翌日から、俺は学園生活を再開した。
しかし、残念ながら、これまで通りとはいかなかった。
魔法が使えないうえに、魔法を使ってもいけないことになってしまったのだ。そのため、魔法実技の授業は、少なくとも魔力が完全に戻るまでは、ずっと見学することになってしまった。
不幸中の幸いなのは、私の魔法の技能が、かなり先の授業で習う部分まで到達していた、ということだ。そのため、しばらく見学していても、期間が長くなりすぎなければ、授業に置いていかれる心配はしなくてよさそうだった。
また、魔力が戻っているか、定期的に保健室に通って調子を確認しなければならなくなった。
学園生活に戻ってからというものの、私はずっと気分が晴れなかった。
ずっと体がだるいというのもあるが、何よりも魔法が一切使えないというのが大きすぎる。
俺にとって、この世界に生まれてきてから、魔法というのは常に自分とともにある存在だった。
それが使えなくなって初めて、私は魔法が使えるのが当たり前だ、と無意識の中で思い込んでいたことに気づいた。同時に、魔法が自分の中でどれだけ大きな存在であったか、ということも。
それがすっかり使えなくなってしまったために、私は心に大きな穴が開いてしまったかのように感じていた。
「……」
晴れない気分のまま、放課後を迎える。
普段ならばクリークに直行するところだが、魔法が使えない今は、行っても練習に参加できない。他の人の練習風景を見るとか、やれることがあるのはわかっているのだが、やる気が出ず、ここしばらくは全然足が遠のいていた。
私は教室を出ると、久しぶりにそのまま寮へと帰ることにした。
人ごみを避けて、廊下の端をゆっくり歩いていく。
「はぁ……」
思わずため息が出る。なんだか自分が嫌になってしまいそうで、俺はその場に立ち止まった。
ふと横を見ると、そこには掲示板。学校からのお知らせはもちろん、クリークからのお知らせや、生徒自身が作成した張り紙も掲示されている。
その中の一つに、私の目線は自然と吸い寄せられた。
「りゅうがくせい……」
掲示板の中でも端の方にあった、特に目立っているわけでもない張り紙。目についたのは、ちょう私の目線の高さにあったからにすぎない。
それは、『留学生募集』の告知だった。どうやら、アーサリノフ帝国の学校へ、来年度から一年間留学するプログラムがあるようだった。
この世界の学校にも留学制度があったんだ、と一瞬驚くが、そりゃそうかと思い直す。この学校でいえば、フローリー先輩という身近に実例がいるし、ハルクさんはシャルの通っていた学校にも留学してきて、シャルと出会ったんだもんな。
それに、アーサリノフ帝国といえば……。
「こんにちは、フォルゼリーナ」
「フローリーせんぱい、こんにちは」
声の方を向くと、そこにはフローリー先輩。学年も学科も違うので、こうして校内で顔を会わせるのはかなり珍しいことだ。
「めずらしいですね、校内で会うなんて」
「そうですね。階段を下りていたら、偶然あなたが目に入ったので。ところで、何を見ているのですか?」
「この掲示です」
フローリー先輩は、俺が指差した掲示を眺める。
「……留学に興味があるのですか?」
「えーっと……偶然目に入っただけで、とても興味があるというわけではないんですが……」
「しかし、留学はいい経験になると思いますよ。自国とは違う環境に身を置くことで、自国では体験しえない様々なことが体験でき、視野が広がります。それに、自国を客観的に振り返ることもできますから。実際、わたくしもそのように感じています」
「なるほど……」
「この告知を見た限りでは、あなたは留学生に応募できる条件を満たしているようです。成績も申し分無いようですし」
「でも、語学がちょっと心配です……」
「それは心配いりません。もし応募するのであれば、わたくしが一年間みっちり教えます」
フンス、と少し鼻息荒く、先輩が胸を張る。
「……一年でなんとかなるんですか?」
「もちろん。帝国語と王国語にそこまでの差はありません。実際、わたくしも王国語は一年でおおよそ話せるようになりましたから、逆も然りでしょう。安心してください、留学当日までには、おおよそ意思疎通ができるようになるでしょう」
「な、なるほど……」
なんか、先輩が珍しくヒートアップしているように思える。自分の国に興味を持ってくれそうだから、興奮しているのだろうか。
「それに、あなたはしばらく魔法が使えなくてきっと鬱憤が溜まっているでしょう? 他のことに取り組んで、気分転換をすることも大事なことです」
「……確かにそうですね」
「別に留学を強制するつもりはありませんが、するしないにかかわらず、あなたが望むのであれば、帝国語を教えます。どうでしょうか?」
私は少しの間考えると、掲示の下にあったボックスから申し込み用紙を一枚取った。
「……やってみよう、かな」
すると、先輩の顔がぱあっと明るくなる。そして、俺の手を取ると、階段へと駆け出した。
「でしたら、今日、いいえ、今から始めましょう! 早速寮へ帰りましょう!」
私は先輩に半ば引きずられるようにして階段を下りながら、フローリー先輩ってこんないい笑顔するんだ、と少々意外に思ったのだった。