シャロ「目が覚めたら、周りはゾンビだらけでした」
シャロ「そこから皆と合流し、様々な苦難を乗り越えて、ついにリゼ先輩とも会えました」
シャロ「ですがゾンビはリゼ先輩の家から湧いてきていたのです」
シャロ「その原因を調べると、私たちはある黒幕の存在に行きつきました」
シャロ「彼女の名は青山ブルーマウンテン。彼女こそが、ゾンビを街中に発生させた張本人だったのです」
シャロ「彼女の暴走を止められるのは、私たちだけ。木組みの家と石畳の街の運命は、私たちに懸かっているのです」
シャロ「果たして、これから木組みの家と石畳の街はどうなってしまうのか? 私たちはどうなるのか? 青山さんはどうなるのか?」
シャロ「『ご注文はゾンビですか?』 第10羽、最終回始まります」
地下室の中央にいたのは、なんと青山ブルーマウンテンだった。
勿論、ブルーマウンテンというのは本当の名前ではない。彼女はこの木組みの家と石畳の街で、そのペンネームを用いて小説の執筆活動をしているのだ。映画化している作品もあるほどの、有名な売れっ子作家である。
そんな彼女は今ここで、紫色の巨大な三角帽子と被り、黒いローブを身に纏って、彼女の目の前の机に水晶を置いていた。非常にオカルティックで奇妙な格好だった。
そして、なんで彼女がこんなところにいるのか。シャロたちにはもはや訳が分からなかった。
「なな、なんで青山さんが私の家の地下室に⁉」
家に住んでいるリゼでさえも混乱している。その他の五人にもわかるはずがない。
そんな風に混乱する七人に、青山さんは困ったように頬に手を当てると、一言。
「せっかくゾンビを作り出していたのに、見つかってしまいました~」
その一言が確信犯だった。
刹那、全員が武器を構えなおす。とりわけ、リゼはその銃口を青山さんに向けていた。
ココアが信じたくないように青山さんに問いかける。
「青山さんがゾンビを発生させていたの⁉」
「そうなんです~。ほら、見ての通り、実は私、魔法使いなんです~」
そういわれても普段の七人なら受け流していただろう。だが実際に彼女がその恰好をしていること。そして外であれだけ溢れていたゾンビどもが、この部屋には一体も存在していないこと。さらに……。
「ゔあああああ……」
次の瞬間、青山さんの前の水晶が怪しく光ると同時に、千夜の後ろにゾンビが現れた。そして、後ろから襲おうと腕を広げた。
「千夜!」
「千夜ちゃん!」
「あら~……」
千夜は天性の運と回避力で、何でもないかのようにゾンビの腕を避ける。そして傍に控えていたマヤとメグが水鉄砲で勢いよくゾンビを部屋の外まで吹っ飛ばして、塵に還した。
これで、青山さんがこのゾンビ騒動を起こした張本人であることが、今ここで七人の前ではっきりと証明された。
「ど、どうしてこんなことをしたんだ、青山さん!」
「そ、そうだよ~! みんな困っているよ~!」
マヤとメグが抗議の声をあげる。それに対して、青山さんは少し困ったような顔をすると返答した。
「最近なかなか小説のいいアイデアが思い浮かばなくて……いっそのこと、魔法を使って街中をパニックにして、それを小説にしようか、と~」
「小説のためだったんですか!」
チノが思わずツッコみを入れる。世界征服や殺戮ではなく、七人の考えよりも遥かに動機は単純だった。
「でも、だからと言って街中にゾンビを発生させるのは間違っている!」
そういうと、リゼは引き金に指をかける。
「ゾンビを発生させるのを止めるんだ! さもなければ……」
リゼの目は間違いなく本気だ。青山さんがこれ以上続ければ、怪我を承知の上で間違いなく撃ってくる。
「安心しろ、急所は外す」
リゼはじりじりと青山さんに銃を構えたまま迫る。油断なく、慎重に近づいていく。
「こうなっては仕方ありませんね……」
青山さんが仕方なさそうに呟く。すると、次の瞬間、水晶が再び怪しく光りだした。
咄嗟にリゼは水晶の方に銃を向ける。だが、その銃口から弾丸が発射されることはなかった。
「ぐっ……! なんだこれは……!」
次の瞬間、リゼは膝から床に崩れ落ちた。そのまま立ち上がることができない。まるで、強大な見えない何らかの強い力に、上から無理やり押さえつけられているような感じだ。
「リゼちゃん……! きゃあっ!」
慌ててリゼに駆け寄ろうとしたココアもその餌食となる。バターン! と盛大に床に倒れた。
それに続くように、千夜、チマメ隊も地面に倒れる。それぞれ、地面に縫い付けられているかのように手足が動かない。
