「それでは、模擬戦始め!」
オーウェンさんの声を合図に、二人は一斉に木剣を持って互いに飛びかかる。
ハルクさんは上から下に木剣を振りかぶり、それを迎え撃つため軍曹は木剣を水平に下から上に振るう。
一瞬の後に二人の木剣が激突した。木のぶつかり合う音が練習場に響き渡る。
そのまま膠着状態に……はならず、二人は流れるような動きで木剣をぶつけ合う。
「おお……」
俺を含め、周りで見ている兵士たちは、二人の洗練された戦いに夢中になっていた。
軍曹の木剣を振るう一つ一つの動きには無駄がなく、相手を戦闘不能にしようと常に狙っている。さすが本職だ。
一方のハルクさんもひけをとっていない。きっと、身近にシャルという強い存在がいるからだろう。その剣筋は本職にも劣っていない。
木剣同士の打ち合いは時が経つごとにどんどん加速していく。まるで、二人の呼吸の荒さに比例しているようだ。
幾度とない打ち合いの後に、二人は同時にバックステップをして一旦距離を取る。
そんな二人の目には、『これで終わらせる』という意志が爛々と宿っていた。
「うおおおおおおお!」
「はあああああああ!」
二人は同時に声をあげて突撃する。
一瞬で相対距離を縮め、二人の木剣がぶつかり合うその時――
「のわっ!」
軍曹がフェイントをかけて、身体を捻った。
このまま木剣を交えさせるつもりだったハルクさんは、なすすべもなくたたらを踏む。
さらに、ひょいとその進行上の足元に出した軍曹の足に、ハルクさんは躓くと、見事に転んだ。
「ぐへっ」
木剣を投げ出して床に伏せたハルクさん。直後、彼の首筋に木剣を突き付ける軍曹。
「そこまで! 勝負あり!」
オーウェンさんの声が響き、周りの兵士たちがどよめく。そして、軍曹が剣を下げてハルクさんが立ち上がると、自然と拍手が湧いた。
「ああ、やられてしまったな……」
「ハルク殿、お手合わせありがとうございました。お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。いい勝負だった。兵士がこれだけ強ければ、私も安心して政治ができる」
「ありがたきお言葉です」
そんな会話を二人が交わしていると、兵士の中から疑問の声が上がる。
「今のフェイントだよな……」
「模擬戦とはいえ、真剣勝負なのにいいのだろうか?」
「真剣勝負だからこそ、だ」
すると、オーウェンさんが彼らに回答する。
「真剣勝負というのは、必ずしも正々堂々と戦うというわけではない。本気で相手を打ち負かそうとする勝負だ。
戦争というのはまさにその真剣勝負に当たる。もし我々が正々堂々と勝負をしたいと思っていても、相手にとっては知ったことではないのだ。いかに敵軍にダメージを与えて打ち負かすかが絶対の指標になる。
もし相手に勝てるのなら、むしろこのようなフェイントや奇を衒った攻撃を積極的に仕掛けるべきだろう」
「なるほど……」
俺は思わずそう呟いた。
今までに俺は何度か対人戦を経験してきた。シャルとは剣で、クリークの先輩たちとは魔法で戦ってきた。
だが、それらはすべて、整った舞台の上で暗黙の了解のもと行われていた。
いざ実戦に臨んだとき、舞台が整っているとも、暗黙の了解もあるとも限らない。知らず知らずのうちに、『この手は仕掛けてこないだろう』と思い込んで自分の想像力を縛っていると、それを超えた一撃が飛んできたときに対応できなくなってしまう。
「無論、当然、本来の剣術も疎かにするな。型があってこそ、型破りが通用するのだから」
とても参考になる話だった。
すると、ハルクさんが木剣を置いて、苦笑いしながら戻ってきた。
「いや~カッコ悪いとこ見せちゃったね」
「そんなことないです!」
「スゴくいい勝負でした」
