翌日。俺は、いつものように魔法の練習をしに、庭に出る。
昨日はいろんなことを経験した。初めてのクエスト、クォーツアントとの戦闘、地底湖への落下、そして精霊たちとの出会い、契約……。これだけでも盛りだくさんなのだが、クエストが終わってからも、その余波は続いていた。
例えば、報酬。俺もクエストへ参加したハンターなので、元々報酬が支払われる予定だった。ただし、後方で回復を担う者として、だ。
しかし、クエスト開始時に、クォーツアントを斃した者には特別報酬の追加……つまりボーナスが支払われる、とバルトが宣言していた。
そして、その対象に俺は含まれている。新品の刀で、四体斬り斃したからである。
その結果、本来支払われる予定だった報酬に加えて、特別報酬が上乗せされた。
その額、一体につき七百セル、しめて二千八百セル。それに元々貰う予定だった報酬を加えて、合計で三千六百セルを受け取った。ゴブリン戦のときには及ばないものの、かなりの金額であることには変わりない。
もちろん、その金は全て自分の口座にしまっておいた。またいつか、使うかもしれないからな。
そして、家に帰ってからもまた一悶着。
端的に言えば、ルーナがバルトに泣きながらキレたのだ。
そりゃそうだろう。後方支援として、絶対に安全な場所で仕事をさせる、と約束したのに、クォーツアントと戦うことになり、挙げ句の果てに攻撃されて洞窟の裂け目に落ちてしまったのだ。
結果的に無事だったから良かったが、少しでも誤った選択をしていたら死んでいたかもしれない。ルーナが怒るのは当然のことだった。結局、当分の間、俺がクエストに参加することは禁止になった。
だが、このクエストで得られた恩恵は、俺にとっては莫大なものだった。
お金もそうだが、特に精霊との出会い。上級精霊六体と一気に契約したのだ。
今日の練習では、その威力を確認しようと思っている。
確か、精霊たちは、俺から魔力をもらう代わりに、俺の魔法の発動の手伝いをしてくれると言っていた。さらに、精霊それぞれが魔法を使うことができるため、魔法の同時発動ができる、とも言っていた。
もしそれが本当なら、魔法で今以上にいろんなことができるだろう。
ちなみに、精霊たちと契約したことは、まだ誰にも話していない。バルトにもシャルにも、そして、今近くで練習の監督をしてくれているルーナにも、だ。
よし、それじゃあ早速、練習を始めるか。
俺は心の中で、問いかける。
ルビ、いるか?
『はーい! どしたのー?』
頭の中に声が響いてくる。ちなみに、昨日検証した結果、精霊たちの声は、俺だけに聞こえているらしい。
さて、今から魔法の練習をするんだけど、まずは、どのくらいの威力の魔法を放てるか確かめたい。俺の魔力が切れない程度で、何か適当な魔法を撃ってくれないか?
『おっけー‼︎』
よし、それじゃあ、俺が合図したら撃ってくれよ。
「じゃあ、まほうをはつどうするね」
「ええ」
俺はルーナに断ると、手のひらを上へ向ける。
次の瞬間、俺の手から赤い光が迸った。
俺とルーナの真上に、太陽とは違う光源が発生する。それは、点から急速に拡大し、コンマ数秒のうちに大きな火球となった。
少し遅れて、ドオオォォォォォン‼︎ という音と、凄まじい熱気、暴風が俺たちを襲う。
「きゃあぁぁっ!」
「わあぁぁぁっ!」
俺とルーナは慌てて姿勢を低くして、暴風に耐える。
数秒後、やっと落ち着いたため、俺たちは立ち上がった。
「フォル、ちょっとやりすぎよ」
「ごめんなさい……」
すかさずルーナから注意される。まさか俺も、ルビがあんなにデカい威力の魔法を出すとは思わなかったんだよ……。
『あーっ、あたしのことナメてたでしょー! 魔力制限なしだったらもっとすごいの撃てるからね!』
ルビの凄さは十分わかったよ。魔力制限なしverは、また今度ということで……。
それにしても、今の一撃はかなり大きい魔法だった。さっきの威力から推定するに、上級魔法相当だろう。
だが、思ったほど魔力は減っていない。同程度の上級魔法であれば、もっとゴリゴリに魔力が削られていてもおかしくないとは思うのだが……。
とりあえず、次に進もう。イア、いるか?
