「それでは、優勝したほまれちゃんへのインタビューです! 今のお気持ちはどうですか?」
「……とても、大変な戦いでした☆」
結局、決勝戦では俺が飯山を下した。
圧勝……といきたかったが、そこは前回王者。これまで勝負したどの相手よりも手強かった。
勝負はとても拮抗し、三分以上の激闘を経て、俺はなんとか飯山をねじ伏せることに成功した。とても苦しい戦いだった。
筋肉もたいしてついていないように見えるのに、その力はどこから来るのか、甚だ疑問だ……。
「そして、優勝者のほまれちゃんには、豪華なプレゼントです!」
すると、店長さんが紙でできた薄い入れ物を渡してきた。ファイルのようになっているその中には、細長く切り取り線のついた紙が入っていた。
「これは……」
「遊園地の一日パスだ。友達と行ってくるといい」
「おお……! やった!」
以前店長さんが言っていたとおり、豪華なプレゼントだった。
「それでは、これにて腕相撲大会を閉会します! みなさん、激闘を演じたメイドに、今一度拍手をお願いします!」
万雷の拍手の中、俺はこれまでの戦いを振り返る。
一時はどうなるかと思ったが、なんとか優勝することができた。
いろいろハプニングもあったが、なんだかんだ楽しかったなぁ……。
でも、この楽しいイベントに今度参加できるどうかはわからない。そもそも、俺がメイドとして働くのは、夏休みの期間中のみ、という話だった。それ以降の予定はいっさい決まっていない。
一日パスを見つめながら、控え室への通路を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
「ほまれ」
「……あ、店長さん。お疲れさまです」
振り返ると、店長さんがこちらへやってきていた。
「少し話があるんだが、この後いいか?」
「あ、はい。構いませんけど……」
「じゃあ、着替えた後に、ホールに来てくれ」
そう言い残して、店長さんは俺を追い抜いて、控え室の方へ歩いて行った。
話って何だろうか……? 不思議に思いながらも、俺も店長さんの後を追って、控え室へ着替えに向かうのだった。
※
ホールに到着すると、すでにお客さんはいなくなっており、スタッフの人たちが片付けをしていた。
「こっちだ、ほまれ」
すると、柱に店長さんが背中をもたれかかっけていた。もう普段着に戻っている。
俺はそっちに駆け寄ると、店長さんは用意していた椅子を引いて座った。俺も促されてテーブルを挟んで向かいの席に座る。
「まあ、まずは優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「まさか、あのひなたを下すとはな……本当にほまれは強いんだな」
「まあ、あはは……」
それは俺がアンドロイドだからで、人間よりもはるかに強い力が出せるからで……なんて言えない。
「まあ、それはそうとして、今回話したいのは、今後についてだ」
「今後……」
ついにこの時がやってきたらしい。
店長さんは、鋭い目で俺を見る。自然と背筋が伸びる。
「ほまれには、夏休みいっぱいという期限でバイトに来てもらっている。そうだよな?」
「はい」
「それで、夏休みはあと三日で終わり。だから、ほまれが働くのも、とりあえずあと三日で、いったん終わりとなる」
「……はい」
も、もしかして、俺は『バイトに来なくていい!』と、このまま解雇されてしまうんじゃないか? そもそもバイトを続けるかどうかの選択権は俺にはなく、バイトで何らかの失態をしたために、店長さんは俺を解雇しようとしてきているんじゃ……。
そうだったら嫌だなぁ……。頑張ってきたのに。でも、いらないと言われたならしょうがない。潔く辞めるしかないよな……。
「……そんなに落ち込んでどうした? 悪い話じゃないぞ?」
「え?」
「腕相撲大会優勝、八月の売り上げ二位。人当たりもいいし、お客さんからの評判も上々。そんな成果を残しているメイドを、こちらはそう簡単に手放したくはないんだ」
「……ということは」
「……ほまれさえよければ、今後もウチで働いてくれないか?」
店長さんは頭を下げる。
その言葉を聞いて、ちょっと安心した俺は、店長さんのその様子を見て、慌てて頭を下げ返した。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
「……ありがとう。もちろん、学校が始まるのだから、シフトは柔軟に調整するつもりだ」
「ありがとうございます」
願ってもいない話だった。なんだか、メイドカフェでの俺の居場所が認められたような気がしていた。
しかし、こうなってしまった以上、このまま隠し通しておけるとは思えない。
夏休み期間中の一ヶ月半は、なんとか俺がアンドロイドだということはバレずに隠し通してきた、と思う。しかし、これから働き続ける中で、俺がアンドロイドだと絶対にバレないとは言いきれない。
それに、もしも、だ。この体から元の人間の体に戻れたとき、どうする? そのままメイド喫茶に勤務できるわけがない。男になったから急に辞めます、と言うしかないのか?
