次に私が目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。
体を起こすのが少し怖くて、しばらく身動きせずに天井を見つめていた。だが、気持ち悪さがなくなっていることに気づき、ゆっくりと体を起こした。
気絶する前に感じていた異常なほどの倦怠感や吐き気は治まったようだ。だが、全身の怠さは相変わらずだ。
それにしても、今は何時だろう……。そう思ってあたりを見回すが、この部屋には時計が無いようだ。それに、この位置からでは窓も見えない。
この部屋に私以外の人はいない。勝手に抜け出すのはマズいが、このまま誰もいない空間で放置されるのも嫌なので、誰か呼んでくるか……。
そう思ってベッドから床に降り立った瞬間、ガラガラとドアが開く音。入ってきたのはオリアーナ先生だった。
先生は俺の姿を見ると、すぐに嬉しそうに声をかけてきた。
「よかった! フォルゼリーナさん、目を覚ましたんですね!」
「あ、はい」
「体調は大丈夫ですか? 吐き気とか倦怠感とかは」
「気持ち悪いのはおさまりましたが、まだ体がだるいです」
「そうですか……とりあえずベッドで休んでいていくださいね」
「……先生、わたしはどれくらいここにいるんですか?」
「今ちょうど放課後になったところなので、半日くらいだと思いますよ」
前回ここに来た時に比べれば、そこまで寝ていたわけではないようだ。
ここで、俺は一番知りたいことを質問する。
「先生、わたしにいったい何が起こったんですか?」
「一言で表すのであれば、『魔力切れ』です」
「やっぱり」
確かに、気絶する直前の症状が魔力切れになる時のそれと同じだった。
最近は魔力量や魔力の回復スピードがだいぶ速くなったから、これほどまでの魔力切れの症状は久しく体験していなかったが……。
それでも、解せない点がある。
「でも、今もだるさがつづいているんです。いや、今だけじゃなくて、数日前からずっと、体のだるさがあります。これもかんけいがあると思うんですが」
「なるほど……確かにだるさは魔力切れの症状の一つではありますが……。熱とか咳とかクシャミとか、関節痛とかは無いんですよね?」
「はい、ありません」
「なるほど……そしたら、魔力量を測ってみましょう」
先生は壁際の棚の下の引き出しを開ける。そして、魔力測定器を引っ張り出して、私の横の机に置く。
「では、右手を置いてください」
私は言われた通りに、魔力測定器の上面に手を置く。すると、上面が一瞬光ったのち、すぐに元の状態に戻る。そして、俺から見て反対側にある六桁のダイヤルが動き始めた。
確か、前回計測したときは一万弱くらいだったな。それから半年くらい経過しているから、一万は超えているはずだが……。
すると、ダイヤルの動きが止まった。先生が数字を読み上げる。
「フォルゼリーナさんの魔力量は、百十一ですね」
「ごひゃ……え……⁉ 一万百十一ではなくて?」
「百十一ですよ。ほら」
先生は魔力測定器の前後を逆にして、ダイヤルを私の方に見せてくる。
そこには、確かに『00111』という数字が示されていた。
入学試験のときは、三桁の簡易的な魔力測定器で計測したからオーバーフローが起きてしまっていたが、この魔力測定器はハンターギルドにもあるような五桁のものだ。さすがに私の魔力量が十万以上になっているということはあり得ないだろうし、そもそも十万以上であればそのことがわかるはずだ。
「……もう一度測りなおしますか?」
「いちおう、おねがいします」
俺はもう一度測りなおしたが、やっぱり測定値は百十一のままだった。
信じがたい結果である一方、心のどこかではこの結果に納得していた。
「フォルゼリーナさんの魔力量って、いくつでしたっけ?」
「だいたい一万弱です」
「いちまっ……すごいですね……」
「もしかして、わたしの体がずっとだるいのって」
「……おそらくですが、このせいでしょうね。体は自分の溜められる魔力量の最大量になるように魔力を保つのですが、今のフォルゼリーナさんは普段の一パーセント程度しか魔力がありません。つまり、常時魔力切れ状態のようになっているわけです」
「……そう、なんですね」
思い返してみれば、ラウィちゃんの荷物を運んだ時からすでに変だった。突然浮遊魔法の効果が落ちてしまっていたが、あれは魔力切れになりかかっていた、ということを示していたのかもしれない。
待てよ、ということは精霊たちはどうなっているんだ⁉ 確か私の魔力で存在を維持しているんじゃなかったっけ?
