翌朝。ちょっとガクブルしながら起きたが、結局怖いことは何も起こらなかった。
沈黙したまま布団を畳む。俺だけではなく、みなとも、飯山も、檜山も、だ。ただ、その中で越智だけが妙にケロッとした表情で、俺たちを不思議そうな顔で見ていた。
「……越智、大丈夫だった?」
「え? 何のことですか?」
そのことがちょっと気になって、越智に聞くと、彼女からは意外な返事が返ってきた。とぼけているのか?
檜山が俺の言葉の後を継ぐ。
「昨夜の話だよ。すんごい怖がっていたじゃん」
「昨夜……えっと、何をしていましたっけ?」
「覚えてないの⁉ あんなに怖い話にビビ……」
「はいはいストップストップ! そこまでよ」
檜山の発言にみなとが言葉を被せて中断する。そして、グイっと檜山を引き寄せると、彼女の耳元で小さく囁く。
「いおりは知らない方が幸せよ……」
「あ、ああ……そうだな」
俺にはその話がばっちり聞こえていたが、越智には聞こえていなかったようだ。
「あの、何の話ですか?」
「なんでもないわよ」
「そうそう。なんでもないなんでもない」
適当にごまかす彼女たち。越智は不審そうにしていたが、それ以上は追及してこなかった。
たぶん、怖い話をされたショックで、記憶が飛んでしまったのだろう。それだったら、越智は何も知らないままでいた方がいい。
布団を畳んだ後、俺たちはおばあちゃんの朝食作りを手伝い、そのまま朝食を済ませる。それから、おばあちゃんにお土産として、みかんと梅をたくさんもらい、出発した。
俺たちは昨日通った道を戻り、昨日降りたバス停からバスに乗り込む。
今から向かうのは、駅の近くにある海鮮市場だ。ただの海鮮市場ではない。レストランやお土産屋まで併設されている総合施設だった。そして、俺たちの目的は、どちらかというと海鮮市場ではなく、レストランやお土産屋の方だった。
もし旅行が一泊二日だったら、アドベンチャーパークを早めに切り上げてここでお土産を買って帰るつもりだったが、結局二泊三日になったので、最終日の今日を、お土産選びに使うことになった。さらに、帰りの列車の時間の都合上、昼食をここのレストランで済ませることにしたのだ。
バスを降り、建物の中に入ると、クーラーがガンガン効いていて、外とは打って変わってめちゃくちゃ涼しかった。涼しすぎてむしろ寒いくらいだ。
俺たちは早速お土産コーナーに足を向ける。
お土産コーナーには、複数の店が出店していた。お酒を売っている店、お菓子を売っている店、ぬいぐるみや文房具などを売っている店……。ご当地のモノがいろいろ売られていた。
「あっ、パンダちゃん!」
「かわいいわね」
飯山とみなとは、パンダグッズが置いてある棚をすぐに見つけると、釘付けになっていた。前日もそうだったが、飯山は本当にパンダ好きなんだな……。彼女はパンダのぬいぐるみを手に取って、ギュッと抱く。
俺はその場から離れ、和菓子が売られているブースへ移動する。
今の時代、ネット通販などで全国各地の名産品を簡単に取り寄せられるようになったが、やはり、お土産の定番といえばご当地のお菓子だ。俺はぶらぶらしながら何があるのかいろいろと見て回る。
「お……おいしそう……」
しばらくして俺の目に留まったのは、牛乳瓶に入ったスイーツだった。思わず一つ手に取ってみる。
どうやら、牛乳瓶のような容器の中に、プリンが入っているようだった。味は何種類かあり、チョコや抹茶などのスタンダードなものから、みかんや梅などの特産品を活かしたものまであった。
俺はこれを買うことに決めた。理由は単純。自分が食べたらおいしいと感じそうだからだ。食べられないのが非常に悔しいけど。お土産は主にみやびへあげるものだが、きっと喜んでくれるだろう。
俺は適当に味を選び、四つセットで保冷材もつけて買う。とりあえず、お土産を買うというミッションはこれにて達成だ。
一時間ほどかけて、俺たちはそれぞれお土産を購入した。結局、飯山はパンダグッズを購入したようだった。
それから俺たちはフードコートで早めの昼食をとる。皆は海鮮丼やパンダの形になるように盛り付けられたカレーなど、おいしそうなものを食べていた。その匂いに俺も食欲が湧くが、いかんせん何も食べられないので生殺しにされていた。