『はい、お呼びですか?』
今から魔法の練習をするんだけど、まずは、
『さっきと同じですか?』
あ、うん。もしかして聞こえてた?
『はい』
それなら話は早い。じゃあ、よろしく。
『承知しました』
「じゃあ、みずけいとうのまほう、うつね」
「……ええ、わかったわ」
俺は、できるだけ自分たちから離れたところへ、手のひらを向ける。
次の瞬間、俺の手から青い光が迸った。
そして、手のひらを向けた先の庭の地面から、バリバリバリッ! と氷の柱が生えた。高さ二、三メートルほどありそうな巨大な氷柱が、何本も。
氷の中は透き通っていて、取り込まれた庭の植木が視認できる。
……完全にやらかしたー!
「ごめんなさい! いまとかすから!」
俺は急いで氷柱に駆け寄ると、無詠唱で火系統初級魔法の『ファイヤー』を発動して噴射する。
炎が当たったところから、氷が融け、表面を水がダラダラと伝う。
しかし、ペースが遅い。これを全て融かすには、とんでもない時間がかかりそうだった。
「……手伝うわ」
すると、ルーナが反対側に回って、『ファイヤー』と唱え、氷を融かしていく。
二人がかりになって、効率は二倍になったが、それでも時間はかかるだろう。
ルビ! 力を貸してくれ!
『はーい!』
あ、でもやりすぎないようにね! わかった⁉︎
『もちろん!』
すると、俺の手のひらから迸る炎の勢いが強くなった。まるで火炎放射器を扱っているかのようだ。あまりにも炎が強いので、俺はその場から少し後退する。
『もー、イアはやりすぎなんだよ!』
『ルビだって私のこと言えませんよね』
『むきー‼︎』
二人とも喧嘩しないでくれよ……。俺がちゃんと、周りに被害を出さないように、って指示を出さなかったのが悪いんだからさ……。
とにかく、まずは目の前の氷を何とかしないと。
『……ごめんなさい、やりすぎました』
すると、俺が出している炎の隣から、勢いよく氷に向かって水が噴射され始める。明らかに魔法だが、俺は水系統の魔法を使っていない。イアが魔法を使ったのだ。
そして、その水からは湯気が出ている。どうやら温水を出して、少しでも氷をたくさん融かそうとするつもりらしい。
しばらく作業を続けていると、氷はやっとルーナの足上くらいの高さまで小さくなった。残った部分をルーナが足で蹴って壊し、ようやく氷柱が消え去る。
庭に残ったのは、融けた水でぐちょぐちょになった地面と、びしょ濡れになった植木、そして魔力を大量に消費し、疲れ果てた俺たちだけだった。
「フォル」
「……なに、ママ」
ルーナに声をかけられ、俺はビクッとする。
今回の魔法練習は完全にやらかしてしまった。一回ならまだしも、二回もだ。しかも、後者は庭にデカい氷柱を出現させてしまい、とんでもなく面倒くさい後処理をするハメになってしまった。
これは怒られるだろう……。心臓がキュッとなり、俺は恐る恐るルーナの顔を見る。
しかし、意外なことに、ルーナが発したのは怒りの言葉ではなく。
「もしかして、クエストのとき、何かあった?」
「え?」
ルーナは心配そうに俺に声をかける。
「今日のフォルはなんだか変よ。普段なら、火系統や水系統の魔法で失敗することはないはずなのに……。もし昨日、何かあったら、ママに話してほしいのだけど」
「……」
どうやら、俺の様子がおかしいと思っているらしい。確かに、普段なら魔法のコントロールを誤ることはまずない。やはり、ルーナの目はごまかせないようだ。
さて、どうするか……。精霊と契約したことを言うべきか、言わないべきか。言ってもいいのだが、世間一般で精霊がどう思われているのか全く知らない以上、下手に話すわけにはいかないし……。
でも、隠し続けるのも無理がある。これからしばらくはルーナに魔法の練習を見てもらうことになるし、俺は精霊たちと一緒に魔法の練習がしたい。初め、精霊たちとうまく連携が取れないうちは、今のように派手に失敗することもあるだろう。そうなったら、隠していた場合、ますます不審がられるのではないか?
