『……その、私たちと、契約、しませんか?』
え? 契約?
どういうことだ?
『何を言い出すっスか、イア! フォルゼリーナさんは今急いでいるんスよ!』
『でも! こんな凄い量の魔力を持った人、二度と出会えないかもしれませんよ!』
『それはそうっスけど……』
『皆だって、フォルゼリーナ様と契約したくないのですか?』
『アタシはさんせー!』
『養ってもらいたい~~』
『フォルゼリーナはいい魔力を持っておる‼』
『ボクたちにとって、いい場所でしゅかりゃね』
ちょちょ、ちょっと待ってくれ。俺だけ話から置いてけぼりになってるじゃんか!
まず、『契約』って何だよ?
『契約というのは、我々の魔力供給パスを契約者の魔臓に繋ぐ行為のことです』
……つまり?
『あーもう、イアは難しい言葉を使いすぎなんスよ……。
要するに、契約した人から、魔力を供給してもらう代わりに、魔法を発動するお手伝いをする、っていう約束を交わすことっス』
なるほど、何となくわかった。でも、なんで俺?
『それは、全系統に適性があるっていうのと、単純に魔力量が多いってことっスかね。まだまだ年齢が若いので、これから魔力量も増えていくはずっスし』
なるほどね……。しかも、何気に全系統使えるってこと、バレてるし。
でも、上位精霊って魔力をたくさん使うんでしょ? 今の俺の魔力量で賄い切れるかな……。
『大丈夫っス』
『それくらい、あなたの魔力量は規格外、ってことなんだよー!』
『だから、安心してください』
そ、そうか……。
今の話をまとめると、俺の魔力量は精霊たちを維持するのに充分量あり、魔力をあげる代わりに、魔法を行使するときに補助をしてくれる……と。悪い話ではなさそうだ。
一応聞いておくけど、精霊たちと契約してから、何か俺の体に悪影響があるってことは……。
『その可能性は限りなくゼロに近いです』
『むしろ、あたしたちが自由自在に使えるよー!』
『まあ、其方の魔臓から少しずつ魔力を使うじゃが。それは必要経費ってやつじゃ』
『それに、私たちは、それぞれの系統の魔法が使えます。勿論、複合魔法も私たち複数を使えば可能です』
『さすがに系統外は使えないけどねー』
『でも、ウチらが中に入れば、それぞれが魔法を使えるっスから、元々使えるのと合わせれば最大で魔法を同時に七つ出せるっス』
七重発動(セプタプルキャスト)⁉
現状の二重発動を大きく上回る数だ。
『あ、元々二重に使えるなら、八重に魔法が使えるっス』
あ、そっか。
それにしても、八つも同時に魔法を使えるなんて……。
現実味の無い話が急に現実的になって来てちょっとくらっときた。
そんな強大な力が手に入るのだ。ワクワクを通り越して、少し怖いまでもある。
『……どうですか? 契約しませんか?』
……はい。
結局、俺は精霊たちとの契約の魅力からは、逃れられなかった。
『それでは、私たちは、フォルゼリーナ・エル・フローズウェイ様と契約いたします』
そう言うと、イアを先頭に、次々と上級精霊が俺の中に入っていく。
魔臓の周辺に何かが動き回っているような感覚。
それはやがて沈静化すると、もとから俺の身体の一部だったかのような状態になった。
「……とにかく、もどらないと」
今は放心している場合ではない。一刻も早く、上へと戻らないと。
俺は浮遊魔法を調節して、安全を確認しながら、最大限の速度で元の場所へと、上昇していくのだった。
※
しばらく上昇していると、やがて上の方に微かな光が見えてきた。地下湖の魔水晶の灯りとはまた違った雰囲気の光。人工的なランプの光だった。
それがどんどん大きくなっていき、ついに垂直な壁の上の柵も目に入ってきた。
「よっと」
俺は柵に足がかかるくらいまで上昇すると、それを乗り越えて着地する。
そして、前を向くと、そこにはたくさんのハンターたちがいた。
まず、目の前にいたのは、柵にロープを縛り付けている屈強な剣士の人。そして、そのロープを胴体に巻きつけた魔法使いのお姉さん。ロープをしっかりと握りしめている数人の男性ハンター。その後ろには、大勢のハンター。
皆、俺の方を見て、驚いて固まっている。全員がポカーンという擬音を出しているかのように感じた。
次の瞬間、集団の中から誰かが飛び出してきた。そして、俺を押し倒す勢いで抱きついてくる。
「フォルううぅぅ! 無事だったんだねっっっ!」
クォーツアントの強烈な体液の臭いに混じって、微かに覚えのある匂いがして、俺は抱きついてきた人がシャルだとわかった。
それに呼応するように、後ろからハンターたちの声が聞こえてくる。
「フォルゼリーナ様が戻ってきた!」
「ご無事でよかった!」
「よかったぁ〜」
「吹っ飛ばされた時は、マジでどうしようかと思った」
「本当に戻ってくれてよかったです!」
どうやら皆、俺のことを心配してくれていたようだ。迷惑をかけて申し訳ない気持ちになる。
「シャル……ちょっとはなれて」
「はなれないよぉぉぉぉぉ! もう、クォーツアントに吹っ飛ばされて、柵の向こうに落ちたって聞いた時は、本当に助からないんじゃないかって思ったんだからね!」
「……しんぱいかけてごめん」
それは申し訳なかった。だけど……。
「シャル、まもののたいえきでくさいからはなれて」
「あ……ごめんごめん……」
ようやくまともに見えたシャルの目は、真っ赤になっていた。
ところで、本題のクエストはどうなったのだろうか。見たところ、クエストに参加したハンターは、皆この場に集まっているようだけど……。
その時、群衆をかき分けて、バルトがこちらに来た。
「フォル! 無事だったか!」
「うん」
「怪我はないか? どこか具合の悪いところは?」
「へいき。それよりクエストはおわった?」
「ああ。クォーツアントは全部退治できた」
「このばしょにきたクォーツアントも?」
「ああ。……フォルが何体か斃してくれたおかげでな、大事には至らなかった」
確かに皆の後ろの方には、クォーツアントの死骸が積み上がっている。その横では、こちらに手を振る剣士とタンク、回復要員のお姉さん方、そして、怪我を負って運ばれてきた魔法使い。
よかった、なんとかなったみたいだ。
「フォル、大丈夫だとは思うが、一応回復魔法をかけてもらおう」
「うん」
俺はバルトに抱えられて、魔法使いのお姉さん方のところへ運ばれる。
「フォルゼリーナ様、ご無事で本当によかったですっ!」
「本当に、クォーツアントを斃してくださって、助かりましたわ!」
「どういたしまして」
「すまないが、この子に回復魔法をかけてもらえるか?」
「もちろんです! 『ヒール』」
お姉さんの杖から淡い紫色の光が滲み出し、俺の体に回復魔法が作用する。元々どこも悪くなかったけど、なんだかさっきよりもコンディションが良くなったように感じた。
そして、バルトは俺を地面に下ろすと、ハンターたちへ宣言する。
「それでは、ギルドに帰還するぞ!」
こうして、俺に思わぬ出会いをもたらした今回の公共クエストは、無事に目的を達成したのだった。