十一時五十六分。海鮮市場前のバス停から白浜駅行きのバスに乗る。ものの五分で駅に到着し、俺たちは新大阪に向かう特急をホームで待つ。
「……これで終わりか」
「あっという間だったね~」
「すこし、もの寂しいですね」
俺は夏の青空を見上げる。いろいろあったが、今回の旅行はとても楽しいものだった。それこそ一生の思い出に残るようなものだ。
……本当に旅行に来てよかった。
俺は隣に座るみなとの方を向く。
「みなと」
「どうしたの?」
「ありがとね」
「……どういたしまして」
十二時二十分。時刻表どおりに特急が出発し、二時間半かけて新大阪へ。そこから新幹線に乗り換え、十五時九分に発車。特急よりも短い時間で三倍ほどの距離を進む。そして行きで新幹線に乗った駅で降りると五十分かけて、二日前の朝に集合した駅に戻った。
改札の外に出る前に、俺は皆に声をかける。
「それじゃ、ここで解散ってことでいいかな?」
「そうね。わざわざ改札の外に出る必要がない人もいるでしょうし」
「皆と旅行できてあたしは楽しかったぞ!」
「わたしも!」
「わたしもです」
「それじゃあ、皆、気をつけて帰ってね」
解散。これにて旅行の全日程が終了した。
改札内で檜山と別れ、改札の外で越智と別れる。それから学校の最寄り駅まで歩いて電車に乗り、一駅先の駅で飯山とみなとと別れ、俺は一人電車を乗り換える。
お土産のプリン、喜んでくれるかな、と呑気なことを考えながら家の最寄り駅で降り、改札を通過。時刻は十九時。外は暗くなりつつある中、俺は自分の家の目の前に立った。
「ただいま……ってあっつ!」
ガチャリと玄関のドアを開けて中に入る。その瞬間、モワッとした不快な熱気が俺を襲った。
いったいどうしてこんなに家の中が暑いんだ⁉ 外の方がまだマシに感じるほどの熱気だ。普通、エアコンを効かせてもっと屋内の温度を下げるはずだ。家をこんな暑いままにする意味がわからない。
まさか誰も家にいないのか⁉ いや、旅行中みやびはずっと家にいると言っていた。実際、リビングは電気がついているので、間違いなく家にいる。
頭の中に疑問符を浮かべながらリビングに入ると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。
「おかえり~お兄ちゃん~」
「ちょ、みやび……⁉」
ソファーの上でテレビを観ながらくつろいでいるみやび。そんな彼女は……下着姿だった。
「ちょっ、服着ろよ!」
「えー……だって暑いんだもん」
「いや、確かに暑いけどさ……」
みやびはぐてっとした様子で、力なく答える。
もうちょっと恥じらいというものをだな……。
辺りを見渡すと、部屋の至るところにタオルの上に置かれたペットボトルがあった。ハンガーには何枚もタオルが掛かっており、扇風機もフル稼働している。
ここで俺は気づく。もしかして……。
「みやび、もしかして、エアコンが壊れたの?」
「そうなんだよ、お兄ちゃん……」
「でも、それだったら自分の部屋に行けばいいじゃん」
エアコンが設置されているのはリビングだけではない。俺の部屋にも、もちろんみやびの部屋にも、両親の部屋にも設置されている。
「全部屋だよ」
「全部屋⁉」
「そう。全部一気に壊れたの」
「そんなことある……?」
「それが事実なんだよ……」
なるほど、だからこうして、エアコン以外の方法で家の中を涼しくしようとしているわけだ。
エアコンが一つ壊れるのはまだしも、全部屋ほぼ同時に壊れるっていったいどんな確率だよ……。
「エアコン以外は無事なの?」
「うん。冷蔵庫とかは無事だよ」
本当に、いったい我が家のエアコンに何が起こったのだろうか。つい最近、インターネットに繋いで遠隔操作できるような最新型に買い替えたばかりだったのに……。不良品を掴まされたか?
「エアコンの修理は頼んだ?」
「うん。だけど四日待ちだって」
「四日……」
この先一週間はずっと猛暑日が続く予想だ。日中、エアコンなしではとてもやっていけない。アンドロイドである俺にとっては、特に死活問題だった。
俺は、しばらくの間、日中涼しいところに避難しなければならなくなったのだった。