そして最後まで残ったのは、カフェインハイテンション状態のシャロだった。
その様子を見て、ココアが叫ぶ。
「シャロちゃん、しっかりして!」
今のところ、立ち上がっているのはシャロしかいない。カフェインの効果で魔法が弱まっているのだ。ただし、カフェインが切れかけているのか、今にも青山さんの魔法に屈して倒れそうだ。
六人にとっては、シャロだけが唯一の頼みの綱なのだ。
だが、シャロに供給するためのコーヒーはすでに尽きてしまった。それに、体を動かせないチノは魔法でコーヒーを出すこともできない。
そんなときに、チノは何かを思い出したように、顔だけを動かしてぼんやりしているシャロに呼びかける。
「シャロさん……! 『あれ』を使ってください……!」
その言葉で、カフェインが切れかけて徐々にはっきりする思考で、シャロは数十分前の、チノとの会話を思い出していた。
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「シャロさん、シャロさん」
「どうしたの、チノちゃん?」
時間は日付を超える前。場所はラビットハウス。
ココアがリゼを助けに行こう! と宣言して、タカヒロにラビットハウスを頼んで四人が出発しようとしていた時だった。
魔法少女の格好をしたチノは、シャロに小さな水筒を手渡した。
「これは……?」
「シャロさん専用にブレンドしたコーヒーです。さっき作りました」
チノがさっきからコーヒーサイフォンでつくっていたのは、これだったのだ。本来ならこれで物資の支援をやろうとしていたのだが、ココアが持ってきた魔法少女の衣装とチノ自身の気持ちで、結局出陣することになってしまった。
「これを飲めば、一時的にシャロさんの体力を高めます。カフェイン酔いもなるべく出ないようにしました。いざとなったら飲んでください」
「ありがとう、チノちゃん」
シャロはそれをありがたくそれを受け取って、パーカーのポケットにしまったのだった。
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(完全に思い出した……まだ、これがあるじゃない!)
シャロはパーカーのポケットを探る。すると、手の先に何か固い感覚が伝わってきた。あった。チノの特製ブレンドコーヒーを入れた水筒だ。
そんな中、シャロがまだ立っていることに気が付いたリゼがシャロに声を投げかける。
「頼んだぞ、シャロ!」
ハッと振り返ってみてみると、リゼはシャロを真剣な眼差しで見ていた。その目は、『もうお前だけが頼りだ!』とシャロに語り掛けている。
そして、それを発端にして、次々と後の六人から声援が来る。
「シャロちゃん、ファイト~!」
「シャロちゃん、ファイトだよ!」
「シャロさん、やっちゃってください!」
「シャロ~! がんばれ~!」
「シャロさ~ん!」
(後ろにはみんながついている。だから、私にはできる!)
シャロは後ろから六人の声援を受けて踏ん張って立つ。そして、彼女は水筒の蓋を空けると、それを一気に飲み干した。
その瞬間、これまでのB〇SS缶とは比にならないくらいのスピードで体に力が湧いてくる。酔いの副作用で力を増幅しているのではない。力を増幅した副作用で酔っているような感覚でさえある。
シャロは再び木刀をしっかりと握りなおして、ゆっくりと立ち上がる。
「あら~……私の魔法が……効いていない……?」
その様子に青山さんは若干驚いた様子を見せる。シャロには魔法が効いていないのか。
否、確かに効いていることには効いている。現に、シャロの脚は僅かながら魔法の影響を受けて震えていた。だが、シャロはそれを跳ねのけるほどのパワーを漲らせているのだ。
(スゴい……流石チノちゃん、酔っているはずなのに全然頭がぼんやりしない)
シャロのカフェイン酔いの具合は、コーヒーのブレンドの具合によって、かなり異なる。チノの絶妙なブレンドコーヒーにより、コーヒーを飲んでいるにも関わらず、シャロの頭は妙にはっきりしていた。
そして、シャロは青山さんをまっすぐ見据える。
「青山さん……! もうこれ以上、街にゾンビを発生させないで……!」
「それは困ります……。私も小説を書かなければなりませんから……」
「でもっ……! こんなやり方は間違ってる……!」
シャロの木刀を握る手に力が籠る。
(こんな怖い状態、絶対に私が終わらせるのよ……!)
