「それでは、模擬戦始め!」
オーウェンさんの鋭い声が練習場に響き渡ったその瞬間、俺とユージーンさんは一斉に互いに向かって走り出す。
だんだん近づいてくるユージーンさんは、木剣を隙の無いように構えている。
模擬戦とはいえ、気を引き締めなければ。全力で戦う!
俺は身体強化魔法を発動すると同時に、自分に暗示をかけるように技名を脳内で再生する。
七之宮流奥伝、地の型。
俺は木刀の構えを僅かに変える。
──交錯。
「おわっ!」
交わった後、体勢を崩したのはユージーンさんの方だった。
今の一瞬で、俺は向かって迫る木剣に木刀を触れさせた。
ただしそれほど力は入れていない。ただ、|ち《・》|ょ《・》|う《・》|ど《・》|よ《・》|い《・》位置に置かれた木刀は、木剣の勢いを落とさずに軌道だけをずらす。
全力で振るった木剣が、検討違いの方向に逸らされたらどうなるか?
その答えは、今、ユージーンさん自身が体験しているように、木剣に振り回され、体勢が泳ぐことになる。
「ッッ!」
体勢を崩された直後、ユージーンさんの勘が危険だと叫んだのだろうか。
ユージーンさんは恐るべき反応速度で、体勢が崩れるのを厭わず無理やり身体をひねり、木剣を差し込むようにして振るう。
ガンッ!
次の瞬間、ギリギリで俺の振るう木刀を防いだ木剣を見ながら、ユージーンさんは俺の連撃に戦慄したようだ。さっきまで平然としていた表情はどこへやら、険しい顔つきになっている。
この時、俺の木刀はユージーンさんの木剣に触れた時から、ものすごい勢いで加速していた。
俺は『七之宮流奥伝・地の型』を使うことにより、木剣を逸らすだけではなく、その勢いを利用して自らの木刀を加速させていたのだ。
俺はここぞとばかりに、ユージーンさんにさらなる追撃を仕掛ける。
七之宮流刀術奥伝、天の型。
その瞬間、体の中のスイッチが切り替わる。
天の型は連撃を主体とした型だ。今まではあくまでも防御の延長線上の攻撃──すなわちカウンターだったが、ここからは本格的な攻勢へ移る!
「はあっ!」
ガンガンガン! と木がぶつかる音が響く。
「く、くっ……」
円を描くような木刀の連撃を、一度も体に受けることなく耐えているユージーンさん。
その目には、こんな子供に負けるはずがない、絶対に勝つぞ、という自信が、意地が、プライドが渦巻いているように見えた。
そして、どんな僅かな隙も見逃さないように、全神経をもって集中しているようだ。
俺はこの状態を利用して、一気に勝負をつけることにした。
次の瞬間、今まで手を抜いていなかった連撃の一つだけ、木刀の振りを遅らせた。
あまりに僅かすぎる隙、なんの前触れもなくできた、罠を疑うような隙。
しかし、ユージーンさんは、反応した。反応してしまった。
剣術の動きを頭に刷り込んだユージーンさんの体は反射的に動き出す。
そして一瞬遅れて彼ははっとした顔をした。
これは罠だと悟ったのだろうか。しかし、動き出した身体はもう止められない。
すぐに、ユージーンさんは歯を食いしばり、真剣な顔をする。
きっと決断したのだ。この一撃に全てを賭けると。
「はああぁぁああっ‼」
ユージーンさんの力強い一撃が、ゴゥと風を切り裂き縦一文字に俺に迫る。
俺は、身体強化魔法を腕に重点的にかけると、『地の型』でユージーンさんの剣筋に干渉しようとする。
ガンッ‼
「ッッ!」
身体強化魔法で強化したにもかかわらず、ジーンと衝撃が腕の骨を鳴らす。思わず木刀を放り投げたくなるのを歯をくいしばって耐え、俺はなんとかユージーンさんの木剣を地面に逸らし、その勢いを木刀に乗せることに成功した。
本当にギリギリだった。あと少しでも込める魔力が小さかったら、吹っ飛ばされていた。