このまま俺の正体を教えないままでそうなるのであれば、最低限店長さんには教えてしまった方がいい。もしそれが原因で『やっぱり雇用を継続するのはやめます』と言われても、それは仕方がない。後で大事件を生み出すよりかはマシだ。それが道理というものではないのか。
しかし、やはり、俺の事情を他の人に話すときはどうしても躊躇ってしまう。でも、言わなければ。
「あ、あの、店長さん……。実は、その前に言わなければいけないことがありまして……」
「ん? なんだ?」
「実は……」
数秒間、俺は言葉に詰まった。そして、やっと絞り出すように、声を出した。
「お……私は、アンドロイドの体なんです。今はちょっと事情があって……」
俺はおそるおそる店長さんの顔を見る。店長さんは俺を見て無言で固まっていた。
ああ、やっぱりそうなるよな……。普通に人間だと思っていた人物が、目の前で『実はロボットなんです』なんて告白したら困惑するに決まっている。
俺は店長さんにどんな言葉を投げかけられてもいいように、心の覚悟を決めて、視線をテーブルに落とした。
しかし、返ってきたのは、とても意外な言葉だった。
「……いや、それは知ってるぞ」
「…………え?」
店長さんが発したその言葉に、俺は目を丸くした。
「事故で女型のロボットの体になったんじゃなかったのか?」
「え、あ、はい……そうですけど」
「それがどうかしたのか?」
「え、ええええええ⁉︎」
俺は思わず大きな声を出してしまう。ハッとして辺りを見渡すと、ホールで作業していた人の視線がこちらを向いていて、とても恥ずかしくなった。
今度は声のボリュームを抑えて、店長さんに尋ねる。
「て、店長さん知っていたんですか? いつからですか?」
「ま、まあ落ち着け、近い……」
「あっ、す、すみません」
「えっと、ひなたから紹介された時だな。だから、採用する前には、おおよその事情を把握していたぞ」
「そ、そうだったんですか……」
なんだか、これまで気に病んでいたのがとても馬鹿らしく思えてきて、俺は一気に気が抜けてしまった。
「もしかして気にしていたのか?」
「もちろんですよ……店長さんにはいつ明かそうかと……」
「ああ、すまない……言っておけばよかったな。ほまれが何も言ってこないから、てっきり言われたくないのだと思っていてな」
「……とにかく、店長さんが知っているならよかったです。それで、他のバイトの人はどれくらい知っているんですか?」
「私とひなただけだ。他のメンバーには言っていない」
「そうなんですね……」
「ああ、今後働くときも、極力ひなたと同じ時間帯にするつもりだから、そこは安心してほしい。それに、いろいろ配慮もするから」
「それはありがたいです……」
どうやら、今までの心配はすべて杞憂だったようだ。
「まあ、詳しい話は後で、店に戻ってからにしよう。ともかく、これからもよろしく、ほまれ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
というわけで、メイド喫茶で今後も働き続けることが、ひとまず決定したのだった。
※
けたたましいアラームが響く。
画面には、セキュリティについての警告が、ひっきりなしに浮かび上がっている。
その画面を見ながら、高速でキーボードを打ち続ける人々。皆必死の形相になっている。
現在、悪意を持った外部からの勢力によりサイバー攻撃を受けているのだ。ここには奪い取られてはならない、重要な機密データが山ほどある。なんとしてでも、阻止しなければならなかった。
そして、そのうちの一人である天野みやびは、動かし続ける手を止めずに、ボソッと呟いた。
「ついに、動き出した……ね」
※
一方、同時刻。東京国際空港では、ロシアからはるばるやってきた一機の飛行機が、乗客を降ろしている最中だった。
搭乗橋を通って次々と空港の建物に入っていく人々。ある人はビジネスのために、ある人は家族旅行のために、またある人は友人と会うために。各々の目的を胸に秘めて、歩いていく。
その中で、一際目立つ大きな麦わら帽子があった。
その中に隠れているのは金の長髪。黒いサングラスの奥には碧眼。とてもラフな格好をした彼女は、スーツケースをガラガラと引きながら優雅に歩いていく。
彼女は、サングラスを取り、不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「天野ほまれ……待っていろデス、アナタを……手に入れるデス」
※
長かった夏休みが終わり、何かが始まろうとしていた。