「シャロさんも、ですか……」
青山さんは俯いて少し笑う。その顔はどこか寂しそうだった。
「青山さんが止めないなら、私がそれを止めます!」
シャロは青山さんの下へと駆けだした。狙うのは、青山さん――ではなく、その前の机に置かれている水晶。これが光るとゾンビが発生するということは、間違いなくこれがゾンビ騒動の原因だ。ならば、木刀でこれを破壊すればいい。
シャロが動き始めた途端、水晶が光って次々と行く手を阻むようにゾンビが現れる。だが、シャロはそいつらを鎧袖一触で無に葬り去る。これまでとは格段にスピードが違う。ゾンビなんて存在しなかったかのように、シャロは水晶に迫る。
「やああぁぁあぁああ!」
そして、シャロが振り上げた木刀で、パリン、という儚い音をたてて破片がキラキラと宙に舞い、水晶が砕け散った――
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チュンチュン、という窓の外の平和な鳥の鳴き声で、シャロは目が覚めた。
窓の外はすでに明るく、爽やかな朝の青空が広がっていた。
数分間ボーっとした後、シャロは自分が起きているということにようやく気が付いた。そして、ゴソゴソとベッドの上で体勢を変えて、枕元にある目覚まし時計を確認する。
(六時三十分……朝になったわね……)
やたらとぼんやりする頭で、シャロは回らない思考を無理やり回していく。
(確か今日はバイトの日だったわ……ちょっと急がなきゃマズいわ)
シャロはベッドから身を起こす。その時に、少し頭がくらくらして再びベッドの上に倒れ込みそうになった。が、もう一度横になってしまうと二度寝してしまいそうな気がしたため、ここはぐっとこらえる。
「それにしても、昨日はなんだか怖くて不思議な夢を見たわね……」
確か、起きたら真夜中で、周りにゾンビがいたからとても怖かった、というのが印象に残っている。そしたら千夜から電話がかかってきて、甘兎庵に避難することになった。さらに友達が心配になったから、ラビットハウスに行ってココアとチノに会い、リゼ先輩の家に向かうことになった。またさらにその道すがらマヤちゃんとメグちゃんに会って、最終的にリゼ先輩とも会えた。それで、皆でゾンビの発生源を探ったら実は青山さんで、みんながやられる中、自分はチノちゃんのコーヒーで青山さんをたおし――
「なんだか妙にはっきりしてる……。これだけでも小説が書けそうだわ」
そして、それを全部夢だと思い、自分の想像力の豊富さに、思わずクスッと笑った。売れっ子小説家になって印税を生活の足しにするのも悪くないかも、とシャロは少し本気で考え始める。
だが、そうこうしている時間はシャロにはなかった。ハッと時計を見ると、いつの間にか十分以上も過ぎている。
「早く準備しないと、バイトに間に合わなくなっちゃう……!」
シャロは早速朝食の用意をしようと、ベッドから下りて立ち上がろうとする。だが、シャロの右足は床に触れることなく、何か丸いものを踏んづけた。
そのまま体重をかけたらどうなるか。決まっている。
「んぎゃ」
シャロは奇怪な声をあげて足を滑らせ、ベッドの上にドスンと後ろから倒れ込んだ。幸いにしてけがはない。右足で踏んづけたものがガラコロ……と部屋の反対側の端まですっ飛んでいった。
「いったい何なのよ……」
シャロはぶつくさ文句を言いながら、再び立ち上がる。そして、部屋の反対側まですっ飛んでいったそれを律義に拾い上げる。
それは、B〇SSの缶コーヒーだった。