紛れもない強者。この力強さは、今まで戦ってきた相手の中で一番のものだった。
あぁ、これだから剣術は楽しい。
最後の一撃はユージーンさんの素晴らしい剣技に敬意を払ってきちんと決めよう。
そして、体勢を大きく崩したユージーンさんが木剣を戻すよりも速く、俺は彼の後ろに周りこみながら木刀を振り上げる。
「はあっ!」
俺の掛け声と共に迫る木刀。それは、ユージーンさんの首筋のところでピタッと止まった。
寸止め成功。それを察したのか、ユージーンさんはもはや反撃してこない。
それから数秒間、練習場には、俺とユージーンさんの荒い息遣いだけが響いていた。誰もがこの結果に、呆然としていた。
そして、オーウェンさんが一番乗りにはっと我にかえって叫ぶ。
「試合終了! 勝者、フォルゼリーナちゃん!」
それによって観戦していた人々が硬直から解放される。
「「「「「ウオオォォォォオオオオ!」」」」」
続いて、大歓声があがり、練習場は一気に騒がしくなった。
はぁ……。疲れた。こんなにも剣術で全力を出したのはいつぶりだろう。少なくとも、年単位であることは確かだ。
「フォル嬢、勝利、おめでとう」
「フォル、すごい!」
「……ありがとう」
ハルクさんとジュリーの方へ歩くと、二人は口々にそう声をかけてきた。
模擬戦終了から少し時間が経ち、気持ちが落ち着いてきた。俺はさっきの試合を冷静に振り返る。
今回はかなり苦しい戦いだった。
もし力の入れ加減だったり、立ち位置だったりが少しでも違っていれば、また別の展開になって、別の結果になっていただろう。
正直、ユージーンさんが勝利しても全然おかしくはなかった。やはり、オーウェンさんの言う通り、王立陸軍学校テクラス校首席は伊達ではない。
振り返ると、ようやくユージーンさんが立ち上がったところだった。俺は木刀をしまうと、彼のもとへ駆け寄り、声をかけた。
「ユージーンさん、ありがとうございました」
「……正直、身体強化魔法アリとはいえ、ここまで強いとは思わなかった」
「ど、どうも」
「それほど君の身体能力は卓越していて、さらに技も実用的だった。確か、自己流と言っていたかな」
「ええ、まあ、はい……」
本当は違うけどね! ごめんよ、七之宮!
「これからも、頑張ってくれたまえ。さすれば、必ず剣士として大成するだろう。今日は良い模擬戦だった」
「ありがとうございます」
すると、今度はオーウェンさんが声をかけてくる。
かなり真剣な表情をしていた。
「フォルゼリーナちゃん、まずは勝利おめでとう。まさかユージーン曹長を負かすなんて、想像以上だったよ」
「ありがとうございます」
「今はどこの学校で学んでいるんだい?」
「えっと、王立学園のまほうかです」
「そうだったのか……いや、てっきり軍学校に通っているのかと思ったよ。もしそうだったら、ぜひ軍に入ってほしいと思ったんだけどな」
「あー……ぐんではないですけど、しょうらいなりたいものは、ぐんに近いかもしれません」
「何になりたいんだい?」
「『宮廷魔導師団』です」
俺がそう言うと、オーウェンさんを含め、周りの人がざわつく。と、そこにハルクさんがさらに燃料を投下してきた。
「実はフォル嬢は、昨年夏にドルディアに出現した竜を斃した張本人なんです」
「それは……本当ですか⁉」
「ええ……にわかには信じられない話ですが、事実なのです」
当然、兵士たちのざわめきは大きくなる。俺は全身に視線を浴びて小さくなっていった。
「これは、将来が楽しみですな。フォルゼリーナちゃん、ぜひ宮廷魔導師団に入ってください。応援しているよ」
「はい!」
こうして、練習場で突発的に始まった模擬戦は終わり、俺たちはオーウェンさんに基地の案内を再開してもらったのだった。