「うううう……」
「ゴメンって、わざとじゃないんだって」
「もうお嫁にいけない……」
「ほまれちゃん、男の子でしょ~」
飯山のツッコミが入るが、俺はそれがどうでもいいと思えるほどさっきの出来事にショックを受けていた。
下半身を丸裸にされて、そして檜山にばっちり見られた。まだみやびにしか見られたことがなかったのに……。男子に見られるのはもちろんアウトだが、女子に見られるのもそれなりにショックなものだ、と俺はしみじみと感じていた。
檜山にパンツごとスカートを下ろされた後、俺はショックで半ば放心状態になりながらも、なんとかスクール水着に着替え、長い髪をお団子にまとめて帽子とゴーグルを被り、プールサイドまで移動した。今は女子生徒に交じって、先生の説明を聞いているところだ。
もちろん、女子側のプールサイドで授業を受けるのは初めてだ。前、後ろ、横……全員スク水の女子だ。変態ならここで興奮して鼻血を出してぶっ倒れてしまうところだろうが、あいにく俺はスク水にあまり萌えを感じるタイプではないので、なんとか持ちこたえていた。
反対側のサイドから音が聞こえてきた。チラリとそちらに視線をやると、男子たちが先生からの説明を受け終えてシャワーを浴びているところだった。
小学生の頃は『地獄のシャワー』と呼ばれていたな。男子たちは『詰めろー!』だの『早く行けよー!』だの騒がしい。
本来なら俺もあっち側にいたはずなのだが……何の因果か、こちらになってしまった。きっと、向こう側の男子どもは、暇さえあればこっちを見てスク水の女子可愛いとか、誰々のおっぱいでけーとか、そんなことを思っているんだろうな。
「それでは、何か質問はありますか?」
先生の説明が終わったみたいだった。その後、俺たちは立ち上がると、男子たちに続いてシャワーを浴びにいく。
予想どおりというべきか、シャワーは冷たかった。しかし、気温が高いので、浴び終わった後はすぐに水分が蒸発してひんやりとした感覚だけが残る。
そして、視線を感じる。予想どおり、男子たちがチラチラとこちらを見ていた。言われなくてもわかっている、俺の胸に視線がいっていることは。確かにクラスの中でも大きい方だとは思うが……なにもそんなに見なくてもいいじゃないか! 変態どもめ!
今日の授業は、高校二年生の初回の水泳の授業ということで、水慣れ、という感じの内容だった。まずは、自分の今の実力を把握するために、自分の実力に合っていると思うコースを選択して泳ぐ。
我が校のプールは二十五メートル八コースの屋外プールだ。授業は男子と女子合同なので、それぞれ四コースずつ振り分けられることになる。そして、その四コースのうち、プールサイド側の二コースは泳ぎの苦手な人、プールの中央寄り二コースは泳ぎの得意な人に向けたものになっていた。
「ほまれさんは、どのコースで泳ぐんですか?」
最初に水に入るのはなんだか憚れるので、後ろの方で待っていると、越智に声をかけられた。
「うーん、俺は三コースかな。泳ぐのはそれなりにできるはずだから」
「そうなんですね……」
本当なら四コースに行きたかったが、男子と女子の体格差や、この体で水泳がどこまでできるかがわからなかったので、ひとまず三コースで様子見する。もし泳げそうだったら、四コースに移動するつもりだ。
俺は逆に越智に聞き返す。
「越智はどこにするの?」
「わたしは……一コースにします……」
「そうなの? なんか意外だね」
「そうですか?」
「うん。越智って運動ができるイメージだったから」
「それは陸上だけの話ですよ……水の中はあまり得意じゃないんです」
越智がカナヅチだったことは、かなり意外だった。陸上部は水泳もそこそこできるイメージだったんだが、どうやらそれはただの偏見だったらしい。
すると、俺の隣に飯山もやってきた。
「ほまれちゃんは、三コースにするの?」
「うん。飯山はどこにするの?」
「四コースだよ~」
「泳ぐのが得意なんですか?」
「まあ、そこそこね~」
「羨ましいです」
飯山は足が速いだけでなく、水泳もできるみたいだ。
しばらく話していると、ちょうど前の人が水に入って泳ぎ始めた。少し待ってから、俺たちはほぼ同時にプールの中に入る。
「冷たっ!」
「ちょっと寒いですね」
「う~なんだかてのひらがかゆい~」
予想外の冷たさに、俺はちょっと身の竦むような思いをした。久しぶりのプールだからか、感覚が全然思い出せない。プールの底に足をぺったりとつけたまま、俺はゴーグルをする。
そして、前の人が十分遠くまでいったことを確認して、俺は水中に潜り、勢いよくプールの側面を蹴った。
違和感に気づいたのは、泳ぎ始めて数秒経ってからだった。
初めは水の中をスイスイ進んでいく。プールの底を撫でるようにして、水中深くを前へ、前へと泳いでいく。
