放課後になり、俺は先週と同じようにメイド喫茶に向かう。
「ほまれちゃ〜ん!」
「飯山」
そして、先週と同じように、駅を降りたところで飯山と合流した。俺たちは一緒にメイド喫茶へ向かう。
「いよいよ今日からキャットフェアだね!」
「それだね。準備はできてる?」
「もちろんばっちりだよ! 猫カフェでイメージを掴んだし、本家のメイドさんも見れたしね〜」
さすがは我が店ナンバーワンメイドだ。
「ほまれちゃんはどう?」
「実は、今回用意してきたものがあるんだ」
「え? なになに?」
「店に入ったら教えるよ」
もちろん、俺が用意してきたものとは尻尾のことだ。しかし、ここで見せてしまうと他の無関係な人に見られてしまうので、店の中で見せることにする。それに、この尻尾はもう一人見せたい人がいる。その時に飯山にも見せればいいだろう。
俺たちは裏口から店に入ると、通路を通り抜けてスタッフルームに入る。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
「おう、お疲れさま」
すると、スタッフルームの真ん中に、こちらに背を向けて何やら段ボールをゴソゴソしている店長さんの姿があった。
そんな店長さんの頭には、猫耳のカチューシャ、そして腰からは猫の尻尾が伸びていた。
「店長さん! コスプレしてくれたんですね!」
「ああ……。ひなただけじゃなくて、他の子からも言われたからな。ホールに出るかはわからないが、皆のやる気が上がるのなら、私はやるぞ」
「やった! すっごく可愛いですよ〜」
「そ、そうか……」
店長さんは照れ顔を見せる。普段とは違う様子に、不覚にも俺まで店長さんに萌えを感じた。
「そうだ、店長さん」
「なんだ?」
「見せたいものがあるんですが……飯山にも」
「なになに?」
俺は二人に背を向けると、服の下から丸めた尻尾を出した。
「おお〜」
「これは……尻尾か?」
二人は興味津々で俺の尻尾を見つめる。俺はクネクネとそれを動かしながら説明を始めた。
「そうです。実はこの前改造してもらって、つけてもらったんですよ」
「そうなんだ、スゴいね〜!」
「これは、自分の意思で動かせるのか」
「はい」
「……触ってもいいか?」
「それはちょっとやめてもらえると……」
「そうか、悪かったな」
残念そうに店長さんは立ち上がった。
「じゃあ、ほまれの分の猫の尻尾はいらないんだな?」
「はい、せっかく用意してもらったのにすみません」
「いや、いい。二つも尻尾があるのは変だろう? それに、そっちの方が明らかに高クオリティだからな」
俺たちはロッカールームに移動すると着替える。そして、飯山は段ボールから猫耳と尻尾を取り出すとそれをつけた。
「どうかにゃ?」
「似合ってるよ!」
もともと店長さんにスカウトされるほど、飯山は可愛い。猫耳と猫の尻尾をつけて、さらに『にゃん』をつけた飯山の破壊力は抜群だった。
開店準備をしていると、ホールから店長さんの声が飛んでくる。
「そろそろ始まるぞ……わかっていると思うが、語尾には『にゃん』をつけろよ」
「わかりました」
「……にゃんは?」
「わかりにゃしたにゃん☆」
「よし、それでいいにゃん」
店長さんが真面目なトーンで『にゃん』を語尾につけているのはなかなかシュールだった。
「それじゃ、お客さんを入れよっかにゃ、ほまれにゃん?」
「そうだにゃ」
こうして、キャットフェアが始まったのだった。
※
「おかえりにゃさいませ、お嬢さ……」
「本当にネコミミガールデス!」
「……来たわよ、ほまれ」
俺のシフトが終了する間際、入り口のドアが開いたので接客に向かうと、そこにはみなととサーシャが立っていた。約束どおり来てくれたみたいだ。
「席にご案内いたしますにゃ〜☆」
俺は二人を席に案内する。
「やっぱり、メイド服姿のほまれはいつ見てもいいわね……」
「ふふ、ありがとにゃ〜☆」
「家で飼いたいデス!」
「ダメだにゃ☆ 私は非売品だにゃ☆」
というか、やろうと思えばいくらでもやれるけどね。
「……ところで、二人が一緒に来るとは思わなかったよ。別々に来るのかと思った」
「電車の中で偶然会ったんデスよ〜」
「せっかくだから一緒に来たというわけよ」
サーシャはヘラヘラ笑っている。みなとも笑みを浮かべているが、目だけはいっさい笑わずにサーシャを牽制するように見ている。変なことが起こらないよう、監視しているのだろうか。
