「あそこが『虹の濫觴』の本部だよ!」
翌日の放課後。俺はレイ先輩に連れられて、『虹の濫觴』の本部へやってきた。
校舎の北側、第一城壁に程近い場所には、いくつか建物がある。その中の、とりわけ大きい建物をレイ先輩は指差した。
レイ先輩によると、他の多くのクリークの本部も、この辺りに集まっているらしい。
「それじゃあ、あたしはクリークの集まりがあるから」
「ありがとうございました」
「じゃあねー!」
俺を案内すると、レイ先輩は別の方向へ走っていってしまった。
虹の濫觴……学園最強と言われ、魔導師を目指す生徒が集まるクリーク。所属するかどうかはまだわからないが、興味はある。
お礼を言うついでに中を覗けたらラッキー……くらいな気持ちだ。
レイ先輩に教えてもらった建物の方へ歩いていくと、その入り口付近にたくさんの人が集まっているのが見えた。
上はカヤ先輩くらいの年齢から、下は俺より少し上くらいの年齢の人まで、いろんな学年の生徒がいる。
しかし、どの人も虹色の腕輪をしていない。虹の濫觴には所属していない人たちのようだ。
何かイベントでもあるのだろうか?
それはさておき、俺の本来の目的は、あの金髪糸目の少年を見つけてお礼を言うことだ。とりあえず、建物の前のたくさんの人の中にはいなさそうだ……。
だったら、中に入って探すしかなさそうだな。
「君も、入会志望者かい?」
「わ⁉︎」
そんなことを考えていると、突然後ろから声をかけられた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは見覚えのある人だった。
「あ……」
金髪糸目の少年だ。左腕には虹色の腕輪。間違いなく、昨日廊下でヴォルデマールから助けてくれたその人である。
「え、えと……ありがとうございました!」
あまりにも突然の邂逅にテンパってしまい、本来踏まなければいけない過程を全てすっ飛ばして、お礼の言葉が出てしまった。
当然、俺の言葉に少年は困惑しているようだったが……。
「あれ、君は確か、昨日の……」
「あ、はい! そうです! あの、おれいをしわすれたので、いいにきました」
しどろもどろになりながら、どうにか事情を説明したことで、少年は俺の目的と行動を理解したようだった。
「そっか、わざわざありがとう」
「い、いえ。たすけてくださり、ありがとうございました」
やっとお礼を言えた。目標達成である。
さて、あわよくば虹の濫觴についてもっと知りたいところだが……。その前に気になることがある。まずはこれを聞かずにはいられない。
「ところで、このあつまりはなんですか?」
「ああ、今から入会試験があるんだよ」
「にゅうかいしけん?」
「そうそう。君もやってく?」
「え……えっと……」
「大丈夫だよ、そんなにキツいものじゃないから。ゲーム感覚でやってみなよ。受かったらラッキー、くらいの気持ちでもいいからさ」
突然の提案に俺は戸惑う。
「君、一年生の魔法科の生徒だろう? うちのクリークは魔法の技術を磨くことが目的だからさ、受けておいて損はないと思うよ」
「は、はぁ……わかりました」
「よし、じゃあこっちに並んでおいて」
少年の巧みなトークに飲み込まれ、俺は急遽、入会試験に参戦することになった。
昨日の話によれば、入会試験は年に一回しか行われないらしい。つまり、十年でここを卒業するとすると、わずか十回しか入会のチャンスはないのだ。今回を逃せば、次のチャンスまで一年待たなければならない。
元々、虹の濫觴には興味があったし、もし入会試験に受かって、そのまま自分に合うようだったら入会すればいいし、ダメそうだったら断ればいいだろう。
「それでは、入会試験を受ける皆さんは、こちらへお入りください!」
すると、向こうであの少年の大きな声が聞こえた。それに従って集団はゾロゾロと移動し、建物の中に入っていく。
「こちらの紙を、失くさないようにしてください〜」
通路を進んでいる最中に、一人一枚ずつ小さな紙が配られる。
見ると、片面にはなんらかの魔法陣が描かれていた。裏面は付箋の貼り付け部分みたいに、若干ベタベタしている。どうやらシールのようだ。
しばらく進むと、俺たちは大きな部屋に入る。天井は高く、部屋は大きな円形。まるで屋内の体育館のようだった。
「あー、あー」
全員がこの部屋に入ると、少年の大きな声が響く。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。只今より、王暦七百六十年度の、『虹の濫觴』入会試験を開始します!」
拡声の魔道具を持った金髪の少年は、皆から一歩離れた場所から、手元のカンペを見ながら話を続ける。
「今回の試験を担当するのは、わたくし、魔法科四年生のローガン・ガルシアです。どうぞ、よろしくお願いします!」
会場から拍手が起こる。それは虹の濫觴に所属できるほど魔法技能に優れたローガン先輩への、敬意の表れだろうか。
「さて、今回の入会試験の内容ですが……『鬼ごっこ』です!」
鬼ごっこ? 会場がザワザワする。
「もちろん、ただの鬼ごっこではありません! 詳しくルール説明をします。
皆さんには、ここに来る途中に、一人一枚、魔法陣の描かれたシールが配られたと思います。この魔法陣は麻痺魔法の魔法陣で、相手に貼り付けて魔力を込めると、相手を麻痺させることができます。
皆さんがやることは、このシールをわたくしローガンに貼り付け、麻痺させることです。最初にわたくしにシールを貼り付けて麻痺させた一名は、見事、入会試験合格となります!」
それを聞いて、俺は考える。
このルールだとローガン先輩側が圧倒的に不利じゃないか?
今の説明だと、俺たち受験者側が鬼、ローガン先輩が子となる。人数は鬼側が圧倒的だ。多人数で囲まれたら、いくら魔法技能に優れるローガン先輩でも、すぐに詰んでしまうと思う。
いや、そんなことはローガン先輩も、虹の濫觴もわかっているはず。それを補うようなルールや、先輩個人の卓越した能力がある……ということなのか?
「ただし、ですね」
すると、ローガン先輩は右手を高くあげる。
その手には、たくさんの紙切れが握られていた。
「わたくしも、皆さんと同じく、麻痺魔法の魔法陣のシールを受験者の人数分だけ持っています。そして、皆さんから逃げながら、これらを皆さん一人一人に貼っていって、麻痺させていきます」
なるほど、ローガン先輩にも、こちらの頭数を減らす手段が用意されているのか。
「そして、この試験の制限時間は、後ろの砂時計の砂が全て落ち切るまでです」
そう言って、後ろに設置してある大きな砂時計を見る。
これが落ち切るまでに、魔法陣を貼り付けられないようにしながら、先輩に貼り付けろ、ということか……。
「また、救護班を用意しています。もし試験中に負傷した場合でも速やかに処置を行うので、安心して参加してください」
ローガン先輩が視線を向けた先には、ギャラリーがあり、ビブスを着た人たちが数人待機していた。
「何か質問などはありますか?」
先輩は誰からも声が上がらないことを確認して、拡声の魔道具とカンペを邪魔にならない場所に置く。
「無いようなので、早速試験を始めましょう。準備はいいですか?」
思い思いの反応が受験者から返ってくる。その多くは威勢の良い、やる気に満ち溢れた声だった。
先輩は、不敵な笑みを浮かべる。
「それでは、試験開始!」
その声とともに、勢いよく砂時計がひっくり返り、ゴーン! という重低音が響き渡る。
そして、受験者は一斉に、ローガン先輩に向かったのだった。