みやびに修理してもらい、すっかり元どおりになった俺は自宅に帰った。
イベントがあり、誘拐されたのが冬休みの最終日。そこから二日後に目が覚めたので、もう三学期は始まっている。
俺がみやびと一緒に家に帰ってきた時には、深夜になってしまっていた。そのため、翌日から三日遅れで学校に行くことになった。
翌朝、俺は起床するといつもどおり朝ご飯を作る。台所に立って料理をしていると、階段を下りてくる足音がした。
「おはようデス……」
「おはよう、サーシャ」
「ほまれ⁉︎ 無事だったデスか!」
サーシャは嬉しそうにこちらに駆け寄って、そして抱きついてきた。ちょっ、料理しているときに抱きつかれると危ないんだが……!
「危ないから離れてくれ……」
「あ、ごめんデス……つい嬉しくて……」
「いや……まあ、サーシャの気持ちもわかるよ。みやびから聞いたよ、暴走する俺を止めようとしてくれたんだよね? 助けてくれてありがとう」
「そんな、ワタシは大したことはしてないデスよ! ……でも、ほまれが元に戻ってよかったデス」
サーシャにやっと感謝が伝えられたところで、みやびが一階に下りてくる。
「おはよ〜」
「おはよう、みやび」
「おはようデス、みやび」
俺はちょうど出来上がった朝ご飯を食卓に並べる。二人は早速それを食べ始めた。
リビングでつけっぱなしになっているテレビから、天気予報が聞こえてくる。ここから先、しばらくは西高東低の強い冬型の気圧配置が続くため、一段と冷え込むという内容だった。
それを聞いてか、みやびが口を開いた。
「そうそうお兄ちゃん」
「ん?」
「前にも言ったけど、寒すぎるとバッテリーの減りが早くなるから、くれぐれも電池切れには気をつけてね」
「ああ、わかった」
そう言われるが、別にそこまで心配するには及ばないだろう、というのが俺の本音だった。なぜなら、自分のスマホから電池残量を確認できるし、そもそもスマホがなくても俺は脳内でもそれを確認できる。それに、この体に内蔵されているバッテリーは、満充電すれば三週間は普通に活動できるほどの大容量なので、冬場で電池の減りが早いと言っても、そこまで早くは減らないはずだ。
二人が朝ご飯を食べ終え、その洗い物を済ませると、もう自宅を出発する時間が迫っていた。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってくるデス」
「行ってらっしゃ〜い」
少し後に出発するみやびに見送られながら、俺とサーシャは自宅を出発した。
他の人より少し長い冬休みはもう終わり。これから三学期だ。久しぶりに学校の仲間と会えるため、俺はワクワクしていた。
「そういえばサーシャ」
「何デスか?」
「俺が学校を休んでいた理由って、皆にはどう伝わっているの?」
まさか、犯罪組織に誘拐されて、と馬鹿正直に説明しているわけがないよな? それに、俺はアンドロイドだから『病欠』という理由も使えないだろうし……。
「ああ、ただの故障、ってことでみやびが連絡していたデスよ」
「そうなんだ……俺が誘拐されたことは言ってないよね?」
「もちろんデス! 大騒ぎになるデスし、ほまれと仲が良い人に余計な心配をかける、とみやびが言ってたデス。ワタシも口止めされてるから、言ってないデスよ?」
「そっか……」
どうやらみやびやサーシャがうまくやってくれたらしい。ならば、俺も誘拐に関しては口を噤んで、みやびの説明に乗っかっておくのが賢明だろう。
俺たちはいつもよりも早い電車に乗る。この時間はサーシャがいつもバレー部の朝練に行く時に使う電車だが、今日は俺が所属する男子バスケ部の朝練もあるため、一緒に登校することになったのだ。
通勤通学ラッシュの電車をくぐり抜け、俺たちは学校の最寄り駅に着く。登校時間帯のピークではないせいか、学校周辺に同じ制服を着た人は少なかった。
俺たちは信号を渡ると、歩道橋に差しかかる。信号のタイミングによっては、普通に交差点を渡るよりもこれを渡った方が早いのだ。
前日には雨が降り、そして今朝には氷点下にまで及ぶ強い冷え込みがあったためか、ところどころ地面が凍結していた。俺は一歩一歩注意して歩道橋を渡っていく。
一方、サーシャは俺の前を軽やかに歩いている。そして、下りの階段に差しかかると、特に注意する様子もなく、小走りでトントンと駆け下りていく。
その様子が危なっかしくて、俺は思わず声をかける。
「サーシャ、路面が凍結しているから、滑らないように気をつけて」
「わかったデス!」
大丈夫かな……。
そう不安になりながらも、俺も下りの階段へ一歩を踏み出す。すると、その不安は予想外の形で的中してしまった。
下りの一段目に右足を置いて、体重をかけた次の瞬間、俺はツルッと見事にスリップした。
「え」
そのまま、右足は一段目から外れて二段目へと落ちていく。そんな予想外の事態に、俺は咄嗟に反応できず、バランスを崩してしまった。
「のわああっ、あっ、ああ!」
俺は階段にしりもちをつく。しかし、滑った勢いを完全に殺すことはできず、かといって手すりを掴んでブレーキをかけることもできず、そのままドシンドシンと尻に振動を感じながら、滑り下りてしまう。
「あ、危ないデス!」
加速して滑り下りてくる俺に、前を下るサーシャはスピードを上げる。そして、俺の落下に巻き込まれる前に階段を全部下りきり、ギリギリで逃げきった。
「あぅおゎ!」
直後、最後に盛大にドシンとしりもちをついて、俺は階段を下りきった先の地面に着地した。
「大丈夫デスか……?」
「だ、大丈夫だよ」
幸いにも俺の体はどこにも異常は出ていない。丈夫な体のおかげか、はたまたデカい尻のおかげで衝撃が殺されたのかは知らないが、とにかく無事だった。
汚れたスカートを叩いて俺は立ち上がる。自分がサーシャに滑らないように注意したのに、自分が滑ってしまった。情けないやら恥ずかしいやら、いろいろな感情が渦巻いていたが、それを表に出すのも憚られたので、俺は強がるふりしかできなかった。
「と、とにかく行くよ、サーシャ! 朝練に遅れる!」
「わ、わかったデス」
俺はサーシャの方をまともに見られず、ただずんずんと正門の方へ歩いていくことしかできなかった。