少し潜りすぎたな、と思い、俺は浮上を試みる。体を上に向け、水面に向かって腕と足を動かす。しかし、なかなか上に近づかない。いくら手足を動かしても、どんどん体が下に沈んでいくのだ。
ここで俺はやっと理解した。
もしかして、俺の体が重いから、浮力が働かなくなっているのか⁉
普通、水の中に入れば人間は浮力で浮上する。それは、体が押しのけた分の水の重さが、体自体の重さよりも重いため、浮力が発生するからである。
しかし、俺の体は人間ではない。アンドロイドだ。当然、中身は有機物ではなく、機械やフレームなど、重いものばかり。他の人にも体重が重いと言われる始末だ。しかも、体は元の大きさより小さくなっている。
体が沈んでいる、ということは、俺の体重が、俺の体が押しのけた水よりも重い、ということを意味しているのだ。
つまり、水中に入った時点で詰みだった、ということなのか⁉
俺が今いる場所は、ちょうどプールの真ん中、十メートルくらいの地点だ。プールの底は、水平ではなく、真ん中に向かって深くなっている。このプールの最深地点はちょうどこの辺で、深さは約一メートル半。俺の身長とほぼ同じくらいだ。立ち上がっても水面から顔が出ない。
俺の体は呼吸を必要とする。外の空気を取り込んで、体内の熱交換システムで熱を受け取り、外に発散する。それができないと、体から発生する熱を排出できず、オーバーヒートして機能が停止してしまうのだ。
そろそろ呼吸が苦しくなってきた。俺の本能か、電子頭脳に刻みつけられたシステムかは知らないが、俺に呼吸をするよう指令を送ってきている。今はそれに意志の力でなんとか対抗しているが、焦る。このままだと本当にマズい。どうにかして水面に浮上できれば……!
頭が中心から熱くなっていくのを感じながら、俺は必死に足を動かす。水面に浮上するのを諦め、水深の浅いプールの端っこへ移動することに決めた。
しかし、体を動かせば動かすほど、それだけ熱が溜まっていく。排熱ができないので、尋常じゃないペースで体中が熱くなっていく。ヤバい、そろそろげんか……
「ぐぶっ! がばごぼむべらばがぼ」
ついに水を飲み込んでしまった。一気に鼻や口から水が侵入してくる。ボコボコボコと空気の泡が水面へ上昇し、俺の体がどんどん沈んでいく。
このままでは非常にマズい。俺は自分の体の中はよく知らないが、本来水が入らないはずの排熱を司る部分に水が入ってしまったら故障してしまうおそれがある。それが一番怖い。壊れて動けなくなってプールの底に沈んだままになるのはまだしも、何かの拍子に漏電して、電気ショック漁法みたく、プールに入っている人が全員感電してしまうかもしれない。それだけは避けたい!
でも、もう体が動かない……。体が熱くて鉛のように重い。俺は中途半端に固まった姿勢のまま、ゆっくりとプールの底に沈んでしまう……。
その直前、ガシッと誰かに腕を掴まれた。
「んぐぐ~~~」
「むぶくぶくぶく~~」
そのままゆっくりと引っ張られて、俺はプールサイドの方へと引っ張られていく。顔が底の方に向いていて目だけ動かして見たので、はっきりとはわからなかったが、どうやら飯山と檜山が俺を運んでいるらしい。
そして、プール端の初心者用コースの、水中に沈んだ台の上の浅くなっているところまで辿り着くと、今度は脇の下を掴まれて、強い力で上へ引っ張り上げられる。
「ぷはぁーっ!」
「救助したよ!」
「大丈夫ですか、ほまれさん! しっかりしてください!」
目の前には越智の姿。返事をしようにも声が出ない。その間に、彼女と周りの生徒が協力して、何人かで俺をプールサイドまで引っ張り上げた。
ドスンとプールサイドに打ち上げられる俺。まるで浜に打ち上げられた水生生物みたいだ。相変わらず息はできないが、少しすると鼻や口から水が流れ出てきた。
「ゴボボボ……」
俺の口と鼻から水が流れ出てくるのを見て、若干引いている生徒がいる。安心してほしい。俺の体に胃袋は存在しないから、入ってきたプールの水がそのまま流れ出ているだけだ。たぶん。絵面は酷いだろうけど。
水がどんどん流れ出るにつれ、呼吸が復活する。よかった、内部のシステムは無事だったらしい。
そのまま待つこと数十秒、やっとまともに息ができるようになり、体や頭が冷えたところで、俺はふらつきながらも立ち上がった。
体育の先生がすっ飛んできて俺に尋ねてくる。
「天野さん、大丈夫ですか⁉」
「大丈夫……ゴボッ、です」
喋っている間にも口から水が出てきた。それを見て、先生が呆れたように言う。
「大丈夫じゃないでしょう……。もう今日はいいから、保健室に行って休んでください」
「わかりました……」
俺は助けてくれたクラスメイトたちにお礼を言うと、とぼとぼと一人保健室へ向かう。
俺は、カナヅチになってしまったのだった。