「ありがとう。ところで、二人もせっかくなら模擬戦をやってもらったらどうだ? なかなか本職と戦う機会は無いと思うよ」
「いいんですか⁉」
ハルクさんの言う通り、本職の人と戦う機会はそうそうない。学校に通っている現状、まともな剣士は剣術の先生しかいないし、先生と毎回戦えるわけでもない。
剣を振る機会に飢えていた俺にとっては、願ってもない話だった。
そのため、即座に俺がそう返すと、ハルクさんはオーウェンさんの方を向く。すると、オーウェンさんは微笑みながら言う。
「もちろん、構いません。フォルゼリーナちゃんは剣術を嗜んでいるのかな?」
「はい! フローズウェイりゅうをならってました。あとはじこりゅうですが……」
「フォル嬢は強いよ。なんたって、あのシャルが負けたことがあるからね」
「ほう……! それは本当ですかな……⁉」
その言葉に周りの兵士もざわめく。手紙にもあった通り、シャルの強さは知られているっぽいな。
「ジュリアナちゃんはどうする?」
「わたしはえんりょしておきます」
「そうか。じゃあ、フォルゼリーナちゃんの相手を……ユージーン曹長、頼めるか?」
「私、ですか?」
声を上げたのは、兵士の中にいる金髪の眉目秀麗な青年だった。細身だが筋肉がしっかりついているのがわかる。
佇まいや話し方からは、どことなく高貴な感じがする。もしかしたら貴族なのかもしれない。
「……了解しました」
そう言って前に出てくる曹長は少し不服そうだ。
年端もいかないガキを相手にするなんて……とか思ってそうだな。そう思われても仕方ないんだけど。
「ユージーン曹長は昨年この基地に配置されましたが、剣の腕はこの基地では五本の指には入るでしょう。何せ、王立陸軍学校テクラス校を首席で卒業したエリートなのです」
「それはスゴいな」
オーウェンさんの説明にハルクさんは感心する。
なるほど、だから階級の割に若く見えるのか。
それに、陸軍学校で首席とは、相当の腕前のはず。紛れもない強者だ。もしかしたら、シャルより強いかもしれない。
「ではフォルゼリーナちゃん、木剣を」
「あ、もってるのでだいじょうぶです」
こういうこともあろうかと、木刀を持ってきたのだ。
これを作ったのは三歳のときだったか。初めて握ったときはピッタリだったのが、いつの間にかかなり小さくなってしまった。いや、俺がそれだけ大きくなったんだな。
すると、オーウェンさんが不思議そうに尋ねてくる。
「ふむ……見たことのない形だ。流派は何だい?」
「えっと……じこりゅう、です」
「なるほど……ともかく、シャルゼリーナ殿が負けるほどの剣の腕、是非とも見せてもらいたい」
「がんばります……ところで、オーウェンさん」
「どうしたんだい?」
「しんたいきょうかまほうは、つかっていいですか?」
さすがに、純粋な力勝負では勝てる見込みは無い。本当は頼りたくないが……自分の怪我を防止するためにも、これを使わせてもらいたい。
「そうだな……体格差を考慮してアリにするか。どうだ、ユージーン曹長」
「それで、構いませんよ」
彼はサラッと髪をかきあげた。その所作に、俺はちょっとだけイラッとした。
なんか、俺との戦いを舐めてないか? 余裕で勝てるだろう、みたいな自信満々な感じが癪に障る。
……あっと言わせてやりたいな。
俺の木刀を握る手に力がこもる。
「がんばれ、フォル!」
「フォル嬢、くれぐれも無理はしないでくれよ」
「ありがとう、ジュリー。気をつけます、ハルクさん」
俺とユージーンさんは、それぞれ木刀と木剣を抜いて、練習場の中央へ歩み出る。対して、その他の人は練習場の壁際に退避した。
俺たちは武器を構え、対峙する。場が徐々に静まり、音が聞こえなくなった次の瞬間、オーウェンさんの鋭い声が突き刺さった。
「それでは、模擬戦始め!」