『みんな無事っスよ~』
よ、よかった……!
『けど、魔力が足りないのでスリープ状態っス。こうして意思疎通するのにも魔力を使うんで、もうウチもスリープに入っていいっスかね?』
わかった。迷惑をかけてごめんよ。
とりあえず、精霊たちの無事は確認できた。その点では一安心だ。
だが、まだわかっていないことがある。
「先生、これは何がげんいんなんですか?」
「常時魔力切れ、ということは、魔力を回復する体のシステムに何らかの異常がある、ということです。一番多いパターンは、魔臓が傷ついた、というものですね」
「まぞうがきずつく……」
「魔法学で習ったかと思いますが、人間で言うと胸のあたりにある臓器ですね。この臓器が魔力を溜めたり放出したりすることで、魔法が使えるようになるのです」
「それがきずついていると」
「魔力をうまく溜めることができなくなってしまって、魔法が使えなくなってしまうというわけです」
「なるほど……」
「厄介なのは、魔臓が傷ついた際の自覚症状がほぼない、ということですね。痛みも出血もないことが多いです」
沈黙の臓器、というわけか。
「フォルゼリーナさんは、最近魔臓が傷つくような怪我をした覚えは何かありますか? 例えば、胸を強く打ったとか、骨折したとか」
「……あ」
すぐに思い出したのは、この前の交流戦だ。俺が負傷交代した原因は、リューカの魔法がかかったボールが、私の鳩尾にめり込んだこと。
残り時間ベンチで休んだら回復したから、何ともなかったと思っていたが……魔臓が傷ついたとすれば、このタイミングしかない。
私は交流戦での出来事を先生に話した。
「なるほど。それなら、おそらくそれが原因でしょう」
「先生、まぞうをなおすすべはあるんですか?」
原因が分かったところで、次に心配なのはこれだ。
もしも魔臓が不可逆的に治らなかったら、この先私は一生魔法をまともに使えない、ということにもなりかねない。それだけは絶対に嫌だ!
祈るような気持ちでいると、先生は私の肩を抱き、優しい声で語りかけてくる。
「安心してください。正しい対処をすれば必ず治ります。特に、フォルゼリーナさんはまだ若いですから、治る可能性はとても高いです」
「よ、よかった……」
とりあえず一安心だ。
「それで、なおすにはどうすればいいんですか?」
「……フォルゼリーナさんの体の状態にもよるのですが、まず間違いないのは、魔法を絶対に使わないということです」
「まほうを、使わない?」
「はい。その間に魔臓をゆっくり回復させるのです」
「……治るにはどれくらいかかりますか?」
「そうですね……。それだけは個人差があるので何とも言えません。ただ、一般に魔力量が多ければそれだけ治るのに時間はかかります」
「……ということは」
「フォルゼリーナさんの場合、かなりの長期戦になるでしょう」
マジか……。谷から這い上がってこれたと思ったら、また谷に突き落とされた気分だ。
「……ぐたいてきにどれくらいですか?」
「推定ですが、半年から一年くらいでしょう」
「う……長い」
「その間は、魔法を使うのは厳禁ですからね。また魔臓を傷つけることになってしまいますから」
「絶対にですか……?」
「はい。絶対にです」
ちょっと怖い笑顔で言われて、俺は押し黙ってしまった。
「魔法を使ってしまうと、状態が戻ってしまいますから。『絶対に』使わないでくださいね?」
「……はい」
「……とりあえず、詳しく体の状態を調べるために、この後検査をしましょう。その後、このまま泊まっていってもいいですが、どうしますか?」
「あー……りょうに帰ります」
「わかりました。では、準備をするので待っていてくださいね」
そう言って、先生は魔力測定器を片付けると、一旦保健室から去っていった。
俺はしばらく体を起こしたままでいたが、ベッドの上にそのまま倒れる。
「……マジかー」
私の、絶対に魔法を使ってはいけない生活が、始まった。