「……ごほん、それではこちらがメニューだにゃ☆」
俺は二人にメニューを渡す。彼女らはあらかじめ何を頼むか決めていたようで、すぐに注文が決まる。俺は店長さんのところに注文の品を伝えに行った。
すると、飯山が話しかけてくる。
「ね、もしかしてサーシャちゃんとみなとちゃん、来てる?」
「うん、そうだよ」
飯山は二人の座っている席の方に行って、二人に話しかけた。
「二人とも、よくきてくれたにゃ〜」
「ひなた! ネコミミかわいいデスね〜!」
「やっぱり可愛いわね」
「ありがとにゃ〜」
和気藹々と三人が話しているのを眺めながら、テーブルを拭いていると店長さんから声がかかる。
「ほまれ、十番テーブルの品、できたにゃ〜ん」
「了解だにゃ〜☆」
ちなみに店長さんまで語尾に『にゃ〜ん』をつけている。この位置からではお客さんには聞こえないとは思うのだが、裏方でも『にゃ〜ん』を徹底するあたり、店長さんのプロ意識を感じる。
ただ、店長さんの真面目な口調と『にゃ〜ん』がかなりのギャップで、ちょっと笑いそうになるのが難点だけど。
「お待たせしましたにゃ〜☆」
俺は料理を二人のところに持っていく。ちなみに、飯山はすでに他のテーブルの接客業務に戻っていた。
「こちら、オムライスですにゃ〜☆」
二人とも頼んだ料理はオムライスだった。
「ケチャップでオムライスに何かお書きしますにゃ☆ どういたしますかにゃ?」
「絵でもいいデスか?」
「いいにゃ〜☆ でもあまり出来は期待しないでにゃ……☆」
「じゃあ、猫耳のほまれを描いてくれデス!」
「え、えぇ……やってみるにゃ☆」
俺はケチャップを握ると、オムライスに絵を描き始める。文字を書くのは何度かやっているが、絵は初めてだ。
ケチャップで文字を書くのでさえ難しいのに、絵を描くのはさらに難しい。輪郭がどうしても太くなってしまうので、潰れないようにしながら注意する。
「……これでどうかにゃ?」
「おお、スゴいデス!」
なんとか描ききった。まあ、自分に見えなくないかな……? くらいの出来だが、サーシャが喜んでくれたのでよしとしよう。
「みなとはどういたしますかにゃ?」
「『ほまれ♡みなと』で」
「……承知いたしましたにゃ☆」
みなとは全然ぶれなかった。俺は慣れた手つきで『ほまれ♡みなと』とオムライスに書く。ちょっと恥ずかしいな……。
無事に書き終わった後は、最後の儀式を行う。
「それではおまじないをしますにゃ〜☆」
俺は一拍置く。
「サーシャお嬢様とみなとお嬢様のふわふわオムライス、おいしくにゃ〜〜〜れ☆☆☆」
「わぁ……!」
「…………」
サーシャは嬉しそうに拍手する。一方のみなとは俺をぼーっと見つめていた。
「み、みなと?」
俺が問いかけた次の瞬間、みなとの鼻から赤いものがツーッと垂れてきた。
「みなと、鼻血が出てるデスよ!」
「え、あ、そうね」
「だ、大丈夫かにゃ……?」
「ええ、あまりにもほまれが可愛すぎて……」
みなとは平然と言っているが、動揺を隠しきれていない。そうこうしているうちに鼻血はどんどん垂れてきて……。
「みなと、早く拭かないとデス!」
そう言ってサーシャはティッシュを出すと、ガタッとテーブルに手をついてみなとの方へ身を乗り出した。
その衝撃で、テーブルの端に置いてあったお冷の入ったコップが落下した。
「あっ……!」
みなとが声をあげる。ちょっと傾きながらまっすぐ落ちていくコップ。拾おうにもこのまま手を伸ばすだけでは間に合わない!
俺は咄嗟に、体をちょっと曲げてコップに背を向ける。そして、瞬時にAIを起動した。
この尻尾は、当然俺の体の一部なのだから、AIに操作させることだってできる。
次の瞬間、AIに操られた尻尾はコップに追いつくと、それに巻き付いて、優しく威力を減衰させてうまいことキャッチした。水はほとんどこぼれていない。
俺はそのままコップをテーブルの上に戻した。
「ふぅ……よかった……」
「……す、スゴいデス! まさに神業デスね!」
「ありがとう、ほまれ」
「どういたしましてにゃ☆」
咄嗟に思いついたことだったが、うまくいってよかった……。
この尻尾、実はかなり有用なのかもしれない。
「それでは、ごゆっくりしていってくださいにゃ〜☆」
ちなみに食事の後、二人とも俺とチェキを撮って、大満足で帰宅したのだった。