それなら、言ってしまった方がいいのかもしれない。
俺は意を決して、ルーナに明かすことにした。
「じつは、せいれいとけいやくした」
「……精霊?」
「うん。せいれい」
ルーナは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして、目を瞬かせる。
「クエストの時に?」
「うん」
「どこにいたの?」
「あなにおちたさきの、ちかのみずうみ」
「そ、そんなところに精霊がいるのね……」
ルーナはびっくりしたような、それでいて半ば呆れたような声を出す。
「どんな精霊さんと契約したの?」
「うーんと……」
「まず、どの階級かしら? ……ええと、どのくらいの大きさかしら?」
「じょうきゅうせいれいで、このくらいのおおきさ」
俺はジェスチャーで大きさを示す。
「上級⁉︎ そんな上位の精霊がこの街にいたのね……」
あれ? もしかして上級精霊って結構レアなのか?
「それで、フォルが契約したのは、火系統と水系統……赤色と青色の精霊さんかしら?」
「うん、それと」
「え、まだいるの?」
「あと、かぜと、ちと、ひかりと、せいのせいれいとけいやくした」
「六系統全部じゃない!」
ルーナがツッコミを入れる。そして、頭を抱えた。
「ま、まさかそんなことになっていたなんて……」
「……だめだった?」
「ううん、ダメじゃないの。ダメじゃないし、むしろ、とんでもなく凄いことなのよ! 六系統全ての上級精霊と契約しただなんて、聞いたことがないわよ……」
どうやら俺は、相当レアな存在になってしまったようだ。
「ち、ちなみに、今精霊さんをママに見せることって、できる?」
「うーん、やってみる」
というわけなんだけど、皆、ちょっと外に出られる?
『できるっスよ』
『外出るのー? やったー!』
『ふわ~~、今どんな状態~~?』
『妾の出番じゃ‼』
『え、ボ、ボクも出りゅの~?』
『もちろんです』
精霊たちはやる気満々だ。
「でられるみたいだから、だすね」
よし、じゃあ皆出てくれ。
そう語りかけた次の瞬間、俺の身体が光りだした。
ルーナが、腕で目を覆い隠す。
それとほぼ同時に、俺の身体から精霊たちが光の球となって、胸のあたりからポンポンと外に出る。
そうして全員が出ると、光が収まった。精霊たちは、俺の体の周りをぐるぐると周回している。
一方、目から腕を外したルーナは、精霊を食い入るように見つめていた。
「こんなかんじで、せいれいとけいやくしてきた」
「本当に六体いるわ……今まで最高は四体と言われていたけれど……目の前で更新されたわ……」
わお、俺は無自覚にもワールドレコードをも樹立してしまったようだ。
すると、精霊たちの声が俺の頭の中に届く。
『そろそろ戻っていいっスか?』
『疲れたー‼』
『やっぱり中がいい~~』
『もう十分じゃろ! 妾の尊い姿をわざわざ見せてやったのじゃ‼』
『ボクも中に入りたいです……』
『珍しく噛みませんでしたね。フォルゼリーナ様、よろしいですか?』
うん、いいよ。
精霊たちは俺の許可が出ると、次々にスポスポと俺の胸から中に戻っていく。
そして、全てが元に戻った。
「……今日の練習で放った魔法は、精霊さんたちの力を借りて放ったものかしら?」
「うん。せいれいにおねがいして、やってもらった」
「やっぱり、そうだったのね」
ルーナは納得したような顔をすると、天を見上げて呟く。
「……これからは、魔法の練習場所を変える必要がありそうね」
それってもしかして……!
「もっとつよいまほうをつかってもいいってこと?」
「ええ……。あなたにはもう、この庭は手狭だわ。ジージと相談して、もう少し広い場所を用意するわね」
「やったー!」
これから、もっと強い魔法の練習ができる! ありがとう、精霊たち!
俺は早くも、次の練習場でどんな魔法を練習しようか、あれこれと考え始めるのだった。