぴょん飛び跳ねて痛みを堪えていた。
その拳を防いだのは、俺の目の前を塞ぐように突き出された茶色く、細長い物体。至近距離なので、細かい木目が見える。
木剣だ。俺は視線を左に動かして、木剣の柄を持っている手、続く腕、そしてそれを持っている人物を眼中に収めた。
そして、彼の名前が口から飛び出す。
「ルーク……」